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殿下、どうしましょう?
5 お迎え
しおりを挟む翌朝、少し遅い時間になってフェニは起きた。
「んーっ……えちゅ?」
「おはよう、フェニ」
ベッドの側で本を読んでいた俺は、本を閉じてまだ寝起きのぽやぽやした顔のフェニに声をかけた。
だがフェニは目を小さな手で擦ると、ハッと何かを思い出し、俺に尋ねた。
「えちゅっ、じーくは!?」
「……まだお迎えに来てないよ」
俺が答えるとフェニは見るからに肩を落とした。だから俺はそんなフェニに寄り添う。
「フェニ、きっと何か事情があって遅くなっているんだよ。だから、そんなに落ち込まないで」
俺はそう慰めるけど、フェニは肩を落としたまま小さく呟く。
……昨日も夜遅くまでジークさんが来るのを待っていたからなぁ。
俺はそう思いつつ昨晩のことを振り返る。
どんなに待ってもジークさんがやって来る気配のなく、俺とレオナルド殿下は起きて待とうとするフェニを宥めて、夜遅くに寝たのだ。そして今朝、レオナルド殿下はフェニを心配しつつも仕事に向かい、俺は代休をもらってフェニが起きるのを待っていた。
きっとこんな風に落ち込むとわかっていたから。
「ジーク、ふぇにのこと嫌いになっちゃったのかなぁ。ふぇにが約束まもらなかったから」
「フェニ、そうだったら昨日フェニを追いかけてこないだろう? きっと何かあったんだよ。だからそんな顔しないで」
俺はフェニをぎゅっと抱き締めて、元気になるように優しく頭を撫でる。そうすればフェニは俺にぎゅっと抱きついて甘えるように顔を擦り付けた。
「フェニ、とりあえず朝ごはんを食べようか。今日もフェニの好きなコーンスープを用意してもらったよ」
「……うん」
昨日とは違って元気のない声に俺は胸が痛む。
……フェニが居てくれるのは嬉しいけど。こんなにも寂しげに待って……ジークさん、本当にどうしたんだろうか。
俺はそう思いつつも窓の外を見つめる。今日も外は晴れていた。
◇◇
――――しかし昼も過ぎてもジークさんは来ず、代わりにレオナルド殿下が部屋へと戻ってきた。
「セス、フェニは?」
「あそこに」
俺は戻ってきたレオナルド殿下を迎え、部屋の隅でしょんぼりとしながら積み木をしているフェニを視線で教えた。
「昨日のままか」
レオナルド殿下はそう言うとフェニに歩み寄り、声をかけた。
「フェニ」
「……れお」
フェニは顔を上げて名前を呼んだ。そうするとレオナルド殿下はフェニをひょいっと軽々持ち上げた。
「調子はどうだ? フェニ」
「……ふちゅーだよ」
「普通か、でも元気がないように見えるな?」
「……しょんなこと、ないもん」
フェニは小さな口を尖らせて言った。そんなフェニにレオナルド殿下は笑った。
「そうか……なら、ジークを迎えに行けるな?」
レオナルド殿下が告げるとフェニはぱちりっと目を瞬かせた。
「ジークのおむかえ?」
「ああ、迎えに来ないならこちらから行ってしまえばいい。待つだけが人生じゃないぞ? フェニ」
レオナルド殿下が言うとフェニは確かに! という表情を見せた。しかし、その表情はすぐに曇る。
「で、でも、ジーク、怒ってりゅかも……っ」
「それなら許してもらえるまで謝ればいい。それとも、このままじっと待ってるか?」
レオナルド殿下が尋ねればフェニは顔を横に振った。
「ふぇに、行く!」
フェニが答えるとレオナルド殿下は「そうでなければ」とニコッと笑った。だが、そのやり取りを見ていた俺は。
「あ、でも、レオナルド殿下は午後も仕事があるんじゃ」
「仕事は調整してきたから心配しなくても大丈夫」
「けど、ジークさんの居場所が」
「それでも大丈夫。アレク兄上にダウジングで探して貰ったよ、以前フェニを探して貰った時のようにね」
……し、仕事が早いッ!!
