エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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69 三日後

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 あれから三日が経った。

 盗賊団は一斉捕縛され、イーゲルも今は牢の中。イーゲルの毒矢にかかった二人も、シュリが倒れた後に駆けつけた第十部隊の医療騎士が手を打ち、なんとか命は持ちこたえた。

 そして盗賊団の頭領の自供で、事件の内容も明らかになり、これから盗賊団とイーゲルは裁判で罪を裁かれる。特にイーゲルは殺人を犯そうとしたのだ。誰一人の命を落とすことはなかったが、重い処分が待っているのは間違いない。

 すべてが片付き、今はもう一段落を終えたところだった。
 なのに、シュリはまだ眠り続けていた。


 ◇◇◇◇


「そんなに根を詰めていたら、疲れちゃうわよ。アレクちゃん。今は魔力の放出のし過ぎで眠ってるだけなんだから」

 医務室でじっと眠るシュリの看病をしている俺にルクナ隊長はぽんっと背中を叩いて言った。

「わかっていますが……起きた時に傍にいてやりたいんです」

 俺はあの後からずっと、仕事をしつつもシュリの傍を離れずに看病をしていた。
 この三日の間にシュリの元には、様々な人が見舞いに訪れ、シュリの周りには見舞いの花がいっぱいだ。特にミシャが持ってきた花は大きい。
 ミシャは自分が立ち去った後にシュリが攫われたので責任を感じているようだった。全く関係ないと言うのに。

 花のいい香りを感じながら、シュリを見ていると「ほどほどにね」とルクナ隊長は傍を離れた。俺に何を言っても無駄だと感じたのだろう。
 確かに今の俺にシュリの傍を離れる気なんてなかった。シュリが目を覚ますまでは。

「……ん、アレクシス?」

 シュリはゆっくりと目を開けて俺の名前を呼んだ。俺ははっとし、すぐに声をかけた。

「シュリ、大丈夫か? 気分は悪くないか? 俺が、ちゃんとわかるか?」

 俺が矢継ぎ早に尋ねると、シュリはくすっと笑った。

「大丈夫だよ。ちゃんとわかる。……でも……ちょっと喉が渇いた」

 シュリに言われて俺は素早い動きで水差しからコップに水を入れ、シュリに差し出す。

「起きれるか?」
「手、貸してくれる?」

 シュリの頼み通り、俺は手を貸し、背中を支えてシュリを起こす。そして支えながら、コップをシュリの口元に寄せ、そっと飲ませた。
 シュリはコップの端に口をつけ、ごくごくごくっ勢いよく飲んでいく。そしてコップに入っていた水を全部飲み終わると、シュリはぷはっと息を吐いて、ほっと俺の手に背を預けた。

「もう一杯飲むか?」
「ううん、もう大丈夫。ね、アレクシス……ここって、俺が最初に来たところ?」

 シュリに言われて俺は一瞬、ん? と思うが、シュリが空から落ちてきて目が覚めたのは確かにこの医務室だった。最初、という意味はそう言う意味なのだろう。

「ああ、そうだ。あれから三日が経った。ずっと眠りっぱなしだったんだぞ」
「え、もう三日も経っちゃったの? 俺、そんなに寝てたんだ」

 シュリは驚くと共に、じっと俺に視線を向けた。その瞳は心配の色を浮かべている。

「どうした、シュリ?」
「ね、アレクシスはどこもケガしてない? 大丈夫?」

 シュリは心配そうに俺に尋ねた。俺なんかよりもシュリの方がよっぽど傷ついていたのに。
 シュリは自分の事よりも俺の事を心配しているようだった。

「ね、大丈夫?」

 シュリは俺の腕を取り、心配そうに言う。そんな顔を見たら……。
 嬉しさと、シュリを守れなかった悔しさが急に胸に沸き上がって、俺は泣くつもりなんてなかったのに気が付けば泣いていた。人前で泣くのなんて何年ぶりだろうか。

「ばか。俺の心配より、自分の心配をしろ」

 俺はそう吐き捨て、ボロボロっと泣き始めた俺にシュリは驚いた顔をした。

「え、え、アレクシス? どうして泣くんだ? やっぱりどこか怪我したのか?」

 シュリはおろおろとしながら俺に尋ねた。

「シュリがっ、傷つかなくていい理由で、傷ついたからだ」

 俺はみっともなくぼろぼろっと泣いて、泣いて、どうしようにも止められなかった。こんな情けない姿をシュリには見せたくないのに。
 そして当然泣き出した俺にシュリは慌てた。

「あ、アレクシス、泣くなよ。俺は大丈夫だから」

 シュリは慌てて言ったけれど、俺の涙は止まらなくて。

「アレクシス、泣かないで」

 シュリは困ったように言い、俺の頬に手を当てて涙を拭きとる。その優しい手に俺はもっと泣かされてしまう。今まで、悲しくて泣いてきたことは幾らでもあった。でも優しさでも泣けるのだと俺は知った。

 そして泣き止まない俺を見て、シュリはおろおろとした後、あっ、と思いついた表情をして俺の手を握った。

「アレクシス、もう泣くな」

 シュリはそう言うと俺に体を寄せ、何の予告もなく、そっと俺にキスをした。
 柔らかいシュリの唇に俺は目を見開く。今まで俺からのキスはあったけれど、シュリからキスされるなんてなかったから。

 シュリはちゅっちゅ、ぺろっと俺の口を舐めた。その可愛らしいキスの仕方に、俺の涙は自然と止まった。そしてキスの合間に、俺が泣き止んだ事にシュリは気が付いた。
 俺はまだまだキスして欲しかったけれど、シュリはキスを止め、「本当に泣き止んだ」と少し感心したように呟く。

「アレクシス、もう悲しくない?」

 シュリの言葉に、もっとキスしてくれ、とも言えず、俺はただこくりっと頷いた。そんな俺を見てシュリはにぱっと笑った。

「そうか。やっぱり涙にはキスが一番だな」

 シュリは笑って言い、俺はそんな顔を見たら、なんだか俺もシュリにつられて笑っていた。
 
 俺をこんな風に泣かせるのも、泣き止ませるのも、シュリだけだ。
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