61 / 81
61 エルサルからの通信
しおりを挟む『おい、シュリ。いるか?』
突然、ちょっと横柄な声が鏡から聞こえてきた。
一体誰だ? と思えば、シュリがぴょんっと跳ねるように鏡の前に立った。
「エルサルッ!」
シュリはそう嬉しそうに名前を呼び、俺も慌てて鏡の前に立つ。そこには美しい人が映っていた。
緩く流れる白い巻き髪に、褐色の肌。そして意志の強そうなオレンジに近い琥珀色の瞳。
渡り廊下に飾られている絵よりも、ずっとずっと美人なエルサル本人がそこにいた。
……これは確かに! あの絵が下手だと言っていたシュリの言葉がわかる。
俺はそう思い、ついつい美しいエルサルをじっと見てしまう。だが、俺なんかお構いなしで二人の兄弟は何気なく会話を続けた。
『元気そうで何よりだ、シュリ。もっとめそめそ泣いて暮らしているかと思ったが』
「誰が、めそめそなんて! あ、大体エルサルがあの変な魔術で俺をこっちに飛ばしたんだろー!」
『変な魔術じゃない、転移魔術だ。移動魔術のさらに上の上級魔術だぞ。全く』
エルサルは呆れたように言い、ようやくちらりと俺を見た。
『もしかして、シュリの面倒を見てくれている者か?』
突然話しかけられて、俺は思わず「は、はい、そうですがっ」と緊張して答える。
『アホな弟が世話になっているな。だが、あともう少ししたら、エルサードを送り返し、シュリを引き取る。それまではよろしく頼む』
エルサルは軽く頭を下げて俺に言い、俺は「はい」と答える。
シュリとは全く違ったタイプの人だな、絵のイメージとだいぶ違う。と思うと同時に、ぐさりと胸にとげが刺さる。あともう少しでシュリと別れが来てしまうのだとわかってしまったから。
でも、これがシュリの為なのだと心に言い聞かせる。
そしてエルサルと繋がっている今、俺は大事なことを聞いておく。
「あの、エルサードは元気にしていますか?」
『……。元気にしているよ』
なんだか、妙な間があったような気がするが。
そう思ったが、シュリの問いかけに俺の気が逸れる。
「エルサル、俺、どのぐらいで向こうに戻るの?」
『はっきり、いつとは言えない。だが一週間以内、と言ったところだろう。魔術を展開する前日に知らせる。いいな。一週間以内だ……ちゃんと準備しておけよ』
エルサルはそれだけ言うと、鏡の表面が水面に水滴が落ちたように揺れ、次の瞬間そこに映ったのは俺とシュリの顔だけだった。どうやら過去からの通信は終わったようだ。
「一週間以内……か」
シュリはぽつりと呟いた。その言葉に俺は胸の痛みを感じる。
だが、俺とは対照的にシュリはにかっと笑った。
「よかったな! エルサードって奴が戻ってくるんだぞ! みんなに知らせなきゃ!」
シュリはぽんっと俺の背中を叩いて言った。確かにエルサードが返ってくるのは素直に嬉しい。でもそれ以上にシュリを失うかもしれない、というのは息が詰まるほど苦しかった。
けれど、俺はシュリを引き留める権利なんてない。
「そうだな。シュリも、よかったな。あともう少しで帰れるぞ」
俺は無理して笑い、シュリに言った。
そしてエルサルの通信は、春ボケを起こしていた俺に確かな現実を思い出させたのだった。
それからシュリは、周囲に一週間以内にエルサードが帰ってくる事、自分が過去に帰る事を伝えた。
当然、皆それぞれに悲しがったが、元の時代に戻った方がシュリにとっていいだろう、と誰も引き留めるようなことはしなかった。それは勿論、俺もだ。
でも、そんな俺の元に文句を言う相手がやってきた。
「ちょっと、アレクシス!」
ミシャは隊長室に無遠慮に入ってくると、まだ人種化が解けていない俺の元にずんずんっと怒った顔で近寄ってきた。
「なんだ」
「なんだじゃないわよ! シュリとロニーは?」
