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2 蘇芳
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……まあ監禁されてるって言っても鎖で繋がれてるわけでもなく、暴力を振るわれたこともない。ここから出ない限りはどの部屋を使ってもいいって言われてて、テレビも映画も見放題。できないことは外に出ない事と、外部と連絡をしない事ぐらいで。なんか立場的には飼われてる猫的な? 俺はペットか何かか?
彰はそう思いながらカップラーメンを食べた後、洗濯機の前に立っていた。汚れたシーツを洗濯する為に。でもシーツから蘇芳の香りがして彰は少しだけ堪らなくなる。
αの匂いはどんな柔軟剤の香りよりもΩを誘惑する。だから知らず知らずのうちに洗おうと思っていたシーツに顔を寄せて、くんっと匂いを嗅いでいた。
……んぅ、いい匂い。
彰は思わずシーツに染み付いた蘇芳の香りに酔いしれるが、ハッとしてシーツをすぐさま洗濯機の中に入れて、ピッとスタートボタンを押した。
「何やってんだ、俺は」
彰は一人苦々しく呟き、吸い込んだ匂いを消すように鼻をゴシゴシと擦る。
……αになんか気を許すな。あいつらはΩの事を繁殖の為の生き物としか思ってない獣なんだからッ。
心で呟いた後に思い出すのは、嫌な記憶。
中学の頃、バース性検査を受けてΩだとわかった後、αの上級生に襲われた思い出。幸いにも、その時は逃げて事なきを得たが、いつまで経っても襲われた時に負った心の傷は消えない。
『僕のようなαに相手してもらって嬉しいだろ?』
笑いながら言われた言葉が黒カビみたい染み付いて心にこびりついている。そして残念ながら、世の中には未だにΩを差別する輩がいる。
つい先々月だって『僕の運命の番。君の項を噛んであげる』とαの匂いをたっぷりと染みこませた手紙を送ってきた変態野郎がいた。
……αなんてくそ食らえだ。あいつだって、あいつだって!
そう思うのに思い出すのは、発情期の時の事。
ほんのちょっぴりとだけ覚えている、優しく触れる蘇芳の手と言葉。
『キスしていいか?』
『触っていい?』
『気持ちいいか?』
そう聞いてきた蘇芳の甘い声が蘇って、彰はぼっと顔を赤らめ今度は耳をゴシゴシッと擦った。まるで蘇芳の言葉を掻き落とすみたいに。
……あいつもαだ。俺を閉じ込めているんだから。
でも蘇芳は発情期以外、彰を抱くことはなかった。ただただ一緒に生活をするだけで。
だから、それはそれで自分に魅力がないんじゃないかと思えてくる。
……発情期以外、俺は抱く価値もないってことなのか? いや、まあ抱かれたいってわけじゃないけど。俺の事、拉致してるのに変な奴だよな。
彰は洗面所の鏡でじっと自分の顔を見つめる。プラチナブロンドにキャラメル色の瞳、幼い顔立ちはどんなに甘さを抑えても可愛さを隠しきれない。
……うーん、俺の顔。好きじゃないのか? いや、でもそれなら拉致する理由がわからないし。
彰は鏡の前で首を傾げた。しかし、その時。
「自分の顔見て、何してるんだ?」
突然声が聞こえて振り向けば、脱衣所の入り口にスーツ姿の蘇芳が立っていた。
「す、蘇芳! ど、どうして」
「どうして? ここは俺の家だぞ」
「いや、まあそうだけど。帰ってくるのは夜だって」
彰が言うと蘇芳はゆっくりと歩み寄る。
190㎝近い大男、その上αである蘇芳に目の前に立たれて、思わず彰は威圧感から逃げようとしたが、その腕を軽々と蘇芳は捕まえた。
