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41 生きる事
しおりを挟む「ネイズもそうだが。アレーナもいいお母さんだな。アレクシスをちゃんと見てる」
突然、シュリに褒められてアレーナはちょっと驚いた顔をした後、くすっと笑った。
「やだ、いいお母さんだなんて。私、あーちゃんに何もしてあげれていないのよ?」
アレーナはそう言ったけれど、シュリは首を横に振った。
「ううん。アレーナはちゃんとアレクシスを見てる。それだけで十分だ。……それに、今の世の中ではアレクシスのような獣人は珍しいのだろう? 今日、街を歩いてて気が付いたけど、アレクシスを好奇な目で見る視線をいくつも感じた。でもアレクシスは動じもしない。ということは、普段からそういう目で見られていることに慣れているってことだ。きっと昔から。……それでもあんな風に優しくて、真っすぐに育ったのはネイズとアレーナのおかげだろう」
シュリは素直に褒めたけれど、アレーナの顔は反対に曇り、真面目な顔をした。
「けれど、私はあーちゃんをその獣人として生んでしまったの。もっと普通に産んであげられたら、あーちゃんはこんなに苦労しなかった」
まるで自分のせいだ、と言わんばかりのアレーナにシュリは冷静だった。
「それはアレーナのせいじゃないだろう。誰にも分らなかったことだろうし、誰も責められないことだ。俺が魔人として生まれたのも、両親がたまたま魔人だったからだ。けれど責めたことはない。それにここでいう普通が混血児なのかもしれないが、俺のいた場所ではアレクシスこそ普通だ。普通の定義なんて曖昧だよ」
「でも! 獣人であるあの子は他の人より短命でっ」
アレーナが強めの口調で言うと、シュリは「アレーナ」と優しく名前を呼んだ。
「長生きだからって幸せなわけじゃない。俺は百一歳だが、その間に何人もの友人を見送ってきた。結構辛いものだぞ。置いていかれる、というのは」
シュリは今まで見せたことない寂し気な顔をして言った。その言葉の重みを感じ、そして目の前にいるどうみても若いシュリが百一歳だという事に驚いた。
でも、シュリは驚くアレーナに構わず、ふっと笑った。
「魔人としては百歳を超えるのは普通なんだが、アレクシスも驚いていた。……なあ、アレーナ。命が長かろうと短かろうと、その時をいかに生きる、というのが大事だと思わないか?」
シュリの言葉にアレーナは少し黙った後、笑った。
「そうね。シュリちゃんの言う通り……でもやっぱり私はあーちゃんのママだから、あの子の為になる事はなんだったんだろう、って思うと、自分を責めずにはいられないわ」
アレーナはふぅっと息を吐いて言い、そんなアレーナにシュリは優しい眼差しを向けた。
「アレーナは本当にいいお母さんだ」
シュリはふふっと笑って言うと、その笑みを見てアレーナも自然と笑った。
「私が良いママなら、シュリちゃんはいい子ね」
そう言って、お互い微笑み合う。そんなところに、オリービエが戻ってきた。
「二人とも、楽しそうですね。何か面白い話でも?」
「あ、オリービエ。二人は寝たのか?」
シュリは同じテーブルの席に座るオリービエに尋ね、オリービエは微笑みながら頷いた。
「ええ、シュリさんがたくさん遊んでくれましたから、ベッドに入ったら、すぐに寝ましたよ」
「そうか。寝顔も可愛いんだろうなぁ」
シュリはまた目尻を下げて言った。そんなシュリを見てオリービエは尋ねた。
「シュリさんに、いい人はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、まだな」
そう答えた後、ちらりとオリービエを見た。
「何か?」
「いや、ネイレンがあんなに面白いのにお嫁さんのオリービエは静かなんだなぁと思って」
「そうですか?」
「ああ。一体どうやって結婚することになったんだ? ネイレンってばあんなにアレクシスの事が好きだろ? 怒ったりしないのか?」
「そこがいいんじゃないですか。かっこいいだけの人なんて興味ありませんから、ちょっと人と違うところがいいんです」
オリービエはふふっと笑って頬に手を当てた。
それを見て、シュリはやっぱりオリービエはネイレンの奥さんだな、と密かに思った。
◇◇◇◇
はらはらと落ちるピンク色の花びら。
裏山にひっそりと一本だけ生えている満開のエルフェニウムの木の下で、俺はぼんやりと座っていた。
……ついこの前、エルサードが迎えに来たばかりなのに。あいつは今、何をしているだろうか。五百年前の世界というのはどういうものなんだろう。
そんな事を思いながら、目を瞑る。いい匂いが鼻腔をくすぐり、さっきまで抱えていた嫌な思いがやんわりと消えていく。
でも俺の中の、母さんや父さんに対する申し訳なさまでは消えない。
クウォール家の長男として責任を果たせず、未だに心配ばかりをかけている事に対して。
だから普段は諦めがつき、どうしようにもならないことだとわかっているのに、こんな時は考えてしまう。ネイレンと同じように人種の体で生まれていたら、俺の人生はどんな風だったのだろうかと。
ないものねだりをしていることはわかっていても、いつも考えてしまう。
そして実家に帰れば、両親と弟夫婦、子供たちがいる暖かい家庭があって、俺はどこか居心地が悪く、子供たちが生まれてからはほとんど帰らないようになってしまった。
忙しい、そんなことを理由にして。全く親不孝な息子だ。
「……はぁ」
自分の不甲斐なさにため息が出る。それでもエルフェニウムの木から花がはらはらと頭上から落ち、真上を見上げればピンク一色だ。シュリの瞳のような色。
そう思うと、シュリのさまざまな表情が思い浮かんでくる。
はにかんだり、むーっと頬を膨らませたり、いたずらっ子みたいな顔をしたり、優しく微笑んだり。でも、ぱぁっと明るく笑うシュリの笑顔が一番、はっきりと思い浮かぶ。その姿を思い出しただけで、胸がぽかぽかと温かくなってくる。
……シュリは不思議な奴だ。するりと人の心に入ってしまうんだから。
だがそんなことを思っていると、急に頭上から「綺麗だな」と本人の声がした。
えっ!? と思って視線を向けると、木の幹から伸びた太い枝にシュリがちょこんっと座っていた。
……いつの間に!?
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