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第三章「キスは不意打ちに!」

6 陛下と父様

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「いやはや、どうやって来るかと思えば、相変わらずキトリーはぶっ飛んでるなぁ~」
「ハハハ、それがうちの息子のいい所ですから」

 ロディオンの後ろをひょこっと覗けば、そこには父様とマッチョなオッサンが立っていた。オッサンはくすんだ金髪に浅黒い肌を持ち、ニカッと白い歯を見せて笑う姿はさながらサーファーのよう。だが、この人はジェレミーの父親で、軽いノリで俺とジェレミーを婚約させちゃった人物である。つまり……。

「よぅ、久しいな。元気にしてたか? キトリー」
「お久しぶりです、国王陛下」

 そう俺は仰々しく返事をした。だが俺が頭を下げて挨拶をすれば、陛下は心配そうな顔を見せる。

「おいおい、どうしたー? そんなに堅苦しくして。別邸にいる間に頭でも打ったのか?」

 真面目な顔して心配するので俺は思わずムッとした。

「誰がッ! 久しぶりに会ったのに失礼だな、おっちゃん。婚約者の立場じゃなくなったから、ちゃんとしたのに!」

 俺が反論すると、陛下はにっこりと笑って俺の肩をバシバシと叩く。

「うんうん、それでこそキトリーだ。お前に堅苦しくされるとむず痒くってかなわん。ハハハッ」

 ……むず痒いって。本当は臣下の息子が、陛下をおっちゃん呼びしてるのってかなり大問題だと思うんだが。

 俺はそう思いながらため息を吐いた。実は俺は恐れ多くも、昔から国王陛下をおっちゃん呼びしている。(勿論、他の人がいる前では陛下と呼んでいるけど)
 それもこれも、子供の頃に俺がつい口を滑らしておっちゃん呼びをしてしまって。みんなが陛下と呼ぶなか、俺だけがおっちゃんと親しく(?)呼んだことが嬉しかったらしく、今も同じように呼ぶように言われているのだ。

 ……ま、子供の頃からの付き合いだし、ジェレミーの父ちゃんな訳なので、おっちゃんの方がしっくり来てるんですが。……でも、今も国王陛下をおっちゃん呼ばわりしてていいものなのか。まあ、王様がいいって言ってるからいいんだろうけど、後々不敬罪で処罰されないよな? うむむ。

「しかし女装してくるとは。なかなか可愛いじゃないか、キトリー。本物の令嬢のようだぞ」
「うーん、これはどこにも嫁にはやれませんな」

 ……どこにも嫁に行く予定もありません! というか、父様!

 俺は心の中でツッコミ、そして陛下の横にいた父様を引っ張ってこそっと話す。

「父様、どうして俺の事を陛下に言っちゃったの!」
「ん? 今回は私じゃないぞ。ロディオンがな」
「兄様が?」

 父様がそう言ったので、俺はロディオンを見る。するとロディオンはにっこりと笑い、そこで俺はピンとくる。

 ……そういや今日、俺が出て行くっていうのに兄様はいつもならごねるところ、あっさりと別れの挨拶をして仕事に行ったな。……まさか俺の滞在を伸ばす為にディエリゴと陛下に俺が帰ってることをリークしたのか!?

「どうしたのかな? キトリー」

 ロディオンは笑って言い、俺は顔を引きつらせる。なんという策士!

「愛されてますね、キトリー様」

 俺の後ろでレノが呟く。どうやら俺と同じ推理に至ったようだ。

 ……ブラコンも過ぎるぜ、ブラザー。

 しかし俺がそんなことを思っている横でレノは何気なく陛下に尋ねた。レノは一介の侍従だが、子供の頃から俺とセットだったので勿論陛下とも顔見知りだ。

「けれど陛下、キトリー様をお呼びになったのには何か理由があったからでは?」

 ……あ、そうそう。俺ってば、何の用で呼び出されたんだろ? まさか会いたかったから、とかいう理由じゃないよな? もしや、何かやっちゃった?

 俺はちょっと不安になる、だが。

「ああ、それはな」

 陛下が言いかけた時、ドアがノックされて恰幅のいいおばさんが部屋に入ってきた。この城のメイド長であるマリアだ。そして俺が悪役令息じゃないことを知っている数少ない人。

「失礼いたします。陛下、コルバット子爵がお見えになられました」
「ああ、もうそんな時間か。ではキトリー、私は用事があるので行かねばならん。だが話があるから待っておくように。マリア、キトリーに茶でも用意してやってくれ」

 陛下はマリアにそう告げた。するとマリアはぱちくりと目を瞬かせる。

「キトリー、様ですか?」

 マリアは怪訝そうな顔を見せた。そして辺りをキョロキョロしている。どうやらマリアは俺だと気がついていないようだ。

 ……ふむ、仕方がない。今日の俺はアルセーヌ・キトリーなのだ。俺の変装を誰も見破れない。

「ここだここ。この子がキトリーだ」

 優越感に浸っていたのに陛下はあっさりと暴露した。モゥ!

