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第三章「キスは不意打ちに!」

16 沙汰

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「キトリー様、連れてきましたよ」
「お待たせしました」

 やって来たのはフェルとヒューゴ、そして一人の若い女の子だった。だが彼女を見た途端、おばさんの表情が変わる。

「うむ。では、まずあなたが誰なのか皆に教えてくれるかな?」

 俺が尋ねれば女の子は涙ぐみながら頷き、答えた。

「わ、私、エリカって言います。普段はジェレミー王子付きの使用人をさせて頂いてます」
「ではエリカさん。あなたがミス・ラナーにされた事を教えてもらえるかな? この前、俺に教えてくれたように」

 俺が言えばエリカは少し間を置いた後、意を決したように声を上げた。

「はい。……あれは私がジェレミー王子付きの使用人になりたての頃です。ミス・ラナーが私に小瓶を渡されました。そして、それをジェレミー王子の飲み物に入れる様に言われたんです、薬だって言われて。でも、飲み物に混ぜる度にジェレミー王子の具合が悪くなるばかりで……私、小瓶の液体を調べて。そしたら小瓶に入っていたものが毒だってわかったんです。でもそれをミス・ラナーに告げたら、毒を盛った私も同罪だって脅されて。私、今まで誰にも言えなくてっ。申し訳ございませんでした!」

 女の子は泣きながら陛下とジェレミーに頭を下げた。
 そう、ただの使用人だった彼女はミス・ラナーに脅されて、毒を飲ませる様に強要させられたのだ。そしてたった一人の弟を養っている彼女は罪を誰にも告げられなかった。だが俺は彼女を見つけ出し、事情を聞いて保護、しばらく仕事を休む様にした。

 このおばさんが自分の手を汚すであろう決定的瞬間を作る為に。

「もうこれ以上の言い逃れはできないぞ。それでもまだ何か申すか?」

 俺がおばさんに問いかければ、とうとう観念したようだった。だが信じられないようなものを見る目で俺を見つめる。

「そ、んな、こんな事って……お前は、一体何者なの!?」

 おばさんは俺を見て問いかけたが、答えたのはお爺だった。

「ほっほっほ、何者ですか。……ミス・ラナーとやら、貴方はさきほどのマナー講座で一つ間違いをしておられましたよ」

 突然、先程のマナー講座の間違いを告げられておばさんはお爺に振り向く。

「な、何が間違いだって言うのよ?! 一体、何の話をしているの!?」

 おばさんは戸惑うが、お爺は構わずに笑いながら話を続けた。

「格調高いお茶会では、身分の高い方からお茶を飲んでいくのが決まりです。ですが貴方は飲む順番を間違えられた」
「順番? ジェレミー王子の次は私で合ってるでしょッ!」
「それが間違いというものです。坊ちゃん、よろしいですかな?」

 お爺に尋ねられて、俺はウム! と頷く。そうすればお爺は懐から懐中時計を取り出した。懐中時計には公爵家の花の家紋が彫られている。

「その、家紋は!」

 おばさんはハッと今まで黙っていた父様に視線を向け、そうすれば父様は笑みを見せた。

「その子は私の息子だ」
「ま、まさか!」
「冗談ではございません。こちらの御方はポブラット公爵家ご当主・エヴァンス様のご次男キトリー様でございます」
「……王家の盾のッ!」

 おばさんは口をあんぐりと開けて俺を見た。
 ポブラット家は王家に次ぐ家格だし、母様は隣国の王族なので身分はこのおばさんより俺の方が上なのだ。つまりおばさんはマナー違反をし、お爺はその事を指摘した。

 ……きっと俺の事を貴族でも男爵ぐらい、それか庶民だと思ってたんだろーな。まあ、そういう風に演じましたけど。正直お茶を飲む順番なんてどーでもいいと思ってるけど、こちとら母様から厳しくみっちりと扱かれとるわい!(涙)

「そんな……ポブラット家が出てくるなんて」

 おばさんはすっかり魂が抜かれたように意気消沈し、俺は突っ立ったままの近衛騎士達に指示を出す。

「騎士さん達、この者を連れてってくださいな。ミス・ラナー、お主は自分のしたことを牢にてよくよく反省し、沙汰を待つが良い!」

 俺がビシィッと指をさして告げれば、近衛騎士達はお爺からおばさんを引き取り、すぐさま連行していった。そしておばさんは「こ、こんなはずじゃ」と呟きつつも大人しく騎士達についていった。まあ、もう言い逃れできないしな。

 ……やれやれ、これにて一件落着。……と言いたいところだが。

 俺はちらりと使用人エリカを見て、俺は陛下に頭を下げた。

「陛下。彼女は毒を盛ったのは事実でも、それは強要されやった事。どうか寛大な処置をお願いします」

 俺が頭を下げて真摯に頼むと、陛下はエリカを一瞥し「ああ」と頷いた。それを聞いて俺はフェルとヒューゴに視線を向ける。そうすれば二人は泣くばかりの使用人エリカを連れて出て行った。きっと二人がうまいこと彼女をケアするだろう。陛下の言質も取ったし、悪いようにはならない筈。

 そして部屋には静寂が訪れ、俺はふぅっと一息を吐く。だが……。

「き、キトリー」

 後ろで全て聞いてたジェレミーが戸惑いながら俺に声をかけた。

「ね、今のは一体……?」
「ジェレミー、驚かせてごめん。事前にこの事を教えて、お前がうまく演技できるかどうかわからなかったから言わないで事を進めた。騙したみたいで、すまない」

 俺が正直に謝れば、ジェレミーは首を横に振った。

「う、ううん! そんな事、どうでもいいよ! ただボク、驚いて……まさかミス・ラナーが毒なんて」

 ジェレミーは信じられないと言う顔で呟いた。まだ六歳には重い事実だろう……だが。

「ジェレミー。きっと今後もこういう事は起こりうるだろう、普通に生きていたって突然人の悪意にさらされることはある。だからな、約束するよ。何かあったら今回みたいに助けるって」

 俺はジェレミーの手をぎゅっと握って言う。するとジェレミーは不思議そうな顔をして俺を見た。

「どうして、そんな……ボクの為に」
「どうしてって。ジェレミー、良い奴じゃん。それに友達を守るのは当然だろ?」

 俺が答えるとジェレミーは嬉しそうに笑った。その笑顔は今日も今日とてキラキラと眩しい、誰かサングラス下さい。

 だが、俺は眩しい笑顔を受けつつ後ろにいる人物に声をかけた。
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