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閑話
ヒューゴとフェルナンドの物語 後編
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「フェル、具合はどうだ?」
「ヒュー。今日も来てくれたのか」
「当たり前だろ」
ヒューゴはそう言いながら、病室に用意されている丸椅子に腰を下ろした。そしてベッドに座るフェルナンドを見る。腕には三角巾が吊るされ、痛々しい姿だ。
だがヒューゴも軽傷を負い、頭に包帯が巻かれていた。
「腕は……痛むか?」
「いや、大丈夫だ。痛み止めが効いてるから。ヒューの方は?」
「俺は大丈夫だ。明日にはこの大げさな包帯も取れる」
「そうか、良かった」
フェルナンドが笑って言うと、逆にヒューゴは顔色を暗くした。
「フェル、ごめんな。俺を庇って」
「ヒュー、それはもう何回も聞いたよ」
「何回でも言わせてくれ……。俺の、俺を庇ってお前はもう」
剣を握れないじゃないか、という言葉は続かなかった。でもそんなヒューゴにフェルナンドは微笑んだ。
「仕方のない事だ。騎士をしていればこういう事もある。幸い、日常生活には問題ないようだし」
「だけど!」
「ヒュー、俺は俺の腕よりヒューが無事だったことの方が何倍も嬉しいよ」
フェルナンドが正直に答えると、ヒューゴは目に一杯の涙を溜めてポロポロッと涙を零した。
そんなヒューゴを見て、フェルナンドは改めてキトリーの言った言葉が蘇る。
『しょーじきがいちばんよ、ふぇる』
……本当にそうですね、キトリー坊ちゃん。
フェルナンドは心の中で呟いた。
ヒューゴが魔獣に襲われそうになった時、フェルナンドはその身で庇い、腕に大きな傷を受けた。その時大量の血を流し、フェルナンドは死の危険を感じながら朦朧とした意識の中で心底後悔したのだ。
『どうして俺はヒューゴにちゃんと好きだって言わなかったんだろう。どうして何度も告白を断ってしまったんだ。……外見や生まれなんて関係ない。正直に自分の気持ちを伝えれば良かったのに』
フェルナンドは薄れゆく意識の中で、必死に自分を名前を叫ぶヒューゴを見てそう思った。
そして今、治療を受け、目の前には泣いているヒューゴがいる。
……俺の腕一本でヒューを守れたなら安いものだ。だから今後騎士として生きていけなくても後悔はない。でも、きっと俺が今『好きだ』とか『これからも一緒に居たい』とか言えば、ヒューは責任を感じてすぐに『いい』と言ってしまうだろう、それだけは嫌だ。責任で一緒に居られたくはない。……だから、ヒューがもしもう一度告白してくれたなら、俺は今度こそ。
フェルナンドは泣きながら揺れるヒューゴの金色の髪を見て、ぽんぽんっとその頭を撫でた。
……ふわふわのひよこ頭。変わらないなぁ。
「ヒュー、泣かないで」
フェルナンドが言うと、ヒューゴは顔を上げた。だが優しいフェルナンドの笑みを見て、もっと泣くことになるのだった。
しかしそれから回復したフェルナンドは本邸に戻り――――。
「辞めりゅっ!?」
「はい。騎士にはもう戻れませんから」
無事退院したフェルナンドは部屋で積み木遊びをしていたキトリーの元に訪れ、ハッキリと告げていた。だが、告げられたキトリーはショックを隠せないようで、持っていた積み木をぽろりっと床に落とした。
「日常生活には問題ないのですが、もう剣を振るう事はできません。ですので」
そうフェルナンドは床に膝をつき、キトリーと同じ目線で言ったが。
「ちょっ、ちょっとまっちぇ! きちを辞めてどーしゅるの!?」
キトリーは言葉を遮るように声を上げ、フェルナンドの手をぎゅっと握って尋ねた。
「植物が好きですから、そう言った方面で仕事を探そうかと」