「こら、逃げるな。……全く、お前は懐かない猫みたいなやつだな?」
「な、誰が猫だって!?」
思わず彰は食い掛るが、屈まれてずいっと鼻先が触れ合うほど顔を近寄せられると彰はぐっと口を閉じてしまう。発情期は終わったはずなのに、蘇芳のαの匂いを嗅いでしまうと体に力が入らなくなってしまう。まるで蘇芳にどうにでもしてください、と言ってるみたいに体がふにゃっとしてしまうのだ。
「今度、またたびでも買ってこようか?」
「いるか、そんなもん!」
彰はへたり込みそうな足を叱咤して、赤い顔で言い返した。そんな彰を蘇芳はにやにやと楽し気に見る。
「ホント素直じゃないね、お前は。発情期の時は素直だっていうのに」
「発情期の事なんて知るかよ」
彰は発情期の時の事はほとんど覚えていないのでむっとして答えたが、そんな彰を見て蘇芳はやれやれという表情を見せた。
「なんだよ?」
「いいや。それよりも」
蘇芳はそう言いかけた後、彰をひょいっと担ぎ上げた。
「うわ! お、下ろせよ」
「いいから大人しくしてろ。立ってるのもやっとなんだろう?」
見透かされた彰はうっと口を閉じ、大人しくなった彰を抱えて蘇芳は脱衣所を出て、リビングのソファに彰を下ろした。
「ここで待ってろ」
蘇芳はそう言うなり、彰を置いて寝室に入って行った。そしてスーツを脱いで、ラフな格好で戻ってきた。黒のTシャツにゆるいスウェット。かっちりしていた服を見たせいか、ラフな姿が少々だらしなく見える。でもカッコよさは消えないのが、なんとなく腑に落ちない。
……くそ、スタイルいいからって見せびらかしか!?
完全なるやっかみだが彰がそんな風に思っている内に、蘇芳はキッチンに立ちお湯を沸かすと何かを淹れ始めた。そして二つのマグカップを持ってくると、一つを彰に渡した。
「ん?」
中を覗くと、入っていたのは彰の好きなミルクティー。ほんのりと甘い、いい匂いがした。
「早く取れ」
蘇芳に言われて彰は思わずマグカップを受け取る。
しかし受け取ったはいいが礼を言うのは癪に障るし、素直に飲むのもなんだか嫌だ。だがマグカップの中には美味しそうなミルクティー。
どうしようか、と悩んでいると「早く飲め」と蘇芳から催促された。彰は命令されたみたいで気分が悪くなったが、好きなミルクティーを前にやっぱり飲まないでいられず、まだ熱々のミルクティーをちょびっと舐める様に飲んだ。
……んまいっ! なにこれ!
自分で作るより美味しいミルクティーに彰は思わず目を輝かせてしまう。
一体、何を入れたんだ? 見かけは変わらないのに! なんて不思議に思いながらミルクティーを覗いていると、蘇芳にくっと笑われた。
「大人しくなったな。やっぱり子供にはミルクだな」
「な、なんだと!? 俺は別に子供って、おい!」
彰は声を上げたが、蘇芳は無遠慮に彰の隣に座った。
「おい、なんで俺の隣に座るんだよ!」
「なんで? どうしてお前の許可がいるんだ?」
「う、うぐっ」
彰が唇を噛みしめると、蘇芳は面白そうに彰をちらりと見て、優雅に自分で淹れたコーヒーを飲んだ。
……なんか、ムカつく―――ッ! なんなん、こいつ!
彰はむっとするが、蘇芳はどうやら動く気はないらしい。なので彰は蘇芳と距離を取る為にソファの端に座り直して、大人しくミルクティーをちびちびっと飲んだ。しかしそんな彰に蘇芳は詰め寄る。
「おおおおい! なんで、近寄るんだよッ!」
「お前の反応が面白いから」
「はぁ?!」
こいつ、ぶん殴ってやろうかッ!
