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花の名を君に
22 光の正体
しおりを挟む「君は……人間だね?」
僕がぽつりと呟くと、光の精霊はハッとした表情の後「とうとう……ばれてしまいましたね」と小さく言い、初めて僕に本当の姿を現した。
そこにいたのは黒の巻き髪に闇夜を映したかのような黒い瞳、そしてまるで太陽に愛されたような黒い肌を持つ青年がいた。
僕は肌まで黒い人を見たことがなかったから少し驚いたけれど、その肌は滑らかでとても美しかった。
光の精霊は僕が生まれる前から存在していた。きっと僕の前の精霊王が彼を精霊にしたのだろう。しかし人の子を光の精霊にするほど力を持つことが?
一つの疑問が浮かんだが、それは光の精霊の言葉によって掻き消えた。
「……精霊王様、これが私の本当の姿です」
「君の」
「ええ、私は元人間でした」
光の精霊はぽつりと僕に告げた。
「元人間。なら、なぜそこまで人を嫌うの?」
僕が尋ねると、光の精霊は困った顔を見せた。
「同族だから嫌わない、そんなことはないのですよ。いえ、同じだからこそ、なのかもしれません」
「光?」
僕が問いかけると光の精霊は静かに教えてくれた。
「私はこの黒い肌を持って生まれました。そして多くの人間は私を気味悪いと、私のこの見た目だけを見て差別し、虐めました。目を瞑れば私の肌など見えもしないくせに……。私は見世物小屋に売られ、人々に見られる日々。そこで他者を虐げ、自分勝手で傲慢に満ちた人間を嫌というほど見ました。そして簡単に金や欲に溺れる人間も」
黒い瞳は揺らめき、遠い日を思い返していた。
言葉には嫌悪が響き、そこできっと光の精霊は人を諦めてしまったのだろう。人間の愚かさを目の当たりにして。
「けれど、そんな時に私はある精霊と会いました。あの方は私を心から愛してくださいました。今の精霊王様のように」
光の精霊の瞳が僕を捕らえる。その瞳は穏やかだった。
「私の元にあの方は毎日来てくださいました。誰にも愛されなかった私に初めての安らぎと言うものを与えて下さった。私はあの方に会えるだけで幸せだった」
それは光の精霊の幸せの日々だったのだろう。
けれど穏やかな瞳が曇り、眉間に皺が寄った。
「でも、それがいけなかった。人と精霊は関わってはいけなかったのです。あの方は嬲られ痛めつけられ、処分されそうになっていた私を精霊にして下さいました。けれど、ただの精霊になればそこに意識はない、私という存在は消えます。だからあの方は私に自分の力を渡し、私を光の精霊とした」
「そんな事が!」
「……ええ。そして光の精霊となった私は自我を持ったまま存在する事が出来た。しかし、代わりにあの方は消えてしまいました」
僕は息を飲んで唖然とした。
だが、地面に置く僕の手を光の精霊はそっと重ねて、ぎゅっと強く握った。
「以来、私は光の精霊として生きてきました。あの方がくれた命を無駄にしない為に。……けれど精霊王様、私はあの方を失くしてまで生きたいと思った事はなかった!!」
「……光」
「今の精霊王様を見ていると、あの方を思い出します。影もそうだった……精霊は人に優しすぎる」
「影……、もしかして影にも?」
「ええ、話しをしました。でも影も彼女を見捨てられなかった。そして……共に消える事を選んだ」
小さく、小さく呟いた後、光の精霊は目を伏せた。
「精霊王様。ですから、もう人とはお関りにならないでください。その方がどちらの為でもあるんです」
それは切実な願いだった。
僕は今まで光の精霊の事を勘違いしていた。
差別を受けてきた光の精霊が人間を嫌っているのは本当だろう。でも僕は、ただそれだけで光の精霊が人と関わるなと言っているのだと思っていた。
けれど、そうじゃないんだ。
光の精霊は精霊の立場でありながら、人間側の気持ちをも考えていたんだ。
光の精霊は力を受け取り、愛する人を失くした。
ヨーシャは影と共に消えた。けれど、ヨーシャは知っていたのだろうか? 影もまた自分と共に消える事を。きっと影の事だ、その事は言わなかっただろう。
そして、光の精霊は今度は僕の事を危惧している。
ローアンの為なら、何でもするこの僕を。
「精霊王様、人の命はどうせ短いものです。ですから……」
人が生きるのはたかだか六十数年。僕ら精霊にすれば、瞬きをする間の事のようだ。
「光……確かに君の言う通りだね」
「ならば!」
「でもローアンは自ら死に向かおうとしている。僕にはそれを無視することはできない」
「なぜ、なぜですか!」
意志を変えない僕に光の精霊は怒ったように言ったけれど僕は微笑んだ。
「君にもわかるだろう? もし、かの精霊と君の立場が逆だったらどうしていた? 君が精霊で、かの精霊が人間なら……君は放っておけたかい?」
僕が問いかけると光の精霊は目を見開いた。
「それは……っ」
「同じなんだよ。人とか精霊とか、関係ない。大事な人を守りたい、ただそれだけなんだ」
そう、ただ守りたい。それだけなんだ。なのに僕は守ることができない。
どうしてこんなにも難しいんだろう。
一つの命を奪う事はとても簡単なのに、一つの命を守ることがこんなにも難しいなんて。
僕は眉間に皺を寄せた。
……僕はどうしたらいいんだろう。ただ、ローアンに幸せに生きて欲しいだけなのに。
「どうして僕はローアンを幸せにできないんだろう」
僕は見つからない答えに、ぽろりと涙を零した。それは地面に落ちる前に水晶になり、ころころっこつんっと光の精霊の手に当たる。
光の精霊は僕の涙の水晶を手に取るとぐっと握った。
「……精霊王様」
光の精霊は僕を呼ぶと、しばし黙った。その沈黙は長く、僕はどうしたんだろう? と顔を上げた。すると、そこには後悔や怒り、色んな感情が入り混じった複雑な顔をした光の精霊がいた。
どうして君がそんな顔をするんだい?
僕はそう思った。この時の僕は、光の精霊が何を思っているのかわからなかったから。
「光?」
「精霊王様……今の私には持てる言葉がございません。けれど、ひとつだけ言えることがあります」
光の精霊はそう言うと僕をまっすぐと見た。
「こんなことは言いたくはありません、貴方が傷つくとわかっているから。でも……あの者の傍にいてあげて下さい。きっとそれがあの者の為になる」
今まで散々離れろと言ってきた光の精霊の言葉とは思えないセリフだった。だから僕はちょっと驚いてしまった。
「ローアンの? でも、僕は」
僕がローアンの傍にいたら良くない事が。その思いが僕の胸に過ぎった。
「ここでこんな風にじっとしているよりずっといい。そうでしょう?」
光の精霊の言葉はいつも正しい。
確かに、こんなところで泣いていてもローアンの現状は何一つ変わらないのだ。それなら傍にいた方がいいのかもしれない。もうこれ以上、悪くなりようなんてないんだから。
大丈夫だろうか? という不安が僕の胸に渦巻く。だが、答えは一つだった。
「……僕、行くよ」
僕が小さく答えると、光の精霊はやんわりと笑い、そしてそっと僕の手を握った。
「精霊王様、これが良いのかわかりません。……けれど、必ずお力になります」
光の精霊は意味深に僕に告げた。
この言葉の意味を僕が知るのは、ずっと先の事だった。
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