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閑話
レオナルドの回想 前編
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ノーベンの回想編を書いていたら、レオナルド視点のこのお話も思いつきまして。
今回はノーベンのお話の後の物語です。(時系列的に言うとノーベン(昼)→レオナルド(夕方))
お楽しみください('ω')ノ
***********************
――――イニエスト公国での結婚式の後。
セスとレオナルドは帰国し、またいつも通りの生活に戻っていた。しかし春の夕暮れ時、レオナルドが部屋に早めに戻るとセスはまだ帰ってきていなかった。
……セスはまだ仕事か。まあ、こちらの方が随分と早く仕事が終わったからな。
レオナルドはそんな事を思いつつも「ふぅ」と息を吐き、珍しく疲れた顔でベッドに横になった。
……ノーベンめ、休んでいた分の仕事だと言って私に仕事を振りすぎだ。全く。
レオナルドは天井を見上げながら有能な従者を思い出し、心の中で愚痴る。
イニエスト公国から帰ってきてからのレオナルドは、休んでいた分や他国へ外交に赴いているランスの代わりの分、夏に向けて行われる公共事業の仕事に追われ、激務を強いられていた。
だが、今日はもう仕事を終わらせていいとノーベンに告げられ、セスより早く部屋に戻ることができていた。
……しかしノーベンの許しがないと早く終われないなんて、これではどちらが主従なのかわからないな。
レオナルドはそんな事を思いながら天井を見つめる。しかし、疲れからか段々と眠くなってきた。
……もうすぐセスが戻ってくる。起きて待っていたいが。
レオナルドは必死に起きていようとするが、重力に引っ張られるように瞼がゆっくりと落ちていく。
そしてレオナルドは懐かしい夢を見た――――。
◇◇◇◇
――――青空晴れ渡る初夏の昼。
まだ若きノーベンが部屋から出て行こうとする若者に声をかけていた。
「殿下、どちらへ?」
「母上のところだ。リーナが久しぶりに城へ来るから会いに行ってくる」
十八歳のレオナルドは問いかけに答え、ノーベンは思い出したように返事をした。
「ああ、そういえばそうでしたね。しかしお会いしに行くなんて珍しいですね」
「たまにはな。では行ってくる」
不思議がるノーベンにレオナルドは誤魔化しの言葉を告げて、部屋を足早に出て行った。その後姿をノーベンは見つめ、首を傾げた。
……何かあるんでしょうか。
ノーベンはそう思ったが、それが何かわかるのはもう少し先の事だった。
一方、部屋を出て行ったレオナルドは足早に歩きながら母親が大切にしている薔薇園の四阿へと向かっていた。そして薔薇園に足を踏み入れると、そこには人影が見て取れた。
二人の女性と足元には小さな子供。その姿を見てレオナルドの足はもっと速くなる。
そしてその足音を聞きつけて、一人の女性が声をかけた。
「あら、レオナルド。遅かったわね」
この国の王妃であり、母親であるカレンに言われてレオナルドは近寄って返事をした。
「出る時にノーベンに声をかけられまして。……お久しぶりです、リーナ」
レオナルドはカレンに告げた後、その視線をカレンの前にいる女性に向けた。
母親の親友であり、自身の乳母でもあったリーナに。
「お久しぶりですね、レオナルド殿下。少し見ない間にすっかり逞しくなられて」
リーナはふふっと朗らかに笑った。幼い頃に面倒を見てもらったリーナに言われると、レオナルドは少し照れ臭い思いになる。
だが「いえ」と返事をすれば、そんな自分に向かうもう一つの視線に気がついた。
リーナのスカートの後ろに隠れている小さな子供。
茶色の髪がぴょんっと跳ね、緑色の瞳がこちらをじっと見ていた。そしてその瞳を見れば、レオナルドの胸はざわつき始める。
しかしレオナルドよりも先にリーナがセスに声をかけた。
「セス、こちらは前に話した、あのレオナルド殿下よ。ご挨拶できる?」
リーナが尋ねるとセスは「うん」と答えて、リーナの後ろからひょこっと出て来た。