「ちょんな、ちょんなっ! ふぇるぅ、出て行かないでぇぇっ!」
キトリーは泣きそうな顔でフェルナンドに言った。しかし。
「そうしたいのはやまやまですが、騎士でもない俺がここにはいられませんから。すみません、坊ちゃん」
「ちょんなぁあああっ! やだぁあああああっ!!」
キトリーはとうとうフェルナンドの膝の上に顔を突っ伏し、お尻を突き上げて泣き始めてしまった。
「坊ちゃん、どうか泣かないでください」
フェルナンドはキトリーの背中を宥める様に、優しく撫でた。しかしそこへヒューゴがやってきた。
「坊ちゃん、失礼します……って、どうしたんだ?」
ヒューゴはフェルナンドの膝の上でズビズビと泣いているキトリーを見て、目を丸くした。だがフェルナンドが教える前に、キトリーはむくりと起きるとヒューゴに突進し、その足元にぺちょっとくっついた。鼻水までくっつきそうである。
「ひゅーごぉぉぉ! ふぇるが辞めりゅっていうのぉぉ!」
キトリーが嘆くとヒューゴは事情を察し、首元に手を当てた。
「あー、そういうことか」
「そういう事なんだ」
フェルナンドは困ったように言った。そしてヒューゴはその場にしゃがむと、衝撃的発言をした。
「坊ちゃん……そのー、すごく言いにくいんですが」
「ん、ひゅご?」
「俺も騎士を辞めることにしまして」
「うええっ?!」
「ヒュー!?」
ヒューゴの発言にキトリーだけでなく、フェルナンドも驚いた。
「ヒュー、騎士を辞めるってどうして!? まさか俺が辞めるから?」
フェルナンドが尋ねるとヒューゴは頷いた。
「俺の相棒はお前だけだ。他の奴と組むつもりはない。それに騎士って仕事はいつまでもやれる仕事じゃないしな、今回の事で痛感したよ。という訳で、俺も違う仕事をしようかと思って、料理人なんていいかな……って、坊ちゃん?」
ヒューゴが見るとキトリーはガックシと肩を落として床に手をつき、ぷるぷると震えて項垂れていた。
「ふぇるだけならじゅ、ヒューゴまじぇも……ッ! 推ちがみられなくなりゅなんちぇッ! ちょんなっちょんなぁぁーっ!」
「坊ちゃん?」
「あー、いきなり過ぎたか?」
フェルナンドとヒューゴが心配げに見ていると、キトリーはむくっと体を起こした。
「こーなっちゃら、権力をこーししましゅ! お爺ーっ!」
「はい、ここに」
キトリーが叫ぶと気配なくどこからともなく執事長が現れた。その事に二人はびくりっと驚いたが、キトリーは気にせず執事長に告げた。
「お爺、にわちとりょーりにんがたりないっちぇこの前いっちぇましたよね?!」
「庭師と料理人ですか? はて、そんなことを言いましたかな?」
「いっちゃよね!?」
キトリーが期待を込めた瞳で問いかけると、執事長はフェルナンドとヒューゴの顔を見て少し考えた後に答えた。
「ふむ、そうだったかもしれませんね?」
「じゃー、二人をおりぇの権限でにわちとりょーりにんで再こよう! いいでしょ!?」
「そう坊ちゃんがおっしゃられるなら、仕方ありませんねぇ」
執事長はほっほっほっと笑って答え、一方キトリーはくるっと二人に向き直し、問いかけた。
「二人もしょれでいいでしょ?! きちを辞めても、ここにいちぇくだしゃい! おねがいしましゅ!」
キトリーに懇願され、二人は顔を見合わせた。まさかキトリーにここまで言われるとは思っていなかったのだ。
「坊ちゃん……どうして俺達の為にそこまで」
問いかけるフェルナンドにキトリーはさっきまで泣いていたのに、真面目な顔でハッキリと答えた。
「だっちぇ、おりぇには二人がひつよーだもんっ!」
両手を握り、力いっぱい言うキトリーにフェルナンドとヒューゴは思わず笑みを零してしまう。まさかこんな小さな子にここまで必要とされているとは思っていなかったのだ。そして二人は互いに顔を見合わせると、キトリーに告げた。
