残虐王

神谷レイン

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残虐王の側近

2 代償

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 目の前に横たわるのは、見るも無残に変わり果てた姉。

 どれほど殴られたのか、顔は腫れあがり本人なのか確認しようもできない。だが、肩にある四つ綺麗に並んだ珍しいホクロが姉だという事を報せてくる。
 そして話を聞けば、この遺体は裸で町の隅に捨てられていたという。
 体には数々の暴行の痕。見つかった時、体はどこの誰とも知らぬ精液が付いていたという。

 信じられない。この世に神はいるのか? 私達が何をした。いや、姉が何をしたというのだ。真面目に暮らし、質素に務め、ささやかに生きてきたいうのに。
 正しく生きていた結果がこれなのか!

 私の心が喚き、叫んだ。どこにいるとも知れぬ神を呪い、恨み、憎んだ。
 灼熱ともいえる怒りが私を覆いつくし、そして途方もない苦しみが私を突き動かした。何もかも破壊してやる! そんな衝動に襲われ、私は闇に落ちようとした。その方が楽だからだ。でもそんな私を引き留めたのは、やはりあの人だった。

「セトディア」

 実家に姉を連れて帰り、怒りに我を忘れ、全てを払いつくさんかの如く、拳を握りしめていた私に声をかけた。

「……隊長」

 私は一瞬、自我を取り戻した。だが、そんな私に包み隠すことなく真実を教えた。

「お前の姉を殺害した人物を割り出した。伯爵家の息子とその仲間達だ」

 私は目を見開き、そしてすぐに剣を取ろうとした。

 殺してやる。

 私の頭にはそれしかなかった。復讐の炎は燃え上がり、私の理性を焼き尽くしていたから。しかしそんな私を捕まえ、あの人は止めた。

「待て。殺されに行く気か?」
「離してください、隊長。俺を止める気なら、隊長と言えど容赦しませんよ」

 理性のないただの獣同然になりさがった私は怒りに身を任せ、とんでもないことを口にした。それでもあの人は怒らなかった。

「止めはしない。だが、今ではない」
「どういう意味ですか」
「……貴族の息子共は実行犯に過ぎない。首謀者は別にいる」

 そう言われて私は目を見開いた。私は姉が無残に殺された事に失念していたのに、この人は数日の間に犯行の主犯まで見つけ出していたのだ。

「誰ですか! 教えてください!! そいつの首を刎ねてやる!」

 この時の私の形相は恐ろしいものだっただろう。怒りに狂った人間の顔とは、誰でも恐ろしくなるものだ。そして醜くなる。でもあの人は微動だにすることはなかった。

「今、行けば殺されるぞ」
「構いません!」

 私は怒りのままに答えた。だがそんな私をじっと見て、そしてつかの間、逡巡した後にあの人はおもむろにマスクを取り外した。

「隊長、なにを」

 私は全てを言葉にはできなかった。初めて見る彼の素顔に言葉を失ったからだ。

 焼け爛れた皮膚は柔らかさを失くし、強張って顔を引きつらせていた。そして本来あるはずの睫毛や眉毛は一切なく、瞼は皮膚とくっつき開かれない右目がそこにあった。
 はっきり言って、おぞましい火傷の痕だった。

 でも、あの人は今まで一度も見せた事のなかったその傷を私に見せつけた。わざわざ隠すように伸ばしている右の前髪をかき上げてまで、私の眼前にありありと晒したのだ。

「よく見ろ、セトディア。これは私が弱く、考えなしに行動した代償だ」
「っ!」
「今行けば、お前もこうなる」

 その言葉を聞き、傷まで見せてまで私を止めようとしているのだとわかった。でも、それでも私の怒りは収まりどころを見つけられなかった。

「じゃあ、どうしろっていうんですか! このまま、放っておけと!? どんな相手だろうと、俺はこの手で仇をッ!」

 そこまで言った後、あの人はぽつりと言った。

「首謀者は第一王子の娘だ」

 思わぬ主犯に私は声を失くした。
 さすがに王族を殺すのは自分でも無理だとすぐにわかったからだ。第一王子の娘なら、多くの護衛が付いている。彼女に自分は近づくことはできないだろう、その前に捕らえられて極刑に処される。
 なぜ、あの人が私を止めようとしたのかわかった。しかし。

「第一王子の娘? ……なぜ、王女が姉を」

 二人には接点などなかったはずだった。なのに、どうして王女が姉を殺したのか?
 しかし、その私の疑問さえもあの人は答えてくれた。

 姉が美し過ぎたこと、貴族がその姉に求婚したこと、その貴族に王女が惚れていた事。つまり女の嫉妬による殺害計画で、その結果が私の姉の死だったという事。

 なんと言う事だろうか……。そんな理由で、姉がこんなにも無残に殺されてしまうなんて。姉は断るつもりだったのに!!