「シュリはロニーを付けて、厨房に行っている。ここにはいない」
「なら、ちょうどよかったわ。アレクシス、一体どういうことなの!? シュリが過去に帰るって話じゃない!」
「ああ、それが?」
「この前の私の話、聞いてた!?」
「聞いていたさ」
「ぜんっぜん、聞いてないじゃないの! どうしてシュリを引き留めないの!」
「引き留められるわけないだろう。シュリは過去の人間だぞ」
「そうだとしても! あー、もう、じれったいわね!」
ミシャはバンッと机を叩いて、怒ったように言った。でもそこまで言われて、俺も黙ってはいられない。
「うるさいぞ! これはお前が口出しすることじゃないっ!」
「いいえ、口出しするわよ! 私はアレクシスの事、大事に想っているんだからっ!」
ミシャが言うと、タイミング悪くガチャっとドアが開き、シュリとロニーが戻ってきた。その手には手作りの焼き菓子を持っている。いつの日か俺に作ってくれると約束してくれたものだ。
でもシュリは焼き菓子を手に、気まずそうな顔を俺とミシャに向けた。
「あ……ごめん。タイミング、悪かった?」
シュリは窺うように尋ね、ミシャはすぐに首を横に振った。
「いいえ、大丈夫よ。ごめんなさい、大きな声を出して」
ミシャは気まずそうな顔をして、ちらりとシュリとロ二-を見た。
「私の用は終わったから出て行くわね」
ミシャはそれだけ言うと、部屋から出て行った。けれど俺は追いかけない。でも俺の代わりにシュリが「ミシャ! 待って!」と追いかけていった。
シーンと静まり、部屋に残ったのは俺とロニーだけだ。
「いいんですか? 隊長」
ロニーはそう俺に尋ねたが、俺は何も答えなかった。
一方、シュリは走って逃げるミシャを追いかけ、その手を掴んで引き留めた。
「ミシャ! 待って」
シュリはちょっと息切れしながら言った。意外にもミシャの足は速かったのだ。でもミシャはシュリに振り返って、名前を呼んだ。
「シュリ」
「ミシャ、大丈夫か?」
シュリは心配そうにミシャに尋ね、ミシャはくすっと笑った。
「ほんと、シュリは優しいわね」
「そんなことないぞ」
「そんなことあるわ」
ミシャはちょっと落ち着いたようで、優しい眼差しでシュリを見た。その目を見てシュリはおずおずと尋ねた。
「ミシャは……アレクシスが好きなのか?」
シュリが尋ねると、ミシャはちょっと考えた後、こくりと答えた。
「……そうよ。でもだいぶ昔にフラれちゃってるけどね」
「ミシャを? どうして」
「私が……男だからよ」
突然の告白にシュリは「え!?」と驚いた。その顔を見て、ミシャはハハッと笑った。その笑顔さえも女の子のようだ。
「驚いた? こんななりをしているけど、ちゃんと男よ。アレクシスとエルサードの二人が騎士になるまでは、一緒の学園に入って、よくつるんでいたわ」
「そうなのか?」
「ええ。それで、アレクシスが騎士団に入団する前に告白したらあっさりフラれたの。友達としか見れない。自分は女の人が好きだからって……でも、あの性格でしょ。優しいから未だに私とも仲良くしてくれてるの」
ミシャが言うとシュリは驚いた顔のまま、立ち尽くしていた。そして、ちょっと考え込むシュリにミシャは伝えた。
「シュリ、こんなことを言うのはお節介かもしれないけれど、アレクシスがあんな風に笑うのはあなただけよ。だから、シュリも自分の気持ちに素直になって。あなたは両性で女の子にもなれる、そうでしょ?」
ミシャはシュリの手をぎゅっと握って言った。
だが言われたシュリが複雑そうな顔をしていたのを、俺は知らなかった。
そして、シュリはミシャと別れた後、姿を消したーーーー。
0
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる