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2 お風呂に
しおりを挟む「……ね、レイ。返事、考えてくれた?」
食事を終えた後、テーブルを片付けるレイにルークは何気なく尋ねた。
「何がだ?」
「僕との結婚」
ルークにさらりと尋ねられ、レイはため息交じりに返した。
「だから、何度も言ってるだろう。お前と結婚できないって! お前は俺の息子だぞ?」
「書類上はね。でも血は繋がってない」
「あのなぁ」
レイは頭を抱えた。このやりとりをかれこれ一カ月前からしている。ルークの十八歳の誕生日から。
ルークの誕生日。
花束を持って帰ってきたルークは、突然膝を床についたかと思うとレイの手を取り、その甲にキスをした。
『レイ、愛してる。僕と結婚して欲しい。これからも僕と一緒にいて』
『……はぃ?』
まさか育て子から結婚を申し込まれると思っていなかったレイは持っていた誕生日ケーキを落としそうになったほどだ。だがその日からルークはレイにこうして求婚してくる。
一応、レイとルークの住むファウント王国は十八歳からの結婚を許可しているし、同性婚も問題ない。だが血が繋がっていないとはいえ、十三年も育ててきた我が子同然のルークに対してレイは恋愛感情を持てなかった。
「お前ね、なんで俺なの。こんなおっさんより、他にいい子がいるだろう。男でも女でも、どっちでもいいから、もっと世間を見なさい」
レイは呆れ顔で言ったが、逆にルークはむすっとした。
「僕はレイがいいんだ。他の子なんて嫌だよ」
毎回このやりとりになってしまう。俺なんかに言わずに他の子に言えばいいのに。そうレイは本気で思うが、ルークは聞く耳を持たない。
「とにかく、ダメだ」
レイがため息交じりに言うと、ルークは不満げに口を尖らせた。
「子供の頃に約束したのに。大人になったら結婚してくれるって。……僕との約束、破るんだ」
「そ、それは子供の頃の話だろ」
「子供でも約束は約束でしょ。レイ、僕に人との約束は破るなって言うのに、レイは僕との約束を破るの? それっていいの?」
水色の瞳でじとっと恨めしそうに見られ、レイは何も言い返せない。約束を破っているという自覚があるからだ。だが、かといって『そうだな、結婚するかぁ』とも言えない。
「……俺は風呂に入ってくる」
レイは逃げるように言い、そんなレイにルークは一言だけ告げた。
「僕は諦めないよ」
ルークは真っすぐな目をして言ったがレイは何も答えず、ルークを残して風呂場に向かった。
……諦めないって、俺にどうしろって言うんだ。……はぁ、俺はどこかで育て方を間違えたんだろう?
レイはため息交じりに思い、それからダイニングと階段の先にある風呂場のドアを開けた。中にはこじんまりとした脱衣所と洗面台があり、鏡の前でレイはもそもそと服を脱ぎ始めた。
……あいつ、こんなおっさんのどこがいいって言うんだ?