「そちらの方がキトリー様、で?」

 しかしマリアはまだ信じられないのか、俺をきょとんっとした顔で見ている。これは俺から話しかけるしかあるまい。ちょっと恥ずかしいが。

「こんにちは、マリア。久しぶり」

 いつも通り俺が挨拶をすると、マリアはまたも目を瞬かせた。

「本当にキトリー様で!? まあまあ、可愛らしく変身なさってますね!」

 マリアはニコニコと笑って言った。しかし段々とその笑顔が怖くなる。

「ですが、ここにキトリー様がいて、陛下に宰相閣下、ロディオン様にジェレミー殿下もいる……つまりは皆様、おサボりですか?」

 言葉使いは優しいのにその声色は低い。こういう時のマリア、いや女性に逆らってはいけない。

「あ、あの、マリア?」
「あら、キトリー様はいいんですよ。ですが、それ以外のお方はどうぞお仕事にお戻りになられてください。今すぐに!」

 マリアが号令を出すと、陛下を始め父様や兄様、ジェレミーまでも青い顔をした。マリアはこの城の裏ボス、もし逆らえば水しか貰えなくなる……なので。

「陛下、行きますよ!」
「お、おう、俺達はすぐに仕事に戻る!」
「では、私も戻ります! キトリー、また後でね!」
「私も仕事に戻るよ。ディー、キトリーと待ってて。レノ、ちょっと手伝って欲しい。一緒に来てくれないか」
「畏まりました。では、キトリー様。私はジェレミー様のお手伝いをして参ります」

 そう言うと、野郎どもは蜘蛛の子が散るように部屋から慌てて出て行った。

 ……恐るべし、マリアッ! まさにメイドTUEEEEE!

「全く、目を離すとこれなんですから」

 マリアは腰に手を当ててフンと鼻息を出した。その姿はまるで大家族のオカン。まあ実際、マリアは四人の息子を育て上げた肝っ玉母さんなんだが。

「では、ディエリゴ様、キトリー様、すぐにお茶をお持ちしますね。お昼も近いので、軽食もお持ちしましょうか?」

 マリアに言われて俺の腹が小さくきゅるるっと鳴る。今日は早めの朝食を取ったので、もうお腹が空いてきていた。

「すぐに持って参りますので、少々お待ちください」

 俺の腹の音を聞いたマリアはくすっと笑って、言った。

「う、お願いします」

 恥ずかしさを感じながらも俺が頼むとマリアは頷き、部屋を出て行く。そして嵐が過ぎ去った後のように部屋に静けさが戻る。

「ふぅ、やっと落ち着けるな。ディエリゴ」
「そうだね」

 俺が言うと、ディエリゴはふふっと笑って答えた。でもその後。

「あのね、キトリー。お茶をしながら話したい事があるんだけどいいかな?」

 ディエリゴは何やら言いたげな顔で俺に尋ねた。

「ん? いーけど」 

 ……ディエリゴの話ってなんだろ?

「ま、とりあえず椅子にでも座ってマリアが戻ってくるの待つか」

 俺が長椅子を指さして言えば、ディエリゴはこくりと頷いた。



 一方、レノと言えばマリアに追い出されて、ジェレミー専用の執務室に部屋の主人と共に入室していた。

「やれやれ、マリアはおっかないなぁ」
「そうですね。……ですがジェレミー様、うちの坊ちゃんとディエリゴさんを二人きりにした理由をお聞きしても?」

 部屋に入るなりレノはジェレミーに尋ね、その問いにジェレミーは困ったように笑った。

「レノにはやっぱりわかっていたか」

 ジェレミーは答えながら頬を掻く。

「ディーがキトリーと話したいって言っててね。レノには悪いけど、こっちに来てもらったんだよ」
「そうでしたか。しかし話とは?」
「私も詳しくは。でもきっと例の事じゃないかな、恐らく父上も同じだと思うよ」

 ジェレミーが含みを持たせて言うと、レノはそれだけで察した。

「なるほど」
「という訳で、すまないが。ここで少しゆっくりしてくれるかい?」

 王子に言われ、レノは少し間を置きながらも仕方なく頷いた。

「畏まりました」

 ……私がいなくて大丈夫ですかね? 坊ちゃん、大人しくしていてくださいよ。

 そう願いながら。
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