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3 社長

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 それから翌日、彰はソファでごろんっと寝っ転がっていた。

「あー、暇だなぁ」

 ……映画も動画も見飽きたし、ゲームも電子書籍もなぁ。俺って元々引きこもり体質だから、部屋にいるのはそこまでは苦じゃないけど、やっぱり一人なのは暇だなぁ。

 そう思いながら窓の外をみれば陽気な五月晴れ。こんな天気だとますます外に出たくなる。

「早く来てくれないかなーっ」

 小さく呟き、ソファのクッションを胸に抱えながらぐでんっと寝ていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。彰はその音が鳴ったと共に体を起こし、インターホンへ駆け走る。
 そしてインターホンの画面には、懐かしい顔があった。

『遊びに来たぞ~』

 そう言ったのは彰がここにいる事を知っている唯一の人物、芸能事務所の二代目社長・鬼崎仁きざきじんだった。






「はい、コーヒーをどうぞ」
「ありがとな、彰」

 彰はコーヒーを差し出し、ソファに座っている鬼崎は礼を言った。
 鬼崎は三十代後半の甘いマスクを持つ色男で、180㎝近い長身にすらりとした体型の持ち主だ。なので事務所をうろついていると外部の人間によく俳優に間違われている。
 そして赤子の頃から事務所に所属している彰にとって鬼崎はもはや兄のような存在であり、α性であっても鬼崎は彰にとって信頼の置ける人物だった。……今回の事が無ければ。

「仁にぃ! 俺をこのままここから連れ出してよっ!」

 彰は鬼崎の隣に座り、頼み込んだ。だが鬼崎はコーヒーを一口飲むと、結婚指輪を嵌めている手で横に振って「ムリムリ」と速攻で断った。

「なんで! もう俺、一カ月もあいつに監禁されてるんだよッ!?」
「まあ、そうだなぁ。でも楽しく過ごしてるんだろ?」

 鬼崎は彰の鎖骨や手足についているキスマークをちらりと見て言い、彰はカァッと顔を赤くした。

「べ、別に楽しくなんて過ごしてないよ! これは、その、発情期のせいだから!!」
「はいはい、そういう事にしておこうなぁ~」

 鬼崎は笑って言った。そんな鬼崎に彰はむすっと頬を膨らませた。

「まあ、蘇芳の奴が彰を預かるって連絡をよこしてきた時には驚いたけどな」

 鬼崎に言われて、彰は一カ月前の事を思い出す。
 事務所を出たところを捕まえられて、車に乗っけられたかと思うと部屋に連れ込まれ、蘇芳は彰に告げた。

『お前の事はしばらく俺が預かる。鬼崎にもそう連絡している』

 当然彰は『はっ!?』と驚いたが拒否権はなく、鞄は没収され、服も油断して風呂に入っている内に奪われた。
 そして今日、突然蘇芳に言われたのだ。

『暇しているようだから、鬼崎を呼んでおいた。でも、あいつにここから出して貰おうなんて考えるなよ?』
『お、脅しかよ!? ふん、お前がいない間に出て行ってやる!』
『減らず口だな。まあ、鬼崎はお前に協力しない。期待はしないことだな』

 蘇芳は笑いながら言って、出て行った。
 二人は学友らしく、蘇芳は鬼崎を信頼しているらしい。彰に会わせても、逃げることに協力しないほどには。

「なんで、仁にぃは蘇芳の味方なの!? 俺、ここに監禁されてるんですけどっ!?」

 彰がむっとして言うと鬼崎はふぅっと息を吐いて、彰を見た。

「彰だって本当は何となくはわかってるんだろ? 蘇芳が意味もなく、こんなことをしているわけじゃないって」

 鬼崎に言われて、彰は口を閉じた。でも、それは肯定で。
 だけど彰には蘇芳がどうして自分を閉じ込めているのかわからなかった。項を噛まないΩを傍に置いているなんて。だから自然と項に手が伸びて、それを鬼崎は目敏く見ていた。

「項、噛まれないことが不満なのか?」
「ち、違うよッ! 誰があいつになんか!」
「違わないだろ? α性が強い者ほど、気に入ったΩを見つけたら逃さないように項を噛む。俺だってそうだった」

 鬼崎に言われて、彰は鬼崎の薬指に光る指輪に視線を落とした。鬼崎にはΩの奥さんと子供がいるのだが、二人の出会いは事務所に入ったなら一度は誰でも聞く有名な話だ。
 お見合いで出会ったΩの男子大学生を鬼崎がその日の内に抱き、項を噛んで番にしてしまったのは。

 だからこそ、彰はα性が強いであろう蘇芳が二度もの発情期を項を噛まずにいたことが気に食わなかった。チョーカーの上からでさえ、噛まれていないのだから。

「別に噛まれたいわけじゃない。ただ噛まれないのはΩとして、癪に障るというか……」
「素直じゃないのはお前らしいね」
「俺はそんな!」
「でも、心配しなくても蘇芳はお前の事を気に入ってるよ」

 鬼崎はコーヒーを飲んで、何気なく言った。でも彰には信じられない。

「あいつが俺の事を?」

 ……俺をからかってばかりなのに?