レイは心の中で呟き、シャツを脱いだ上半身を鏡に映して見る。
騎士だった頃は若く鍛えられた体だったが、今では三十七歳という年齢もあってどこもかしこも弛んでいる。腹筋の筋は消え、残念なほど滑らかだ。
ただ唯一の救いは、まだ中年太りがない事。筋力も肌の張りもないが、腹に脂肪も付いていなかった。しかしこれからはわからない。
白髪ももう数本あるし、これから腹も出るかもしれない。愛される自信なんてなかった。
……こんなおっさんが好きねぇ? 何を勘違いしたんだか。
レイはもう一度ため息を吐いて、ズボンも下着も全て脱ぎ、眼鏡と髪を括っていた紐を洗面台に置くと、風呂場の中に入った。
先にお湯を沸かしていたおかげで風呂場の中は湯気で温かい。ぴたぴたっとタイルの床を素足で歩いて、たっぷりのお湯が張っている浴槽から桶でお湯をひと掬いすると、適度に熱いお湯をレイは躊躇いなく頭からざばーっとを被った。体がほっと解れる。
レイはびっしょりと濡れた顔を片手で拭うと風呂用の木椅子に座って、液体石鹸で頭と体をすぐに洗い始めた。全身がどんどんもこもこの泡まみれになる。そしてお湯で流して綺麗になったら、やっと温かいお風呂の中だ。
「はぁぁーっ」
熱いお湯に体を包まれて、レイは肺から押し出されたように息を吐く。ファウント王国では体を洗うだけで済ませる者も多いが、レイはこうやって風呂の中に入るのが好きだった。疲れがしっかりとれるし、体も温まる。何より考え事をするには一番だった。
なのでレイはぼんやりとしながら、どうルークを諦めさせるか、また考え始めた。
……ルークはどうやったら諦めるんだろうか。というか、いつから俺の事をそう言う風に見ていたんだろ? この十三年、一緒に暮らしてきたけど、誕生日に求婚するまでそんな素振りみせなかったよな? ……いや、まあ、正直思い当たる節はあるけど。
レイはそう思いながら、思いを巡らす。
ルークは拾った時から聡い子だった。一度言えば理解し、幼いながらにレイの手伝いも良くしてくれた。竜人の子であるが故に有り余る力の加減が出来ずに物を壊すこともあったが、それもすぐに自分で制御できるようになった。
そして思春期を迎えるとにょきにょき身長が伸びてあっという間に王都一番の美青年に。十四歳の頃になるとレイと同じ身長になり、学校一の秀才、剣士になっていた。
そして義務教育が終わる十五歳。
学校を卒業して、もっと専門的な勉強するために高等院に行ったり、就職したりと、人それぞれの道を選ぶが、ルークはレイと一緒に本屋の仕事をすることを選んだ。
しかし当然と言うか、必然というか。
残念ながら周りがそれを許さなかった。高等院から推薦入学の話も来たし、王都の研究機関からも就職のお誘いがあった。まさに引く手あまた。
しかし当の本人は、興味なさげで。
でもルークが本屋で働き始めたら絶対に問題が起こると思ったレイは、騎士団に入団することを勧めた。騎士団からも推薦入団の話が来ていたし、ルークの強さは本物だ。レイはルークの性格にも一番適していると思ったし、こんな小さな本屋で埋もれさせてはいけないと思った。
その事をルークに伝えれば『レイが言うなら……』と渋々、騎士団に入った。
だが、入ったら入ったでルークはしっかり実力を示し、持ち前の強さと頭の良さでばんばん功績を作り、今では花の近衛騎士。
その上、仕事が休みの日は店の手伝いもしてくれるし、普段から家事も手伝ってくれる。全く過ぎた息子だとレイは改めて、しみじみと思う。
――――ただし、自分に恋心を抱いていなければ。
……はぁぁ。一体、俺の何がいいんだろう。全然、わかんないんだけど。……やっぱり、俺の育て方が悪かったのか?
