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45 不気味な液体
しおりを挟む「できたー!」
シュリは両手を上げて、大声で叫んだ。その声に俺はびくっとしてシュリに視線を向けた。シュリは嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねそうな雰囲気だ。いや、飛び跳ねていた。
……この前から作っている秘密の何かか?
俺はちらりと机の上に置かれているガラスのコップに視線を向ける。そこには緑色の液体が入っているのが微かに見えた。
……あれをずっと作っていたのか? シュリは。
俺はシュリに視線を向け直すと、シュリは俺を見た。そしてにやりっと笑う。
その笑みを見て俺の危険センサーが最大警告音を鳴らし『離・れ・ろ、キ・ケ・ン』と警告文字を頭の中に流す。
そして大抵この危険センサーは当たるのだ。
「さーて、ちょっと外の空気でも」
「待って」
俺は席を立とうとしたが、そんな俺の元にシュリがすかさずやってきた。そして俺にガラスのコップを差し出す。その速さはいつもでは考えられないスピードで、俺に逃げる隙さえも与えてくれなかった。
「……なんだこれは」
シュリに捕まってしまった俺は、目の前に置かれたコップに視線を落とし、尋ねた。
コップの中には何か得体の知らない、ぐぷぐぷっと煮えた緑色の液体が入っている。そしてマスクを取らなくても、これから危険な匂いがしているのは明らかだった。
そしてシュリを見るとにっこりと俺を見ている。
……い、嫌な予感しかない。
俺はたらりっと冷や汗を掻き、顔をひきつらせたが、シュリはお構いなしに俺に告げた。
「な、アレクシス。これ、飲んでみて? いいことが起こるから!」
シュリは悪意のない笑顔で俺に勧める。
……これを飲めだと!?
俺は思わず顔を引きつらせる。けれどシュリは「な? 味はまずいけど、俺を信じて」と勧めてくる。
……いやいやいや。信じろって、これを飲んで俺の何のメリットがあるんだ? 絶対ないだろう!
俺は心の中で叫び、もう一度コップの中の液体を見る。俺の頭にどくろマークが過る。
……ないな。
俺はすくっと席を立ち「ちょっと外に出てくる」と今更ながらに逃げようとした。だが、シュリはガシッと俺の服を掴み、逃がしてくれなかった。
「アレクシス、どこに行くつもりなんだよー。これ飲んでみろってー!」
シュリはそう言って俺の服を引っ張る。だが、しょせんシュリの力なんて俺にとっては赤子のようなものだ。俺は引っ張るシュリを無視して、のしのしとドアに向かって歩く。
「絶対いやだ。まだ死にたくない」
「だから大丈夫だって言ってるだろー?!」
「何が大丈夫だ! どう見たって大丈夫じゃない色だろ!」
俺は言いながら、机の上のコップを指さす。中の液体は緑からどんどん紫色に変化している。どう見ても、危険だ。
「大丈夫だって! アレクシスは、俺の事……信じてくれないの?」
シュリはしゅんっと悲し気に呟いた。その姿に俺はギクッとする。
「俺がアレクシスに毒を飲ませる気だと思ってるの? 俺の事、そんなに信じてない? 俺達、一緒に風呂に入って寝る仲だろ? それなのに?」
「誤解を招くような言い方をするんじゃない」
「誤解? 事実じゃん」
「いや、まあ」
……確かに一緒に風呂にも入って寝ているが。
「なぁ、アレクシスぅ」
シュリはエルフェニウムのような瞳をうるうる潤ませて言い、俺は怯む。
あのキスの一件から、どうも俺はシュリに強く出られない。だからシュリにせがまれて、風呂も一緒に入るようになってしまったし、相変わらず一緒に寝ている。
……全く、どうしてこうなった。
「な、アレクシス……どうしても駄目? 俺、お前の為に作ってたのに……でも、お前がいらないっていうなら、捨てるよ」
「いや、そういう訳じゃ……」
俺は目を逸らし、明後日の方向を見ながら言う。
「じゃあ、飲んでくれる?」
「……それは」
俺が言い淀むとシュリはがっくりと肩を落とした。
「飲んでくれないんだな。じゃあ、捨てるよ。ごめん」
シュリは小さく呟くと、俺から離れてガラスのコップを手に取った。本当に捨てる気だろう。ここ一週間近くかけて作ったこの不気味な液体を。
そして、本当ならこのまま捨てさせた方がいいのだろう。
そう冷静な俺も同意するように心の中で頷く。
だけど、シュリは俺の為に作ってくれたと言った。
そう言われたならガラスのコップに入っている液体を捨てさせるのは勿体ない気がして、俺はいつの間にかシュリの手からコップを奪い取っていた。
「アレクシス?」
シュリはコップを奪い取った俺に視線を向けて、首を傾げる。
……くそ、どうしてこうなる。
そう悪態を心の中でつきつつも、俺はコップを片手にシュリに尋ねた。
「飲めば……いいんだな? 本当に大丈夫なんだな?」
俺は再確認するようにシュリに尋ねた。するとシュリはぱぁっと明るい笑顔を取り戻して「うん!」と答えた。
……シュリが大丈夫というのなら、大丈夫なんだろう。けど……。
俺はちらりとコップに入っている液体を見る。さっきは緑だったのに、今ではすっかり紫色だ。
「ああ、早く飲まないと! 効力が落ちちゃう!」
シュリは俺を急かすように言い、俺はごくりっと唾を飲んだ。一瞬、躊躇うが、目を瞑り、覚悟を決める。
ええい! ここは度胸だッ!
俺は気合を入れ、マスクを外してコップに口につけ、勢いよく中身の液体を飲んだ。それを見て、シュリは「おー!」と感心するように声を出し、両手でパチパチッと拍手した。
けれど、飲んだ俺はあまりのまずさと匂いに飲み込んだ後、げほげほっ! と咳き込んだ。そして何とも言えないまずい味と苦みが口いっぱいに広がる。
匂いも強烈過ぎて、気持ち悪くて吐きそうだ。というか、本当に気持ち悪くて眩暈がしてきた。
俺はコップを割らないように机に乱暴に置き、ふらつく頭を片手で支えた。
そして飲んでから気が付く、俺は一体何の液体を飲まされたのか?
「シュリ……俺に、なに、を飲ませた」
俺は気持ち悪さに眩暈を起こし、ふらつきながらシュリに尋ねた。
……思えば、いいことが起こる、としか聞いていない。一体、何の為の飲み物だったのか。
でも揺らぐ視界の中でシュリは詳しくは教えてはくれなかった。
「それは目が覚めてからのお楽しみだよ、アレクシス」
シュリはにっこりと笑い、俺の意識はそこで途切れた。
……お楽しみ?
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