エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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30 故郷

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 シュリが風呂に入った後。
 俺も風呂に入って昨日と同じように部屋で食事を済ませたが、シュリは夕飯を食べた後「食後のデザート」と言って、父さんから貰った焼き菓子を食べていた。
  その際「半分こな」と言って断る俺を無視して、焼き菓子を半分くれた。

 ……甘いのは苦手なんだが。

 そう思いつつも貰った手前食べない訳にも行かず、俺は仕方なく食べた。だがそれは予想通り、歯が溶けるような甘さだった。父さんもネイレンも、シュリもこんな甘いのよく食べる。

 そして、ちょっとゆっくりしている間に時刻はもう九時過ぎ、俺は早々に寝ることにした。
 明日はシュリを町に連れて行くし、今日はすでに寝不足だし、色々と精神的に疲れることが多かった。そしてきっと明日も多いだろう。

 俺はピカピカに歯を磨き、バスルームから出る。
 シュリは窓辺に座り、外をじぃっと見つめていた。その目は遠く、どこか寂しげだ。

「故郷が懐かしいのか?」

 俺が尋ねるとシュリは俺を見て答えた。

「故郷はここだよ、アレクシス」

 くすっと笑って言うシュリの答えに、確かに、と俺は思い直す。五百年前とは言え、シュリの故郷はここなのだ。時がどれだけ経っていても、このリヴァンテ王国の王都インクラントが。

 ……馬鹿な事を聞いたな。

 そう思っているとシュリはまた窓の外に視線を向けた。

「ただ今頃、みんな何してるのかなー? って思ってたんだ。アレクシスの友達のエルサードって奴も。エルサルとウィリアと一緒にいるのかな? って。みんな、俺の心配とかしてるのかなってさ」
「心配しているに決まっているだろう」

 俺が断言するとシュリは振り返った。

「そうかな?」
「そうに決まってる」
「でもアレクシスはエルサードって奴の事、あんまり心配している風に見えないよ?」
「これでも心配している。けれどエルサードは騎士だし、俺はあいつの強さを知っている。それにエルサードはエルサルの元に行ったのだろう? そりゃ心配だが、シュリの兄の元に行ったのなら大丈夫だろう」

 エルサルは一応常識人のようだし。と心の中で密かに付け加える。

「きっと向こうも、エルサードがこちらの現状を伝えているだろう。心配はしているだろうが不安にはなってはいないはずだ。……それにエルサルはきっと弟を元に戻す為に動いてくれているはずだ」

 勇気づけるためにシュリに言ったのだが、最後の言葉を言うとシュリは顔を険しくさせた。

「俺、あいつの魔法陣でここまで送られてきたんだけど」

 シュリに言われて俺は、あ、と思い出す。でもシュリはふっと笑った。

「まあ。でも、今回ばかりはエルサルがどうにかしてくれるのを待つしかないか。俺はわかんないし」

 シュリは少し明るい声で言ったが、そこにはやはり不安がにじんでいる。それは帰れたとして、いつ帰れるかわからない恐怖だろう。
 だから俺はそんなシュリに近づき、ぽんっと頭に手を乗せ、撫でた。

「いる間はこちらを楽しめばいい。明日は街にも行く。だから元気を出せ」

 俺が言うと、シュリは俺を見上げ、柔らかく笑った。

「そうだよな! ごめん、くよくよして。なんか、外の街を見てたら悲しくなっちゃってさ。でも、きっとどうにかなるよな。うん……こっちにいる間はこっちを楽しむよ!」
「ああ、そうしろ」

