残虐王

神谷レイン

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花の名を君に

10 ノイク

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 交わった翌朝、ドンドンッと小屋の玄関ドアが乱暴に叩かれた。
 その音に眠っていた僕は目覚めた。

「んー?」

 目を擦って、むくりと起きる。

「おはよう、レスカ」

 ロベルトはもう起きて服を着ていた。僕はそんなロベルトに声をかけようとしたけど、先にドアの向こうから声が飛んできた。

「ロベルト様! お迎えに上がりましたよ!」

 その声は僕も知る声だった。

「やれやれ、朝から元気な事だ」
「ロベルト、もう行くの?」

 僕が尋ねるとロベルトは苦笑し、僕の額に口づけをした。

「ああ、行かねばならない」
「じゃあ、見送るよ」

 僕は上着を羽織って言った。
 そして二人で玄関に向かう。ロベルトがドアを開けるとそこにはぶすっと不機嫌な顔をしている青年が立っていた。

「おはよう、ノイク」

 ロベルトは青年ににこやかに声をかけた。けれど青年の表情は変わらない。

「おはようございます、ロベルト様。昨日の内に帰ってこられる予定だったのでは?」
「まあ、そのつもりだったんだがな。はははっ」

 ロベルトは笑って誤魔化したが、青年はロベルトを前にへつらうことをしなかった。

「ロベルト様が戻ってこられないから、私はまた宰相様に怒られたんですよ! 帰らない時はちゃんと言ってください!」

 ロベルトに文句を言い、ロベルトは「悪い悪い、次から気を付ける」と笑って謝った。

「前もそう言ってました!」
「そうだったか?」

 ロベルトはとぼけた顔をして言い、青年はハァーと大きなため息を吐いた。

「全く、もう」

 青年は小さく呟き、呆れた様子だったが、それからその目が僕に向かった。

「レスカチア様、おはようございます。朝からうるさくして申し訳ございません」

 青年は僕に向かって丁寧に頭を下げて言った。

「ううん、僕は大丈夫だよ」

 僕がそう答えるとノイクは微笑んだ。
 ノイクは僕の事を見える青年だった。





 ロベルトと交わった日から一年後の事。

 ロベルトは僕の元に、まだ七歳くらいの幼い少年を連れてきた。
 名前はノイク。ロベルトの遠縁の子供らしく、茶髪にロベルトと同じ黒の目をしていた。

「ロベルト、この子は?」

 僕はロベルトの後ろに隠れるように立っているノイクを見て、尋ねた。

「この子はノイク。俺と同じで少し変わった目を持っているようなんだ」

 ロベルトはそう言うと自分の後ろに隠れるノイクに声をかけた。

「ノイク、レスカチアが見えるか?」

 そう尋ねると、ノイクは小さくこくりと頷いた。

「声も聞こえているのか?」

 ロベルトが再び尋ねると、ノイクはまた小さく頷いた。

「声ははっきり……。姿はぼんやりとしか見えないけど」

 まだ声変りもしていない幼い声でノイクは答えた。僕は少し屈んでノイクに顔を近寄せた。その行為にノイクはビクッと肩を揺らした。でも僕は構わず声をかけた。

「僕が見えるの?」
「……は、はい」

 ノイクは小さく小さく答えた。その答えにロベルトは複雑そうな顔をして「そうか」と答えた。

「ロベルト?」
「いや、何でもない。今日はこの子を紹介しに来たんだ。あと、今日はここで昼食を摂ろうと思ってな。お前にも菓子を持ってきた」

 ロベルトは持っていた籠を僕に見せて言った。
 僕達は湖の側に腰を下ろし、ロベルトとノイクは昼食のサンドイッチというものを食べ、僕は小さな焼き菓子を齧った。

 ノイクは終始緊張しつづけていたけれど、昼食を食べたらお腹がいっぱいになって、うとうととし始めた。そして、とうとうロベルトの膝に頭を乗せて眠ってしまった。

 すやすやと今は気持ちよさそうに寝ている。

 でも、ノイクは他の子よりも小柄でやせ細っているように見えた。腕なんか掴んでしまえば、ぽきっと折れてしまいそうだ。
 でもその理由を、ロベルトは自分の上着をノイクに掛けながら僕にそっと教えてくれた。

「ノイクはな。山間の小さな村で生まれ、両親を早くに亡くして隣家の下働きとして働いていたんだ。だが、目に見えないものが見えたせいで周りから気味悪がられ、納屋で寝起きをして、まともな飯も食わせて貰えていなかった」