彰はこめかみをぴくぴくさせながら思ったが、対照的に大人な余裕を持つ蘇芳は彰にちらりと視線を向けて尋ねてきた。
「ところで、体は大丈夫なのか?」
「は? 何がだよ」
彰はとげとげしく答えたが、蘇芳はふっと笑った。
「その様子だと大丈夫そうだな。腰も尻も」
蘇芳の言葉に彰はぼっと顔を赤くさせた。その言葉の意味をちゃんと理解したからだ。
「な、大丈夫も何も……よく言うぜ、あんだけ好き勝手しておいて」
腰の痛みを思い出した彰は顔を赤くさせたまま口を尖らせて言ったが、蘇芳は肩眉をひょいっと上げた。
「その割には、気持ちよくなっていたのは誰だ?」
「知らねーよ。発情期の事なんて覚えてねーって言ってんだろ?」
「そうかそうか、覚えてないのか。発情期の間はあんなに俺にしがみついていたのに。好きって言ったのも発情期だからか」
「ななっ、お、俺がそんな事いう訳ねーだろッ!?」
彰が真っ向から否定すると蘇芳はにたりと笑った。
「発情期の事は覚えてないんだろう? 発情期はあんなに従順で可愛いのにな?」
「おまっ、嘘ばっかり言うな!」
「はいはい、そういう事にしておこうか」
ぐぅ~、こいつ、本当に性格悪い! 俺がてめーに従順なわけねーだろ! ……でも、発情期の事は覚えてないし。俺、本当にこいつに抱き着いてたりすんのか? いやいやいやいや、ないだろ! 好きって、いう訳ない! ないないない! ……た、たぶん。
一人で百面相する彰を見て、蘇芳はくすっと笑うとマグカップをテーブルに置き、そして頬杖をついた。
「ホント、お前は飽きないね」
そう言われて言い返そうと彰が蘇芳を見ると、蘇芳は目を細めて優しい眼差しを彰に向けていた。その瞳を見ると、なぜか胸がむぎゅっと痛くなる。
だから彰はその気持ちを隠そうとぐるんっと顔を背けて、声を上げた。
「うるさい。それより俺をここから出せよ! 俺をここに監禁して、もう一カ月だぞ!」
彰が言うと蘇芳は途端に冷たい表情になった。
「それはできない」
冷たい声色に彰は再び蘇芳に視線を向ける。そこにはさっきまでの優しさはなかった。
「お前が俺のいう事を聞くまではここからは出さない。無理に出ようとしても無駄だからな?」
蘇芳は彰の顎をくいっと片手で掴むと、支配者の目で彰に告げた。だから彰は混乱してしまう。
蘇芳が本当は優しいのか、冷たいのか。
「お前のいう事なんて聞くわけねーだろ! 早く、俺をここから出せ!」
彰はバシッと蘇芳の手を払うと、蘇芳はふっと軽く笑った。
「本当に懐かない猫みたいだな、お前は。……さっさと俺の飼い猫になった方がいいぞ」
「うるせー。大体飼い猫ってなんだよ。俺の項を噛む勇気もないくせに」
……α性が強いαほど気に入ったΩには執着する。それこそΩの同意なく項を噛み、離さないと言われるほど。蘇芳ほどのαだったら、それこそ気に入ったΩの項を噛まない訳がない。つまり俺は蘇芳にとっては取るに足らないΩなんだ。
こんな自分勝手な男に噛まれたくないと思う。けれどΩとして噛まれない屈辱感は彰を苛立たせた。
でもそんな彰に蘇芳はさらりと答えた。
「同意なくΩの首を噛む趣味はない。それともお前は俺に噛んで欲しいのか? お前がその気なら、噛んでやらんでもないぞ」
上から目線で言われて、彰はキッと蘇芳を睨んだ。
「お前なんて御免だね!」
彰が言うと蘇芳はやれやれという顔をした。だが、タイミングよく洗濯機が回り終えた音を鳴らし、蘇芳が立ち上がった。