「坊ちゃんが俺を必要としてくださるなら、ここに残りたいと思います」
「そこまで言われたなら残るしかないよな」
二人の答えにキトリーは笑顔を見せた。
「ほんちょね? のこっちぇくれりゅのね?!」
「本当ですよ。という訳で、執事長……そういう事でよろしいでしょうか?」
フェルナンドは顔を上げて執事長に尋ねた。
「ほっほっほ、貴方達がそれでよろしいのであれば私は坊ちゃんの意を酌むだけですよ。旦那様には私からお話しておきましょう」
執事長が答えると、キトリーはついに嬉しさのあまり両手を上げ、その場でぴょんぴょんと小躍りし始めた。
「やっちゃーっ!」
そうしてフェルナンドは庭師として、ヒューゴは料理人として働くようになり、しばらくしてフェルナンドはヒューゴに告白され、二人はめでたく結婚することに。
勿論二人の結婚に一番喜んだのはキトリーで。
二人のささやかな結婚式で、リングボーイを自ら請け負ったのもキトリーだった。
◇◇◇◇
そして現在――――。
……今は坊ちゃんと共に別邸での暮らし。帝都での暮らしも悪くなかったが、ここでの生活は帝都より長閑でいいな。何より、こうしてヒューとの時間も取れるし。
フェルナンドがちらりと隣に座るヒューゴを見れば、不思議そうに軽く首を傾げた。
「どうした? フェル」
「いや、幸せだな、と思って」
フェルナンドがフフッと笑って言うと、ヒューゴは照れくさそうな顔をして「そうか」と頭を掻いた。……だが。
「あ、フェル。頭に葉っぱがついてるぞ。ちょっとジッとしてろ」
ヒューゴはフェルナンドの頭に緑の葉っぱがついていることに気がついて、そっと手を伸ばして払った。緑の葉がひらりと落ちる。
「ありがと、ヒュー」
フェルナンドが何気なくお礼を言った。だが、そこにどこからともなく呟く声が……。
「ん゛、尊い……ッ!」
その声のする方を見れば、両手で口元を抑えているキトリーが立っていた。
「ん? 坊ちゃん、どうしたんですか? そんな所で……」
フェルナンドが尋ねると、キトリーはハッとした顔をして両手を左右に振った。
「ごめんっ、モブがこんなとこにいて! 俺の事は気にしないでぇーっ!」
「あ、坊ちゃん」
フェルナンドが呼びかけるも、キトリーは光の速さでどこかに去って行ってしまった。しかし……。
「もぶってなんだ?」
フェルナンドは首を傾げて呟いたが、勿論それはヒューゴにもわからない。
「さぁ?」
ヒューゴが答えると、今度はどこからともなくレノが現れた。
「レノ?」
「すみません。ここにキトリー様が現れませんでしたか?」
「え? ああ、さっきそこにいたけど」
「どうしたんだ?」
フェルナンドとヒューゴが尋ねるとレノは苛立った顔で一枚の紙を見せた。
『明日は明日の風が吹く、という事で、仕事はまた明日します。キトリー』
「このメモを残して、どこか行かれたので」
その紙とレノの顔を見て二人は全てを察した。
「それで、キトリー様はどちらに行かれましたか?」
「え? ああ、屋敷の方に戻って行ったけど」
「ありがとうございます」
フェルナンドが答えるとレノはキトリーを探し出すべく、その場を去って行った。まるで嵐のようだ。
「坊ちゃんとレノは変わらないな……。あとで大目玉食らうのわかってるだろうに」
「まあ、それが坊ちゃんだから」
ヒューゴは少し呆れて言ったがフェルナンドの言葉に「確かにな」と答えた。
「本当、坊ちゃんの傍にいると飽きることがないよ」
「それは、間違いないな」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。その姿をキトリーがこっそり陰で見ているとも知らずに……。
……んもぅ! 俺のいないところでイチャイチャするなんて、けしからんですぞ! ムフッ!