「こんにちわ、レオナルドでんか。ぼくはセスです。あの、ぼくのこと覚えてる?」
セスに問いかけられ、レオナルドはその場にしゃがんで目線を同じにするとにこりと笑った。
「ああ、覚えているよ。あの時は薬草をありがとう」
レオナルドがお礼を言うと、セスはにこーっと嬉しそうに笑った。その眩しい笑顔にレオナルドの胸はまたも変な動きをする。
……やはり、この子は。
レオナルドは胸を押さえて思うが、その横でカレンが声を上げた。
「セス、レオナルドと会った事があるの?」
「うん。この前ね、カレンちゃんとおかーさんがお話してる時、お庭であったの!」
「そうなの。それで薬草というのは?」
「レオナルドでんか、疲れてたみたいだから、おとーさんに教えてもらった薬草をあげたの!」
「そうなのね、レオナルドにありがとう。ところでセス、今度私にも薬草をもらえるかしら?」
「うん! カレンちゃんにも今度あげるね!」
セスはニコニコしながらカレンに言った。しかし、それを横で見ていたレオナルドはちらりと自分の母親に視線を向けた。
……カレンちゃん。……母上はこの子になんて呼ばせ方をしているんだ。
レオナルド少々呆れながら思ったが、親し気な仲に少し嫉妬してしまう。なので、レオナルドはセスの名を呼んだ。
「セス」
レオナルドが呼べば、大きな緑色の瞳が『なぁに?』と問いかけるようにこちらに向く。
「セス、いつも母上達の話に付き合ってばかりでは退屈だろう? 今日は私と城の中を探検しないか?」
レオナルドが提案すれば、セスの瞳はキラキラと輝いた。
「たんけん!」
「いいですよね? リーナ」
レオナルドが尋ねるとリーナは頷いた。
「ええ、構いませんよ。セスも行きたそうですし。でも、レオナルド殿下に見てもらっていいのかしら」
「私は構いませんよ。それに、たまには二人っきりで話したい事もあるでしょう?」
レオナルドは人の好い顔で言った。だが、カレンが口を尖らせる。
「あら、私はセスがいた方が嬉しいわよ。……でも、セスはレオナルドと探検しに行きたいみたいだから、ちゃんと案内してあげるのよ。レオナルド」
カレンは不服そうにしながらもワクワクしているセスを見て、今回はレオナルドに譲った。
「はい、勿論ですよ。母上」
レオナルドはにっこりと笑うと、それからセスに手を差し伸べた。
「セス、では私と一緒に行こうか」
レオナルドが言うと、セスは「うん!」と答えて差し出された大きな手に小さな手を重ねた。
そして二人は手を繋いで薔薇園を出て、城の中へと向かう。
それを眺めながらカレンは小さなため息を吐いた。
「はぁ、折角可愛いセスとおしゃべりができると思ったのに」
残念がる親友にリーナは苦笑しながら宥めた。
「まあまあ、そんなに残念がらないで。……でもレオナルド殿下って意外に子供好きだったのね」
「いいえ、きっとセスだからよ! レオナルドもセスの可愛さにやられたのよ!!」
「やられたって。カレンってばウィルみたいなことを言うのね」
リーナはふふっと笑って言ったが、カレンはのほほんとしている親友を見て心配になった。
……リーナってば、呑気に構えて。セスってば本当に可愛んだから! それにあの何に対しても執着を見せないレオナルドがわざわざ会いに来るなんて。これからがなんだか心配だわ。
カレンはまたため息を吐いたが、リーナは微笑むだけだった。
――――一方、城の中をセスと共に歩いていたレオナルドと言えば。
とことこっと小さな足で隣を歩く、大人しいセスを横目でちらりと見つめていた。しかしその視線に気がついたセスがレオナルドを見上げた。
「ん? なぁに?」
純真な緑の瞳に見つめられてレオナルドはにこっと笑った。
「いや、何でもないよ」
「そう?」
セスは答えるとまた前を見て歩き出す。それを見つめながら、レオナルドは自分の中にある胸のざわめきに戸惑いを覚える。
……やはり私はこの子に。だがこの子はまだ子供だ、こんなのはおかしい。
レオナルドは自分の気持ちに気づきながらも、その気持ちをまだ受け入れられていなかった。しかし気持ちは正直で、楽し気に歩いている少年を見るとなんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