 俺はそう言って、ぽんぽんっと頭を撫でて手を離した。
 だが、ここからが問題だ。

「ところでシュリ、お前はさっさと寝室に行って寝なさい」
「ん? アレクシスは?」
「俺は後で行く」

 俺が言うとシュリはじぃーっと俺を見た後、むむっと眉間に皺を寄せた。

「嘘だ。ここで寝る気だろう」

 なんでこういう時は鋭いんだ。俺の心はぎくりとして、小さく呟く。

「寝ない。だから、早く寝室に行け」
「ホント?」
「……ほんとだ、ほんと」

 俺が答えるとシュリはすぐに「やっぱり嘘だ」と顔を険しくさせて言った。

「じっちゃんが言ってた。人が二回言う時は嘘だって」

 シュリの言葉に俺はうっとなるが、ここで引くわけにもいかない。

「嘘じゃない」
「なら、寝室に行こう」

 シュリは窓辺からひょいっと下りて立つと、俺の手を握って寝室に足を向けた。

「お、おい、シュリ」

 俺は足を止めて、寝室に向かおうとするシュリを軽くぴんっと引き留めた。

「なんだよ? ソファで寝るのは駄目だぞ。それとも何かやる事でもあるのか?」

 シュリは俺に振り返って尋ねた。

「いや……ほら明日、どこに行くとか計画を立てないとだな」
「別にいいよ。アレクシスが連れてってくれるなら、どこでも。ほら、さっさと寝るぞ」

 シュリはそれだけ言うと俺の手をもう一度引いて、寝室に向かう。

 ……なぜだ。俺が寝室に行け、と言ったのに、いつの間にか立場が逆転してる。

 俺は混乱し、その間にシュリはまんまと俺を寝室に連れ込んだ。

「ほら、寝るぞ」

 シュリはか弱い力でむぎゅむぎゅっと俺の腹を押して、俺をベッドに座らせた。

「お、おい、シュリ」
「……俺と一緒に寝るの、そんなに嫌なのか? お前が嫌がるなら、俺がソファで寝る。俺の方が小さいし。ごめん」

 シュリはしゅんっとした顔で言い、くるっと俺に背を向けて寝室を出ていこうとした。だから俺は思わず言ってしまった。

「わ、わかった! ここで寝る! それでいいんだろう!」
「……ほんとか?」
「本当だ」

 俺が答えるとシュリは背を向けていた体をくるりと回して、俺を見た。その顔は笑顔だ。

「本当だなー? じゃ、寝るぞー」

 シュリはいたずらっ子の顔をして俺に言った。その顔を見てシュリが演技していたのだと今更になって気が付く。だがシュリは俺が何かを言う前に部屋の明かりをさっさと消し、部屋の中は窓の外から入る明かりだけになる。

「さ、寝るぞ。ほら、アレクシスも横になって」

 シュリは部屋履きをぽいっと脱ぐと寝室に上がり、俺の背中をぽんぽんっと催促するように叩いた。俺はむすっとしながらも観念して、でも不貞腐れたようにシュリに背を向けてベッドに横になった。

 ……今日はソファで寝ようと思ったのに。

 そう思うとシュリが不意に「アレクシス」と呼んで、ぴたっと俺の背中にくっついてきた。どきっと俺の鼓動が跳ねる。

「そう怒るな。……明日もよろしく頼むな」

 背後でささやかれて俺の胸がドキドキする。というか、近すぎだろう。シュリの暖かい体温が間近に感じる。

「お、おい、シュリ、ちょっと離れ」

 そこまで言いかけた時、背後ですぅーっと穏やかな寝息が聞こえてきた。

 ……え!? もう寝たのかッ!?

 俺は首だけを後ろに向け、背後にいるシュリをちらりと見る。そこにはもうすぴすぴっと寝ているシュリがいた。

 ……なんて能天気なんだ。いや、警戒心がないんだ。俺にあれだけ触られた後だって言うのに。

 俺ははぁっと息を吐き、少々呆れる。でも、それだけ俺を信頼してくれていると言うことだろうか?  と思うと悪い気分じゃない。

  ……しかし、今日こそソファで寝なくては。尻尾も握られていないし。さあ、ソファに行こう。

 そう思って体を起こそうとしたのに、シュリの手は俺の服をがっしりと離さないように握っていた。この展開は昨晩と全く同じだ。

 ……なんでこうなる。
  
  俺はため息をつきたい思いで、昨晩と同じように眠れない夜になると思っていた。だが、思いのほか傍で寝るシュリは暖かく、規則的な寝息は俺をいつの間にか眠りに誘っていた。
 でも俺はわかっていなかった。



 ――――翌朝、何が起こるのか。

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