エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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10 魔人の体の不思議

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 もあもあと湯気が立ち上る浴室の中。

「ぷはぁ、やっぱりお湯は気持ちいいな~」

 裸のシュリは長い白髪を上手に頭の上にまとめると、湯船に貯めていたお湯を被って呟いた。でも俺はシュリの身体を見て、目を見開く。

「シュリ、その体……っ!」

 俺は浴室に入って、すぐシュリの身体の異変に気がついた。
 シュリの体は細く、魔人特有の褐色の肌を持っていた。そこまでは普通だったのだが、シュリの身体には男なら付いてるはずのものが股に付いてなかったのだ!
 しかもそこは毛もなく、つるつるだった。

 ……胸は真っ平。いや、けど女性でも胸がない人もいると聞くし。シュリは女の子だったのかッ!?

 俺は持っていたタオルですぐさま股間を隠し、目を逸らした。
 だがシュリ本人は慌てる訳でもなく、呑気な声で俺に尋ねた。

「どうした、アレクシス?」
「シュ、シュリ。君は……女の子だったのか?」

 ……シュリが女の子なら早々に出て行かなければ! いや、でも胸はないし! けど、同意があったとしても女の子と一緒に入るのはッ!! 

 混乱し一人オロオロする俺。でもシュリはあっさりと答えた。

「ん? 違うぞ。俺は女じゃない」

 その言葉に俺はちょっぴり残念な気持ちを抱きつつ、ほっと息を吐く。でもシュリはさらに言葉を続けた。

「ま、男でもないけどなー」

 シュリはそう言ってもう一度お湯を被った。

 ……男でもない??????

 俺の頭の中はハテナだらけになる。

「どういう事なんだ?」

 俺はシュリをちらりと横目で見る。そんな俺にシュリは教えてくれた。

「なんだ、今の子は知らないのか。なら教えてやろう!」

 シュリはそう言うと恥ずかしげもなく、どこも隠さないまま俺に身体を晒した。

「ちょ、シュリ!」
「魔人はな、両性なんだ。俺、ついてないだろ? けど望んだら膨らんだり、ここから生えてくるんだぞー! すごいだろ!」

 シュリは恥ずかしげもなく胸を触ったり、股間を指さして俺に言った。俺は何とも言えなくて、また目を逸らす。

 ……なんだか見てはいけないものを見てしまった気がする。ドキドキ。

「魔人はな、生まれた時は両性なんだ。男にも女にもなれる。でも、初めての交わりでどっちかの性を選ぶんだ。もし相手が男なら女に、女なら男に。それ以降は、ずっとその性別で生きていくんだ。まぁ、稀に元々性別が決まって生まれたりするって話だけど」

 そう言われて、俺は何となくシュリが年の割に少年っぽい理由がわかった。でも、シュリが言った通りだとすれば、まだシュリは……。

「じゃ、シュリはまだ、その……他の人と?」

 俺は顔が火照るのを感じながら、ちらちらっとシュリに視線を向けて尋ねた。

「うん、まだだ。どうも子作りしたいって気持ちにならないんだよなー」

 シュリは呑気にそんな事を呟いた。でも俺は危険を感じていた。
 男でも女でもないと言ったが、今の台詞だとシュリがその気にさえなれば男にも女にもなれるという事だ。だから俺は思わずシュリが女の人になった想像をしてしまった。

