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第三章「キスは不意打ちに!」

19 レノと

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 それから星が瞬く夜。

「はー、疲れた。もう二度とドレスなんか着るか」

 俺は部屋で一人、バルコニーでぶつくさと呟いた。今は家族で夕食を食べ、風呂に入った後だ。おかげで火照った体に夏の夜風が気持ちいい。
 そして風呂に入ったので、俺はいつもの俺に戻っていた。腰にしていたあの窮屈なコルセットもなくなり自由の身だ。ビバ・フリーダム!

 ……それにしてもくっつけたのは俺だけど、ジェレミーとディエリゴが上手くいっているようで良かったな。おっちゃんも婚約を認めているし、結婚式もそう遠くはないだろう。その頃には俺の結婚式は忘れてくれてるといいんだけど。

 俺はそんなことを思いながら夜空を見上げた。でも星を見ていると不意に陛下に言われた事を思い出す。

『時々十八歳だという事を忘れてしまいそうだ』

 ……十八歳っぽくない、かぁ。まあ精神年齢は前世も合わせれば五十だもんな。本当はヒューゴやフェルト同い年なわけだし。中身はおっさんくさいわなー。

 俺は瞬く星を見つつ思い、前世の記憶を思い出す。

「十八年か」

 この世界に生まれて十八年。もうすっかりこっちの生活に慣れて、前世での記憶は薄れてきている。

 ……まあ、十八年前の事をしっかりと覚えている人の方が少ないと思うけど。姉ちゃんの顔も時々忘れそうになるしなぁ。でも、あの人の傍若無人さは忘れがたい。

『なぁに? お姉ちゃんの言う事聞けないって言うの?』

 にっこり笑いながら言われたら弟に歯向かう術なし。でも今思い返せば懐かしい。

「ふふ、変な事ばっかり覚えてるもんだ」

 俺は一人笑って呟く。
 でもこんな時、途端に寂しくなる。家族や友人、日本の空気、食べ物、文化が恋しくて。もう二度と戻れない現実を知っているから。

 ……手に入れられないから、こんなにも恋しく思うんだろうな。せめて俺みたいに転生した誰かと話し合えたら、また違う気持ちだったんだろうけど。まあ、かといって『自分は前世の記憶があります!』なんて言えないしな。

 生まれてこの方、今まで前世の記憶がある事を誰かに言った事はない。言ったところで周りを心配させるだけだし、どうにかなるわけでもないことを知っていたからだ。『全く違う世界から転生しました!』なんて言ったら、それこそ病院送りにされていただろう。いや、うちの両親だったら話を聞いてくれたかも?

 でも、言えば言うだけ心配をかけてしまうのは必然だ。だから俺は秘密にすることに決めた。けど誰にも言えない秘密を抱えるのは少し息苦しい。前世の事を思い出してしまった、こんな時は特に。

「戻らない過去を振り返ってもどうしようもない。でも、それでも思い出してしまうのが人ってもんだもんなぁ」

 俺は夜空を見上げながら一人呟き、ふぅっと息を吐く。
 しかしそんな折、部屋のドアが開く音が聞こえた。振り向けばいいつも通りの格好に戻ったレノがマグカップを二つ手にして、部屋の中に立っていた。

「バルコニーで何を黄昏ているんですか」

 レノはマグカップをテーブルに置き、俺に尋ねた。

「んー? ちょっとなぁ、大したことじゃないよ」

 俺は曖昧に答えた。まさか前世に思いを馳せていたとは言えまい。レノにだって前世の事は教えていないのだから。
 でもこういう時のレノはやけに勘が鋭かった。レノは俺に近づくなり、じっと見つめてくる。

「レノ?」
「大したことじゃなくても気になります。私は坊ちゃんの事が好きですから。……それに随分と昔ですが、幼い頃も『なんでもない』と言って一人で泣いていたじゃないですか」
「な、なんでそれを!」

 レノに言われて俺はドキッとする。
 まだ幼い頃の俺は前世を思い出す度、泣くつもりはなくても寂しい感情につられて体が勝手に泣いてしまっていたのだ。しかし、まさかそれを見られていたとは!

 ……こっそり泣いているつもりだったのに。レノにバレていたのか……恥ずっ。

「坊ちゃん、もう一人で泣かないでください。例え、その理由が私に言えなくても。せめて傍にいさせて下さい」

 レノはそう言うと俺の頬を優しく撫でた。

 ……な、な、なっ、なんか最近男前過ぎやしませんか!? レノさんッ!!

