エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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61 エルサルからの通信

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『おい、シュリ。いるか?』

 突然、ちょっと横柄な声が鏡から聞こえてきた。
 一体誰だ? と思えば、シュリがぴょんっと跳ねるように鏡の前に立った。

「エルサルッ!」

 シュリはそう嬉しそうに名前を呼び、俺も慌てて鏡の前に立つ。そこには美しい人が映っていた。

 緩く流れる白い巻き髪に、褐色の肌。そして意志の強そうなオレンジに近い琥珀色の瞳。
 渡り廊下に飾られている絵よりも、ずっとずっと美人なエルサル本人がそこにいた。

 ……これは確かに! あの絵が下手だと言っていたシュリの言葉がわかる。

 俺はそう思い、ついつい美しいエルサルをじっと見てしまう。だが、俺なんかお構いなしで二人の兄弟は何気なく会話を続けた。

『元気そうで何よりだ、シュリ。もっとめそめそ泣いて暮らしているかと思ったが』
「誰が、めそめそなんて! あ、大体エルサルがあの変な魔術で俺をこっちに飛ばしたんだろー!」
『変な魔術じゃない、転移魔術だ。移動魔術のさらに上の上級魔術だぞ。全く』

 エルサルは呆れたように言い、ようやくちらりと俺を見た。

『もしかして、シュリの面倒を見てくれている者か?』

 突然話しかけられて、俺は思わず「は、はい、そうですがっ」と緊張して答える。

『アホな弟が世話になっているな。だが、あともう少ししたら、エルサードを送り返し、シュリを引き取る。それまではよろしく頼む』

 エルサルは軽く頭を下げて俺に言い、俺は「はい」と答える。
 シュリとは全く違ったタイプの人だな、絵のイメージとだいぶ違う。と思うと同時に、ぐさりと胸にとげが刺さる。あともう少しでシュリと別れが来てしまうのだとわかってしまったから。
 でも、これがシュリの為なのだと心に言い聞かせる。
 そしてエルサルと繋がっている今、俺は大事なことを聞いておく。

「あの、エルサードは元気にしていますか?」
『……。元気にしているよ』

 なんだか、妙な間があったような気がするが。
 そう思ったが、シュリの問いかけに俺の気が逸れる。

「エルサル、俺、どのぐらいで向こうに戻るの?」
『はっきり、いつとは言えない。だが一週間以内、と言ったところだろう。魔術を展開する前日に知らせる。いいな。一週間以内だ……ちゃんと準備しておけよ』

 エルサルはそれだけ言うと、鏡の表面が水面に水滴が落ちたように揺れ、次の瞬間そこに映ったのは俺とシュリの顔だけだった。どうやら過去からの通信は終わったようだ。

「一週間以内……か」

 シュリはぽつりと呟いた。その言葉に俺は胸の痛みを感じる。
 だが、俺とは対照的にシュリはにかっと笑った。

「よかったな! エルサードって奴が戻ってくるんだぞ! みんなに知らせなきゃ!」

 シュリはぽんっと俺の背中を叩いて言った。確かにエルサードが返ってくるのは素直に嬉しい。でもそれ以上にシュリを失うかもしれない、というのは息が詰まるほど苦しかった。
 けれど、俺はシュリを引き留める権利なんてない。

「そうだな。シュリも、よかったな。あともう少しで帰れるぞ」

 俺は無理して笑い、シュリに言った。
 そしてエルサルの通信は、春ボケを起こしていた俺に確かな現実を思い出させたのだった。









 それからシュリは、周囲に一週間以内にエルサードが帰ってくる事、自分が過去に帰る事を伝えた。

 当然、皆それぞれに悲しがったが、元の時代に戻った方がシュリにとっていいだろう、と誰も引き留めるようなことはしなかった。それは勿論、俺もだ。
 でも、そんな俺の元に文句を言う相手がやってきた。