去ったと見せかけたキトリーは屋敷の窓辺からニマニマしながら二人を眺めていた。
「やっぱりお昼休みはウキウキウォッチングに限りますな!」
そうキトリーは呟いた。しかし背後にいる人物に気がついていなかった。
「見つけましたよ、キトリー様」
「あびっ!」
恐ろしく低い声が聞こえてキトリーは恐る恐る振り返った。そこには仁王立ちしているレノが。
「あ、レノきゅん」
「仕事をさぼって、何をしているんですか?」
「あー、日光浴? テヘッ?」
キトリーは可愛く言ったが、勿論レノにそんな手が通用するはずもなく首根っこを掴まれた。
「何が日光浴ですか、執務室に戻りますよ!」
レノは容赦なくキトリーを引っ張り、窓辺から引き離した。
「あー、俺の癒しがぁぁぁっ!」
キトリーは嘆いたが、その叫びも空しくレノに執務室に連行されることになった。そしてその嘆きが微かに聞こえたフェルナンドは……。
「ん? ヒュー、今何か聞こえなかったか?」
「え? 何か聞こえたか?」
二人は長閑な木陰の下で、そんなやり取りをするのだった。
そして勿論、キトリーはこの後レノの監視の下、執務机に縛られて残っていた仕事をやる羽目に。
「うぅっ、俺の従者、厳しすぎるー。しくしくしくっ」
「ほら、黙って手を動かしてください。泣いたフリしてもダメです」
……ひーんっ! このドS従者ッ!!(泣)
おわり
************
ヒューゴとフェルナンドのお話はどうでしたか?
楽しんで頂けたなら幸いです。
そしてお知らせです。
11月1日より第二章「デートはお手柔らかに!」を投稿していきます。
お楽しみに('ω')ノ
「ヒュー。今日も来てくれたのか」
「当たり前だろ」
ヒューゴはそう言いながら、病室に用意されている丸椅子に腰を下ろした。そしてベッドに座るフェルナンドを見る。腕には三角巾が吊るされ、痛々しい姿だ。
だがヒューゴも軽傷を負い、頭に包帯が巻かれていた。
「腕は……痛むか?」
「いや、大丈夫だ。痛み止めが効いてるから。ヒューの方は?」
「俺は大丈夫だ。明日にはこの大げさな包帯も取れる」
「そうか、良かった」
フェルナンドが笑って言うと、逆にヒューゴは顔色を暗くした。
「フェル、ごめんな。俺を庇って」
「ヒュー、それはもう何回も聞いたよ」
「何回でも言わせてくれ……。俺の、俺を庇ってお前はもう」
剣を握れないじゃないか、という言葉は続かなかった。でもそんなヒューゴにフェルナンドは微笑んだ。
「仕方のない事だ。騎士をしていればこういう事もある。幸い、日常生活には問題ないようだし」
「だけど!」
「ヒュー、俺は俺の腕よりヒューが無事だったことの方が何倍も嬉しいよ」
フェルナンドが正直に答えると、ヒューゴは目に一杯の涙を溜めてポロポロッと涙を零した。
そんなヒューゴを見て、フェルナンドは改めてキトリーの言った言葉が蘇る。
『しょーじきがいちばんよ、ふぇる』
……本当にそうですね、キトリー坊ちゃん。
フェルナンドは心の中で呟いた。
ヒューゴが魔獣に襲われそうになった時、フェルナンドはその身で庇い、腕に大きな傷を受けた。その時大量の血を流し、フェルナンドは死の危険を感じながら朦朧とした意識の中で心底後悔したのだ。
『どうして俺はヒューゴにちゃんと好きだって言わなかったんだろう。どうして何度も告白を断ってしまったんだ。……外見や生まれなんて関係ない。正直に自分の気持ちを伝えれば良かったのに』
フェルナンドは薄れゆく意識の中で、必死に自分を名前を叫ぶヒューゴを見てそう思った。
そして今、治療を受け、目の前には泣いているヒューゴがいる。