「あ、おい」
「お前はそこで大人しくしておけ」
どうやら洗濯物を乾燥機に入れてくれるらしい。
蘇芳に言われて彰はぽすんっとソファに寄りかかる。
……ほんと、あいつって優しいのか、冷たいのか、よくわかんねぇの。
そう一人残った彰は思った。
しかし一方で、蘇芳は脱衣所のドアを閉め、口元に手を当てて大きなため息を吐いていた。
「全く、人の気も知らないで」
蘇芳は小さく呟いたのだった。
彰はそう思いながらカップラーメンを食べた後、洗濯機の前に立っていた。汚れたシーツを洗濯する為に。でもシーツから蘇芳の香りがして彰は少しだけ堪らなくなる。
αの匂いはどんな柔軟剤の香りよりもΩを誘惑する。だから知らず知らずのうちに洗おうと思っていたシーツに顔を寄せて、くんっと匂いを嗅いでいた。
……んぅ、いい匂い。
彰は思わずシーツに染み付いた蘇芳の香りに酔いしれるが、ハッとしてシーツをすぐさま洗濯機の中に入れて、ピッとスタートボタンを押した。
「何やってんだ、俺は」
彰は一人苦々しく呟き、吸い込んだ匂いを消すように鼻をゴシゴシと擦る。
……αになんか気を許すな。あいつらはΩの事を繁殖の為の生き物としか思ってない獣なんだからッ。
心で呟いた後に思い出すのは、嫌な記憶。
中学の頃、バース性検査を受けてΩだとわかった後、αの上級生に襲われた思い出。幸いにも、その時は逃げて事なきを得たが、いつまで経っても襲われた時に負った心の傷は消えない。
『僕のようなαに相手してもらって嬉しいだろ?』
笑いながら言われた言葉が黒カビみたい染み付いて心にこびりついている。そして残念ながら、世の中には未だにΩを差別する輩がいる。
つい先々月だって『僕の運命の番。君の項を噛んであげる』とαの匂いをたっぷりと染みこませた手紙を送ってきた変態野郎がいた。
……αなんてくそ食らえだ。あいつだって、あいつだって!
そう思うのに思い出すのは、発情期の時の事。
ほんのちょっぴりとだけ覚えている、優しく触れる蘇芳の手と言葉。
『キスしていいか?』
『触っていい?』
『気持ちいいか?』
そう聞いてきた蘇芳の甘い声が蘇って、彰はぼっと顔を赤らめ今度は耳をゴシゴシッと擦った。まるで蘇芳の言葉を掻き落とすみたいに。
……あいつもαだ。俺を閉じ込めているんだから。
でも蘇芳は発情期以外、彰を抱くことはなかった。ただただ一緒に生活をするだけで。
だから、それはそれで自分に魅力がないんじゃないかと思えてくる。
……発情期以外、俺は抱く価値もないってことなのか? いや、まあ抱かれたいってわけじゃないけど。俺の事、拉致してるのに変な奴だよな。
彰は洗面所の鏡でじっと自分の顔を見つめる。プラチナブロンドにキャラメル色の瞳、幼い顔立ちはどんなに甘さを抑えても可愛さを隠しきれない。
……うーん、俺の顔。好きじゃないのか? いや、でもそれなら拉致する理由がわからないし。
彰は鏡の前で首を傾げた。しかし、その時。
「自分の顔見て、何してるんだ?」
突然声が聞こえて振り向けば、脱衣所の入り口にスーツ姿の蘇芳が立っていた。
「す、蘇芳! ど、どうして」
「どうして? ここは俺の家だぞ」
「いや、まあそうだけど。帰ってくるのは夜だって」
彰が言うと蘇芳はゆっくりと歩み寄る。
190㎝近い大男、その上αである蘇芳に目の前に立たれて、思わず彰は威圧感から逃げようとしたが、その腕を軽々と蘇芳は捕まえた。