そしてもっと喜ばせたい。何かしてあげたいと思う。
「セス」
立ち止まって声をかければ、セスもその場で足を止め、レオナルドを見上げた。
「なぁに?」
「どこか行きたいところはあるかな? どこでも案内するよ」
レオナルドが告げると、セスはもじもじしながらレオナルドをちらりと見た。まるで様子を伺うように。
「あの、ね。行きたいとこ、あるの。ちょっとだけ、見たいだけなの」
「それはどこかな?」
「あのね。えっとぉ、おとー」
セスが言おうとしたその時、二人に声をかける者がいた。
「おや、セスじゃないか!」
声をかけて廊下の奥から歩いてきたのは、国王であるアイザックだった。
「父上」
「あ、へいか。こんにちわぁ」
セスは礼儀正しくぺこりっと頭を下げて挨拶をした。さすがリーナの息子だ、とその姿を見てレオナルドは感心してしまう。しかしそんなセスをアイザックはひょいっと軽々持ち上げた。
「わぁ」
「セス、久しぶりだな。また大きくなったんじゃないか?」
「うーんと、あんまり変わらないよぉ?」
セスは首を可愛く傾げて答えた。そんなセスにアイザックの目尻も自然と緩まる。
「そうか? 今日はレオナルドと一緒なのか?」
「はい、たんけん中です!」
「そうか、探検中か。ウィルのところにはもう行ったのか?」
「ん-ん、まだです。でも、行っていいのかなぁって。おかーさんがおとーさんに会いに行ったら、おとーさんのお仕事を止めちゃうからダメって」
その言葉を聞いて、レオナルドはさきほどセスが言いかけていた言葉の続きだと気がついた。
……そうか、セスは父親に会いに行きたかったのか。
「まあ、確かにセスを見たウィルがどういう反応をするか想像に難くないが、たまにはいいだろう。セス、会いに行ってあげなさい」
「でも、おかーさんはダメって」
「リーナがダメだと言っても私が許可したのだから構わないさ。私は王様だからな」
アイザックがパチンっとウインクして告げるとセスはパァッと今までで一番の笑顔を見せた。その可愛さにレオナルドは胸が高鳴る。でも、その笑顔を受け取ったのが自分でないことがどこか悔しい。
しかしそんな事を思っているとは知らず、アイザックは息子に声をかけた。
「レオナルド、セスを薬科室まで連れて行ってあげなさい」
アイザックは言いながら抱えていたセスを下ろした。
「はい、父上」
「セス、レオナルドが連れて行ってくれるからな」
「はいっ」
セスが元気よく返事をするとアイザックはくしゃくしゃっとセスの頭を撫でた。
「では頼むぞ、レオナルド。じゃあまたな、セス」
アイザックはそれだけを言うと、従者と共に去って行った。その後姿にセスはバイバーイと手を振る。
「じゃあ、セス。セスのお父さんがいる所に行こうか」
レオナルドが言えば、セスは「うん!」と嬉しそうに答えた。さっきほどの笑顔ではないが、嬉しそうな顔を見れてレオナルドの胸はどこか弾む。
そして二人はまた手を繋いで城の中を歩き、レオナルドとセスは城の端にある薬科室の前へと着いた。中からは人の話し声が聞こえ、薬草の香りがドアが閉まっていても漂ってくる。
……ここに来るのは初めてだ。傷を作っても、熱が出ても、誰かが薬を持ってくるからな。まあ、そもそも私はほとんど怪我と病気には無縁だが。
場所は知っていても訪れるのは初めての薬科室。その部屋のドアをレオナルドは控えめにコンコンッとノックした。
そうすれば中から足音が聞こえ、誰かがドアを開ける。
「はいはい、どうされました?」
薬科室に来るのは怪我人か病人、薬を貰いに来る者がほとんどの為か、中から現れた人物は症状を聞くように尋ねた。
しかしドアの前に立っているのがこの国の第三王子であるレオナルドだとわかると、ドアを開けた人物は一瞬驚いた後、すぐに叫んだ。
「れ、レオナルド殿下!?」
その声に薬科室全体がざわめく。そして誰もがレオナルドに視線を向けた。
でもただ一人、レオナルドを見ない者がいた。それが誰かと言うと。
「セ、セスーーーーっ!」