……俺の腕一本でヒューを守れたなら安いものだ。だから今後騎士として生きていけなくても後悔はない。でも、きっと俺が今『好きだ』とか『これからも一緒に居たい』とか言えば、ヒューは責任を感じてすぐに『いい』と言ってしまうだろう、それだけは嫌だ。責任で一緒に居られたくはない。……だから、ヒューがもしもう一度告白してくれたなら、俺は今度こそ。
フェルナンドは泣きながら揺れるヒューゴの金色の髪を見て、ぽんぽんっとその頭を撫でた。
……ふわふわのひよこ頭。変わらないなぁ。
「ヒュー、泣かないで」
フェルナンドが言うと、ヒューゴは顔を上げた。だが優しいフェルナンドの笑みを見て、もっと泣くことになるのだった。
しかしそれから回復したフェルナンドは本邸に戻り――――。
「辞めりゅっ!?」
「はい。騎士にはもう戻れませんから」
無事退院したフェルナンドは部屋で積み木遊びをしていたキトリーの元に訪れ、ハッキリと告げていた。だが、告げられたキトリーはショックを隠せないようで、持っていた積み木をぽろりっと床に落とした。
「日常生活には問題ないのですが、もう剣を振るう事はできません。ですので」
そうフェルナンドは床に膝をつき、キトリーと同じ目線で言ったが。
「ちょっ、ちょっとまっちぇ! きちを辞めてどーしゅるの!?」
キトリーは言葉を遮るように声を上げ、フェルナンドの手をぎゅっと握って尋ねた。
「植物が好きですから、そう言った方面で仕事を探そうかと」
「ちょんな、ちょんなっ! ふぇるぅ、出て行かないでぇぇっ!」
キトリーは泣きそうな顔でフェルナンドに言った。しかし。
「そうしたいのはやまやまですが、騎士でもない俺がここにはいられませんから。すみません、坊ちゃん」
「ちょんなぁあああっ! やだぁあああああっ!!」
キトリーはとうとうフェルナンドの膝の上に顔を突っ伏し、お尻を突き上げて泣き始めてしまった。
「坊ちゃん、どうか泣かないでください」
フェルナンドはキトリーの背中を宥める様に、優しく撫でた。しかしそこへヒューゴがやってきた。
「坊ちゃん、失礼します……って、どうしたんだ?」
ヒューゴはフェルナンドの膝の上でズビズビと泣いているキトリーを見て、目を丸くした。だがフェルナンドが教える前に、キトリーはむくりと起きるとヒューゴに突進し、その足元にぺちょっとくっついた。鼻水までくっつきそうである。
「ひゅーごぉぉぉ! ふぇるが辞めりゅっていうのぉぉ!」
キトリーが嘆くとヒューゴは事情を察し、首元に手を当てた。
「あー、そういうことか」
「そういう事なんだ」
フェルナンドは困ったように言った。そしてヒューゴはその場にしゃがむと、衝撃的発言をした。
「坊ちゃん……そのー、すごく言いにくいんですが」
「ん、ひゅご?」
「俺も騎士を辞めることにしまして」
「うええっ?!」
「ヒュー!?」
ヒューゴの発言にキトリーだけでなく、フェルナンドも驚いた。
「ヒュー、騎士を辞めるってどうして!? まさか俺が辞めるから?」
フェルナンドが尋ねるとヒューゴは頷いた。
「俺の相棒はお前だけだ。他の奴と組むつもりはない。それに騎士って仕事はいつまでもやれる仕事じゃないしな、今回の事で痛感したよ。という訳で、俺も違う仕事をしようかと思って、料理人なんていいかな……って、坊ちゃん?」
ヒューゴが見るとキトリーはガックシと肩を落として床に手をつき、ぷるぷると震えて項垂れていた。
「ふぇるだけならじゅ、ヒューゴまじぇも……ッ! 推ちがみられなくなりゅなんちぇッ! ちょんなっちょんなぁぁーっ!」
「坊ちゃん?」
「あー、いきなり過ぎたか?」
