エルフェニウムの魔人

神谷レイン

文字の大きさ
上 下
45 / 81

45 不気味な液体

しおりを挟む

「できたー!」

 シュリは両手を上げて、大声で叫んだ。その声に俺はびくっとしてシュリに視線を向けた。シュリは嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねそうな雰囲気だ。いや、飛び跳ねていた。

 ……この前から作っている秘密の何かか?

 俺はちらりと机の上に置かれているガラスのコップに視線を向ける。そこには緑色の液体が入っているのが微かに見えた。

 ……あれをずっと作っていたのか? シュリは。

 俺はシュリに視線を向け直すと、シュリは俺を見た。そしてにやりっと笑う。
 その笑みを見て俺の危険センサーが最大警告音を鳴らし『離・れ・ろ、キ・ケ・ン』と警告文字を頭の中に流す。
 そして大抵この危険センサーは当たるのだ。

「さーて、ちょっと外の空気でも」
「待って」

 俺は席を立とうとしたが、そんな俺の元にシュリがすかさずやってきた。そして俺にガラスのコップを差し出す。その速さはいつもでは考えられないスピードで、俺に逃げる隙さえも与えてくれなかった。

「……なんだこれは」

 シュリに捕まってしまった俺は、目の前に置かれたコップに視線を落とし、尋ねた。
 コップの中には何か得体の知らない、ぐぷぐぷっと煮えた緑色の液体が入っている。そしてマスクを取らなくても、これから危険な匂いがしているのは明らかだった。
 そしてシュリを見るとにっこりと俺を見ている。

 ……い、嫌な予感しかない。
 
 俺はたらりっと冷や汗を掻き、顔をひきつらせたが、シュリはお構いなしに俺に告げた。

「な、アレクシス。これ、飲んでみて? いいことが起こるから!」

 シュリは悪意のない笑顔で俺に勧める。

 ……これを飲めだと!?

 俺は思わず顔を引きつらせる。けれどシュリは「な? 味はまずいけど、俺を信じて」と勧めてくる。

 ……いやいやいや。信じろって、これを飲んで俺の何のメリットがあるんだ? 絶対ないだろう!

 俺は心の中で叫び、もう一度コップの中の液体を見る。俺の頭にどくろマークが過る。

 ……ないな。

 俺はすくっと席を立ち「ちょっと外に出てくる」と今更ながらに逃げようとした。だが、シュリはガシッと俺の服を掴み、逃がしてくれなかった。

「アレクシス、どこに行くつもりなんだよー。これ飲んでみろってー!」

 シュリはそう言って俺の服を引っ張る。だが、しょせんシュリの力なんて俺にとっては赤子のようなものだ。俺は引っ張るシュリを無視して、のしのしとドアに向かって歩く。

「絶対いやだ。まだ死にたくない」
「だから大丈夫だって言ってるだろー?!」
「何が大丈夫だ! どう見たって大丈夫じゃない色だろ!」

 俺は言いながら、机の上のコップを指さす。中の液体は緑からどんどん紫色に変化している。どう見ても、危険だ。

「大丈夫だって! アレクシスは、俺の事……信じてくれないの?」

 シュリはしゅんっと悲し気に呟いた。その姿に俺はギクッとする。

「俺がアレクシスに毒を飲ませる気だと思ってるの? 俺の事、そんなに信じてない? 俺達、一緒に風呂に入って寝る仲だろ? それなのに?」
「誤解を招くような言い方をするんじゃない」
「誤解? 事実じゃん」
「いや、まあ」

 ……確かに一緒に風呂にも入って寝ているが。

「なぁ、アレクシスぅ」

 シュリはエルフェニウムのような瞳をうるうる潤ませて言い、俺は怯む。
 あのキスの一件から、どうも俺はシュリに強く出られない。だからシュリにせがまれて、風呂も一緒に入るようになってしまったし、相変わらず一緒に寝ている。

 ……全く、どうしてこうなった。

「な、アレクシス……どうしても駄目? 俺、お前の為に作ってたのに……でも、お前がいらないっていうなら、捨てるよ」
「いや、そういう訳じゃ……」
 
 俺は目を逸らし、明後日の方向を見ながら言う。

「じゃあ、飲んでくれる?」
「……それは」

 俺が言い淀むとシュリはがっくりと肩を落とした。

「飲んでくれないんだな。じゃあ、捨てるよ。ごめん」

 シュリは小さく呟くと、俺から離れてガラスのコップを手に取った。本当に捨てる気だろう。ここ一週間近くかけて作ったこの不気味な液体を。
 そして、本当ならこのまま捨てさせた方がいいのだろう。
 そう冷静な俺も同意するように心の中で頷く。

 だけど、シュリは俺の為に作ってくれたと言った。

 そう言われたならガラスのコップに入っている液体を捨てさせるのは勿体ない気がして、俺はいつの間にかシュリの手からコップを奪い取っていた。

「アレクシス?」

 シュリはコップを奪い取った俺に視線を向けて、首を傾げる。

 ……くそ、どうしてこうなる。

 そう悪態を心の中でつきつつも、俺はコップを片手にシュリに尋ねた。

「飲めば……いいんだな? 本当に大丈夫なんだな?」

 俺は再確認するようにシュリに尋ねた。するとシュリはぱぁっと明るい笑顔を取り戻して「うん!」と答えた。

 ……シュリが大丈夫というのなら、大丈夫なんだろう。けど……。

 俺はちらりとコップに入っている液体を見る。さっきは緑だったのに、今ではすっかり紫色だ。

「ああ、早く飲まないと! 効力が落ちちゃう!」

 シュリは俺を急かすように言い、俺はごくりっと唾を飲んだ。一瞬、躊躇うが、目を瞑り、覚悟を決める。

 ええい! ここは度胸だッ!

 俺は気合を入れ、マスクを外してコップに口につけ、勢いよく中身の液体を飲んだ。それを見て、シュリは「おー!」と感心するように声を出し、両手でパチパチッと拍手した。

 けれど、飲んだ俺はあまりのまずさと匂いに飲み込んだ後、げほげほっ! と咳き込んだ。そして何とも言えないまずい味と苦みが口いっぱいに広がる。
 匂いも強烈過ぎて、気持ち悪くて吐きそうだ。というか、本当に気持ち悪くて眩暈がしてきた。
 俺はコップを割らないように机に乱暴に置き、ふらつく頭を片手で支えた。

 そして飲んでから気が付く、俺は一体何の液体を飲まされたのか?

「シュリ……俺に、なに、を飲ませた」

 俺は気持ち悪さに眩暈を起こし、ふらつきながらシュリに尋ねた。

 ……思えば、いいことが起こる、としか聞いていない。一体、何の為の飲み物だったのか。

 でも揺らぐ視界の中でシュリは詳しくは教えてはくれなかった。

「それは目が覚めてからのお楽しみだよ、アレクシス」

 シュリはにっこりと笑い、俺の意識はそこで途切れた。

 ……お楽しみ?


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...