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残虐王
1 新しい侍従
しおりを挟むある国に、自分の兄姉を殺して王位を手にした王がいた。
その王は自分の意に従わない者は死刑にし、無理難題を家臣に命令した。そして重税を課し、刑務所に送った者は死ぬまで強制労働をさせた。
王は昔負った大火傷を隠す為に右顔にマスクを着けていたが、それはとても不気味だった。でも誰一人そんな事を口にはしなかった。王の機嫌を損ねる事は死に直結するから。
誰もが王の顔色を窺い、王の所作一つで身を震わせる。今度は自分が死刑にされるのではないか? と。
そして、そんな王を家臣や民たちは密かにこう呼んだ。
ーーーー”残虐王”とーーーー。
若葉揺れる初夏。黄色の髪がふわりと揺れた。
「陛下、お初にお目にかかります。本日より、陛下の身の回りのお世話をさせて頂きます」
一人の男がひれ伏して言った。
ここは王宮の一室、そして王は長椅子に優雅に座って昼間から酒を煽っていた。
だが鋭い眼光を、床にひれ伏し頭を下げる若者に目を向けた。
太陽のような、花のような黄色のフワフワ頭。茶髪が一般的なこの国では珍しい髪。異国の者だと一目でわかった。
「面を上げろ」
低い声で声をかけると、若者は頭を上げた。
健康そうな少し焼けた肌に、濃い緑の瞳。顔の整った、少年とも青年ともつかない年齢の男がそこにいた。
「名は」
「レスカと申します」
これまた高くも低くもない不思議な、よく通る声だった。でも彼にはぴったりの声だと思えた。しかし彼が言った後、王は眉間に皺を寄せた。
こんな風に自分にはっきりと答える者は最近めっきりいなくなっていたからだ。誰もが自分の一同一挙をびくびくしながら見て喋る。自分の不興を買いたくなくて。
だから少し怪訝に思ったのだ。そしてはっきりと答えたレスカには王を恐れる雰囲気は微塵もなかった。
王は思わず、異国の者は私の噂を知らないのか? それともただの阿呆か? と心の中で呟いた。しかし注意深く見ても、レスカはただ笑みを湛えるだけで、その真意はわからなかった。
一体、何者なのか……。
そう思ったが、王はレスカが異国の者だろうと、もうとやかく言うつもりもなかった。
もう自分の身の回りの世話をできるのは異国の者しかいないのだ。その事実を王は密かに認識していた。
今までの侍従を一つのミスで国外追放や死刑にしたから、もう誰もしたがらないのだ。
しかし、だからと言って王に侍従がいなくていいことにはならない。部屋は汚れていくし、服の用意や王が望めばお茶や雑多な仕事も誰かがしなければならない。
そこで家臣たちが送ってきたのは、何も知らない異国の者。
王は酒を煽り飲み、持っていた杯を小さなテーブルに置いてレスカに言った。
「……好きにするがいい」
それからレスカはせっせと、フワフワな金髪を揺らして仕事をし始めた。
王の身の回りの支度、部屋の掃除、王が望めばお茶だって、小間使いだって何でもした。
異国の者の働きはいかなるものか、と王は思っていたが、その思いとは裏腹にレスカは今まで来た侍従の中でも一番に働いた。
だから王も放っておいた。仕事さえすればなんでもよかったからだ。気に食わない事をすれば、ただ文字通り首を刎ねればいいだけだ。
しかしレスカはきちんとした働きを見せ、そんな日々がしばらく続いた頃。季節は移り替わろうとしていた。
けれどレスカは相変わらず訳の分からない奴で、その事に最早、王も気にしなくなっていた。
だが夏の空に久しぶりに雨がしとしとと降った日。
王の古傷が一段と痛んだ。体中、特にいつもマスクで隠している右顔の大火傷が呪いのように痛みを主張する。
昔、幼い頃に兄姉に負わされた傷が……。
「陛下、大丈夫ですか?」
ぐっと顔を抑える王にレスカは心配そうに尋ねたが、王はギロッと睨みつけただけで言葉を返さなかった。
何も知らぬ者に、この顔の事を触れて欲しくなかった。
私に話しかけるな! と言わんばかりの視線でレスカを一瞥した後、王は自室に戻り、棚から取り出した酒を煽るように飲み始めた。
そうしなければ例え薬でもこの痛みは取れなかった……。
王は何の後ろ盾もない、身分の低い卑しい女の血を受け継いだ赤ん坊として生まれた。なぜなら王は、先代が何気なくつまみ食いをした、平民でもない、ジプシーの踊り子が孕んだ子供だったからだ。
その事実が自分にとってどれほどの不利益になるものか、生まれたばかりの赤ん坊には到底理解はできなかっただろう。
しかし、赤ん坊から段々と大きくなり、少年になる頃には自分の立場と言うものがどんなものなのか、というのは嫌でも自然と理解することになった。
日に日に成長していく王に対する風当たりは強さを増し、自分の立場と言うものを嫌でも次第に理解していった。
そして王にその事を真っ先に教えたのは、腹違いの半分血の繋がった兄姉達だった。