レイは風呂の中で腕を組んで、うーんと唸る。
特に特別な事はしていないと思う。自分が親にして貰ったようにルークにしてきたつもりだ。子供の頃は一緒にお風呂に入ったり、ひとつのベッドで寝たり。寝る前に歯を磨いてやったり、勉強を見てやったり。いけないことをしたら叱って。どこでもいる普通の親と同じことをしたつもりだ。
ただ違ったのは、それはレイでなくルークの方だったと言える。その違いとは、ルークは幼い頃からレイにべったりの稀に見る甘えん坊だったという事だ。
子供というのは学校に行けば同い年の子と大抵遊ぶものだが、ルークは学校に行っても同い年の子と遊ばず、学校から一直線で家に帰ってくるといつもレイの傍にくっついていた。レイがどこに行こうとすると、必ず後ろをピヨピヨと雛鳥よろしく、といった感じで片時も離れなかった。それは学校が休みの日も。
友達と遊んで来たら? と何度かレイから促してみたこともあったが、ルークはレイの傍が一番いいようで、いつも首を横に振った。嫌がるルークに強要するのも嫌なので、レイはそのまま放置していたが、ルークが学校を卒業するまで、終ぞ友達と外に遊びに行くことはなかった。
それにルークが一人でお風呂に入るようになったのも、一人で寝るようになったのも十三歳になってからだった。普通ならとっくの昔に親とは入りたくない年頃だろう。レイ自身、父親と一緒に風呂に入ったのも七歳ぐらいまでである。
だがルークの方が一緒に入りたがったし、添い寝を希望した。その時、レイも深く考えていなかったから拒否することもなかった。
けれどルークが十三歳なってから一人で風呂や寝始めるようになり、遂に親離れかぁ、とレイはちょっぴり寂しく思ったほどだ。でも、それ以外はレイにべったりなのは変わらずで。
親父なんて、と一番毛嫌う年頃なのに、おかしいなぁ? とは思いつつも、レイは深く考えていなかった。レイにとってルークは可愛い息子であったし、ルークにいつまでも懐かれるのは嬉しかったからだ。
しかし、それが求婚されることになろうとは誰が想像できただろう。
……俺が今まで甘やかしていたせいか?
それしか原因が思い浮かばない。だが、だからと言って今更ルークに冷たくするのも変だ。
……はぁぁ、ルークが好きな人を連れてくるのを想像とかしたりしたんだけどなぁ。
レイは肩までお湯に浸かって心の中で呟く。育ての親として、ルークが結婚する時は盛大に祝ってやろうとまで思っていたのだ。ルークが好きならどんな相手でも受け止めようとさえ。
しかしルークが相手に求めたのは、よりによって自分。三十七歳、独身、しがない本屋を営んでいる冴えないおっさん。
……俺じゃなくてもっと若い子とかいるだろ、騎士団の中には。大体あんだけ人気があるんだから、告白とかも一杯されてるだろうに。店にルーク宛ての恋文を持ってくる子も多いし。
レイはいよいよ口元まで湯に浸かり、息を吐いてぶくぶくと泡を作り始めた。だが、ぶくぶくしている間にある疑惑が思い浮かぶ。
……でも、ルークってあんだけモテるけど恋人って今までいたことない、よな? もしかして誰かとも付き合った事ないのかな? ……まさかな。俺が知らないだけで、あれだけの美形なんだ。こっそり誰かと付き合っていただろ。
レイはそう思うが、今まで思い返してもルークにそれらしい影はなかった。なんたって、仕事が終われば真っすぐに家に帰ってくるし、休みの日もルークは常にレイの側にいたのだから。
……あいつ、まさかとは思うが、あのなりでキスもまだ……なんて事、ないよな?
そんな事を考えていると、風呂の外から声をかけられた。
「レイ、大丈夫?」
ルーク本人に呼びかけられ、レイはお湯につけていた顔を湯面からざばっと上げた。
「えっ、あ、ル、ルーク? どうかしたか?」
「随分長く浸かってるから心配して。あんまり長湯するとのぼせちゃうよ」
「あ、うん。今からあがる」
レイはそう返事をして、慌てて風呂から上がった。長湯したおかげで体はポッカポカだ。
レイは髪の毛の水気を絞り、脱衣所に出た。それからすぐ、棚に置いてあるタオルを手に取って、体をしっかり拭いていく。
そして体を拭いた後、下着に手を伸ばそうと思ったが、どこを探しても見当たらない。どうやら持ってくるのを忘れてしまったようだ。部屋に戻れば下着はあるが、部屋に戻るには脱衣所を出て、階段があるダイニングを通らなければならない。
……はしたない格好だけど……。まあ、ルークしかいないからタオル一枚でもいいか。
年頃の娘がいれば話は別だが、いるのは息子だ。レイは肩にフェイスタオルをかけ、大きなバスタオルを腰に巻いて眼鏡をかけると、寝間着を持って脱衣所を出た。そして何も考えずに、ダイニングにそのまま入った。
……のだが、そこにはルーク以外の人物がいた。
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