 その疑問が顔に出ていたのか、鬼崎はくすっと笑った。

「そもそもΩを囲うなんて、興味のないΩにしないよ」
「それは……仁にぃはそうかもしれないけど」
「蘇芳だってそうさ。いや、蘇芳はなおさらそうだよ」

 確信を持つ言葉に彰は眉間に皺を寄せた。どういうことだ? とでも言うように。

「あいつはね、信じられないかもしれないけどΩ嫌いなんだよ」
「え?!」

 彰は思わず驚きの声を上げた。そんな彰に鬼崎は尋ねた。

「この先の話を聞きたい?」

 意味深に言われては気にならない訳がなかった。彰はこくこくっと頷いて鬼崎に話を聞いた。
 それは思ってもみない話だった。






 それから空に星が瞬き、赤色の空にどんどんと宵闇が迫る頃。
 玄関のドアが閉まる音が部屋に響いた。

「なんだ、明かりもつけずに」

 仕事から帰ってきたスーツ姿の蘇芳はソファでぼんやりと座っている彰を見つけて言った。

「あ、うん……」

 蘇芳が帰ってきたことに気が付いた彰は蘇芳に視線を向けたが、曖昧な返事をした。その彰を見て、蘇芳はそっと近寄った。

「どうした? 昼間に鬼崎の奴が来ただろ? ……鬼崎に頼んで、この部屋を抜け出すんじゃなかったのか?」

 蘇芳はネクタイを緩めながら、いつものからかい口調で彰に尋ねた。でも彰は何も答えない。早々に様子がおかしいと思った蘇芳は彰の顎に手をかけ、問いかけた。

「鬼崎に何か聞いたか?」

 蘇芳の問いかけに彰の瞳がぴくりと動き、蘇芳はそれを見逃さなかった。

「何か聞いたんだな? 何を聞いた、言ってみろ」

 蘇芳は問いただしたが彰はふいっと目を逸らした。でも、蘇芳はもう一度尋ねた。

「何を聞いたんだ?」

 少し強い口調で問いかけられ、彰はとうとう小さな声で答えた。

「お前の、高校時代の話」

 彰が答えに少しだけ蘇芳の空気が冷たくなる。

「俺の? それで?」
「……Ωに襲われたって話を聞いた」

 彰の瞳が揺れながら蘇芳を見つめた。そこには悲しさが浮かんでいた。

「それで、どうしてお前がそんなに悲しい顔をしてるんだ?」
「そりゃそうだろ! 俺だってαの事は知ってるつもりだ! αはΩの発情期の匂いに耐えられない。俺達の体はそういう風に、αを誘うようにできてるから! Ωの発情期の香りがどれほどαにとって危険かは知っている。だから……その匂いを利用してΩがお前を襲ったって聞いて、何とも思わない訳ないだろ!?」

 彰が叫ぶように言うと、蘇芳はふっと笑った。

「昔の話だ」

 蘇芳は軽く言ったが彰が鬼崎から聞いた話はそれだけで終わる話ではなかった。
 彰が聞いた鬼崎の話では、蘇芳は高校時代からαの中でも飛びぬけて優秀で。その上、この見目に蘇芳財閥の御曹司ということで入学当時から校内でも有名人だったらしい。
 当然、そんなαの中でもαらしい蘇芳をΩ達が放っておくわけもなく、多くのΩの生徒が蘇芳に色目や媚びを売ったらしい。しかし蘇芳は誰かを特別相手にすることなく避け、誰とも付き合う事はしなかった。

 だが、そんなある日。
 蘇芳のつれない態度に痺れを切らしたある一部のΩのグループが、蘇芳の存在をやっかんだαの生徒と手を組んで、ある計画を実行した。
 それは蘇芳を騙して、発情誘発剤を飲んだΩ達の巣穴へと放り込むこと。

 そんなことをされれば、αがどうなるかなんて目に見えている。

 Ωの発情期の匂いに当てられ、強制的にαの発情(ラット)にさせられた蘇芳は本能には勝てずに、その場にいた全員のΩと体を繋ぐことになった。
 幸いにも、その日の内に異変に気が付いた鬼崎が助けに入り、蘇芳は誰の項も噛むことなく済んだが、それでも蘇芳に心の傷を負わせたのは言うまでもない。
 後に、その生徒達は退学処分となり罪に問われ、蘇芳の家から膨大な慰謝料の支払いを請求されたらしい。当然だ、蘇芳にしたことは犯罪なのだから。
 そして蘇芳はそのまま学校に通っていられるわけもなく、渡英し、すっかりΩ嫌いになってしまった。

