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殿下、どうしましょう?
2 ピクニック
しおりを挟む「……えちゅぅ」
寝言を呟きながらぷぅぷぅと眠るフェニのまだ赤い頬を、ベッドに腰掛けていた俺はそっと優しく撫でた。
……泣きつかれて寝ちゃったけど、本当に何があったんだろう? こんなに目元を赤くして。
まだ赤みが引かない目元を見て俺は胸が痛くなる。
……フェニはいつも笑顔が一番なのに、あんな風に泣かれちゃうとこっちまで悲しくなっちゃうよ。
俺は愛しい小鳥を眺めながら思う。でもそこへレオナルド殿下がそっと戻ってきた。
「セス、フェニは?」
「二人が出た後、泣きつかれて眠ちゃいました。ジークさんは?」
「話をした後、帰ったよ。今フェニと会っても、また泣いて怒るだろうからね」
「そうですね……。でも、フェニが怒った理由は聞けました?」
俺が尋ねるとレオナルド殿下は首を横に振った。
「ジークと話したが、答えてくれなかったよ」
「……そうですか」
俺はそう答えて、フェニの寝顔をもう一度眺める。
「まあ、とりあえず今日は私達の方でフェニを預かった方がいいだろう。ジークにもそう伝えている。明日にはまた来ると言っていた」
レオナルド殿下の提案に俺は頷く。しかし俺が心配そうな顔をしていたからか、レオナルド殿下は元気づけるようにこめかみ辺りにキスをした。
「レオ」
「心配しなくても大丈夫だよ。きっと仲直りする、私達がしたようにね」
レオナルド殿下は微笑み、俺も微笑み返す。
「そうですよね」
そう答えれば、俺とレオナルド殿下の会話にフェニが目を覚ました。
「んん、えちゅ……れお?」
目をぱちぱちっと瞬かせた後、フェニはむくりと体を起こした。
「フェニ、大丈夫?」
俺が声をかけると、フェニはなぜここにいるのか思い出したようで寝起きのぽやぽやしていた表情から一転、可愛い額に皺を寄せた。
「ん、だいじょーぶ」
そう言葉では言うけれど、表情は全然大丈夫そうじゃない。まだ怒っている顔だ。
……どうしたらいいのかな。
俺が困っているとレオナルド殿下はそっとフェニの頭を撫でた。
「とりあえずフェニも起きた事だし、三人で朝食でも取ろうか。フェニが来ているのだから、朝食にはフェニの好きなコーンスープを出して貰うようにしよう」
レオナルド殿下が言えば、フェニはパッと嬉しそうな顔を見せた。とうもろこしはフェニの好物だ。
「こーんすーぷ!」
フェニが答えると、小さな体からぐぅっとお腹の虫が聞こえてきた。
「ご飯を食べて、話はそれからにしよう」
レオナルド殿下が提案するとフェニは素直に「ん」と答えた。少しだけ機嫌の直ったフェニを見て俺はちょっとホッとする。
そしてレオナルド殿下に視線を向ければ、パチンっと俺にウインクした。大丈夫だよ、と俺に言うように。
……レオ、やっぱりすごいな。俺ってばオロオロするばっかりで。本当、今でも思うけど、なんで俺がフェニの守護者に選ばれたのかな。絶対レオの方が適任だったような気がするけど。
俺はそんな事を思うが、フェニがくいくいっと俺の服の袖を引っ張った。
「えちゅ、いっしょにごはん食べよ」
フェニに誘われ、思い出した疑問を胸に仕舞って俺は頷いた。
「うん、一緒に食べようか」
それから俺達は朝食を一緒に取り、フェニはコーンスープを三杯もおかわりした。そしてご飯を食べて満腹になったからか少しは機嫌が直ってきたようだったが……朝食の後、フェニが来た事を聞きつけたカレンちゃんが俺達の部屋へとやって来た。
◇◇
「フェニちゃん! 相変わらず可愛いわねぇー!」
嬉々とした顔で言うカレンちゃんに対し、フェニはすぐさま俺の後ろに隠れた。いつも可愛がられ、もみくちゃにされるから警戒しているのだろう。
……でも、そんなに警戒しなくても大丈夫なのに。
そう思いつつも俺は挨拶をした。
「王妃様、おはようございます」
俺が声をかけると、カレンちゃんはずいっと近寄って真顔で俺を見た。なにやら不機嫌そう、何かおかしなことを言っただろうか? と思ったが、カレンちゃんは。
「セス、王妃様じゃないでしょっ」
大真面目な顔をして俺に言った。
「か、カレンちゃん、おはよう」
言い直すとカレンちゃんは嬉しそうににこっと笑った。でも。
……他の人がいない時は名前で呼んでって言われてるけど……俺なんかが王妃様を名前で、しかもちゃん付けして呼んでいいのかな? 陛下も気にしてはないようだけど。というか、この前陛下にも『セスよ、お義父さんと呼んでいいんだぞっ』と言われたんだよな。けど国王陛下を『お義父さん』……なんか恐れ多い。
俺は事務仕事でよく腰を痛めている陛下に薬科湿布を持って行った時、そう言われた事を思い出した。けれど、思い出していると隣に立つレオナルド殿下が俺の肩をそっと抱き寄せる。
「レオナルド殿下?」
「母上、セスが困ってます。いい加減その呼び名をセスに強要する事、改めてはくれませんかね?」
息子であるレオナルド殿下が苦言を呈する様に言うと、カレンちゃんはフフンッと鼻であしらった。
「あら、強要なんて失礼ね。それに別にセスは困ってないわよね?」
「え? ま、まぁ」
……確かに困ってないかな。呼ぶだけだし。ただ、俺がこんな風に呼んでいいのか不安はあるけど。
そう思うけど俺の返事にカレンちゃんは嬉しそうに笑った。
「ほぅら、見て見なさい。セスは困っていないでしょう。醜い嫉妬からくる言いがかりはおよしない? レオナルド」
カレンちゃんに勝ち誇った顔で言われ、レオナルド殿下は呆れた顔で「はぁ」とため息を吐いた。そして俺を見ると「セス、嫌な事は嫌だと言っていいんだからね?」と心配する様に告げた。でも、別に嫌な事なんて何一つない。
「俺は大丈夫ですよ?」
「やっぱりセスはいい子ね!」
カレンちゃんはニコニコして言い、それからその場にしゃがんで俺の足元に隠れているフェニに目線を合わせた。
「久しぶりね、フェニちゃん」
「……おはよう、ござーます」
フェニは警戒しながらも挨拶をした。でもカレンちゃんは気にせず、話しかける
「去年ぶりね、今回は遊びに来たのかしら?」
事情を知らないカレンが尋ねるとフェニはむぐっと口を閉じた。その表情を見て、カレンちゃんはすぐに遊びに来たのではないことを察したようだ。
「あら、違うようね。でも折角来たのだから、今日はセス達と城の裏にある水辺へピクニックに行ってきてはどうかしら?」
「ぴくにっく? ぴくにっくってなぁに?」
突然の提案にフェニは目をぱちりと瞬かせて問いかけた。
「お外に行って、景色を見ながらご飯を食べたり、のんびりすることよ。フェニちゃん、最近二人とも仕事詰めだったから一緒に連れて行ってくれないかしら?」
カレンちゃんが頼むとフェニは少し考えた後「うーん……いいよ」と答えた。その返答にカレンちゃんは「ありがとう」と言うと、立ち上がって俺達を見た。
「レオナルド、セス、たまには外の空気を吸って、二人でのんびりしてきなさい」
カレンちゃんの提案にレオナルド殿下は俺へと視線を向ける。
「セスはどうしたい?」
問いかけられて俺はすぐさま「構いませんよ」と答えた。今日は二人とも休みだし、特に予定を入れていない。空を見れば、ピクニックに行くには打ってつけの快晴だ。それになにより。
「えちゅ、ぴくにっく、行こ!」
フェニが行きたそうにしているので、俺に断る理由はなかった。
「ああ。今日はピクニックに行こうか、フェニ」
俺が告げるとフェニは「うん!」と元気よく答えた。
◇◇◇◇
それから俺とレオナルド殿下はフェニを連れ、馬に乗って城の裏にある水辺へとピクニックにやって来た。
小川から水が流れ、水草や小さな魚が泳いでいる綺麗な池だ。ここは野生動物たちの憩いの場でもあり、俺が子供の頃に何度かレオナルド殿下に連れてきてもらった思い出の場所でもある。
「ここに来るのは久しぶりですね。懐かしいなぁ~っ」
「そうだね、こうして来るのはセスが子供の頃以来だ」
レオナルド殿下は馬の背から荷物を下ろしながら言った。そして俺達の会話を聞いたフェニは首を傾げる。
「えちゅ、子供のころ、ここにきたの?」
「ああ、レオナルド殿下に連れられて何度もね。昔もこんな風にピクニックしたんだよ」
「れおと?」
「そうだよ。まあ、一緒にピクニックというか、レオナルド殿下が俺の子守をさせられていたような気もするけど」
「そんなことはないよ。それにセスは子守が必要なほど、手のかかる子じゃなかった」
「そう、ですかね?」