「こら、逃げるな。……全く、お前は懐かない猫みたいなやつだな?」
「な、誰が猫だって!?」
思わず彰は食い掛るが、屈まれてずいっと鼻先が触れ合うほど顔を近寄せられると彰はぐっと口を閉じてしまう。発情期は終わったはずなのに、蘇芳のαの匂いを嗅いでしまうと体に力が入らなくなってしまう。まるで蘇芳にどうにでもしてください、と言ってるみたいに体がふにゃっとしてしまうのだ。
「今度、またたびでも買ってこようか?」
「いるか、そんなもん!」
彰はへたり込みそうな足を叱咤して、赤い顔で言い返した。そんな彰を蘇芳はにやにやと楽し気に見る。
「ホント素直じゃないね、お前は。発情期の時は素直だっていうのに」
「発情期の事なんて知るかよ」
彰は発情期の時の事はほとんど覚えていないのでむっとして答えたが、そんな彰を見て蘇芳はやれやれという表情を見せた。
「なんだよ?」
「いいや。それよりも」
蘇芳はそう言いかけた後、彰をひょいっと担ぎ上げた。
「うわ! お、下ろせよ」
「いいから大人しくしてろ。立ってるのもやっとなんだろう?」
見透かされた彰はうっと口を閉じ、大人しくなった彰を抱えて蘇芳は脱衣所を出て、リビングのソファに彰を下ろした。
「ここで待ってろ」
蘇芳はそう言うなり、彰を置いて寝室に入って行った。そしてスーツを脱いで、ラフな格好で戻ってきた。黒のTシャツにゆるいスウェット。かっちりしていた服を見たせいか、ラフな姿が少々だらしなく見える。でもカッコよさは消えないのが、なんとなく腑に落ちない。
……くそ、スタイルいいからって見せびらかしか!?
完全なるやっかみだが彰がそんな風に思っている内に、蘇芳はキッチンに立ちお湯を沸かすと何かを淹れ始めた。そして二つのマグカップを持ってくると、一つを彰に渡した。
「ん?」
中を覗くと、入っていたのは彰の好きなミルクティー。ほんのりと甘い、いい匂いがした。
「早く取れ」
蘇芳に言われて彰は思わずマグカップを受け取る。
しかし受け取ったはいいが礼を言うのは癪に障るし、素直に飲むのもなんだか嫌だ。だがマグカップの中には美味しそうなミルクティー。
どうしようか、と悩んでいると「早く飲め」と蘇芳から催促された。彰は命令されたみたいで気分が悪くなったが、好きなミルクティーを前にやっぱり飲まないでいられず、まだ熱々のミルクティーをちょびっと舐める様に飲んだ。
……んまいっ! なにこれ!
自分で作るより美味しいミルクティーに彰は思わず目を輝かせてしまう。
一体、何を入れたんだ? 見かけは変わらないのに! なんて不思議に思いながらミルクティーを覗いていると、蘇芳にくっと笑われた。
「大人しくなったな。やっぱり子供にはミルクだな」
「な、なんだと!? 俺は別に子供って、おい!」
彰は声を上げたが、蘇芳は無遠慮に彰の隣に座った。
「おい、なんで俺の隣に座るんだよ!」
「なんで? どうしてお前の許可がいるんだ?」
「う、うぐっ」
彰が唇を噛みしめると、蘇芳は面白そうに彰をちらりと見て、優雅に自分で淹れたコーヒーを飲んだ。
……なんか、ムカつく―――ッ! なんなん、こいつ!
彰はむっとするが、蘇芳はどうやら動く気はないらしい。なので彰は蘇芳と距離を取る為にソファの端に座り直して、大人しくミルクティーをちびちびっと飲んだ。しかしそんな彰に蘇芳は詰め寄る。
「おおおおい! なんで、近寄るんだよッ!」
「お前の反応が面白いから」
「はぁ?!」
こいつ、ぶん殴ってやろうかッ!