 俺はレノの優しい言葉にボンッと顔を赤くする。

「な、なに、言ってんだ! べ、別に一人で泣いてないだろ!」
「でも、ちょっと泣きそうな顔をしてました」
「そんな事ないもんね!」

 俺は見栄を張ってプイっと顔を背ける。だがレノは「そうですか」と微笑むだけで。

 ……なんだかレノの男前っぷりが上がってる気がする。というか、俺に対する接し方がどんどん甘くなっていっているような? いやいや、駄目だ。絆されルートに入ったりしないんだからなッ!!

 俺は心の中でしっかりと決意する。しかし、そんな俺にレノは優しく笑った。

「キトリー様はいつも人の事ばかりですから、私ぐらいは貴方の事を見守らせて下さい」
「べ、別にいつも人の事ばかりじゃねーし。俺はやりたいようにやってるだけで」
「そうかもしれませんが、それで助かった人がいるのも事実です。私のようにね」

 レノは胸に手を当てて俺に言う。けど、それは違う。

「助かったね。……でも、俺はキッカケだけでその後の事は本人の力だよ。レノしかり、ディエリゴしかりな。だからそんな風に思わなくていーよ」

 二人がここまで成長したのは本人の努力によるものだ。だから、自分が助けたなんて俺は口が裂けても言えない。そもそもそのキッカケを作れたのも、生まれついての身分とお爺や他のみんなが色々と手伝ってくれたからだ。俺一人では何もできなかった。
 でもレノはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、きっぱりと否定した。

「そうかもしれませんが、そのキッカケがなかったら今、この居場所はなかった」

 ……そーかねぇ? なんだかんだで、レノならのし上がっていたような気もするけど。

 俺はそう思うが、レノは真っ直ぐな目を俺に向けると手をぎゅっと握った。

「坊ちゃん。人は弱いものです、追い詰められれば簡単に道を外れてしまう。ディエリゴ様だって坊ちゃんがあの時止めなければどうなっていたか。私だって、坊ちゃんがいなかったら人殺しになっていたかもしれません。坊ちゃんはそれを止めて、未来をくれたんです。イルスタンの人々だってそう思ってるでしょう」

 レノがあんまり真面目に、真摯に言うものだから俺はなんだか恥ずかしい。というか、そーいうのは俺のガラじゃない!

「み、未来って大袈裟だな。俺はそんなんじゃないって! えーと、あれだ。公爵家として生まれた者の務めってやつだ。だから深く考えるな。以上!」

 俺は照れくさくてレノから目を逸らす。

 ……勘弁してくれ。俺は大した事してないんだから。……でもレノの言う通り、誰かの為になってたら嬉しいけど。

「本当にわかってるんですかね、貴方って人は」
「あー、はいはい。わかってますよ。俺ってすごいネー」

 俺が適当に返すとレノは呆れたように笑った。

「ま、そんなキトリー様だから好きなんですけどね」

 何気なく言うレノの言葉に俺はドキッとする。

 ……めちゃくちゃサラッと愛の告白。こいつに恥ずかしさはないのか? ムゥ。

 そう思いつつも俺の顔はじりじりと熱くなる。だって年齢イコールどころか前世から童貞の俺である。愛だの好きだの、BLでは見てきたけど俺自身免疫など皆無だ。特にこんな風に、心からの告白は。

「好きです。キトリー様」

 ……好き好き言うなっての。こっちが恥ずかしいじゃん。

「大好きです。誰にも渡したくないほど」

 ……あーもう、わかったってば!

「愛してま」
「聞こえとるっちゅーのッ!! もう、わかったから!」

 俺が恥ずかしさのあまり返事をするとレノは年相応の表情で、くしゃっと笑った。ぐっ、可愛いじゃん。

「私の想いが伝わっていないかと思いまして。でも何度でも言わせてください。何度でも言いたいんですから」
「……いつからお前はそんなに恥ずかしいヤツになったんだ?」
「キトリー様のせいですよ」
「責任転嫁するな。俺のせいじゃない」
「いいえ、貴方のせいです」

 そう言うレノは俺を愛おし気に見て笑うから、俺の心臓はおかしくなる。ドキドキと煩い。

「わかったよ。もー俺のせいでも何でもいいから、お黙んなさい」
「照れ屋ですね。そんなキトリー様も可愛いです」

 ……ぐっ。もー、なんな訳!? 俺が何したってゆーのよ! 恥ずかしいから、止めてくんないかな!?

 しかしそう言ってもレノは何度だって言うだろう。面白がっている気配がするから。

 ……コノヤロウ、どうやったら黙ってくれるんだ?!

 そう思った矢先だった。

「ひっく!」
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