「ちょっと、アレクシス!」

 ミシャは隊長室に無遠慮に入ってくると、まだ人種化が解けていない俺の元にずんずんっと怒った顔で近寄ってきた。

「なんだ」
「なんだじゃないわよ! シュリとロニーは?」
「シュリはロニーを付けて、厨房に行っている。ここにはいない」
「なら、ちょうどよかったわ。アレクシス、一体どういうことなの!? シュリが過去に帰るって話じゃない!」
「ああ、それが?」
「この前の私の話、聞いてた!?」
「聞いていたさ」
「ぜんっぜん、聞いてないじゃないの! どうしてシュリを引き留めないの!」
「引き留められるわけないだろう。シュリは過去の人間だぞ」
「そうだとしても! あー、もう、じれったいわね!」

 ミシャはバンッと机を叩いて、怒ったように言った。でもそこまで言われて、俺も黙ってはいられない。

「うるさいぞ! これはお前が口出しすることじゃないっ!」
「いいえ、口出しするわよ! 私はアレクシスの事、大事に想っているんだからっ!」

 ミシャが言うと、タイミング悪くガチャっとドアが開き、シュリとロニーが戻ってきた。その手には手作りの焼き菓子を持っている。いつの日か俺に作ってくれると約束してくれたものだ。
 でもシュリは焼き菓子を手に、気まずそうな顔を俺とミシャに向けた。

「あ……ごめん。タイミング、悪かった?」

 シュリは窺うように尋ね、ミシャはすぐに首を横に振った。

「いいえ、大丈夫よ。ごめんなさい、大きな声を出して」

 ミシャは気まずそうな顔をして、ちらりとシュリとロ二-を見た。

「私の用は終わったから出て行くわね」

 ミシャはそれだけ言うと、部屋から出て行った。けれど俺は追いかけない。でも俺の代わりにシュリが「ミシャ! 待って!」と追いかけていった。
 シーンと静まり、部屋に残ったのは俺とロニーだけだ。

「いいんですか? 隊長」

 ロニーはそう俺に尋ねたが、俺は何も答えなかった。








 一方、シュリは走って逃げるミシャを追いかけ、その手を掴んで引き留めた。

「ミシャ! 待って」

 シュリはちょっと息切れしながら言った。意外にもミシャの足は速かったのだ。でもミシャはシュリに振り返って、名前を呼んだ。

「シュリ」
「ミシャ、大丈夫か?」

 シュリは心配そうにミシャに尋ね、ミシャはくすっと笑った。

「ほんと、シュリは優しいわね」
「そんなことないぞ」
「そんなことあるわ」

 ミシャはちょっと落ち着いたようで、優しい眼差しでシュリを見た。その目を見てシュリはおずおずと尋ねた。

「ミシャは……アレクシスが好きなのか?」

 シュリが尋ねると、ミシャはちょっと考えた後、こくりと答えた。

「……そうよ。でもだいぶ昔にフラれちゃってるけどね」
「ミシャを? どうして」
「私が……男だからよ」

 突然の告白にシュリは「え!?」と驚いた。その顔を見て、ミシャはハハッと笑った。その笑顔さえも女の子のようだ。

「驚いた? こんななりをしているけど、ちゃんと男よ。アレクシスとエルサードの二人が騎士になるまでは、一緒の学園に入って、よくつるんでいたわ」
「そうなのか?」
「ええ。それで、アレクシスが騎士団に入団する前に告白したらあっさりフラれたの。友達としか見れない。自分は女の人が好きだからって……でも、あの性格でしょ。優しいから未だに私とも仲良くしてくれてるの」

 ミシャが言うとシュリは驚いた顔のまま、立ち尽くしていた。そして、ちょっと考え込むシュリにミシャは伝えた。

「シュリ、こんなことを言うのはお節介かもしれないけれど、アレクシスがあんな風に笑うのはあなただけよ。だから、シュリも自分の気持ちに素直になって。あなたは両性で女の子にもなれる、そうでしょ?」

 ミシャはシュリの手をぎゅっと握って言った。
 だが言われたシュリが複雑そうな顔をしていたのを、俺は知らなかった。




 そして、シュリはミシャと別れた後、姿を消したーーーー。



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