殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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閑話

殿下、現実世界ですよ!―夏編・1―

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今回は夏をテーマに書いたお話です。

**************



 ――それはある日の夏の事だった。

 ……明日はレオナルドさんと久しぶりのデートだ~っ!

 八月上旬。日が暮れる夕方、蝉の音を聞きながら俺は印の付いたカレンダーを眺めていた。明日は久しぶりにレオナルドさんが一日休みで、デートを約束している日なのだ。

 ……明日はどこに行こうかなぁ。新しくできたデパートに買い物に行ってもいいし、夏らしく水族館とかもいいよね。けど、いつも忙しいからお家でゆっくり映画とかの方がいいかなぁ?

 俺は頭を悩ませながらカレンダーを眺める。
 けれどそんな時、玄関ドアからドン・ドコ・ドンッと叩く音が聞こえてきた。玄関ドアをこんな風に叩く人は一人しか知らない。

 ……どうしたんだろう?

 俺は玄関へと向かい、そっとドアを開く。そして下を見れば。

「えちゅ~っ! うぐっ、うぐっ!」

 泣きながらぺちょっと俺の足元にくっついたのはお隣に住んでいるフェニ君だった。

「フェニ君?! 一体どうしたの?」

 俺は思わずしゃがんでフェニ君に尋ねる、そうしたら……。





 ◇◇




 
「――――海に行きたい?」
「はい、ダメですか?」
「れお、だめ?」

 帰ってきたレオナルドさんに俺とフェニ君は尋ねていた。

「実はフェニ君、本当は明日初めての海水浴にジークさんと行く予定だったらしいんです。でもジークさんが夏風邪を引いちゃったらしくて……フェニ君、すごく楽しみにしてたみたいだけど行けなくなって。だから代わりに俺達で連れて行ってあげれないかなって」
「じーく、連れてくっていったもんっ」

 泣いて目元を赤くしたフェニ君は少しぶすくれた顔で言った。よっぽど海に行くのを楽しみにしていたのだろう。

「ダメ、ですか?」

 ……レオナルドさん、海は嫌かな?

 俺は何も答えないレオナルドさんを見つめる。けれど、そこにチャイムの音が鳴り響いた。

「私が出る」

 レオナルドさんは短く言うと、足早に玄関へと向かった。それを俺とフェニ君は見送り、フェニ君は俺を見上げて尋ねた。

「えちゅ、海いけない?」

 うるうるとした瞳で尋ねられては、俺は「うーん」と返答に困るしかない。しかしそこへある人物がやってきた。

「お前は、人様に迷惑をかけるんじゃない」

 そう言って現れたのはお隣のジークさんだった。まだ熱が引かないのか、おでこに冷却シートを貼り、マスクをしている。それに声も枯れているようだ。

 ……確かにこの様子じゃ明日、海には連れていけないだろう。

「やだ! ふぇに、海いく!」

 フェニ君は俺の後ろに隠れて言う。けれど、そんなフェニ君の首根っこをジークさんは容赦なくひょいっと持ち上げた。

「海はまた今度だ。面倒をかけさせるな。ごほっ」
「んーっ、やだぁーッ! ふぇに、海にいくんだもんーっ! えーんっ!!」

 フェニ君はとうとう泣き始めてしまった。けれどジークさんはなんのその。

「わがままを言うな!」
「うっうっ、ふぇ、ふぇに、わがままじゃ、ないもんーっ! ジーク、連れてくって、約束、した、もんッ! びえーっ!!」
「だから、それはまた今度だと言ってるだろう。全く……邪魔したな、二人とも。こいつは連れて帰る、迷惑をかけた」
「やだぁー! えちゅーっ!」

 フェニ君はぽろぽろと涙を流しながら、俺に助けを求める。そんな風に見つめられたら、放っては置けない。

「あ、ジークさん」

 俺は思わず引き留めてしまう。でも、この後の言葉が出てこない。けれど俺の代わりにレオナルドさんが答えてくれた。

「ジーク。海には明日、私達が連れていく」
「いや、それは」
「フェニのことはちゃんと見ておく。それに私達がフェニを見ていれば、ジークもしっかり休めるだろう」
「まあ、それは……そうだが。いいのか? 仕事があるんじゃ」
「明日は休みだ、構わないさ。セスもそれでいいだろう?」