俺はレオナルド殿下の仕事の早さに驚いてしまう。だが、そんな俺にフェニは声をかけた。
「えちゅ。えちゅもれおと一緒についてきてくれる?」
どうやらジークさんと会うのはまだまだ不安なようだ。まあ、元から俺もついて行く気だったが。
「ああ、勿論だよ」
俺が答えるとフェニはようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、昨日摘んだ野いちごを持ってジークの元へ行こう」
レオナルド殿下が言えばフェニは「うん!」と元気に返事をした。
―――それから俺達は出かける準備をし、アレク殿下がダウジングで見つけたジークさんの元へとレオナルド殿下の転移魔術で向かった。
◇◇◇◇
「着いたよ」
レオナルド殿下の声に促されて目を開ければ、王城の部屋にいた筈なのに目の前には春に満ちた森の中に俺達は立っていた。一息すれば花と緑の匂いが濃い。
……はぁ、相変わらずレオナルド殿下の転移魔術はすごいなぁ。本当に一瞬で着いちゃうんだから。
俺が驚いているとレオナルド殿下はぱちっと俺にウインクした。しかしそんな中、フェニはととっと前に出たかと思うと、大きな声で叫ぶ。
「じぃーーくぅっ!!」
その声は静かな森の中に響いた。
ここは王城より少し離れた北の森。近くに村もなく、人の気配はない。フェニ曰く、ジークさんの隠れ家の山小屋の近くではあるそうだが。
……ここにジークさんは本当にいるのかな。
「じぃーーくぅっ! じぃーーくぅぅっ!!」
フェニは何度もジークさんを呼ぶ。小さい体から出された声とは思えないほど大きな声で。けれど、何度呼んでも静かな森の中に響くのはフェニの声ばかり。
「じぃー、けほっけほっ! じ、じぃーーくっ!!」
あんまりに大きな声で何度も呼んだせいか、フェニは咳き込んだ。なので俺は心配でフェニに近寄ると肩に手を置いて止めさせる。
「フェニ、そんなに叫んだら喉を傷めてしまうよ」
俺が声をかけるとフェニは振り返って、不安そうな顔を見せた。
「えちゅぅ」
「フェニ、俺達も探すから。だから大丈夫だよ」
そう俺は言ったけれどフェニの大きな瞳にうるうると涙が溜まっていく。
「……ジーク、やっぱりふぇにのこちょ、きらいになっちゃから出てきてくれないのかな」
「フェニ、そんな事ないよ。きっと近くにいないだけだから」
「ううん、ちがう……きっとじぃーく、ふぇにのこちょ……ふっ、ふぇっ、ふぇぇぇぇええええんんっ!!」
フェニはとうとう泣き出してしまった。
「フェニ、大丈夫だから。泣かないで」
俺はポケットからハンカチを取り出して、泣きだしたフェニの顔を拭く。じわりとハンカチにフェニの涙が吸い込まれていくけど、フェニの涙は止まらない。
……折角元気なったのに。
フェニの涙を見ながら俺も悲しくなってくる。
しかし、そんな時だった。
「全く、そんな叫ばなくたって聞こえてる」
空から声が聞こえて、俺達が見上げればそこには美しい赤い羽根を背中に生やしたジークさんが飛んでいた。
「じぃくっ!」
フェニが呼ぶとジークさんは地面に降り立ち、どこかに羽根を仕舞う。だがそんなジークさんにフェニは躊躇いなく駆け走った。
「ジークッ!」
「お前達、どうやって俺の居場所がわかったんだ? こんなところにまで来るなんて」
ジークさんは呆れた顔で言ったが、そんなジークさんを見てフェニは泣きながら謝った。
「じぃくぅぅ、ごめんなしゃいぃぃっ! ふぇに、いうことまもれなくてぇぇっ。どくのある野いちご持っちぇきて……きらいって言っちぇ、ごめんなしゃいぃぃいいっ!」
「……泣きながら謝るなんて器用な奴だな」
