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第五章「告白は二人っきりで!」

31 別れの朝

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 ―――翌日の晴れやかな朝。
 俺はレノ、ロディオン、アントニオと共にバルト帝国へと帰る事になり、大神殿の前でエンキ様、ナギさん、ランネット様こと姉ちゃんにアシュカとデンゼルさんと、そうそうたるメンバーに見送られていた。

「エンキ様、長い間お世話になりました」

 俺はエンキ様にお礼を告げた。

「いや、色々とこちらの事情に巻き込んですまなかったね。でも、ありがとう」
「いえ、俺は何も。それよりアントニオを置いていきましょうか?」

 俺は隣に立つアントニオを指差して言った。

「おい、勝手に何言ってんだ。俺は帰るぞ、セリーナさんにも必ず帰ってくるって言ったし、本屋の事があるんだからな」
「いやいや、セリーナには兄様から伝えてもらえばいいじゃん。折角の機会なんだから、もうちょっといれば? ね、エンキ様」
「ハハッ、私としてはそれはそれで嬉しいがアントニオにも、もう向こうでの生活があるだろうからね。……それに今度はきっと私が会いに行くよ。バルト帝国へ」

 エンキ様は約束をするように言い、アントニオはニッと笑った。

「その時は俺が色々と案内するよ」
「楽しみにしているよ」

 エンキ様は笑みを返して言った。どうやら昨日の内に色々と話して親子仲は深まったらしい。

 ……うむうむ。よきかな、よきかな。

 俺は微笑ましく二人を見つめる。しかし、ナギさんが声を上げた。

「アントニオ様、本当に帰られるのですか?」

 ナギさんはそうアントニオに尋ねる。
 実はナギさんを含め一部の人間にはアントニオがエンキ様の息子だと知らされていた。まあ後継問題をこれ以上ややこしくしない為に、エンキ様の相手はクト神様の眷属ではなく、普通の町娘という設定に変えたそうだが。

 でも、きっとナギさんはエンキ様の息子ではなく、自分が次代の王に選ばれた事に不安があったのだろう。アントニオを差し置いて自分がなる、という事が。
 そしてそんなナギさんの気持ちを察したアントニオは笑顔で答えた。

「帰ります。俺のホームはもうバルト帝国にあるんです。それに……俺にはしがない本屋の店主という方が性分に合っていますから。だからナギさん、父と故郷をよろしくお願いします」

 アントニオは深々とナギさんに頭を下げて託した。それを受けて、ナギさんの瞳から不安が消える。

「わかりました。期待に添えられるよう頑張ります。あと、エンキ様が早くバルト帝国に行けるようにも」

 ナギさんの頼もしい言葉に、アントニオのみならずエンキ様も顔をほころばせる。
 そんな中、ランネット様こと姉ちゃんは俺に近づくと手をぎゅっと握った。

「キトリー様、もう帰っちゃうんですか? もう少しいたらいいのに!」
「いやー、十分すぎるほどいましたから。そろそろ帰らないと仕事もありますので」

 俺はあっさりと断る。だって、こうしないと滞在延長させられちゃうもん。

 ……今日帰るって話になったから、昨日の夜あんなにBL談義したのに、まだ足りないのかな?

 俺はなんて思いながら、昨夜の事を思い出す。実は帰ることに決まった昨日の夜、姉ちゃんに部屋へと呼び出されてこっちの世界のBL小説談義に花が咲いたのだ。おかげでお土産に姉ちゃんにおススメされた本をいくつか持たせてもらった。
 あ、勿論姉ちゃんの趣味の凌辱・監禁物は抜きで。あとローズ先生の短編版「騎士と魔法使い」もちゃんと貰いました。うひっ。

「でも、きっとまた来ます。ランネット様もいずれバルト帝国へ来られてください」

 俺が手を握り返して言えば、姉ちゃんはちらりとロディオンを見た。

「ええ、きっとそうなりますわ」

 意味深な発言に俺は首を傾げるが、俺だけがその言葉の意味をわかっていなかった。まさか、ロディオンと後々結婚してバルト帝国へとやってくるなんて。

「バルト帝国へと行った際には、よろしくお願いしますわね?」
「はい、勿論」

 俺は本当の意味もわからずに返事をした。

「それなら僕だって! またバルト帝国へ遊びに行くからね、キトリー」

 アシュカはにっこりと笑って言った。しかし俺はアシュカが去り際に俺にチューしたことを思い出し、ハッキリと断る。

「お前はやだ。手、出すもん」
「キトリー、そんな事言わないでよ~! それに僕、手は出してないよー? 口は出したけど」
「言い変えてもダメだっつーの、全く! まあ、今度来るときはデンゼルさんと一緒なら考えなくもない」
「デンちゃんと? わかったよ」
「ちょっとアシュカ様。しばらくは駄目ですよ!」