******************
↑↑誰かおわかりですね?(・ω・)
今回はノーベンのお話の後の物語です。(時系列的に言うとノーベン(昼)→レオナルド(夕方))
お楽しみください('ω')ノ
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――――イニエスト公国での結婚式の後。
セスとレオナルドは帰国し、またいつも通りの生活に戻っていた。しかし春の夕暮れ時、レオナルドが部屋に早めに戻るとセスはまだ帰ってきていなかった。
……セスはまだ仕事か。まあ、こちらの方が随分と早く仕事が終わったからな。
レオナルドはそんな事を思いつつも「ふぅ」と息を吐き、珍しく疲れた顔でベッドに横になった。
……ノーベンめ、休んでいた分の仕事だと言って私に仕事を振りすぎだ。全く。
レオナルドは天井を見上げながら有能な従者を思い出し、心の中で愚痴る。
イニエスト公国から帰ってきてからのレオナルドは、休んでいた分や他国へ外交に赴いているランスの代わりの分、夏に向けて行われる公共事業の仕事に追われ、激務を強いられていた。
だが、今日はもう仕事を終わらせていいとノーベンに告げられ、セスより早く部屋に戻ることができていた。
……しかしノーベンの許しがないと早く終われないなんて、これではどちらが主従なのかわからないな。
レオナルドはそんな事を思いながら天井を見つめる。しかし、疲れからか段々と眠くなってきた。
……もうすぐセスが戻ってくる。起きて待っていたいが。
レオナルドは必死に起きていようとするが、重力に引っ張られるように瞼がゆっくりと落ちていく。
そしてレオナルドは懐かしい夢を見た――――。
◇◇◇◇
――――青空晴れ渡る初夏の昼。
まだ若きノーベンが部屋から出て行こうとする若者に声をかけていた。
「殿下、どちらへ?」
「母上のところだ。リーナが久しぶりに城へ来るから会いに行ってくる」
十八歳のレオナルドは問いかけに答え、ノーベンは思い出したように返事をした。
「ああ、そういえばそうでしたね。しかしお会いしに行くなんて珍しいですね」
「たまにはな。では行ってくる」
不思議がるノーベンにレオナルドは誤魔化しの言葉を告げて、部屋を足早に出て行った。その後姿をノーベンは見つめ、首を傾げた。
……何かあるんでしょうか。
ノーベンはそう思ったが、それが何かわかるのはもう少し先の事だった。
一方、部屋を出て行ったレオナルドは足早に歩きながら母親が大切にしている薔薇園の四阿へと向かっていた。そして薔薇園に足を踏み入れると、そこには人影が見て取れた。
二人の女性と足元には小さな子供。その姿を見てレオナルドの足はもっと速くなる。
そしてその足音を聞きつけて、一人の女性が声をかけた。
「あら、レオナルド。遅かったわね」
この国の王妃であり、母親であるカレンに言われてレオナルドは近寄って返事をした。
「出る時にノーベンに声をかけられまして。……お久しぶりです、リーナ」
レオナルドはカレンに告げた後、その視線をカレンの前にいる女性に向けた。
母親の親友であり、自身の乳母でもあったリーナに。
「お久しぶりですね、レオナルド殿下。少し見ない間にすっかり逞しくなられて」
リーナはふふっと朗らかに笑った。幼い頃に面倒を見てもらったリーナに言われると、レオナルドは少し照れ臭い思いになる。
だが「いえ」と返事をすれば、そんな自分に向かうもう一つの視線に気がついた。
リーナのスカートの後ろに隠れている小さな子供。
茶色の髪がぴょんっと跳ね、緑色の瞳がこちらをじっと見ていた。そしてその瞳を見れば、レオナルドの胸はざわつき始める。
しかしレオナルドよりも先にリーナがセスに声をかけた。
「セス、こちらは前に話した、あのレオナルド殿下よ。ご挨拶できる?」
リーナが尋ねるとセスは「うん」と答えて、リーナの後ろからひょこっと出て来た。
「こんにちわ、レオナルドでんか。ぼくはセスです。あの、ぼくのこと覚えてる?」
セスに問いかけられ、レオナルドはその場にしゃがんで目線を同じにするとにこりと笑った。
「ああ、覚えているよ。あの時は薬草をありがとう」