 ロベルトは悲しそうな顔でノイクの小さな頭を撫でながら言った。

 目に見えないものが見える。

 それは見えない者にとっては奇異に見える事だろう。突然一人でしゃべりだしたり、驚いたり、どこかをじっと見たり。

 だからロベルトも小さい頃に、亡き父親から『変な事を言うな』と叱られたらしい。

 今では見えることも僕との事も公に知られているが、以前は誰にも話したこともなかったという。きっとあの戦がなければ今もそうだっただろう、と。

「この子の気持ちをわかってやれるのは俺だけだと思った。だから引き取ったんだ」

 ロベルトはまるで自分を見るように眠るノイクを見た。

 ロベルトは視察で回った時にノイクを見かけ、そのまま引き取ったらしい。きっとロベルトが引き取らなければ、ノイクの命は短いものだっただろう。

 でも僕は「そっか」とぽつりと呟き、複雑な気持ちになる。

 見える事によって人に迫害される事実を知り、僕はロベルトにとってもノイクにとっても、僕達のような者が見える事、僕と関わる事は彼らが生きる上で良くない事ではなかったのだろうか? と。

 それに動物達や他の精霊達も言っていた。

『人間と、我らと違う者達と関わるのは止めた方が良い』と、何度も。

 けれど、僕はロベルトに出会ってしまった。そして今更、ロベルトから離れる事なんてできなかった。例え、ロベルトが嫌だと言っても。
 でもロベルトは複雑な思いを抱える僕を見て、優しく笑った。

「レスカ、そんな顔をするな。俺はこの目があって、お前と出会えてよかったと思っているんだ。……この子にもそう思って欲しいと思っている」

 ロベルトは手を伸ばして、僕の頬を撫でた。
 僕はこの手に宥められ「うん」と小さく頷いた。そしてロベルトの膝の上で眠るノイクにもそうであって欲しいと願った。






 それからノイクはロベルトの側付きになり、身の回りの世話や雑務をこなすようになった。

 たくさんご飯を食べ、剣の稽古も付き、時々ロベルトと僕の元に訪れ、日に日にノイクは子供らしい体型を取り戻した。

 そして、まるで若芽の木のようにすくすくと育ち、今では僕より大きい。ロベルトも子供の頃から知っているけれど、人間の成長は本当にあっという間だ。
 僕は改めて興味深く思い、ノイクを見ていると、ノイクは僕の視線を感じて首を傾げた。

「レスカチア様、私の顔に何か?」
「うん? いや、ノイクも大きくなったなぁって思って」
 僕が言うとノイクは苦笑した。

「レスカチア様、数週間前もそう言っておられましたよ」
「そう? でも本当に大きくなったと思ったから。子供の頃はあんなに細かった腕もこんなに逞しくなっちゃったし」

 僕はノイクの腕を見た。服で隠れているけれど、毎日剣の稽古をしているノイクの腕は僕よりしっかりしていて太い。
 でも僕がノイクの腕ばかり見ていると、ずいっとロベルトが腕を差し出した。

「俺の腕も逞しいぞ」

 ロベルトは少しむっとした顔で言い、ロベルトがどうしてそんな事を言い出したのか僕はわからなかった。

「……知ってるよ?」

 僕は首を傾げて言ったけれど、ロベルトは「もっと見てもいいぞ」と言い出す。

 一体、ロベルトは何がしたいんだろう?

 僕が疑問に思い始めた時、ノイクがプハッと笑った。

「ノイク?」
「くくっ……。いえ、なんでもありません。レスカチア様」

 ノイクは笑いを堪えながら言い、そしてロベルトを見た。

「ロベルト様もレスカチア様の前では形無しですね」

 ノイクに言われて、ロベルトは面白くなさそうにフンッと鼻を鳴らした。

 二人はなんだか通じ合っているみたい。……なんなんだろう?

 僕はそう思ったけれど、もう時間はなかった。

「さ、そろそろ行きますよ、ロベルト様。今日は昼から会議があるのですから、その前に資料に目を通していただかないと」
「……わかった」

 ロベルトはつまらなさそうに返事をし、僕を見た。

「また来る、レスカ」
「うん。僕はいつでも待ってるよ」

 僕が言うとロベルトは微笑み、僕の頬に口づけをした。

「行ってくる」

 ロベルトはそれだけを言うと、ノイクと共に森を去って行った。

 ロベルトはジーナに、ノイクはジーナの子供の若馬に騎乗して。

 帰り道を並んで会話をする二人はまるで友達のようだった。実際、歳を取らなくなったロベルトは外見上はノイクとそう変わらない。二人は並んでいると兄弟にも見えた。

 けれど、二人の関係はまるで親子のそれのようだった。

 ロベルトには実子がいるけれど、ノイクほど関係はあまりうまく行ってはいないようだった。その事が時々僕の胸に嫌な風を吹かせる。


 それが警告なのだと、僕はわかっていなかった。





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