5 / 81
5 ルサディア陛下
しおりを挟む「陛下! 一体、どういう事ですかっ!」
俺は王城にある国王の執務室に入るなり、礼式も忘れて怒鳴るように中に入った。
だが俺の無礼に、御年九十一歳になる現国王・ルサディア陛下は怒る様子も見せずに笑顔を向けた。
陛下は獣魔人種と三つの種族の血を持っているが、長寿である魔人の血を色濃く受け継いで白い髪に、まだ三十代のような若々しい姿をしていた。
「アレクシス、久しぶりだな。お前の事だから、来るだろうと思っていたよ。ここまで通りやすかっただろう?」
そう陛下はにこやかに濃い青の瞳を俺に向けて言った。
確かにここに来るまで、やけにスムーズだった。普段なら例え第一部隊の隊長であっても国王に会うには、それなりに時間がかかる。それなのに俺が王城に入り、陛下に会いたいと一言言っただけでここまですんなりとこれた。 つまり陛下は最初から俺がこうしてここに来る事を見通していたという訳だ。
なら、こちらも遠慮せずに聞く。
「陛下。あのエルサル広場で起こった魔法陣は一体、何なんです!? ご存じなのでしょう?」
「まあ落ち着け、アレクシス」
俺が息巻いて尋ねると、陛下は俺を落ち着かせるように両手を上げた。だが、落ち着ていられるわけがない。
「エルサードが魔法陣の円陣に巻き込まれて消えてしまったのですよ!?」
俺は陛下にそう告げたが、陛下に驚く様子はない。むしろ満足気だ。
「そうかそうか。エルサードはきちんと巻き込まれてくれたか」
よしよし、とでも言いたげな陛下に、俺は怪訝な顔をするしなかなかった。
「陛下? 一体、どういう事なんです? 説明してください」
「悪い悪い、今から説明する。……あれはな、転移魔術というやつだ」
「転移魔術?」
聞きなれない言葉に俺は首を傾げた。
「ああ、そうだ。お前も知っているだろう? 大魔術師エルサルを」
陛下の問いかけに俺は頷いた。
大魔術師エルサルは後世に残る魔術式などを開発した偉人で、五百年ほど前の魔人だ。
リヴァンテ王国では誰もが知っており、教科書にも載っている。そして俺とエルサードが警備していたエルサル広場も、彼の名にちなんでつけられた場所だ。
だが陛下が、転移魔術と大魔術師エルサルの名前を口にした事で、俺はピンっときた。
「まさか! 大魔術師エルサルが今回の事件に関係しているのですか?」
俺は信じられない思いで、陛下に尋ねた。何せ、相手はもうすでに五百年近く前に死んでいるのだ。俺の思い違いかもしれない。けれど、陛下は鷹揚に頷いた。
「ああ、その通りだ。今回の円陣はな、大魔術師エルサルの作った魔術なんだよ」
「大魔術師エルサルが?! しかし、彼はもう五百年ほど前に亡くなった筈」
「そうだが、王家の文献にはこう記されていてな。エルサルが五百年後の未来と現在を繋ぐ転移魔術を試作し、そこから一人の男が転移してきたと」
「一人の男が転移。……まさか、エルサードの事ですか?!」
俺が尋ねると陛下はゆっくりと頷いた。
「ああ。だが……どうやら、この転移魔術をには一つだけ欠点があるようでね。誰かを未来や過去に送る時、未来や過去にいる誰かがその人物の入れ替わりにならないといけない。急に世界から人間が一人減ったら、世の均衡は崩れてしまうからね。……だから過去の人物が来た代わりに、この現代にいるエルサードが過去に送られた、という訳だ。まあそういう訳で、今のところエルサードは無事だから、安心しなさい」
陛下は説明し、にっこりと笑って俺に言った。確かに無事でいてくれるなら安心だ。だが、それで全ての問題が解決したわけではない。
「無事な事には安心しましたが、エルサードはこちらに戻ってこれるのですか? それにあの魔人は」
「ああ、空から落ちてきた魔人だね? その魔人はエルサードと交換、という事で五百年前からやってきている筈だ」
「五百年前から……」
俺はその途方もない時代に言葉を失った。
五百年前と言えば、まだ今のような便利さはなく、他国間との条約も結んでいなかった時代だ。
記憶の限り、その時代に大きな戦争はなかったと思うが、国境付近では小競り合いがあったと歴史で学んだ気がした。そして、そんな時代にエルサードは飛ばされてしまった。
……エルサードは大丈夫だろうか……。まあ、あいつの強さなら五百年前でも大丈夫だろうが。
俺はそう心の中で呟きながらも、エルサードの無事を願った。
しかし、そんな俺に陛下は思わぬ言葉を投げかけた。
「それよりアレクシス、五百年前から来た魔人はお前が面倒を見なさい」
突然の指名に俺は素で驚いた。
「え、自分ですか!? しかしっ」
「大丈夫。アレクシスなら面倒をみられるよ、いいね?」
困惑する俺に陛下は笑顔で有無を言わせなかった。
「わ、わかりました。……けれど陛下、先ほどの質問にまだ答えていただけていません、エルサードは無事にこちらに戻ってきますね?」
俺が尋ねると陛下は少し間を開けて答えた。
「さあ、それは私にもわからない事だ。ただ信じるしかないさ」
意味深に言う陛下に俺はただ「信じる?」と問いかけたが、それ以上を陛下は答えてはくれなかった。
「まあ、アレクシスにも次第にわかるさ」
陛下はそう言って、俺の問いかけを煙に巻いた。そして、こう答える時はどう聞いても答えてくれない時だ。だから俺はそれ以上、陛下に聞くことを諦めた。
……信じるしかない……俺にも次第にわかるって、どういう意味だ?
陛下の意味深な言葉に疑問を抱えつつ、俺はその後、王城を後にした。
10
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる