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1 Tシャツとボクサーパンツ

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 道路を行き交う車のライトや煌びやかに瞬く商業ビルのネオン。都会の夜景が望めるタワーマンションの一室。
 あきらは窓辺に立ち、Tシャツにボクサーパンツと頼りない姿で、ぼんやりとその街並みを眺めていた。でも誰かが彰を後ろからすっぽりと抱き締める。

「何を見てるんだ?」

 低い男の声で問いかけられ、彰はぴくっと動いたが、振り向きもせず答えもしなかった。そんな彰に男は暫しの間黙って待っていたが、痺れを切らしたように彰のTシャツの下に手を入れて、腹をなぞり、耳を食み始めた。
 大きな、少しかさついた手にいやらしく腹をなぞられ、カリッと耳を甘噛みされれば、さすがに彰も黙ってはいられなかった。

「んっ、止めろよ!」
「ようやく口をきいたな?」

 耳元でフッと笑う声が聞こえて、彰は自分の後ろに立つ男を窓超しに睨みつけた。
 そこにいるのは三十代後半のハンサムな男。

 190㎝近い身長に、自分なんかすっぽり包んでしまえる肩幅。仕立ての良いスーツを身に纏い、逞しい胸板にベストが良く似合っている。オールバックにしている髪が男らしさを強調し、α(アルファ)だという事が言われなくてもわかる。

 一方で、窓に映る彰は後ろにいる男とは反対にΩ(オメガ)らしい姿をしていた。
 金髪に勝気なキャラメル色の瞳。小柄で細い体躯は、一見すればボーイッシュな女の子にも見える。ひげもすね毛も生えず、二十三歳になるのに未だに高校生に間違えられる幼い、可愛い顔立ちはモデル兼俳優業をしている彰の商売武器だ。でも、それは彰のコンプレックスでもあって。
 だからこんなにも男らしい奴が自分の背後に立つと彰はなんだか腹立たしい。

「俺の後ろに立つな」

 彰は男を振り払って逃げようとした。けれど簡単に男に捕まって窓を背に立たされる。男と向かい合わせにされ、その上、左手で顎をすくわれたら逃げられない。

「これならいいのか?」

 αの匂いを撒き散らされて、鋭い瞳で見つめられたら彰の動悸が馬鹿みたいに上がっていく。
 後ろがじわじわっと濡れていくのがわかって、彰はΩの体を呪ってしまう。

「顔が赤いぞ?」
「っ! うるさい、俺の顔は赤くっ、んっんんっ!」

 言う間に唇を奪われる。無遠慮に舌を入れられてねっとりと口づけられると、男からお酒の味が少しだけして彰は頭がくらくらした。
 そして次第に立っていられなくなり、彰は男の背に手を回してぎゅうっとシャツを握った。まるで縋っているようで嫌なのに、手を離せない。
 そんな彰の背を男は指先でなぞり、ボクサーパンツの上から彰のお尻の割れ目を沿って、その先にある後孔に触れた。そこはもう染みを作っていた。

「ん!」

 後ろを触られて彰が驚いて目を見開くと、男の真っ黒な瞳が獲物を狙うように自分を見つめていた。だから腹の奥が疼いて、またじゅわっと勝手に潤んでしまう。もうボクサーパンツはびしゃびしゃだ。そして唇が離れた頃には彰の息は上がり、男から自ら離れることはもうできなくなっていた。

「発情期に入ったな」

 男は微笑んで言い、彰は唇を柔らかく噛む。
 さっきまで必死で押さえていた発情期のスイッチを入れられて彰はなけなしの理性で叫んだ。

「はぁっ、抑制剤ッ……よこせよ!」
「駄目だ、俺がいるのに渡すわけないだろう? さ、ベッドに行くぞ」

 ひょいっと片腕で担ぐように抱き上げられて、彰は思わず暴れようとした。でもαの匂いに体がいう事を利かなくなる。彰はぎゅっと男の首にしがみつくしかできなかった。

「いい子だ」

 小さく呟くと男は彰をベッドに連れて行った。
 そしてそれから一週間、彰は男に嫌と言うほど抱かれた。

 自分を一カ月もこの部屋に監禁している男にーー。 




 ◇◇◇◇



 発情期明け。
 彰は目が覚めて、のっそりと体を起こした。
 時計は午前十時過ぎを指し、そしてベッドのサイドテーブルを見れば、メモ紙が残されている。

『夜には戻る』

 彰はむっとした表情でそのメモ紙をくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てると、重い腰に手を当てて裸のまま風呂場に向かった。
 広い脱衣所で首にしているチョーカーだけを取り、広い浴室に入る。腰と下半身に鈍い痛みを感じるが、熱いシャワーを浴びて彰はほっとした。

 ……あったかいお湯、きもちぃ。

 だが不意に鏡に映る自分を見て、彰はまたむっと顔を歪めた。そこにはキスマークと噛み痕がびっしりと残っていたからだ。

 ……あいつ、俺の体は商品だっていうのにっ!

 彰は苛立ちながらも髪と体を洗い、そっと項を撫でた。そこだけは真っ新で、噛まれた痕はない。それでも彰は項もごしごしと洗って、熱いお湯で泡を流して早々に浴室から出た。
 そして用意された下着とTシャツ、チョーカーを身に着ける。本当はズボンも履きたいところだが、この部屋から脱走しないようにか、奴は用意してくれない。

 すらりと伸びた素足を晒しながらぺたぺたっとフローリングを歩いてリビングに戻り、彰はキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取って水分補給をした。
 ごくごくと飲み、熱い体に冷たい水がスーッと通って行くのが気持ちいい。
 だが途端に、ぐぅっとお腹が鳴って体が空腹を訴え始めた。

 ……なんか食いもんないかな?

