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閑話

ヒューゴとフェルナンドの物語 中編

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 ――――ヒューゴとフェルナンドがキトリーの護衛になってから数ヶ月。

「坊ちゃん! ウロチョロしないでくださいと言ってるでしょ!」
「あー、はいはい。レノ、わきゃってりゅよ~。もー、おしゃんぽしてるだけだろぉ?」
「わかってません! 大体、昨日も!」
「レノ、カリカリしゅると体によくないじょ? カリュシウムはちゃんとちょってる?」
「ダレのせいだとっ、大体なんですかカリュなんたらって」
「カリュシウムとらないとおっきくなれないよー?」

 怒るレノと、のらりくらりと返事を躱すキトリーの声が昼の庭から響いてくる。その声は使用人に与えられている更衣室まで聞こえてきた。そして忘れ物をして休日にわざわざ更衣室に取りに来ていたフェルナンドの耳にも。

 ……今日も坊ちゃんとレノ、仲良しだな。

 フェルナンドは窓を開けて、庭にいるキトリーとレノに視線を向けた。庭の芝生の上、とことこっと歩くキトリーの後ろをレノがぴったりと離れず歩いている。
 目を離したら何をするかわからないからだろう。
 しかし、視線に気がついたのかキトリーがフェルナンドを見つけた。

「あっ! ふぇるぅ~!」
「あ、こら!」

 キトリーはタタタタッと走ってきた。そしてレノは突然駆けだしたキトリーを捕まえ損ね、慌てて後ろを追いかけてきた。

「ふぇる、今日はおやしゅみなのにどちたの?」
「坊ちゃん、急に走らないでください!」

 レノは怒ったが、キトリーは何のその。レノを無視してフェルナンドを見つめる。そんなキトリーを見て、レノは大変だな、と思いつつ返事をした。

「坊ちゃん、レノ、こんにちは。今日は休みなのですが忘れ物をしまして、取りに来たんです」
「そうなんだぁ~。ふぇるのちふく、はじめて見るねぇ~」

 キトリーは窓から見えるフェルナンドの上半身をじっと見て言った。

 ……そういえば、いつも制服だから坊ちゃんが私服を見るのは初めてか。

「あ! このあと、にわでお茶するの! ふぇる、おひまだったら一緒にお茶しない?」
「お茶ですか?」
「うん。あ、でもせっかくのおやしゅみにおりぇと一緒……。これじゃ、しぎょと終わりに飲みにしゃしょう面倒くしゃいじょうちといっちょじゃぁ」

 キトリーは口に手を当てて、不味そうな顔をした。後半、何を言っているのかフェルナンドには理解できなかったが。

「坊ちゃん?」
「いやならいいでしゅからね! ちょっとしゃしょっただけでしゅから!」

 キトリーは小さな両手を振って慌てた様子で言った。しかしフェルナンドは笑顔で答えた。

「坊ちゃんが良ければ、ぜひご一緒させてください」

 にっこりと笑って答えると、キトリーは嬉しそうに大きく目を開いた。

「ほんちょ!? あ、じゃあレノ、ちゅうぼーに行って三人分のよういをたにょんできちぇ!」
「はぁ……わかりました。フェルナンドさん、戻ってくるまで坊ちゃんの事をおねがいします」

 レノは疲れた顔をしながらもフェルナンドに頼んで、屋敷の厨房に向かった。そしてフェルナンドと言えば。

 ……まあ遅い夕方にヒューゴと飲みに行くだけだから、坊ちゃんとお茶をしても時間的に大丈夫だろう。しかし坊ちゃんとお茶か。いつも傍にはいるが、お茶をご一緒するのは初めてだな。

「ふぇるっ、あしょこの木陰でお茶しよ!」

 キトリーは大きな木の下を指さして言った。

「はい、今からそちらに向かいますからちょっと待ってくださいね」

 そう言ってフェルナンドは更衣室を出て、初めてキトリーとお茶をすることになった。
 そしてレノが戻ってきて、メイドがお茶のセットを運んできた。そのセットをレノは受け取り、敷き布をしてお茶の準備をする。だが、その横で……。

「ねぇ、ふぇる。こりぇってなんていうお花なの?」
「これはアザナという名の花ですよ」
「ふーん、ふぇるはものちりだねぇ」

 二人は近くに咲いていた花を観察していた。

「ふぅむ、でもアジャナかぁ。タンポポじゃないんだぁ」

 キトリーは顎に手を当てて不思議そうに呟いたが、フェルナンドはわからず首を傾げる。

 ……たんぽー? なんだろうか?

 しかし問いかける前に、レノが二人に声をかけた。

「坊ちゃん、フェルナンドさん。お茶がはいりましたよ」
「あ、ありがとー、レノ」

 キトリーはポポイっと靴を脱ぐと敷き布に上がり、すぐにレノの横に座って子供用のマグカップを受け取った。その間にレノは敷き布の上にお皿に盛りつけられた焼き菓子を置く。
 八歳とは思えない手際の良さに、フェルナンドは少し目を丸くしてしまう。

 ……キトリー坊ちゃんもどこか大人っぽい子だけど、レノも大人顔負けだな。さすが執事長が連れてきたという子というか。

 フェルナンドはそんなことを思いつつもキトリーの傍に座り、レノからティーカップを受け取った。

「ありがとう、レノ」
「いいえ」

 レノの澄ました姿に、本当は中身は大人なんじゃないだろうか? とフェルナンドは暖かな紅茶を飲みつつ思う。しかしその横で。

「んはーっ、おちゃ、おいしぃ!」

 キトリーがお茶を飲んで、しみじみと呟いた。そして小さな手をお皿に乗った焼き菓子に伸ばす。

「坊ちゃん、いいですか。二つまでですからね?」

 レノはじっとキトリーを見て告げた。

「わかっちぇるよぉ~。レノってばしんぱい性だなぁ~」
「そう言って昨日、私が目を離してる内にこっそり三つめを食べようとしたのは誰ですか?」
「ちっちっちっ、かこのこちょばかり振りかえりゅ男はモテないじょ?」

