残虐王

神谷レイン

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花の名を君に

30 口づけても?

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「うっ……うぅっ」

 僕は光の精霊がいなくなってしまった悲しみに涙を零し続けた。そんな僕の背をローアンが優しく撫でて慰めてくれる。

「レスカチア、もう泣き止んで」

 ローアンは僕の目元にキスを落として、僕の涙を唇で吸い取った。まだ水晶になる前の僕の涙を。

「ローアン……」

 僕は寂しさと悲しさを埋めるようにぎゅうっとローアンを抱き締めた。そしてローアンも僕を抱き返してくれた。

「レスカ……すまなかった。私はお前の想いを踏みにじっていたんだな」

 ローアンが耳元で申し訳なさそうに囁く。

「彼の言う通りだな。私はレスカに甘えてばかりだ……今も昔も」

 ローアンはそう言うと、僕をまじまじと見つめた。その瞳がどこか懐かしい匂いを漂わせていた。

「……ローアン?」
「レスカチア……俺を二度も愛してくれてありがとう」

 その言葉に僕は目を見開いた。ローアンは自分の事を一度も“俺”と言った事はない。それに二度、と言った。その言葉の意味は……。

「ロ……ベルト?」

 僕がぽつりと、思わずその名を口にするとローアンはにこりと笑った。戸惑うこともなく、驚くこともなく。まるで自分の名前のように受け入れたんだ。

「ああ」
「ローアン、どうして」

 名前を呼んだ僕の方が戸惑い、ローアンを見つめた。そんな僕をローアンは微笑み返し、それから我慢できないって顔をして僕にちゅっと啄む口づけをした。
 そして鼻を触れ合わせたまま、じっと僕の瞳を見つめてローアンは告げた。

「思い出したんだ、ロベルトだった頃の私を……そしてレスカが愛してくれた事を」

 僕は息の仕方を忘れたみたいに呼吸を止めてローアンをただ見つめ返すしかできなかった。
 こんなことって、あるだろうか?
 けれど戸惑う僕にローアンは申し訳なさそうな顔をみせた。

「でも私はいつも自分の弱さから間違った選択をして、お前を悲しませていた。今も昔も……。すまない、レスカチア」

 謝るローアンに僕は咄嗟に首を横に振った。

「それを言うなら僕だって同じだ。間違った選択ばかり……君を精霊にした事だって、ゆくゆく君を苦しめてしまうかもしれない」

 精霊にしなければローアンは救えなかった。でも長い生はローアンを苦しめるかもしれない、光の精霊のように。
 そう思ったけれど、ローアンは僕の頬を撫でた。

「お前が今まで耐えてきたんだ。私だって耐えてみせる」
「ローアン……」
「それに私にはレスカが傍にいてくれるだろう? こんな私の傍にはいたくないか?」

 ローアンは捨てられた子犬みたいな目で僕を見つめた。いつだったか、僕と離れたくないと言った幼い日のあの頃のローアンと同じように。

「そんな訳ないだろう。傍にいるって約束しただろう?」

 僕が答えるとローアンは嬉しそうに微笑んだ。

「これからはお前の為に生きよう、レスカチア。お前の傍でこれから私の犯した罪を償っていきたい。いいだろうか?」

 僕は想いが言葉にならなくて、こくりっと大きく頷いた。けれど、言葉がなくてもローアンはわかってくれた。

「光の精霊には感謝しなくては……今も昔も」
「今も昔も?」

 僕が尋ねると、ローアンは少し気まずそうに教えてくれた。

「私がまだロベルトだった頃、影の精霊に言われたんだ。大雨が降り続いた時があっただろう? あの時レスカチアの元に行くよう魔女殿に言ったのは自分だが、本当は光の精霊に言われたのだと」
「光が?」

 僕はもう遠い記憶を思い出す。あれはヨーシャと初めて会った時の事だったはずだ。
 確か、影の精霊が僕を手助けするようにヨーシャを向かわせた。あの時、雨雲続きで光の精霊達が弱っていると言って。

 でも、今考えてみればおかしな話だ。光の精霊は前精霊王の力を渡され、精霊王になれなくとも膨大な力を有していた。それが雨雲が続いただけで弱るだろうか?

「もしかして、光の精霊は……」

 わかっていたんじゃないだろうか、僕の気持ちに。そして相談役にヨーシャを向かわせた。
 光の精霊は僕が生まれた時から『人間と関わるな』と言い続けていた。でも、あの時ロベルトに会いに行かなければ僕はずっとあのままだった。

 あのままでいれば、森もやがては死んでしまう。だから……。

「それに、光の精霊はいつの日か私に聞いた。精霊王様の為に死ぬ覚悟はあるか? と。あの時、私は死ねないと答えた。お前の為になら死ぬ覚悟はあったが、できれば国を盤石なものにしてからと思っていた。だが……あの時から光の精霊は私に力を渡すつもりだったのかもしれない」

 ローアンはそう答えた。だが真相はわからない。光の精霊は消えてしまったから。
 でもきっと僕の見えないところで、光の精霊は僕をずっと守ろうとしていたのだろう。その優しさに胸が熱くなる。でもそれはロベルトであったローアンも一緒だ。

「そうだね。……でも僕を守ろうとしてくれたのはローアンもだ。きっとこの国はまた良くなるだろう、君のおかげで」

 僕が伝えるとローアンはくすりと笑った。

「私だけの力じゃないが、そうだと願っている。いや、必ずそうなるさ。……しかし、ずっと自分でも不思議だった」
「?」
「記憶を失っていた私は不思議だったんだ。どうして自分がこんなに国にこだわるのか。……王族として生まれてきたからだと、理由を付けていたが、今、わかった気がする。きっとお前の為だったんだな」

 ローアンは黒の二つ目で僕を見つめた。確かにローアンは僕の為にしてくれたのかもしれない。けれど、きっと僕の為だけじゃない。僕は首を横に振って答えた。

「いいや、きっと君は僕の為じゃなくても同じことをしていただろう。君は優しいから」

 僕はそう言ったけれどローアンは「買いかぶり過ぎだ」と笑った。でも「本当だよ」と笑い返し、僕らはしばらく笑い合ってお互いを見つめた。
 いつの間にか空が白んできた、夜がもう明けようとしている。




 長かった夜がもう終わりを告げる。




「レスカチア、口づけても?」

 いつの日にか聞いた言葉。ロベルトも同じように口づける前は僕に何度も確認を取った。
 僕の答えなんていつも一緒なのに。
 僕は懐かしい思いを胸に抱きながら、微笑んで「うん」と答えた。

 するとローアンは僕の両頬に大きな手を当て、そっと僕に柔らかい唇を落とした。
 しっとりと濡れたローアンの唇がちゅっと音を鳴らして、僕の唇に触れる。

 優しい、優しい口づけ。

 そしてローアンは唇を離して、僕をじっと見つめた。

「レスカチア、愛している」

 僕の名を呼び、たった一言を僕に告げた。
 でもそれはずっと僕が失っていたもので、ずっと恋焦がれていたもの。それがもう一度手に入るなんて……。

「ローアン、僕も愛してるッ!」

 僕らは朝日の中で顔を寄せ合って笑い合った。僕らはもう離れない。




 それから目が覚めたチェインが僕らの元にやってきて驚いたり、新しい光の精霊になったローアンに影の精霊が人見知りしたり、国が王政制度を廃止して民主主義になり、国の空気が変わっていったりと、目まぐるしく日々は動いていった。

 けれど全てがいい方へとーーーー。


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