 褐色の胸は膨らみ、腰にくびれができて、丸みを帯びた身体を。
 むくむくっと俺の中に抑えていた筈の欲望が渦巻く。

「んっ? どうしたんだ? アレクシス」

 シュリは不思議そうに俺を見たが、俺はシュリに背を向ける。

「俺は風呂からでる。シュリはゆっくり入ってくれ」
「えっ! なんでだよ? 俺、アレクシスの背中、流すって言ったんじゃん!」
「それはまた、今度な!」

 俺は逃れる為に嘘をついて風呂を出ようとした。けど。

「アレクシス!」

 シュリは俺に駆け寄り、後ろからむぎゅっと抱き着いた。柔らかい素肌が俺の身体に巻き付く。その感触にざわっと俺の毛が逆立つが、シュリはそんなのお構いなしだ。

「今度って何だよ? 俺は今するって言っただろー?」

 そんな事を言われると、俺の理性が崩れ落ちそうになる。でも、ここ数年で鍛え上げた自制心で何とか持ちこたえた。けれどシュリはその後も俺の心を試すように尋ねてきた。

「それとも俺と一緒に風呂に入るの、嫌か?」

 俺に抱き着き、寂しそうな声で言われたら、何とも言えない感情が俺の中に沸いてくる。だから、いつもの俺なら『嫌じゃないけど、また今度な』と言って風呂を一人出て行ったはずなのに、俺の口から突いて出たのは別の言葉だった。

「嫌じゃない……ぞ」

 俺が思わずそう言うと、シュリはぱぁっと顔を明るくさせた。

「そうか? なら、一緒に入ろうよ。……それにしても、ふふっ、アレクシスの尻尾、気持ちいい」

 シュリは立ち上がった俺の尻尾に顔を埋めて、ふかふかと毛並みを楽しみ始めた。俺はダメだ、と思いつつもシュリの楽し気な声がもっと聞きたくなって、思わず尻尾を揺らしてシュリの顔にふさっと押し付けた。

「あははっ、ふかふかっ」

 シュリは笑い、その無邪気な顔を見て俺は自分に言い聞かせた。
 シュリはまだ子供だ。他意はない。ただ遊んでるだけだ、と。俺は自制心を働かせて、身体の奥でくすぶる欲望を落ち着かせる。

「風呂、入るんだろう?」
「うん。ほら、ここに座って」

 シュリはそう言って、俺を浴室に置いていた椅子を勧めた。俺は腰にタオルを巻いて椅子に座ると、仕方ない、と腹をくくり、先に石鹸を手に取るとボディブラシで泡立てて素早く背中を残した他の部分を洗った。その後、シュリにボディブラシを渡し「背中を頼む」とお願いする。

 背中を洗わせたら、さっさと出よう! そう思って。

「アレクシス、ちゃんと洗ったのか? 股も綺麗に洗わな」
「洗ってる! いいから、背中」

 俺は有無を言わさずシュリに言った。シュリは、ホントかー? というような微妙な空気を出したが、それ以上は聞かずに俺の肩にぽんっと片手を置いた。
 直に触れられて、俺は思わずぴくっと反応してしまう。けれどシュリは気がつかずに俺に声をかけた。

「じゃあ、洗うぞー?」

 シュリはごしごしっと背中を洗い始めた。シュリは程よい力加減で、俺の背中を洗ってくれる。人に洗ってもらうなんて子供の頃以来だ。人に洗われる心地よさに俺はついうっとりとしてしまう。

 ……裸で、しかもこんな近くの距離で人と触れ合うのはいつぶりだろうか。エルサードでもここ数年は、裸の付き合いなんてしていないのに。……シュリは抵抗ないようだけど、以前も俺のような獣人と風呂に入った事があるんだろうか? もしそうなら、一体どんな人と。……というか俺、もしかしたら女性になる人と入ってるかもしれないんだよな。い、いいのだろうか?

 俺ははっとその事に気がつき、気まずさを感じ始めた。

 ……今は両性で、どちらでもないという話だが、後々にシュリは性別を選ぶのだ。その時に女性になったら……うーん。けれど、今のシュリは少年のようだし。子供と一緒に入っているのだと思おう。

 俺はそう無理やり思う事にしたが、やはり後ろで自分の背中を洗ってくれるシュリが気になってしまう。ついつい、シュリに視線を向けようとしてしまい、俺はぎゅっと目を瞑って唱える様に平常心の言葉を何度も心の中で呟いた。

 だから俺はシュリの問いかけに気がつかなかった。

「なぁ、アレクシス。聞いてる?!」

 答えない俺にシュリは耳元で声をかけてきた。熱い息がかかって、ぴくっと俺の耳が反応する。

「えっ!? な、なんだ?」

 俺は目を開けて振り返り、シュリに尋ねた。すると、すぐ傍にシュリの顔があってあのエルフェニウムのような瞳が俺を見つめていた。

 ドキッと俺の鼓動が鳴った。


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