「たった……それだけの理由でっ、そんな……っ」

 私は無慈悲な世界に膝を折り、泣き崩れるしかなかった。仇を討つこともできず、姉はもう二度と私の元には戻ってこない事に、ただただ涙腺が決壊したかのように涙を零し、地面に水たまりを作った。

 私は肩を震わせ、嗚咽を吐き、体中の水分と言う水分が出るまで泣いた。

 私にはそれしかできなかったのだ。無力な私には、泣く事しか。
 でも、そんな私を見捨てることなく、あの人は傍にいてくれた。私が落ち着くまで、肩にそっと手を置いて。
 けれど、ようやく落ち着いた私にあの人はしっかりとした声で告げた。

「セトディア、私は王になる。そして……王家を粛清し、お前の姉の無念、そして仇を必ず私が取ろう。……だから、私の側で最後の時まで仕えて欲しい」

 赤い夕陽に暮れる空を見つめ、真っすぐとした目で言った。

 夕日の赤色があの人の片目に映り、燃えているようだった。いや、実際あの人の目は静かに、それでいて業火のような炎が宿っていた。こんな状況を作り出した王家に。

 私は何を言うでもなく、ただただ掠れた声で「はいっ」と答えるしかできなかった。













 それからあの人は悪魔に魂を売ったかの如く、自分の血縁者でもある王族を次々と捕らえ、王位を継ぐと有無も言わさず、処刑していった。
 勿論、王族だけでなく自分に歯向かう貴族さえも。

 その中には、姉に暴行を行った男達もいた。王となったあの人は、容赦することなく極刑を言い渡した。だが、肝心の王女は捕らえる前に逃げられた。だが、あの人は追っ手を出し、指名手配書を出した。

 そして、財政を立て直すべく生き残った貴族から納税と称して、民から搾取していたお金をたんまりと巻き上げ、領地さえも差し押さえた。そうして王位を継いで数カ月もすれば、あの人は人々から残虐王の名を付けられるようになっていた。
 真実を知る私はそれがあの人の筋書きの一部だとわかっていても、心苦しかった。

 違う、そうじゃない! なぜ表しか見ないのだ! あの人は誰よりも国を、民を思っている。これからの百年、いや二百年、もっと先の事まで考えているのにッ!

 何度そう口に出したかったか、それでも決して口に出すことはできなかった。それがあの人の望みだったから。
 残虐王として名を馳せ、民に革命を起こさせる為に。
















「……王になって討たれる? 本気でおっしゃっているんですか?!」

 あの人が王として立つと決めた後、私や生き残った仲間が呼び出され、今後の事について話し合いの場を設けられた。そしてあの人は私達に告げたのだ、自身が最後の王になると。

「そうだ」
「しかし、民に革命を起こさせるなんてっ。そんな事をしなくても、退位すればよいではないですか!」

 私は話を聞き、反論した。
 王として酷い振る舞いをして、民に討たれ、革命を起こさせると話したあの人に。

「それでは駄目だ」
「どうして!」

 私は堪らず机を両手で叩いた。だが、あの人はいつもと同じように冷静だった。

「人と言うものは簡単に与えられたものには執着しないものだ。だが、己の力で自ら勝ち取ったものには誇りを持つ。……私が退位したところで、早々に他国に攻め入れられるのが関の山だ。この国は弱い」
「ですが! ……だからって隊長がッ」

 私は言い返せずに唇を噛んだ。しかしそんな私にあの人は背を向け、窓の外の空を眺めて言った。

「時には悪が必要な時もある。全てを変えるにはな」

 その言葉には重みがあった。

「それに……これからは王家が国を作るのではなく、民が国を作る時代だ。私は王家の者として最後の王となる……。この命が役に立つのなら、生まれてきた価値もあろう」

 その言葉がぐさりと私の胸に刺さった。
 この人は生まれてからずっと実の兄姉に虐げられ、父親にも放っておかれ、きっとずっと生まれてきた理由を探していたのだろう。
 そして、見つけたのが王になって討たれる事。

 なんと言う事だろうか、死だけがこの人を救う事が出来るのだ。我々ではなく。

 その上、私達は何も反論することができなかった。冷静に考えても、あの人が練り上げた計画は成功率が高く、革命が起こっても国が乱れない一番合理的な作戦だった。
 私達はあの人を、残虐非道な魔王に仕立て上げるしかなかった。
 国を守る為、死んでいった仲間の想いを無下にしない為に……。
 己の不甲斐なさを一番思い知らされた時だった。

 それからあの人が王となり一年の歳月が過ぎた頃。
 いい頃合いだ、と言って、私はあの人から一つの命令を受けた。

 町におりて革命軍を作るように、と。

 ついにこの時が来てしまったのか、と私は内心慄いた。しかし、その命令を拒否することはできなかった。革命が起こらなければ、いつまでも誰よりも心優しいあの人に残虐な王を演じ続けさせることになるからだ。

 だから私は町に下り、側近でありながら王の所業に見かねた男を演じた。

 幸い、平民であり、町に知り合いも多かった私は、貴族と王族に姉を殺され、その上、残虐王の側近に召し抱えられてしまった不憫な男として町の者達にすぐに受け入れられた。
 あの人がその事さえも計算して、私に革命軍を作るよう命じたのも、民は知らないまま。

 それから私は王に仕える側近という立場の傍ら、革命軍を率いる一人として二年を生きた。
 革命を起こすには念入りな準備が必要だったからだ。

 しかし、その間に残虐な王を演じるあの人の心はだんだんと蝕まれているようだった。それもそうだろう。本当はしたくもないことを、身も心も犠牲にしながらしているのだから。

 顔色が悪くなり、あの人は強い酒を飲むようになった。誰も側に置かなくなり、侍従でさえ必要ないと言った。私はただ『畏まりました』というしかなかった。

 早く解放して差し上げねば。そう思いつつ、私はある人物から呼び出された。



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