 あっさりと答えるアシュカにデンゼルさんはすぐさま口を出した。今度来るときも、ぜひこんな感じでしっかりとアシュカの手綱を引いていて欲しい。

 ……まあ、チューされた時もデンゼルさん、いたんだけどね。

 俺はあの時の事を思い出し、ふぅっと息を吐く。でもすぐにその後、消毒だと言ってレノにディープキスをされた事も思い出し、頬が熱くなってきた。

 ……うう、恥ずかし。思い出すな、思い出すな。

 俺は必死に記憶を隅に追いやる。しかしそんな俺の手を姉ちゃんは再度ぎゅっと握った。

「でも。次に会う時まで、どうか元気で」
「キトリー、また無茶しちゃダメだよ?」

 姉ちゃんが言った後、アシュカも笑って俺に言う。だから俺は心に迷いが生じる。

 ……俺、本当にこのまま二人に自分が聖人であることを黙ってていいのかな?

 そしてきっとこの国を離れたらしばらくはまた二人には会えないだろう。だから俺は。

「あのさ、二人とも。俺、実は、むぐっ!?」

 言いかけた瞬間、姉ちゃんが俺の口を人差し指で押さえた。なので俺は当然驚くが、姉ちゃんを見れば笑っていた。

「キトリー様、言わなくても私達はわかってるわ。でも教えようとしてくれて、ありがとう。いいのよ、今までのままで」

 姉ちゃんはそう言った。それは俺が何を言おうとしていたのかわかっている返しだった。そしてアシュカを見れば、ゆっくりと頷いた。

 ……二人は覚えていたのか!? 一昨日のこと!

 俺は驚くが、レノだって覚えていたのだ。もしかしたらクト様は二人の記憶もそのままにしておいたのかもしれない。

「でも……今のままで、いいの?」
「気にしなくていいよ、キトリー。ただ、僕らが知ってるってことだけ覚えておいて」

 アシュカはそう答えた。もしかして、姉ちゃんから俺の気持ちを聞いたのだろうか。それでもこのまま行かせてくれる二人には感謝の気持ちしかない。

「二人とも、ありがとう」
「お礼なんていいのよ」
「そうだよ」

 二人は笑ってそう言ってくれた。
 でも、和やかな時間というのはあっと言う間に過ぎていくものだ。

「では、そろそろ行こうか。キトリー、レノ、アントニオ君」

 ロディオンがポブラット家の紋章が入った懐中時計を見ると、俺達にそう告げた。どうやら別れの時間のようだ。

「またね、キトリー様」
「はい、ランネット様」

 俺は姉ちゃんと抱擁を交わし、そしてそのままアシュカとも別れの挨拶をしようとする。だが、後ろからひょいっと首根っこを引っ張られた。

「ぐぇっ!」
「アシュカ様は駄目です」

 そう言ったのは今まで黙っていたレノだった。

「ちょっとレノ~!」

 アシュカは嘆いた声を出したが、レノは頑として受け付けなかった。そしてレノは追い立てるように俺を馬車へと乗せる。

「さ、キトリー様。先に乗って下さい」
「あー、はいはい。わかったから押すなって! じゃあみなさん、また!」
「あ、レノ。キトリーの馬車には私も」

 ロディオンがすかさず声をかけるが、レノは珍しく自分の意見を通した。

「馬車は二台ありますから、ロディオン様はどうぞアントニオ君と一緒の馬車にお乗りください。では、私共はこれにて失礼します」

 レノはそう言うと俺の後に続いて馬車に乗り込み、俺の隣に座った。そして俺をじろっと睨む。

「な、なんだよ?」
「いえ、相変わらず無防備だな、と思いましてね」
「あん? なにが無防備なんだよ」
「こういう所がですよ」

 レノはそう言うと俺の顎に手を当てると、ちゅっとキスをした。なので俺は驚き、すぐさまレノから身を離す。


「ふぎゃ!? お、おまっ、いきなり何すんだ!」
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