フェルナンドとヒューゴが心配げに見ていると、キトリーはむくっと体を起こした。
「こーなっちゃら、権力をこーししましゅ! お爺ーっ!」
「はい、ここに」
キトリーが叫ぶと気配なくどこからともなく執事長が現れた。その事に二人はびくりっと驚いたが、キトリーは気にせず執事長に告げた。
「お爺、にわちとりょーりにんがたりないっちぇこの前いっちぇましたよね?!」
「庭師と料理人ですか? はて、そんなことを言いましたかな?」
「いっちゃよね!?」
キトリーが期待を込めた瞳で問いかけると、執事長はフェルナンドとヒューゴの顔を見て少し考えた後に答えた。
「ふむ、そうだったかもしれませんね?」
「じゃー、二人をおりぇの権限でにわちとりょーりにんで再こよう! いいでしょ!?」
「そう坊ちゃんがおっしゃられるなら、仕方ありませんねぇ」
執事長はほっほっほっと笑って答え、一方キトリーはくるっと二人に向き直し、問いかけた。
「二人もしょれでいいでしょ?! きちを辞めても、ここにいちぇくだしゃい! おねがいしましゅ!」
キトリーに懇願され、二人は顔を見合わせた。まさかキトリーにここまで言われるとは思っていなかったのだ。
「坊ちゃん……どうして俺達の為にそこまで」
問いかけるフェルナンドにキトリーはさっきまで泣いていたのに、真面目な顔でハッキリと答えた。
「だっちぇ、おりぇには二人がひつよーだもんっ!」
両手を握り、力いっぱい言うキトリーにフェルナンドとヒューゴは思わず笑みを零してしまう。まさかこんな小さな子にここまで必要とされているとは思っていなかったのだ。そして二人は互いに顔を見合わせると、キトリーに告げた。
「坊ちゃんが俺を必要としてくださるなら、ここに残りたいと思います」
「そこまで言われたなら残るしかないよな」
二人の答えにキトリーは笑顔を見せた。
「ほんちょね? のこっちぇくれりゅのね?!」
「本当ですよ。という訳で、執事長……そういう事でよろしいでしょうか?」
フェルナンドは顔を上げて執事長に尋ねた。
「ほっほっほ、貴方達がそれでよろしいのであれば私は坊ちゃんの意を酌むだけですよ。旦那様には私からお話しておきましょう」
執事長が答えると、キトリーはついに嬉しさのあまり両手を上げ、その場でぴょんぴょんと小躍りし始めた。
「やっちゃーっ!」
そうしてフェルナンドは庭師として、ヒューゴは料理人として働くようになり、しばらくしてフェルナンドはヒューゴに告白され、二人はめでたく結婚することに。
勿論二人の結婚に一番喜んだのはキトリーで。
二人のささやかな結婚式で、リングボーイを自ら請け負ったのもキトリーだった。
◇◇◇◇
そして現在――――。
……今は坊ちゃんと共に別邸での暮らし。帝都での暮らしも悪くなかったが、ここでの生活は帝都より長閑でいいな。何より、こうしてヒューとの時間も取れるし。
フェルナンドがちらりと隣に座るヒューゴを見れば、不思議そうに軽く首を傾げた。
「どうした? フェル」
「いや、幸せだな、と思って」
フェルナンドがフフッと笑って言うと、ヒューゴは照れくさそうな顔をして「そうか」と頭を掻いた。……だが。
「あ、フェル。頭に葉っぱがついてるぞ。ちょっとジッとしてろ」
ヒューゴはフェルナンドの頭に緑の葉っぱがついていることに気がついて、そっと手を伸ばして払った。緑の葉がひらりと落ちる。
「ありがと、ヒュー」
フェルナンドが何気なくお礼を言った。だが、そこにどこからともなく呟く声が……。
「ん゛、尊い……ッ!」
その声のする方を見れば、両手で口元を抑えているキトリーが立っていた。
「ん? 坊ちゃん、どうしたんですか? そんな所で……」
