殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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閑話

殿下、現実世界ですよ!ー夏編・3ー

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「フェニ君、寝ちゃいましたね」 

 俺はフェニ君の寝顔を見ながら呟く。海で遊んで、お昼もたくさん食べて、フェニ君はお昼寝中だ。スヨスヨと眠る寝顔が可愛い。

 ……昨日は興奮して、寝付くのが遅かったみたいだからなぁ。まあ、少し眠ったら起きるだろう。

「セスはお昼寝しなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫。それよりレオナルドさん、ずっとここにいたでしょ? 俺、フェニ君を見てるから泳いで来たら」
「いや、私は眺めているだけで十分だよ」
「そうですか?」

 俺はレオナルドさんの言葉通り受け取る。まさかその言葉の裏に”海にいる俺を眺めるだけで”という意味が含まれてるとも知らずに。
 でも話している内にトイレに行きたくなってきた。さっきドリンクを飲み過ぎてしまったかもしれない。

「レオナルドさん、俺、ちょっとトイレに行ってきます」
「ああ。気を付けて行ってくるんだよ?」
「はい」

 ……でも気を付けるって、何をだろう?

 俺はわからないまま返事をしつつ、トイレへと向かった。そしてさくっと用を足して、トイレから出た時だった。

「ねえねえ、君!」

 声をかけられて振り返れば、そこには小麦色に焼けた水着姿のお兄さんが二人いる。二十代後半ぐらいだろうか。

 ……なんだろう? 何か用かな?

「はい、なんですか?」

 俺が返事をするとお兄さんたちはニコッと笑って、距離を詰めてきた。

「君さ、可愛いよね」
「この後暇なら、俺達と遊ばない?」

 お兄さん達は俺にグイグイ近寄って言う。なので、その強引さに俺は驚いてしまう。というか、なんで俺と遊びたいのかわからない。どうして??

「え、えっと」
「ねえ、ちょっと話をするだけでもいいからさ!」
「かき氷、驕ってあげるから!」

 グイグイ来られて俺は困惑する。だってこんな風に迫られた事なんてないんだもん。

「あ、あの……申し訳ないですけど、家族が待ってるので」

 俺は勇気を出してお兄さん達に断りを入れる。でもお兄さん達は諦めず、一人が俺の腕を掴む。

「いいじゃん、ちょっとだけだから!」
「あの、放してください」
「そー言わずに! ね?」
「あ、あのっ」

 俺はお兄さん達の態度に困惑する。でもそこに鋭い声が飛んできた。

「彼に何か?」

 お兄さん達の後ろにはいつの間にかレオナルドさんが立っていた。でもその表情は怖い。

「あ、あの、レオナルドさん?」
「セス、こっちにおいで」

 レオナルドさんはお兄さん達をどけると、俺の腕を引いて胸の内に抱き寄せた。そしてお兄さん達を睨みつけるときっぱりと告げた。

「私の夫に何か用でも? お困りなら私が聞きますが?」

 レオナルドさんはお兄さん達に結婚指輪を見せつけるように俺の左手を握った。すると、お兄さん達はレオナルドさんの睨みもあって「「すんませんしたーッ!」」と尻尾を巻いて逃げて行った。まさにその姿は負け犬のよう。そして勝者であるレオナルドさんは心配顔で俺に尋ねた。

「セス、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。助かりました。でも俺に遊ぼうって……何の用だったんだろ?」

 俺が首を傾げて言えば、レオナルドさんはちょっと呆れた顔で俺を見つめた。

「セス、気を付けてって言ったよね? 駄目だよ、あんなのに引っかかっちゃ」
「でも向こうから声をかけられて」
「セス、今のはナンパされたんだよ」
「え、ナンパ!? そんなわけ」
「そんな訳、あるんだよ。セスは可愛いんだから」
「か、かわっ?!」

 レオナルドさんに叱られつつも、可愛いと言われて照れ臭い気持ちになる。でもそんな俺にレオナルドさんは耳元で囁いた。

「可愛いよ、セスは。特にベッドの中ではとびきりね?」

 レオナルドさんに甘い声で言われて、俺は顔が真っ赤になってしまう。ベッドでの事を思い出してしまうから。

 ……うぅ~っ、別に俺は可愛くなんかっ。可愛いって言うのはフェニ君みたいな事を言うのであって。
 
 そう心の中で呟いた時、俺はハッと気がつく。ここにフェニ君がいないことを!