 小さな人差し指を立てて左右に振りながらキトリーは呟き、ぱっくんと焼き菓子を口に入れた。しかしまだ幼いレノはキトリーの言った言葉の意味がわからないのか困った顔をしている。
 だが、大人のフェルナンドはその言葉の意味を理解できるわけで。

 ……本当、レノはこういう所は子供だけど、逆にキトリー坊ちゃんはこういうとこは妙に大人っぽいと言うか、おじさん臭いと言うか。

「んー、このおかし、おいし! レノ、ちゅーぼーにあちたもこれ食べちゃいっておねがいちてて!」

 キトリーはプニプニぽよぽよのほっぺを両手で支えながらレノに言った。

「わかりました」
「おねがいね。あ、ふぇるもたべちぇ」

 キトリーに勧められ、フェルナンドも「はい」と答えて焼き菓子を一つ手に取った。甘い香りと砂糖の匂いがする。

「いただきますね」

 フェルナンドはそう言って、一口齧った。ふんわりとしたスポンジ生地に柔らかい甘みが口に広がる。けれど、一番おいしい焼き菓子を知っているから、そこそこにおいしいとしか感じられない。

 ……俺の舌もすっかり肥えてしまったな。ヒューのせいだ。

 フェルナンドは焼き菓子を味わいながら、この場にいないヒューゴに対して心の中で文句を言った。子供の頃から料理好きなヒューゴに付き合い、お菓子なども食べてきたフェルナンドの舌は街のお菓子職人にも引けを取らないヒューゴのお菓子ですっかり肥えてしまっていた。
 だからポブラット家の料理人が作ったお菓子も、ヒューゴならもっとうまく作るのにな、と思ってしまう。

「ふぇる、このおかち、しゅきじゃなかった?」

 キトリーに下から覗くように尋ねられ、フェルナンドは我に返った。

「あ、いえ。好きですよ、美味しいです」
「ほんちょにぃー? なんか、あんまりしゅきそーじゃないよぉ?」

 問いかけられ、フェルナンドは『そんなことありません、とても美味しいです!』と嘘を吐こうとした。でも緑の瞳にじぃっと見つめられ、なんだか嘘をつけなかった。

 ……本当なら美味しいって言わなきゃならないんだろうけれど。この子には嘘を吐きたくないな。

「その、本当においしいです。でも、もっとおいしいのを食べた事があって。その……そっちの方が美味しいなって。すみません、折角いただいたのに」

 フェルナンドは正直に気持ちを告白した。
 しかしキトリーはムッとするでもなく、興味を示した。

「えー! これよりおいちいの食べたの!? どこのおみちぇ!?」
「その……ヒューの手作りで」
「ひゅーごっ! え、ヒューゴっておかしちゅくるの!?」
「はい、趣味で昔から……それで俺も色々と貰って」

 フェルナンドが答えるとキトリーはさっきよりもキラキラした瞳でじっと見てきた。なぜか、その瞳がちょっと怖い。

「ぼ、坊ちゃん?」
「ふぇるとヒューゴはなかよちだねぇ。もちかちて、今日もあちょで会ったりしゅるの?」
「え? ええ、まあ」

 フェルナンドが答えるとキトリーはニマニマしながらこちらを見てくる。不気味だ。

 ……一体なんなんだろうか。

「ふぇるとヒューゴはちゅきあってるの?」
「え?! ……いえ、そういうわけでは」
「えーなんでぇ? ふぇるもヒューゴもなかよしさんでしょ? ちゅきあっちゃえばいいのにぃー」
「それは……。俺はただの友達ですから。それに俺なんかが相手なんてヒューが可哀そうですよ」
「えぇ? ふぇるはかっこいいよ?!」

 キトリーは驚いた後、ハッキリとした口調でフェルナンドを褒めた。その姿に思わずフェルナンドは笑ってしまう。

 ……小さい頃はよそ者扱いされていたんだけどな。坊ちゃんには俺の顔なんてどうでもいいんだ、ヒューゴと同じで。……けれど。

「ありがとうございます、坊ちゃん。でも俺じゃ」
「じゃ、ヒューゴが他の誰かちょくっちゅいてもいいの?」

 キトリーの質問にフェルナンドは何も答えられなかった。だがそんなフェルナンドにキトリーはお茶を飲みながら告げた。

「しょーじきがいちばんよ、ふぇる」

 まるで諭すような言葉にフェルナンドはハッと視線をキトリーに向けた。でもキトリーは変わらぬ様子で二つ目のお菓子を口に頬張っていた。

 ……本当、うちの坊ちゃんは何者なんだろう。……でも、正直が一番か。

 キトリーの言葉はフェルナンドの胸の奥底に響いた。








 ――――しかし、それから一年も経とうかという頃。

 数年ぶりに帝都近くに大量の魔獣が現れ、フェルナンドとヒューゴも公爵家から駆り出されることになった。魔獣は人や家畜を襲い、植物を枯らす災害のようなもので、その魔獣を討伐する為に毎回帝都から選りすぐりの騎士が派遣される。そこに騎士として腕の立つ二人も呼ばれたのだ。

 二人は泣きわめくキトリーを宥めて、編成された討伐隊と北の森へと向かった。
 そして一週間に渡り、魔獣達を駆逐したのだが……。


 その際フェルナンドはヒューゴを庇って右手に大きな怪我を負ってしまったのだった――――。

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