フェルナンドが尋ねると、キトリーはハッとした顔をして両手を左右に振った。
「ごめんっ、モブがこんなとこにいて! 俺の事は気にしないでぇーっ!」
「あ、坊ちゃん」
フェルナンドが呼びかけるも、キトリーは光の速さでどこかに去って行ってしまった。しかし……。
「もぶってなんだ?」
フェルナンドは首を傾げて呟いたが、勿論それはヒューゴにもわからない。
「さぁ?」
ヒューゴが答えると、今度はどこからともなくレノが現れた。
「レノ?」
「すみません。ここにキトリー様が現れませんでしたか?」
「え? ああ、さっきそこにいたけど」
「どうしたんだ?」
フェルナンドとヒューゴが尋ねるとレノは苛立った顔で一枚の紙を見せた。
『明日は明日の風が吹く、という事で、仕事はまた明日します。キトリー』
「このメモを残して、どこか行かれたので」
その紙とレノの顔を見て二人は全てを察した。
「それで、キトリー様はどちらに行かれましたか?」
「え? ああ、屋敷の方に戻って行ったけど」
「ありがとうございます」
フェルナンドが答えるとレノはキトリーを探し出すべく、その場を去って行った。まるで嵐のようだ。
「坊ちゃんとレノは変わらないな……。あとで大目玉食らうのわかってるだろうに」
「まあ、それが坊ちゃんだから」
ヒューゴは少し呆れて言ったがフェルナンドの言葉に「確かにな」と答えた。
「本当、坊ちゃんの傍にいると飽きることがないよ」
「それは、間違いないな」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。その姿をキトリーがこっそり陰で見ているとも知らずに……。
……んもぅ! 俺のいないところでイチャイチャするなんて、けしからんですぞ! ムフッ!
去ったと見せかけたキトリーは屋敷の窓辺からニマニマしながら二人を眺めていた。
「やっぱりお昼休みはウキウキウォッチングに限りますな!」
そうキトリーは呟いた。しかし背後にいる人物に気がついていなかった。
「見つけましたよ、キトリー様」
「あびっ!」
恐ろしく低い声が聞こえてキトリーは恐る恐る振り返った。そこには仁王立ちしているレノが。
「あ、レノきゅん」
「仕事をさぼって、何をしているんですか?」
「あー、日光浴? テヘッ?」
キトリーは可愛く言ったが、勿論レノにそんな手が通用するはずもなく首根っこを掴まれた。
「何が日光浴ですか、執務室に戻りますよ!」
レノは容赦なくキトリーを引っ張り、窓辺から引き離した。
「あー、俺の癒しがぁぁぁっ!」
キトリーは嘆いたが、その叫びも空しくレノに執務室に連行されることになった。そしてその嘆きが微かに聞こえたフェルナンドは……。
「ん? ヒュー、今何か聞こえなかったか?」
「え? 何か聞こえたか?」
二人は長閑な木陰の下で、そんなやり取りをするのだった。
そして勿論、キトリーはこの後レノの監視の下、執務机に縛られて残っていた仕事をやる羽目に。
「うぅっ、俺の従者、厳しすぎるー。しくしくしくっ」
「ほら、黙って手を動かしてください。泣いたフリしてもダメです」
……ひーんっ! このドS従者ッ!!(泣)
おわり
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ヒューゴとフェルナンドのお話はどうでしたか?
楽しんで頂けたなら幸いです。
そしてお知らせです。
11月1日より第二章「デートはお手柔らかに!」を投稿していきます。
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