「レオナルドさん、フェニ君は?!」

 ……もしかして一人で置いてきたんじゃ!? いや、レオナルドさんがそんなことするわけないと思うけどっ。

 俺が心配に思うとレオナルドさんはニコッと笑った。

「大丈夫だよ。フェニはある人に見てもらってるから」
「ある人?」
「戻ったらわかるよ」

 レオナルドさんの言葉に首を傾げつつ、俺は手を引かれてフェニ君の元へと戻った。するとそこには。

「あらセス君、お久しぶりね」
「お久しぶりです、セス君」
「る、ルナさんにエドワードさん!?」

 俺は眠るフェニ君を見守る二人を見つけて驚いた。

 ルナさんとエドワードさんはレオナルドさんの幼馴染で、家族ぐるみの付き合いがある人だ。実際、ルナさんのお姉さんはレオナルドさんのお兄さんのお嫁さんなので、親戚関係と言ってもいい。そしてルナさんは海外の大財閥の次期後継者で、今はいくつかの会社を任されている社長、エドワードさんはその秘書だ。まあ、その前に二人は夫婦なんだけどね。

「お二人がどうしてここに?!」

 驚く俺が尋ねると、レオナルドさんが説明してくれた。

「二人も海水浴に来たそうだ。たまたま会ってね、フェニの子守を少しだけ頼んだんだ」
「ふふふ、可愛らしい寝顔。意地悪したくなっちゃう」

 ルナさんは微笑みながら、フェニ君のほっぺをツンっと触った。そうすればフェニ君の眉間にやや皺が寄る。

「ルナ、いけませんよ。寝てるんですから」
「そうね。これ以上は止めておくわ」

 エドワードさんに咎められてルナさんはもうフェニ君に触ることはなかった。でも視線が俺に向かう。

「本当に久しぶりね、セス君。それにしても、お熱いわね」

 ルナさんは俺の手元を見て言った。何だろう? と思えば、俺はまだレオナルドさんと手を繋いだままだった。

「あ、これは!」

 俺は慌てて手を離そうとするが、逆にレオナルドさんは手を握った。

「ええ、まだ新婚ですから」
「見せつけてくれるわね~。ま、いいわ。それより二人に会えてよかったわ。これ、二人で食べきれないからどうしようかと思ってたの」
「棒を持って来いって何に使うかと思えば……」
「だってエドワード、海と言えば定番じゃない? スイカ割り!」

 そう言ってルナさんが見せてくれたのは丸々としたスイカだった。どうやらわざわざ持ってきたらしい。

「スイカ割り、一度やってみたかったのよ!」

 ルナさんはニコニコしながら言い、エドワードさんはハァッと小さくため息を吐いた。なんとなくエドワードさんの苦労が見える。
 けれど俺達が騒いでいたからか、眠っていたフェニ君が目を覚ました。

「んー、えちゅぅ? れお??」

 フェニ君は目を擦り、俺達を見る。そして見知らぬ二人を、ぽやぽやした顔で不思議そう見つめた。

「おにーさんとおねーさん、だぁれ?」
「あら、おはよう。会うのは初めましてね。私はルナ、こっちはエドワード、私達はレオナルドさんとセス君のお友達よ」
「ともらち?」
「ええ、そうよ。ところで、今からスイカ割りをするけどボクも一緒にやらない?」

 ルナさんが言うと、フェニ君は目をパチッと開かせた。

「スイカ! 食べりゅ!!」

 どうやら眠気より食い気のようだ。けれど返事の良いフェニ君にルナさんは笑顔を見せた。

「なら、やるわよ~!」
「……どうやら、否が応でも一緒にやるつもりだな。やれやれ」

 レオナルドさんは呆れた顔で呟いたけれど。
 でも、それから俺達は浜辺でスイカ割りをし、フェニ君だけがスイカにこつんっと棒を当てた。しかし当然幼児であるフェニ君の力で割ることはできず……。
 結局エドワードさんが持ってきていた包丁でカットしてみんなで食べる事になった。

 そして、スイカを食べた後はみんなで砂遊びをしたり、俺とフェニ君はもう一度海に入ったりと、夕暮れまで思う存分遊んだ。だが日も傾き始めれば、人は段々と少なくなり……。
 ルナさんとエドワードさんは一足先に帰り、俺達も帰る支度を進め、仮設のシャワーブースで服を着替えた俺達は――。

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