レオナルドがお礼を言うと、セスはにこーっと嬉しそうに笑った。その眩しい笑顔にレオナルドの胸はまたも変な動きをする。
……やはり、この子は。
レオナルドは胸を押さえて思うが、その横でカレンが声を上げた。
「セス、レオナルドと会った事があるの?」
「うん。この前ね、カレンちゃんとおかーさんがお話してる時、お庭であったの!」
「そうなの。それで薬草というのは?」
「レオナルドでんか、疲れてたみたいだから、おとーさんに教えてもらった薬草をあげたの!」
「そうなのね、レオナルドにありがとう。ところでセス、今度私にも薬草をもらえるかしら?」
「うん! カレンちゃんにも今度あげるね!」
セスはニコニコしながらカレンに言った。しかし、それを横で見ていたレオナルドはちらりと自分の母親に視線を向けた。
……カレンちゃん。……母上はこの子になんて呼ばせ方をしているんだ。
レオナルド少々呆れながら思ったが、親し気な仲に少し嫉妬してしまう。なので、レオナルドはセスの名を呼んだ。
「セス」
レオナルドが呼べば、大きな緑色の瞳が『なぁに?』と問いかけるようにこちらに向く。
「セス、いつも母上達の話に付き合ってばかりでは退屈だろう? 今日は私と城の中を探検しないか?」
レオナルドが提案すれば、セスの瞳はキラキラと輝いた。
「たんけん!」
「いいですよね? リーナ」
レオナルドが尋ねるとリーナは頷いた。
「ええ、構いませんよ。セスも行きたそうですし。でも、レオナルド殿下に見てもらっていいのかしら」
「私は構いませんよ。それに、たまには二人っきりで話したい事もあるでしょう?」
レオナルドは人の好い顔で言った。だが、カレンが口を尖らせる。
「あら、私はセスがいた方が嬉しいわよ。……でも、セスはレオナルドと探検しに行きたいみたいだから、ちゃんと案内してあげるのよ。レオナルド」
カレンは不服そうにしながらもワクワクしているセスを見て、今回はレオナルドに譲った。
「はい、勿論ですよ。母上」
レオナルドはにっこりと笑うと、それからセスに手を差し伸べた。
「セス、では私と一緒に行こうか」
レオナルドが言うと、セスは「うん!」と答えて差し出された大きな手に小さな手を重ねた。
そして二人は手を繋いで薔薇園を出て、城の中へと向かう。
それを眺めながらカレンは小さなため息を吐いた。
「はぁ、折角可愛いセスとおしゃべりができると思ったのに」
残念がる親友にリーナは苦笑しながら宥めた。
「まあまあ、そんなに残念がらないで。……でもレオナルド殿下って意外に子供好きだったのね」
「いいえ、きっとセスだからよ! レオナルドもセスの可愛さにやられたのよ!!」
「やられたって。カレンってばウィルみたいなことを言うのね」
リーナはふふっと笑って言ったが、カレンはのほほんとしている親友を見て心配になった。
……リーナってば、呑気に構えて。セスってば本当に可愛んだから! それにあの何に対しても執着を見せないレオナルドがわざわざ会いに来るなんて。これからがなんだか心配だわ。
カレンはまたため息を吐いたが、リーナは微笑むだけだった。
――――一方、城の中をセスと共に歩いていたレオナルドと言えば。
とことこっと小さな足で隣を歩く、大人しいセスを横目でちらりと見つめていた。しかしその視線に気がついたセスがレオナルドを見上げた。
「ん? なぁに?」
純真な緑の瞳に見つめられてレオナルドはにこっと笑った。
「いや、何でもないよ」
「そう?」
セスは答えるとまた前を見て歩き出す。それを見つめながら、レオナルドは自分の中にある胸のざわめきに戸惑いを覚える。
……やはり私はこの子に。だがこの子はまだ子供だ、こんなのはおかしい。
レオナルドは自分の気持ちに気づきながらも、その気持ちをまだ受け入れられていなかった。しかし気持ちは正直で、楽し気に歩いている少年を見るとなんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
そしてもっと喜ばせたい。何かしてあげたいと思う。
「セス」
立ち止まって声をかければ、セスもその場で足を止め、レオナルドを見上げた。