……うーん。でも今考えても、あれは絶対子守だったような気がするけど。
俺は顎に手を当ててそう思ったが、レオナルド殿下は大きな木の下に敷き布を広げて、その上に二つクッションを置くと俺とフェニに声をかけた。
「二人とも、どうぞ」
レオナルド殿下に促され、俺は「ありがとうございます」と言ってから靴を脱ぎ、クッションの上に座る。それを見て、フェニも真似をするように靴を脱いで、俺の隣に置かれているフカフカのクッションの上に座った。
その間にレオナルド殿下はテキパキと動き、クッキーや焼き菓子、小さなサンドイッチが入ったバスケットを俺達の前に置き、そしてティーカップを三つ用意すれば、ティーポットに茶葉を入れ、魔法瓶に詰めてきたお湯をティーポットに注いだ。そうすればすぐにいい香りが辺りに漂う。
「ん、この匂い、アップルティー?」
俺はくんくんっと香りを嗅いで呟く。するとレオナルド殿下は「正解」と答えて、ティーカップにお茶を注いでくれた。
「はい、どうぞ。セス」
レオナルド殿下は俺にお茶の入ったティーカップを渡してくれて、フェニには少し水を加えてぬるめにしたお茶を渡していた。
「レオ。これ、りんごのにおいするー」
「干し林檎を一緒にいれているからね。普通の方が良かった?」
「ん-ん-、いーにおい」
フェニはそう言うと、くぴっと一口飲んだ。なので、俺も温かいお茶をふぅふぅっと息を吹きかけてちょっと冷ましてから飲む。
……ん-、林檎のいい香りぃ~!
ほのかな甘さのお茶に俺はほっこりする。そしてその横でフェニはカップをレオナルド殿下に差し出した。
「レオ、おかわり!」
「はいはい」
レオナルド殿下は返事をすると、もう一杯お茶をフェニに注いであげた。どうやらフェニもこの美味しいアップルティーが気に入ったようだ。
……しかし最初の頃は二人ともお互いを毛嫌い? してた感じなのに、すっかり仲良くなったよなぁ。今更だけどフェニはレオナルド殿下に守護者をして欲しい、とか思わないのかな? というか、未だになんで俺が選ばれたのかな?
俺は二人を見てもんもんっと考える。だがそんな俺にフェニは声をかけた。
「えちゅ、どしたの?」
「ん? いや、フェニはどうして俺を守護者に選んだのかなぁと思って。レオナルド殿下の方が頼れるのに、と思って」
俺が何気なく尋ねると二人は顔を合わせてすぐに答えた。
「えちゅがいいの!」
「セスだけだよ」
あんまりに二人が息を合わせて答えるものだから俺はちょっと驚いてしまう。
「そ、そう?」
……二人とも同じ返事なんて。俺の何がいいんだろう?
俺はわからなくて首を傾げるけど、フェニは俺の服の袖をぎゅぅっと握った。
「レオもしゅきだけど、えちゅがいいの」
「そう? フェニがいいならいいんだけど」
俺が答えるとレオナルド殿下はくすっと笑った。
「セスこそが守護者にふさわしいよ。本人は気がつきにくいのかもしれないけれどね」
……俺にふさわしいところなんてないような気がするけど。でも、まぁフェニが望んでくれるならなんだっていいか。
レオナルド殿下にまで言われ、俺は一応納得する。そして、その横でフェニは「レオ、くっきー食べてい?」と聞いた。
「ああ、いいよ。セスも遠慮せずに食べていいからね?」
レオナルド殿下に言われて俺は「はい」と答え、フェニを見ればクッキーを両手で持ってもっぐもっぐとおいしそうに食べている。
……すっかり元気になったな。今なら理由を聞いてもいいかな?
「ねぇ、フェニ」
「ん? なあに?」
フェニはアップルティーで喉を潤しながら返事をした。なので、俺はおずおずと聞いてみる。
「今朝の事、もしよければ怒っていた理由を教えてくれないかな?」
「しょれは……」
フェニは呟くとどんどんと表情の雲行きが怪しくなってくる。なので俺は慌てて声を上げた。
「あ、勿論言いたくなかった言わなくていいんだよ?!」
俺が告げるとフェニは顔を横に振った。
「ううん、だいじょーぶ。……ふぇに、はなす。……あのね、えちゅ」
フェニは俺を見上げて言い、俺は耳を傾ける。
でもその時、思わぬ人物がそこに現れた。
「―――おや、セスじゃないか」
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