 彰は棚を漁って、カップラーメンを見つけ出し、電気ケトルでお湯を沸かして注いだ。そのままカップラーメンとミネラルウォーターのボトルを両手に、箸を一膳、口に咥えてリビングのソファに移動する。テーブルに置くとカップラーメンの上にティッシュ箱を重石代わりに置いて、彰はどさっとソファに座った。

 ……後は三分待つだけだな。あー、腹減った。

 ぐぅぐぅっと鳴る腹を手で擦って宥めつつ、彰はリモコンを手にしてピッとテレビを点けた。するとCMが流れ、彰は思わず凝視してしまう。
 そのCMには同じ事務所の俳優と彰が、二人で仲良く海辺で炭酸飲料を飲んでいる姿が映っていたからだ。

 ……これ、もう放送してたのか。

 彰はそう思いながら出来上がったCMを見つめた。蘇芳すおうと出会うきっかけとなったCMを。





 それは約四カ月前。二月某日、まだまだ寒い冬の時期。
 新しい炭酸飲料のCM出演オファーを受けた彰は、芸能事務所の応接室にマネージャーと共に通されて、出演する飲料メーカー社長と出会った。そしてこの時、もう一人は仕事でこれず、彰だけが対面することになったのだが……。

「初めまして、スオウ飲料メーカー代表取締役、蘇芳と申します」

 にこやかに挨拶をしたが蘇芳だった。そして傍には部下もいたが、彰の瞳は蘇芳しか映さなかった。彰にはすぐに蘇芳がαだとわかったからだ。しかもそんじょそこらにいる普通のαじゃない、αの中でもトップクラスの男。だからか、会った時から彰の体は変になった。

「うっ! 田中さんッ、俺、ちょっと外します。ごめんっ」

 発情期の時のような感覚が体の中で起こって、彰は慌ててマネージャーに叫び、部屋を飛び出した。そして駆け足で向かったのは、Ωを多く抱えている事務所だからこそ用意しているΩ対応の隔離部屋だった。
 彰はバタンッとドアを閉めると常設されている棚から救急箱を取り出し、そこに入っているミネラルウォーターのボトルと抑制剤を取り出した。

「はぁーはぁーっ」

 ……いつもならこんなことにならないのに!

 彰はクラクラしながら地面にへたり込むと、抑制剤を一錠取り出して飲み、ミネラルウォーターのボトルを開けて口に含んだ。ごくっと喉の奥に薬を追いやって、はぁっと息を吐く。
 けれど抑制剤が体に合わない彰はすぐに気分が悪くなってきた。

 ……くそ、だから抑制剤を飲まないように気を付けてたのに。

 そう思いながら、彰は床に寝転がる。段々体が冷たくなって、息が浅くなる。胃がひっくり返されたような気持ちの悪さに、さっき飲んだ抑制剤を吐き出したい衝動に駆られる。

 ……寒い。気持ち悪い。

 そう思いながら、彰は床に転がってカタカタッと震えた。
 でも、ここは事務所だ。いつまでも自分が出てこなければ、Ωかβ性の誰かが様子を見に来てくれるだろう。そう見越して彰は救助が来るのを待った。そして彰の思惑通り、密閉式のドアがガチャリと開く。しかしそこから思いもよらない匂いが漂った。

 αの匂い。

 なんで!? と彰は戸惑いながらも、びくっと体を震わせた。寝転がったまま開いたドアを眺めれば、磨かれた高そうな革靴が見え、視線を上にずらしていけば長い脚に仕立てのいいスーツに身を包んだ、さっき会ったばかりの蘇芳が立っていた。

「あっ……あっ、な、んで」

 彰は後ろがじゅわっと潤んでいくのが分かった。抑制剤を飲んでも体は必死にαを求めている。この目の前にいる男が欲しいと。そして蘇芳はΩの匂いに目の色を変えた。まるで獰猛な獣のように鋭い瞳で、床に転がる彰を見据え、近寄る。

 早く傍に来い! 来るな、あっちに行け!

 本能と理性が彰の中で小競り合う。でも彰は理性にしがみついた。

「く、るな」

 体を丸め、彰は叫んだが蘇芳は彰の前でしゃがんで顎を片手ですくい上げた。間近でαの匂いを嗅ぎ、理性を剥ぎ落され……もうダメだった。

「んっ、はぁっ、はぁっ」

 ……こいつが欲しいッ!

 声には出さなかったが彰は蘇芳のスーツをぎゅっと握った。そんな彰を蘇芳は満足げに見つめると、少し苦し気に顔を歪めた。

「俺も抑制剤を飲んでいるが、ここまでとは」

 蘇芳はそう言うと彰の体をひょいっと抱き上げた。抑制剤のせいで気分は相変わらず悪いが、αの匂いに少しだけ気持ち悪さが緩和されていく。

「んっ」
「すぐに楽にしてやる」

 その言葉を耳に、彰はαが傍にいる安心感に眠りに落ちてしまった。
 そして次に目を覚まし時には抑制剤の効果が切れ、彰は蘇芳とそのまま体を七日間も交り合わせ、発情期をやり過ごした。

 それ以降、蘇芳は彰を気に入ったのかちょくちょく顔を合わせるように……。でも彰は蘇芳を拒否していた。
 だが、一カ月前。拉致られて彰は蘇芳の住んでいる部屋に監禁されるようになってしまった。



*********

書いてたら楽しくなって、前作に引き続き今回もオメガバースのお話になりました。
全七話のお話ですので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
長く続く憂鬱な日もいちゃラブで元気になろう!(笑)

※ちなみに彰は、前作の「年上オメガは養いアルファの愛に気づかない」に出てきた凛と同じ事務所所属という設定です。
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