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第四章「ディープな関係!?」

20 聖人の力

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 ――――昼間とは表情を変えた鬱蒼とした森の中。
 子供達は地上から四メートルほどの高さがある太い木の枝に並んで座っていた。まるで何かから逃げるように。

「うっうぅっ」
「おいコリン、泣くなよ!」
「そうだよ。あのでっかい熊が来ちゃうよ!」

 ケルビンとジェイクはコリンに泣き止むよう言うが、ぽろぽろっと溢れ出る涙は早々簡単に止まらない。

「だってぇ、うっうっ、このまま、うっ、帰れなかったらっ」

 コリンがえずきながら言うと、心細さと怖さから二人もうるうると瞳を潤ませた。
 
 そして三人が思い出すのは帰り際、見かけた大きな熊。
 向こうは気がついていなかったが、恐ろしさから三人はその場から逃げた。でも逃げたせいで帰り道が分からなくなり、その上持っていたランプの油も切れてしまっていた。
 なので、そんな三人にできたのは開けた場所に立っている一本の木に登って身を隠くことだけ。

 狐獣人ゆえに夜目は利く方だが、それでも森の暗さは不気味で。暗い森の中、ガサガサッと音が聞こえてくる度に三人はびくっと肩を揺らして息を潜める。
 けれど、身を寄せ合っている三人の耳に遠くから声が聞こえてきた。

「おーい、ケルビーン、ジェイクー、コリーン!」

 それはザックの声。三人は思わず顔を見合わせ、すぐに声を上げた。

「「ザック兄ー!」」
「ここだよーっ!!」

 三人は精一杯声を張り上げる。そうすれば、森の奥に光る小さな明かりがこちらに向かってくるのが見えた。その明かりに三人はようやく安堵の笑顔を見せる。

 けれど、声を上げた事で別のモノも引き寄せていた事を……まだ知らなかった。



 ◇◇



 森の入り口に着いた俺達は馬を下り、俺とレノ、ザックとアシュカ、フェルナンド、ヒューゴの二手に分かれて捜索を始めていた。
 でも森に入ってしばらくすると、ザックの声に子供達がすぐ反応を返した。

「今の声!」

 俺が思わず声を上げると、ザックはクンクンッと匂いを嗅いで「こっちです!」と指差した。子供達がいるであろう場所に俺達ははやる気持ちを抑えて、足早に向かう。
 そして辿り着いた場所には大きな一本の木が立っていて、上を見上げるとそこには子供達が三人揃っていた。

「ザック兄!」
「キトリー!」
「レノ兄!」

 それぞれがそれぞれを呼ぶ。どうやらみんな無事のようで、俺は心の底から安堵の息を吐く。
 でもそれはレノやザックも同じだ。

「ほら、ひとりずつ下りておいで」

 ザックが言うとちょろちょろっとケルビン、コリン、ジェイクの順で降りてきた。

「みんな、怪我してないか?」

 ザックが尋ねると三人は大きく頷いた。けれどそんな三人にザックは厳しい声をかける。

「どうして三人だけで森に入った? あれほど子供だけで入ってはいけないと言っただろう」

 ザックが言うと子供達はしゅんっと耳と尻尾を垂らした。自分たちがしでかした事の大きさがわかっているからだろう。

「ごめんなさい。ササランの花を取ってきたら、キトリー、喜ぶかなって」

 ケルビンは一輪の花を差し出した。そしてコリンとジェイクも同じように赤い花を差し出す。それは俺が欲しいと言っていた花だった。

「それで? キトリー様は喜んでるか?」

 ザックが後ろを振り返って言う。なぜなら、そこには……。

「うっ、うぅっ、みんな無事でよがっだぁッ!」

 安堵から、思いっきりべそかいている俺がいたからだ。

「ほ、ほんどにじんぱいしたんだぞっ! お゛まえだちに゛なにかあっだらって! 俺はッ、俺は!!」

 俺はズビビビーッと垂れた鼻水をすすりながら怒った。だって、本当に見つけるまで生きた心地がしなかったんだ。無事な姿を見るまでは最悪の事態が頭を何度も過った。

「キトリー様、泣き止んでください」

 レノがポケットからハンカチを取り出して俺の涙を拭いた。だが、俺はそのハンカチを奪い取って、ごしごしと顔を拭く。(勿論鼻水も)