王が生まれた時、先代にはすでに王子と王女の五人の子供達がいたが、弟の誕生に兄姉の誰も喜ぶことはなく、むしろ王を決して自分の弟だと認める事はなかった。彼らは身分の低い母親を持つ、卑しい子供が自分と同じ血を半分持つことに嫌悪したからだ。
それ故に王を蔑み、見下して、幼子の王を徹底的に虐め抜いた。
幼い王を見つけては難癖をつけて取り囲み、暴力を振るい、虫を食わせ、動物の糞尿を浴びせた。
無邪気な子供のやることの、なんと残酷な事か。
そして王族とは思えない罵詈雑言を小さな弟に、その場に人がいようがいまいがどこででも言い放った。
でも大人達は王がどれだけの罵倒や無慈悲な暴力を受けようとも、誰も庇おうとしなかった。
後ろ盾もなく、身分が低い女から生まれた子供を、利点もなく守る事をしなかったからだ。むしろ王を守れば、兄姉達の母親である王妃やその他の側室の身分ある母親たちから咎を受ける事になる。
誰が、そんな事を進んでやるものか。そう、誰も守らなかった。
父親でさえ、自分の息子をないがしろにしていた。そんな父親の態度もあって、誰も、使用人さえ幼い王に敬意を持つこともなく、王は王宮に住みながらも使用人たちが住む部屋よりも寂れた部屋に住み、残飯を与えられていた。
王子と名がついていても、その生活は町で暮らす者よりも目を瞑りたくなるほど悲惨なものだった。
でも庇護者もなく、何も知らない幼い王はただただ無慈悲で不条理な暴力から、自分の小さな手を使って守り、耐えるしかなかった。痛みに耐えて耐えて、相手の気が済んだら部屋に引きこもって、床に寝ころぶ。
怪我の手当てをする者もおらず、まだ片手で数えられる年なのに王は一人で寝なければならなかった。
だが何とかその現状の中を生き延びていた王が八歳になった時、事件は起きた。
何が原因だったのか、今ではもう覚えていない。
ただ兄姉達に捕まり『粛清だ』と兄王子に言われ、煮えたぎった釜の湯の前に引っ張られた。王は必死に抵抗して暴れたが、頭から押さえつけられて、背けた顔の右半分を熱湯につけられた。
当然顔は大火傷を負い、真っ赤に腫れて、爛れ、右目は失明した。火傷から発熱し、一カ月も寝込み、王自身もどうやって生き延びられたのかわからない。
しかし、王は生き延びた。
右半分は目も当てられないほどの醜い姿になっても。誰もが、その姿に息を飲んで恐れても……。
王は、古傷の痛みと共に思い出される忌まわしい過去を消し去るように、ぐいっと酒の入った杯を煽った。
でもどれだけ酒を飲もうとも、時間が経とうとも、この顔の痛みは消えない。王は苛立ちを覚えつつ、ダンッと荒々しく杯をテーブルに叩きつけた。
顔の痛みはじくじくと疼き、熱をもってくる。
「陛下……あまりそう強いお酒を飲まれては」
王の自室に顔を出したレスカは心配そうに声をかけた。王は何しに来た、とでもいうように片目で睨んだが、レスカは引かなかった。
「お体に障ります」
レスカは睨まれても言った。でもその言葉は王を余計に苛立たせた。
気休めの、言葉だけの労りなどいらなかった。誰もこの傷を癒しはできないのだから。
「気に掛けているふりでもして、私に取り入るつもりか?」
「僕はそんなことっ」
「ならば、下がれ。これ以上、余計な事でもいうものなら、お前の首を刎ねるぞ」
こう言えば、大抵の者は引き下がる。誰でも自分の命と言うのは、大事なものだ。そしてレスカもその言葉に息を飲み、何も言わずに部屋を出て行った。
王はようやくほっと息を吐き、一人になってまた酒を煽った。でも、やはり痛みは取れない。
痛みは過去ばかりを思い出させた。
王は大火傷を負った後、その醜さから誰からも本当に相手にされなくなった。むしろ自由になった王は史書室に籠り、一人、見分を広めた。
そしてある時、軍に入れば食事も住むところも保証され、己の力次第では学問を学ぶことができる事を王は知った。
王はすぐに軍に入ることに決めた。勿論、誰も引き留めはしなかった。
しかし齢十三歳で、全ての手続きなどを一人でこなした王は頭の出来がよかったのだろう。入ってしばらく経った頃には、めきめきと頭角を現した。
なにより軍に入った王は、初めて安定した暮らしを手に入れた。共同部屋とも言えども、ちゃんとしたベッドにちゃんとしたご飯。服だって真新しい制服を支給され、どこにも穴なんて開いていなかった。その事に王が密かに感動したのは言うまでもない。
そしてここで初めて、名ばかりの王族の血が王に有利に働いた。
火傷を負った顔半分を覆うマスクをつけた王に誰も近寄る事はなかったが、差別する事もしなかった。王族の血を恐れたのだ。
王は理不尽な暴力と暴言から解放され、才能を開花させていった。十七になる頃には一部隊を任され、一人で複数の暴漢を倒せるほど強く。
しかしそれから数年後の事だった。
父親である先王が病で亡くなったのは。
王位が空き、通常ならば長子である第一王子が継ぐ予定だった。
だが王は、今まで己を虐げてきた兄姉から王位を奪う事にした。
……復讐の為に。
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