竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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4 友人のフェイン

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 翌日の日曜日。『コールソン書店』は定休日で、レイは近くの喫茶店に来ていた。

「あら、いらっしゃーい。久しぶりね」

 そうレイに言ったのはレイの友人で、なおかつ魔法師でもある、この喫茶店『フローラ』の店主フェインだ。
 フェインはメイクばっちりで、茶髪を頭の上でお団子にし、フリフリのエプロンを着けている、どこからどう見ても喫茶店の可憐なママだ。
 野太い声と割れた顎、その可愛らしいエプロンから鍛えられた男らしい素敵な上腕二頭筋が見えていなければ。

「よ、久しぶり。フェイン」
「最近、忙しかったみたいね。いつもの?」

 レイは「ん」と返事をして、カウンターのいつもの席に座る。レイは休みの日、何の予定もないと、このお店に遊びに来るのは常だった。今日は早めに来たために、お客さんはレイだけだ。

 フェインが営む喫茶店フローラはこじんまりとしたお店で、カウンター席に窓際に二人掛けのテーブルが三つある程度。それでも手狭と感じさせない空間とお洒落なインテリアが揃えられている。そして何より、馨しいフルーティーな紅茶の匂いが店内を包んでいた。

「はい、いつもの」

 フェインはそっとレイの目の前にティーカップを置いた。それはフェイン特製のブレンドティーだった。いい香りにほっとしながら、ティーカップを手に取ってこくりと一口飲む。
 花のような匂いがして、温かな味わいのある紅茶が喉を通っていく。

「はぁ、おいしぃ」

 レイは肩を撫でおろし、息を吐くように言った。

「そりゃ、あたしがブレンドして淹れたんだもの。当然でしょ」

 フェインはふふっと笑って言った。このやり取りも毎度の事だ。

「それにしても、お疲れ気味じゃない。何かあったの? 仕事が忙しかったとか? 最近、ここに顔を出しに来なかったし」
「あー、うん。まあ色々あってね」

 レイはもう一口紅茶を飲みながら答えた。
 仕事はいつもと同じく忙しかったが、ここに来れなかったのはルークの結婚話に頭を悩ませていたからだ。とはさすがに言えず、レイは静かに紅茶を飲む。しかしながら。

「何? とうとうルークちゃんから求婚された?」

 笑いながら言われて、レイは危うく飲んでいた紅茶をごふっと吹き出しそうになった。

「あら、やだ。ホントに?」
「な、なんで、その事。ルークが言ったのか?」

 他にお客さんはいないのに、レイはなぜだか小声でフェインに尋ねた。

「聞いてないわよぉ」
「じゃあ、なんで知ってるんだ」
「なんでって、そりゃ昔からルークちゃん。あんたと結婚するって周りに息巻いてたじゃない」
「それは子供の頃の話だろ」
「でも、ルークちゃんにとっては現在進行形だったんでしょ? だから求婚されたんじゃないの?」

 フェインに的確に言われ、レイはぐぅの音もでない。

「でもとうとう求婚するとはねぇ。あ、もしかして十八歳の誕生日にされたとか? それでどーしよ、って家で考え込んじゃってたの?」

 まるで見て来たかのように言うフェインにレイは「お前は超能力者か」と思わず呟いた。

「あら、超能力者じゃなくて魔法使いよ。でもこのくらい、誰でもわかるわよ」

 俺はわからなかったけど。とレイは心の中で呟く。しかし、今日はその事を相談に来たので、フェインに事情を察してもらったのはレイにとって都合が良かった。

「まあ、そういう訳なんだが。……俺、どこかで育て方を間違えたんだろうか?」

 レイは真面目な顔でフェインに尋ねた。しかしフェインは首を傾げる。

「何が?」
「だって、俺はあいつの父親だぞ。父親に求婚するって、普通はあり得ないだろう」
「あら、でもあんた達、血は繋がってないじゃない」

 ルークと同じことを言われて、レイはむっとする。

「血は繋がってなくても、俺はあいつの父親だ。あいつの世話をして、今まで育ててきたんだ」
「まあ、あんたが意外にマメな子煩悩だったって事は驚いたわよねぇ」

 フェインは腕を組んでしみじみと言った様子で言ったが、レイはそんな事を話したいわけじゃない。

「そーいう事じゃなくて」
「はいはい、わかってるわよ。つまり戸惑ってるってことでしょ? 息子に告白されて」

 フェインに言われて、レイは素直にこくりと頷いた。

「あいつは俺が育てたから俺しか見てないんだ。もっと他の子と関りあったら、世界も広がると思うんだが」
「それはルークちゃんには難しいんじゃない? だって他の子に興味ないもの」
「そうなんだよなぁ」
「それに竜人はこれって決めたら離さない主義みたいだし?」

 フェインはにっこり笑ってレイに告げる。

 竜人は昔から一度気に入ったものは離さない習性があると言われている。それは宝石だったり、食べ物だったり、時には人だったり。
 きっとルークもこれに当てはまるのだろう。しかし、なんだって俺なんだ。とレイは思ってしまう。

