エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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25 シュリとお話

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「シュリ君、とてもすごいよ! 魔人とはいえ、三種類の魔術式を組み合わせるなんて。しかも口頭呪文なしで……こんなすごい魔術を見られるとは!」

 エルンスト副隊長は少々鼻息荒く言い、シュリはその勢いに「お、おう?」とちょっとのけ反った。そして俺はこそっとエルンスト副隊長に尋ねる。

「エルンスト副隊長。今のって、そんなにすごい魔術なんですか?」

 俺も魔術と言うものは知っているが、俺は魔術は使えないし、基本肉体戦が得意なのでシュリの魔術がすごいのかよくわからない。でも尋ねた俺にエルンスト副隊長は深く頷いた。

「母でも、二種類の魔術式を組み合わせるのがやっとだよ。それを三種類も組み合わせたのだから、シュリ君は母の上を行く。さすがエルサルの弟だ」

 エルンスト副隊長の言葉に俺は思わず「え」と驚いてしまう。なぜならルクナ隊長はこのインクラント、いやリヴァンテ王国で誰よりも魔術に長けた人物だからだ。
 なので思わず俺もシュリを見てしまう。けれどシュリは「ん? なんだ?」ととぼけた調子だ。
 だからか、何となく信じがたい。今目にしたばかりだと言うのに。

「なぁ、アレクシスも楽しめたか? 俺の魔術」

 シュリは俺に尋ね、俺は素直にこくりと頷いた。

「ああ、すごく綺麗だった」
「そっか、えへへっ。……あれな、ウィリアの結婚式の時にお祝いで俺が編み出した魔術なんだ。あの時はみんなも笑顔になってくれたんだ」

 シュリはその時を思い出してか、懐かしそうに笑った。きっといい思い出なのだろう。

「こんな魔術の使い方があるなんて知らなかったよ」

 俺は正直に答えた。俺が今まで見てきた魔術というものは怪我を直す治癒魔術や戦いで使う交戦魔術ばかりだったからだ。でもシュリは無邪気に答えた。

「そうなのか? 魔術ってのは人を笑顔にする為にあるものだぞ」

 シュリの優しい言葉に俺の胸がじんわりと温かくなる。そしてピンク色の花びらのような雪を見て、確かにシュリらしい魔術だと思った。人々を笑顔にする魔術、いい響きだ。

「シュリは素敵だな」

 俺は気が付けば、何気なく思ったことをさらっと言っていた。でも、言ってすぐにぼふんっと音が聞こえ、シュリを見ると顔を真っ赤にして頭から湯気を出していた。

「な、な、きゅ、急になんだよっ!」

 シュリは顔を真っ赤にさせながらあわあわしながら俺に言い、無自覚で言った俺はシュリが照れている事に気が付かず首を傾げた。

「急にって、別になにも」

 そう答える俺にエルンスト副隊長はくすくすっと笑った。

「おやおや、アレクシスも罪作りな男だね」

 エルンスト副隊長は俺にそう言ったが、俺は何が罪作りなのかわからなかった。



 ◇◇◇◇




 それからグラウンドを後にし、案内を終えた俺は少し早いが夕暮れる前にシュリを連れて寮に戻った。隊長室に戻ったら、ロニーに『久しぶりに早めに帰られては?』と勧められたからだ。

 いつもの俺なら、もう少し仕事をして帰るところだが、今日はシュリが一緒だ。疲れたそぶりは見せていなかったが、見知らぬ場所で気疲れしているかもしれない。そう思って俺はロニーの勧め通り、早めに帰ることにした。

 騎士集舎から寮までは徒歩で五分。
 シュリを連れて歩いて帰り、鍵を開けて部屋に入って俺はふぅっと息をつく。

「アレクシス、疲れたのか?」

 気を遣った相手から聞かれ、俺は片眉をぴくっと上げる。

「それはシュリの方じゃないか? シュリは疲れてないか?」
「俺? 俺は別に疲れてないぞ。今日は楽しかった!」

 シュリは本当にそう思っているのか、笑顔で俺に告げた。

「そうか」

 俺は答えて、腰に差していた剣を壁に立てかけた。
 窓を見れば、まだ夕暮れには時間がある。遅めの昼食を摂り、お腹もまだ空いてはいない。風呂に入るのも早い。
 だから俺はお茶を用意し、椅子に座ったシュリの向かいの席に座って話すことにした。俺はまだまだシュリについて知らないことが多すぎるから。

「ん、なんだ? アレクシス」

 じっと見る俺にシュリは首を傾げた。

「いや、シュリとちょっと話そうと思って。昨日もだが、今日も忙しくて話す機会がなかっただろ?」

 俺はそう言ったけれどシュリは首を傾げて「そうか?」と呟いた。でもシュリは別段不思議に思うわけでもなく「何の話をするんだ?」と楽し気に俺に聞いた。

「まあ、そうだな。じゃ、シュリの家族構成から」

 俺は職業病で思わず尋問のように聞いてしまう。しまった、と思うがシュリはすんなりと教えてくれた。

「俺の家族? 俺の家族はエルサルとウィリアだ。両親は俺が小さい頃に死んだ。それ以来はエルサルが親代わりみたいなもんだ」

 シュリは答えた後、俺が淹れたお茶をふぅふぅっと息を吹きかけて冷ましながら飲んだ。それを見ながら俺は思い出す。

 ……確か、文献にはエルサルの両親は早くに亡くなったと記載があったな。

「なら、エルサルとずっと一緒に?」
「うん。去年まではな」
「去年まで?」

 俺が尋ねるとシュリは頷き、口を尖らせた。

「だってエルサルとウィリアは去年結婚したんだ」
「結婚したからって、どうして……」

 馬鹿な俺はすぐにはピンっと来ず、聞き返してしまった。するとシュリはぷぅっと顔を膨らませた。

「エルサルに言われたんだ。お前がいるとウィリアが抱かせてくれないって。だから出てけーって。……まあ、いちゃいちゃしたいのはわかるけどさ。急にだぞ? ひどいよなぁー!」

 シュリはぷりぷりと怒りながら言った。だが、俺はシュリの答えに顔を引きつらせる。

 ……確かに新婚生活に誰かがいたら、それはやっぱり気まずいだろう。俺だって嫌だ。しかし、そんなあけすけに……エルサル。 

「でも、それからはルサカのところで間借りしてるんだ」
「ルサカ? ……ルサカ国王のところにか? ということは王城に?」

 俺が尋ねるとシュリは指先で目尻を吊り上げると、ルサカ国王の物まねをしながら言った。

「うん、そう。『行くところがないなら、ここで暮らしたらいいだろ。家賃代わりに菓子作りでもしてろ』って言われて王城の一室を借りてる。代わりに俺は言われた通り、お菓子を作って城で働いているみんなに配ったりしてたんだ」
 
 そうシュリは説明をしてくれた。
 実物のルサカ国王を見たことはないが、きっとさっきの物まねは似ていないだろう。しかし、ふと疑問が残る。

「でも、全てが王頼みというわけにはいかないだろう。服とか嗜好品とか……そういえば、シュリはどうやってお金を稼いでたんだ?」

 俺は気になって聞いてみた。きっと何かしらの仕事をしていただろうが、シュリの外見とこの天真爛漫な性格から、どんな仕事をしていたのか全く想像ができない。

 ……働くシュリってどんなだ?

 頭を働かして必死に想像するが、どうしても浮かばなかった。
 そんな俺にシュリは答えを告げた。

「ん、俺? 俺はなぁ……」

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