 レオナルドさんに尋ねられ、俺はこくこくっと素早く頷く。

「セスもいいと言っている。フェニも私達と海に行くのでいいだろう?」
「ふぇに、れおとえちゅと行く!」

 フェニ君はいつの間にか泣き止み、手を挙げて答えた。

「だ、そうだ。ジーク、どうする?」

 レオナルドさんに問いかけられたジークさんは少し考えた後、ちらりとレオナルドさんを見た。

「本当にいいのか? お前達がそれでいいなら、俺としては願ったり叶ったりだが」
「嫌なら提案なんてしないさ。じゃあ明日は三人で海水浴に行く、いいな?」

 レオナルドさんが言うとフェニ君はジークさんに持ち上げられたまま、やったー! と喜んだ。その笑顔を見れて、俺はほっとする。小さい子が泣いている姿はなんだか胸が痛むから。

「じゃあレオナルド、セス、明日はこいつを頼むよ」
「ああ、わかった」
「れお、ありがと!」

 フェニ君はにこにこ笑顔だ。
 そしてジークさんはレオナルドさんと少し話をしてから、フェニ君を連れて家に帰っていった。

 ……なんだか嵐のようだったなぁ。

 俺はぽけっとそんな事を思う。でもそんな俺をレオナルドさんは呼んだ。

「セス、明日は海水浴になったけどいいね?」
「あ、はい! 俺はどこでも。むしろ俺がお願いしたことだし……けど、レオナルドさんは良かった? 本当はお家でゆっくりしたかったんじゃ」
「私はセスが一緒ならどこでだって構わないよ。山だろうと海だろうとね」

 レオナルドさんの言葉に俺はほっとする。もし無理していたなら申し訳ないから。

「なら良かった。でも海水浴なんて久しぶりだなぁ。小さい頃以来かも」

 俺は父さんと母さんと一緒に海に遊びに行った小さい頃を思い出す。父さんと一緒に泳いで、母さんは砂浜で俺達を見守ってくれてた事、海の家で食べた焼きそばやかき氷がとっても美味しくて、遊び疲れた俺は疲れて帰りの車の中でぐっすり眠ってしまった事を……。

 ……折角だからフェニ君にもそんな思い出が明日作れたいいな。レオナルドさんとも。

「レオナルドさんは海水浴ってどこか行ったことあります?」

 俺が何気なく尋ねるとレオナルドさんは顎に手を当てて答えた。

「そうだな。父が海外に島を持っていてね、プライベートビーチで兄さん達と子供の頃に遊んだ記憶が」

 ……海外のプライベートビーチ!? ……そうだった。この人、規格外のお金持ちだったんだ。

 俺は改めてレオナルドさんがちょっと別次元の人だと思い出す。

「長期休みが取れたら一緒に行くかい?」
「楽しそうですけど、俺は近くの海で十分です」

 ……そもそも、それってパスポートを取らないといけないだろうし。

 俺は丁重にお断りする。

「そう? 誰もいないし、綺麗な海があるんだが……まあ、いずれ一緒に行こう」

 レオナルドさんはいずれというか、将来俺をそこに連れていく気のようだ。なら、そこに行くまでにはレオナルドさんに見合う男になっていたい。
 しかし、今は明日の海水浴の方が先である。

 ……明日はフェニ君を連れてレオナルドさんと海水浴かぁ。……あっ!

「そういえば、水着がない!」

 俺は持っていた水着(海パン)を引っ越しの時に捨てた事を思い出す。

 ……あの水着、学生の時のだったからもう使わないって捨てたんだよな。どうしよう、これから買いに行く? それとも明日の朝、途中で買う?

 俺はうーんと頭を悩ませる。しかしそんな俺にレオナルドさんがにっこりと笑って告げた。

「大丈夫だよ、水着ならあるから」
「へ? ……水着ならあるって??」

 首を傾げて言えば、レオナルドさんは俺の腰を抱き寄せた。

「いつかセスと一緒にプールや海に行くかもしれないと思ってね、以前買っておいたものがあるんだ」
「いや、でもサイズが」
「大丈夫、ピッタリだよ」

 確信のある声に俺はレオナルドさんを見て思い出す。

 ……そういやこの人、重度の俺のストーカーだった。

「用意していてよかった」

 笑うレオナルドさんに俺はちょっと恐ろしさを感じつつ、水着を見せて貰ったら普通の海パンだったので俺はそれを使う事にしたのだった。

 ……セクシーなやつじゃなくてよかった。ふぅ。


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