彰はこめかみをぴくぴくさせながら思ったが、対照的に大人な余裕を持つ蘇芳は彰にちらりと視線を向けて尋ねてきた。
「ところで、体は大丈夫なのか?」
「は? 何がだよ」
彰はとげとげしく答えたが、蘇芳はふっと笑った。
「その様子だと大丈夫そうだな。腰も尻も」
蘇芳の言葉に彰はぼっと顔を赤くさせた。その言葉の意味をちゃんと理解したからだ。
「な、大丈夫も何も……よく言うぜ、あんだけ好き勝手しておいて」
腰の痛みを思い出した彰は顔を赤くさせたまま口を尖らせて言ったが、蘇芳は肩眉をひょいっと上げた。
「その割には、気持ちよくなっていたのは誰だ?」
「知らねーよ。発情期の事なんて覚えてねーって言ってんだろ?」
「そうかそうか、覚えてないのか。発情期の間はあんなに俺にしがみついていたのに。好きって言ったのも発情期だからか」
「ななっ、お、俺がそんな事いう訳ねーだろッ!?」
彰が真っ向から否定すると蘇芳はにたりと笑った。
「発情期の事は覚えてないんだろう? 発情期はあんなに従順で可愛いのにな?」
「おまっ、嘘ばっかり言うな!」
「はいはい、そういう事にしておこうか」
ぐぅ~、こいつ、本当に性格悪い! 俺がてめーに従順なわけねーだろ! ……でも、発情期の事は覚えてないし。俺、本当にこいつに抱き着いてたりすんのか? いやいやいやいや、ないだろ! 好きって、いう訳ない! ないないない! ……た、たぶん。
一人で百面相する彰を見て、蘇芳はくすっと笑うとマグカップをテーブルに置き、そして頬杖をついた。
「ホント、お前は飽きないね」
そう言われて言い返そうと彰が蘇芳を見ると、蘇芳は目を細めて優しい眼差しを彰に向けていた。その瞳を見ると、なぜか胸がむぎゅっと痛くなる。
だから彰はその気持ちを隠そうとぐるんっと顔を背けて、声を上げた。
「うるさい。それより俺をここから出せよ! 俺をここに監禁して、もう一カ月だぞ!」
彰が言うと蘇芳は途端に冷たい表情になった。
「それはできない」
冷たい声色に彰は再び蘇芳に視線を向ける。そこにはさっきまでの優しさはなかった。
「お前が俺のいう事を聞くまではここからは出さない。無理に出ようとしても無駄だからな?」
蘇芳は彰の顎をくいっと片手で掴むと、支配者の目で彰に告げた。だから彰は混乱してしまう。
蘇芳が本当は優しいのか、冷たいのか。
「お前のいう事なんて聞くわけねーだろ! 早く、俺をここから出せ!」
彰はバシッと蘇芳の手を払うと、蘇芳はふっと軽く笑った。
「本当に懐かない猫みたいだな、お前は。……さっさと俺の飼い猫になった方がいいぞ」
「うるせー。大体飼い猫ってなんだよ。俺の項を噛む勇気もないくせに」
……α性が強いαほど気に入ったΩには執着する。それこそΩの同意なく項を噛み、離さないと言われるほど。蘇芳ほどのαだったら、それこそ気に入ったΩの項を噛まない訳がない。つまり俺は蘇芳にとっては取るに足らないΩなんだ。
こんな自分勝手な男に噛まれたくないと思う。けれどΩとして噛まれない屈辱感は彰を苛立たせた。
でもそんな彰に蘇芳はさらりと答えた。
「同意なくΩの首を噛む趣味はない。それともお前は俺に噛んで欲しいのか? お前がその気なら、噛んでやらんでもないぞ」
上から目線で言われて、彰はキッと蘇芳を睨んだ。
「お前なんて御免だね!」
彰が言うと蘇芳はやれやれという顔をした。だが、タイミングよく洗濯機が回り終えた音を鳴らし、蘇芳が立ち上がった。
「あ、おい」
「お前はそこで大人しくしておけ」
どうやら洗濯物を乾燥機に入れてくれるらしい。
蘇芳に言われて彰はぽすんっとソファに寄りかかる。
……ほんと、あいつって優しいのか、冷たいのか、よくわかんねぇの。
そう一人残った彰は思った。
しかし一方で、蘇芳は脱衣所のドアを閉め、口元に手を当てて大きなため息を吐いていた。
「全く、人の気も知らないで」
蘇芳は小さく呟いたのだった。
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