「なぁに?」
「どこか行きたいところはあるかな? どこでも案内するよ」
レオナルドが告げると、セスはもじもじしながらレオナルドをちらりと見た。まるで様子を伺うように。
「あの、ね。行きたいとこ、あるの。ちょっとだけ、見たいだけなの」
「それはどこかな?」
「あのね。えっとぉ、おとー」
セスが言おうとしたその時、二人に声をかける者がいた。
「おや、セスじゃないか!」
声をかけて廊下の奥から歩いてきたのは、国王であるアイザックだった。
「父上」
「あ、へいか。こんにちわぁ」
セスは礼儀正しくぺこりっと頭を下げて挨拶をした。さすがリーナの息子だ、とその姿を見てレオナルドは感心してしまう。しかしそんなセスをアイザックはひょいっと軽々持ち上げた。
「わぁ」
「セス、久しぶりだな。また大きくなったんじゃないか?」
「うーんと、あんまり変わらないよぉ?」
セスは首を可愛く傾げて答えた。そんなセスにアイザックの目尻も自然と緩まる。
「そうか? 今日はレオナルドと一緒なのか?」
「はい、たんけん中です!」
「そうか、探検中か。ウィルのところにはもう行ったのか?」
「ん-ん、まだです。でも、行っていいのかなぁって。おかーさんがおとーさんに会いに行ったら、おとーさんのお仕事を止めちゃうからダメって」
その言葉を聞いて、レオナルドはさきほどセスが言いかけていた言葉の続きだと気がついた。
……そうか、セスは父親に会いに行きたかったのか。
「まあ、確かにセスを見たウィルがどういう反応をするか想像に難くないが、たまにはいいだろう。セス、会いに行ってあげなさい」
「でも、おかーさんはダメって」
「リーナがダメだと言っても私が許可したのだから構わないさ。私は王様だからな」
アイザックがパチンっとウインクして告げるとセスはパァッと今までで一番の笑顔を見せた。その可愛さにレオナルドは胸が高鳴る。でも、その笑顔を受け取ったのが自分でないことがどこか悔しい。
しかしそんな事を思っているとは知らず、アイザックは息子に声をかけた。
「レオナルド、セスを薬科室まで連れて行ってあげなさい」
アイザックは言いながら抱えていたセスを下ろした。
「はい、父上」
「セス、レオナルドが連れて行ってくれるからな」
「はいっ」
セスが元気よく返事をするとアイザックはくしゃくしゃっとセスの頭を撫でた。
「では頼むぞ、レオナルド。じゃあまたな、セス」
アイザックはそれだけを言うと、従者と共に去って行った。その後姿にセスはバイバーイと手を振る。
「じゃあ、セス。セスのお父さんがいる所に行こうか」
レオナルドが言えば、セスは「うん!」と嬉しそうに答えた。さっきほどの笑顔ではないが、嬉しそうな顔を見れてレオナルドの胸はどこか弾む。
そして二人はまた手を繋いで城の中を歩き、レオナルドとセスは城の端にある薬科室の前へと着いた。中からは人の話し声が聞こえ、薬草の香りがドアが閉まっていても漂ってくる。
……ここに来るのは初めてだ。傷を作っても、熱が出ても、誰かが薬を持ってくるからな。まあ、そもそも私はほとんど怪我と病気には無縁だが。
場所は知っていても訪れるのは初めての薬科室。その部屋のドアをレオナルドは控えめにコンコンッとノックした。
そうすれば中から足音が聞こえ、誰かがドアを開ける。
「はいはい、どうされました?」
薬科室に来るのは怪我人か病人、薬を貰いに来る者がほとんどの為か、中から現れた人物は症状を聞くように尋ねた。
しかしドアの前に立っているのがこの国の第三王子であるレオナルドだとわかると、ドアを開けた人物は一瞬驚いた後、すぐに叫んだ。
「れ、レオナルド殿下!?」
その声に薬科室全体がざわめく。そして誰もがレオナルドに視線を向けた。
でもただ一人、レオナルドを見ない者がいた。それが誰かと言うと。
「セ、セスーーーーっ!」
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↑↑誰かおわかりですね?(・ω・)
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