「もう二度と、勝手に森に入っちゃダメぞ! いいな!!」

 俺が怒って言うと子供達は駆け寄ってくると俺の腰回りにぺとっと抱き着いた。

「ごめんなさいっ。オレ達、キトリーに喜んでもらいたくてっ」
「ごめんなさい、キトリー! もう二度としないっ」
「ご、ごめんなしゃいっ。怒らないでっ」

 三人はそれぞれ俺に謝った。その声は涙声で、俺は本当に三人が無事で良かったと心の底から安堵する。こんなに可愛い子達に何かあっては、悲しすぎる。

「もう絶対だぞッ!」

 俺がぐずっと鼻水声で言うと、三人は瞳に涙を溜めて「うん!」と答えた。なので俺はわしゃわしゃわしゃっと三人の頭を撫でる。

「でも……花を取ってきてくれて、ありがとな」

 俺がお礼を言うと三人は顔を見合わせて、へへっと笑いながら俺にそれぞれ花を差し出した。赤い花が三つ、俺はそれを受け取る。
 けれどその時、クンッと匂いを嗅いだザックが突然声を上げた。

「みんな静かにっ」

 その険しい声に俺達は息を詰める。だが、ガサガサッと茂みを踏んでこちらに向かってくる足取りは確かで。ザックとレノは帯刀していた剣をスラリと抜いて構え、俺は子供達を自分の背後に立たせて森の奥からやってくる影を見つめた。

 そして茂みからのっそりと姿を現したのは二メートルを超す大きな熊だった。

 ……こいつが目撃された熊か!

 俺は身を構え、その大きな巨体に目を見張る。
 しかし熊の方は襲うでもなく、興味深そうに俺達を見つめた。きっと人間が珍しいのだろう。でも、いつその牙と鋭い爪がこちらに剥くともわからない。緊張から俺の額から汗がたらりと流れる。

 けれど、その瞬間。

「みんな伏せろッ!」

 アシュカの声が響き、その声に従って身を屈めると、巨大な炎の塊が熊に向かって飛んで行った。その熱量は離れていても頬に熱さを感じるほどで、辺りがパッと明るく照らされる。

 当然、熊はどこから出てきたかもわからない巨大な炎の塊と熱に驚いて、「フゴッ?!」と鳴き声を上げると尻尾を撒いて森の奥へと逃げて行った。

 ……まあ、あんな火炎放射器みたいな炎を見せられたら熊じゃなくても驚くよな。

 俺は熊にちょっと不憫さを感じながら思う。でも声がした方に振り返れば、少し離れた場所にアシュカが立っていて、その髪色はまるで炎を宿したかのような鮮やかな赤に染め上がっていた。

 ……聖人の力か。

 俺はその髪色を見て思う。
 聖人は与えられた加護を使うと髪色が変わる、というのは良く知られた話で。アシュカの髪も茶髪から赤毛に見事に変わっていた。

「アシュカ、助かった。ありがと」

 俺がお礼を言うとアシュカは「間に合ってよかったよ、キトリー」とホッと安堵した顔で言った。そして髪色が段々と落ち着き、茶髪に戻って行く。まるで化学反応みたいなそれは何度見ても見飽きない。
 そして、それは俺だけじゃなく子供達も一緒だった。

「きき、キトリー!」
「髪の色が!」
「アシュカさんはやっぱり聖人様だったんだ!」

 ケルビンとジェイクは驚きに声を上げ、コリンは嬉しそうに言った。だから俺は笑って答える。

「だーかーら、最初に言っただろ? アシュカは聖人様だって!」

 俺が言うと三人は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしたので、俺は思わず笑ってしまった。そして俺はみんなの顔を見る。

「さて、みんな揃ったし、さっさと帰ろっ!」

 俺が号令すると、みんな笑顔で頷いた。
 
 ――それから俺達は揃って森を抜け、無事に別邸の屋敷へと帰還した。




 全くもって長い夜だったぜ、フゥッ。
 
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