ジークさんは呆れつつもフッと笑うと、その場にしゃがみこんだ。
「フェニ。俺も昨日は言い過ぎた、悪かったな」
「じぃーくぅぅ」
「だがフェニ、何度も言っているが森には危険なところが一杯ある。お前が強いのはわかっているが、お前はまだ生まれたばかりで小さい。怪我でもしたらどうする? それに悪い人間に捕まったら一人で逃げられないだろう? だから今度からは俺の言う通り、危ない事はよしてくれ」
「……うん、わかっちゃ」
ジークさんが諭すとフェニは素直に頷いた。
「じゃあ、泣き止め」
フェニはジークさんに言われて、ずびびっと鼻水を啜ると目元をゴシゴシッと手で擦って涙を拭いた。そして、そのままジークさんにぎゅっと抱き着く。
「ジーク、きらいっていっちぇ、ごめんね。ほんとはだいすきだよ」
「……バカ、わかってるさ」
フェニが言うとジークさんは困ったように笑って答えると、フェニを抱き締め返し、その背をぽんぽんっと撫でた。どうやら仲直りできたようだ。
……はぁ、仲直りできてよかったぁ。
傍から見ていた俺は胸を押さえてホッとする。だが、そんな俺にレオナルド殿下は声をかけた。
「セス、籠のものを」
レオナルド殿下に促されて俺は「あ!」と呟き、持っていた籠と共にフェニとジークさんの元へと歩み寄る。
「フェニ、ジークさんに渡すものがあるだろう?」
俺が籠を差し出して言えば、フェニも思い出したように「あ!」と呟いてジークさんを見た。
「ジーク!」
「ん、なんだ?」
「あのね。ふぇに、ほんとの野いちごとってきたの! だから一緒にたべよ!」
フェニは俺から籠を受け取って中に入っている野いちごをジークさんに見せた。そうすればジークさんは少し驚いた顔をして、くすっと笑った。
「考えることは同じだな」
ジークさんはそう言うと腰につけていた布袋から新鮮な野いちごを取り出した。
「こりぇ!」
「お前が拾ってきたのは捨ててしまったからな。代わりに取ってきたんだ。本当は昨日の内に取って迎えに行くつもりだったが、案外ここら辺の森の分は動物たちが食べてしまっていてな。探すのに苦労した」
ジークさんがそう言うとフェニは嬉しそうににこーっと満面の笑みを見せた。
「ジーク、ありがと!」
フェニがお礼を言うとジークさんは照れ臭そうにしつつ、フェニの頭をわしわしっと撫でた。そしてジークさんは視線を俺とレオナルド殿下に向けた。
「二人も悪かったな、面倒をかけた」
「面倒なんて」
……俺は何もできなかった。フェニの側にいる事しか。
俺は自分の無力さに情けなくなる。でもそんな俺の機微を感じ取ったのか、フェニが「えちゅ?」と心配そうな顔で尋ねてきた。なので俺は無理やり笑って誤魔化す。
「ううん、なんでもないよ」
「そぉ?」
そうフェニが呟いた後、不意にレオナルド殿下が二人に尋ねた。
「私達は構わないさ。それよりこんなにたくさんの野いちご、食べきれそうか?」
尋ねられたジークとフェニは自分たちが取ってきた野いちごを見る。そこには二人で食べきるには多すぎる量。きっと食べる前に腐れてしまうだろう。
「どうちよぅ」
フェニは困ったように呟いた。するとレオナルド殿下はジークさんに尋ねた。
「ジーク、この近くに住んでいる山小屋があるんだろう? そこには砂糖はたくさんあるか?」
「あるが……何をするんだ?」
「なに、ちょっとしたことさ」
レオナルド殿下は笑って答えた。
そして、俺達はレオナルド殿下に促されて山小屋に戻ることになったのだが――――。
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