 それが鬼崎の教えてくれた話だった。
 そして、その話は彰にはすごく共感できる話だった。立場は違えど、自分も襲われた経験があるから。あの時の恐怖は未だって彰の体の中に残っている。

 ……俺の時は逃げられた。でも蘇芳は逃げられなくて……どれだけ辛い思いをしたんだろう。どれだけ悲しかっただろう。苦しかっただろう。

 そう思うと彰の瞳からぽろぽろっと涙が溢れた。そんな彰を見て、蘇芳はふぅっと小さく息を吐いた。

「どうしてお前が泣く?」
「だって、だって」
「哀れみか? それなら止めろ」

 蘇芳は今までに聞いたことがないほど冷たい声で彰に言った。しかし彰は首を横に振った。

「ち、違う! 哀れみとか、同情とか、そういうんじゃない! その、俺もお前の辛さ、わかるから。俺も襲われたことあるんだ。だから、だからっ!」

 ……蘇芳にそんなひでぇ事した奴ら、許せない。同じΩとして、絶対に許せないっ!

 そう彰は思った。でも彰が告げた内容に顔色を変えたのは蘇芳も同じで。
 蘇芳は彰の話を聞いた途端、がしっと彰の細い両肩を掴んだ。

「ふぇっ!?」

 彰は突然の事に驚き、びくりと肩を揺らしたが、それよりももっと驚いたのは蘇芳の瞳に怒りが宿っていたことだ。

「す、蘇芳?」
「襲われた? いつ、誰に?」
「え、い、いつって中学の時に……αの上級生に」

 蘇芳の凄みに負け、彰は思わず素直に答えた。おかげで涙もぴたりと止んだ。

「何をされた?」
「何って……その、のしかかられて、体を触られたぐらい、だけど」
「他には?」
「それだけ、あとは金玉蹴って逃げた」

 急になんだ?! なんでそんな事聞いてくるんだ?!

 彰が戸惑う一方で、蘇芳は安心したように息を吐き、何かを思い出して呟いた。

「……そうだな。童貞処女だったな、お前」
「どど、童貞処女ッ!」

 確かにその言葉の通りだけど、面と向かって言われると恥ずかしい。それになんか負けた気がする!

「な、そ、そんなのわかんねーだろ!?」
「わかる。あんな初心な反応していて、誰かとなんてありえない」
「あ、あんなの演技に決まってんだろ?!」

 彰はつい見栄を張って嘘をついてしまった。だが、そんな嘘が通用するわけもなく、蘇芳は呆れた眼差しで彰を見つめた。

「演技ね。あれが演技なら賞を総ナメにできるぞ」

 彰の見え透いた嘘に蘇芳はフッと鼻で笑い、彰は見栄を張った自分が恥ずかしくなった。

 ぐぬぬぬっ、なんか言い返してやりたい! けど、これ以上言っても墓穴を掘るだけかっ。

 彰は今更ながらに気が付き、口をぎゅっと閉じた。
 そんな彰を蘇芳は呆れた様子で見ていたが、その内ふっと柔らかく笑い、ぽんっと彰の頭を撫でた。いや、ぽんっなんてものじゃない、わしゃわしゃと掻きまわした。

「な、なにすんだよ?!」

 ぺしっと手を払いのけると、そこには少し困った顔の蘇芳がいた。

「まさかΩに慰められる時がくるとはな」

 蘇芳の言葉に彰は目を丸くして驚いてしまった。だって言葉には出てなかったけれど、蘇芳の瞳が『ありがとう』って言っていたから。

「べ、別に慰めたわけじゃ。俺は俺の時の事を思い出しただけで」
「ああ、そうだったな」

 蘇芳はそう言うとソファのひじ掛けに腰を下ろした。その動き一つが、かっこよく見えて、思わず目を逸らしてしまう。彰の胸はなんだかドキドキしてきた。

「Ω嫌いなんだろ? 俺に構うなよ」
「ああ。Ωは今でも嫌いだ。……でも、お前は嫌いじゃない」

 すっと蘇芳の手が伸びて、彰の頬を指先が撫でた。
 彰はぴくっと動いて、でも今度はその手を払わなかった。いや払えなかった。 

「なんだよ、口説き文句かよ? そんなんで俺を落とせるとでも思ってんの? お前がΩ嫌い同様、俺もα嫌いなんだよ」
「知ってる。最初からそうだと思っていた。……でも俺の事は嫌いか?」

 直球で聞かれて彰は言葉に詰まりそうになるが、声に出した。

「き……嫌いだよ! こんな部屋に監禁されてて、好きになるとでも思ってんのかよ!」 
「それもそうだな」

 蘇芳は納得したように呟いた。しかし次の瞬間には彰は蘇芳に押し倒されていた。



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明日はやっと二人がイチャイチャします(*'ω'*)
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