「やっぱり手元で育てないで、竜国に引き取ってもらった方がよかったのかなぁ」

 レイはティーカップを両手で包み、ぽつりと呟く。

 ルークを引き取った時、少なからずとも孤児院や竜国に引き渡した方がいいんじゃないか? という声はあった。しかしそれをしなかったのは、小さなルークがレイの手を握り、絶対に離さなかったからだ。そしてレイは小さなルークの手を振りほどけなかった。

 でも、それが原因で今、ルークは間違いを起こそうとしている。

「竜国で育てば竜人も沢山いるし、俺にべったりにならなかったかもしれない」

 言った先から小さな後悔が胸の中に膨らんでいく。
 竜国はファウント王国より南にある島国で、そこにはルークのような眉目秀麗な竜人たちがいるという。そして彼らは強く、姿を竜にも変えることができると言われている。

 その国にいれば、ルークだって違う育ち方をしたかもしれない。自分だけじゃなくて他の人とも関わり合ったかもしれない。そう思うと、レイはどうしようもなく、自分の判断でルークの人生を変えてしまったんじゃないか、と不安になる。ルークが大事だから余計に。
 でもそんなレイにフェインは小さくため息を吐いた。

「そんな思いつめた顔しなくてもいいと思うけど。それに、そんな事を今更言っても仕方ないでしょう。まあ、あんたがルークちゃんを手放してもあの子は戻ってきていたと思うけど。……そんなに深く考えないで、ルークちゃんと結婚しちゃえば? 一生安泰よ、きっと」

 軽々と言うフェインにレイは真剣な顔を見せる。

「バカ言うなよ……はぁ」
「早く諦めた方が身の為だと思うけど」

 フェインは呆れ顔でレイに告げたが、レイは聞いていなかった。



 ◇◇



 ―――その頃、レイの頭を悩ませる張本人は団長室にポールと共に赴いていた。

「今回の山賊討伐はご苦労だった。あいつら、国境辺りで色々と悪さをしていたみたいでな。隣国にも報告を入れたところ、感謝されたぞ」

 執務机に座るこの部屋の主は、目の前に立つ若い騎士を労った。しかしルークから返ってきた言葉はあっさりとしたものだった。

「そうですか。でもまさか、それだけの為に呼び出したんじゃありませんよね?」

 感謝なんぞどうでもいい、と言わんばかりの表情でルークは言い、隣に立っていたポールは慌ててルークに膝打ちした。

「おい、ルークッ。団長になんて口の利き方だ、すみません」

 ポールは代わりに謝ったが、ルークは我関せず、つーんとすまし顔だ。こいつぅ、とポールは内心苛立ったが、そんな二人に団長は笑った。

「気にするな、ポール。こいつがこうなのは今に始まった事じゃない。レイの事以外、顔色を変えないんだからな」

 騎士だったレイの元上司であり、ルークを幼い頃から知る団長は怒るでもなく、鷹揚に言った。そして本題を話し始めた。

「お前達を呼び出したのは、近々竜国から使者が来るからだ」

 団長の言葉に驚いたのはルークよりもポールの方だった。

「竜国から? またそれは珍しいですね」

 ポールがそう言うのも無理はなかった。竜国は他国と国交をあまり持たない閉鎖的な国だ。そして竜人達も国からあまり出ない。故に、このファウント王国でも確認されている竜人はルーク一人だけなのだ。

「ああ、魔草の交易を兼ねて陛下に謁見されるらしい」
「魔草、ですか」

 ポールは団長の話に、ぽつりと呟いた。

 魔草は医療に使われる特別な薬草で、魔草を混ぜたクリームを擦り傷や打ち身、頭痛なら額に、胃の調子が悪ければ胃辺りに一塗りすれば、すぐに治る万能薬だ。
 しかし魔草は生育が難しく、ファウント王国ではほとんど採取不可能。その為、魔草が多く自生する竜国からの輸入でずっと賄っていた。その魔草の交易について話があるのだろう。

「ああ。それで、その謁見の際になんだが。使者の方はルーク、お前とも話してみたいそうだ。そう向こうから話が合った」
「……僕が竜人だからですか」

 ルークが尋ねると「ま、そうだろうな」と団長は事も何気に答えた。

「向こうにとっても、竜国以外で暮らす竜人は珍しいんだろう。あちらの使者が来ている間はしっかり相手をするように。ポールもそのつもりで頼む。これが資料だ」

 団長はルークにではなくポールに資料を渡した。そして資料を見てポールは目を丸くする。

「え! 使者って竜国の宰相様ですか!? なんでこんな大物が!」
「向こうの都合はよくわからん。だが、よろしく頼むぞ」

 団長はにっこりと笑って言った。だが、ルークは全く興味なさげだ。

「わかりました。ではお話が終わったようなので、失礼します」

 ルークはそれだけ言うとさっさと部屋を一人で出て行った。それを見送りポールは団長に泣きつく。

「団長~! なんで俺も一緒なんですか!?」
「なんでって、お前はルークの相方だろう?」
「いい加減、変えてくれません!?」

 ポールはお願いしたが、団長はにっこりと笑って「無理だな」と答えた。

「お前以外に適任はいない。まあ、これも仕事だ」

 団長にそう言われたが、ポールはこれなら地方勤務の方が楽だった、と思わずにはいられなかった。


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