殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、結婚式ですよ!

6 ダンス

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 ――――優雅な曲が流れる中。残されたレオナルドは広間の端で、ルナと共に踊るセスを眺めていた。

 ……可哀そうだが、必死に踊る様子はなかなか可愛らしいな。

 レオナルドはセスを見つめながらそんなことを思う。でもそんなレオナルドにノルンは尋ねた。

「レオナルド様、ダンスの相手をルナ様にお譲りしてよかったのですか?」
「今日の主役はルナ様とエドワードですから。私はあとで踊りますよ……セスが望むならね」
「既婚者の余裕というやつですか」
「そんなんじゃありませんよ」

 ノルンに言われ、レオナルドは笑って答えた。だが、レオナルドがセシルを見れば、なんだかしょぼんっとした顔で踊るセスとルナを見ている。

「セシル、そんな落ち込んだ顔をしないでも次にセス様と踊って貰えばいいだろう?」

 ノルンが声をかけると、セシルは顔を赤くして「べ、別に僕は踊りたいわけじゃ!」と慌てて答えた。でも兄には勝てない。

「おや、そうなの? じゃあ、次は僕が踊って貰おうかなぁ」
「それはダメ!」

 セシルが声を上げると、ノルンはくすくすと笑った。

「ごめんごめん、冗談だよ」

 ノルンがぽんぽんっと頭を撫でて謝るが、セシルはぷくっと頬を膨らませたままだ。傍から見たら、可愛らしい兄弟間のやり取りだ。
 しかし拗ねたままのセシルを見て、レオナルドはますます自分のしでかした失策に嘆息を吐きたくなった。

 ……こうもセスを気に入るとはね。まあ、セスは天然人たらしだから仕方ないかもしれないが。これからもこういう事が多くなっていくんだろうな。セスは元々愛らしかったが、この一年でより可愛くなってしまったからな。……私が愛し過ぎたせいか?

 レオナルドは今になって自分のせいだと気がつく。そしてもう手遅れだとも。

 ……まあ、何が寄ってきてもセスを誰にも渡す気はないけどね。

「レオナルド様? あの、僕になにか?」

 じっと自分を見つめる視線に気がつき、セシルはレオナルドに問いかける。でもレオナルドは長年培ってきた笑顔を見せて咄嗟に誤魔化した。

「いえ、なんでもありませんよ」
「そうですか?」

 何も気がついていないセシルはキョトンとした顔で首を傾げたが、ダンスの曲がちょうど終わり、踊っていた人たちは互いにお辞儀をして広間から一旦離れる。勿論セスも。

「はぁ~、緊張した!」

 セスは胸を押さえて言った。よっぽどルナと踊ることに神経を尖らせていたようだ。しかしそんなセスに。

「セス、セシル様が一緒に踊りたいようだよ」
「え!?」

 レオナルドが言うとセスは驚いたが、セシルの恥ずかしそうにしながらも期待に満ちた眼差しを受け、困惑顔を見せる。

「セス、僕もダンスは得意なんだぞ!」
「あー、いやぁ、俺よりレオナルド殿下とぉ」
「セス様、どうか弟と一曲お願いできませんか?」

 ノルンの後押しもあり、やる気満々のセシルを見てセスは断れないことを悟る。

「わ、わかりました」
「よし、じゃあ行くぞ!」

 セシルはセスの手を取って、広間へと行く。だがセスの足取りは少し重い。
 ちょっとかわいそうだったか? とレオナルドは思うが、今回ばかりは致し方ない。

 ……敵に塩を送る形になるが、まあ相手は子供だし、それにセシル様と踊れば。

 レオナルドは脳内で一人画策する。
 だが、その横で若い令嬢達がやってきてノルンに声をかけた。十六歳の麗しき王子は年頃の令嬢達に大人気のようだ。

「ノルン様、どうか一曲踊ってくださいませんか?」
「ええ、勿論構いませんよ。ですが僕は一人なので、お一人ずつで」

 ノルンは柔和な態度で返事をし、先頭にいた一人の令嬢の手を取った。手を取られた令嬢は夢心地の表情だ。だが、あぶれた令嬢たちの視線は近くにいるレオナルドに向かう。

「申し訳ないが、お嬢さん方。私は一人としか踊らないと決めているのでね」

 レオナルドは先手を打って断る。そうすれば諦めた令嬢達はあっさりとその場を去り、レオナルドはほっと息を吐いた。

 ……セスと結婚してから、ああいう視線にはしばらく遭っていなかったが。毎回、こちらが獲物のような気分になるな。

 レオナルドは女性たちの視線に、そんなことを思う。
 だが曲が流れ始め、広間はまた華やかに動き出した。けれどそれを眺めていると、アレキサンダーが一人でレオナルドの元へと歩いてくる。

「レオナルド」
「アレク兄上……。お一人ですか?」
「ああ、ディアナはエドワード君と。子供達は陛下達に預けている」

 アレキサンダーの返事を聞いて、レオナルドは視線を向ける。広間にはディアナがエドワードと共に踊り、姪っ子たちは祖父母であるイニエストの国王夫妻の元で楽し気に遊んでいる。

「だからレオナルド、少しいいか?」

 アレキサンダーは人気のないバルコニーに視線を向けて言い、レオナルドは疑問に思いながらも席を立った。

「ええ、構いませんよ」

 レオナルドは返事をして、先を歩くアレキサンダーについていく。
 そして広間を抜け、二人は夜風が吹くバルコニーに出た。皆、広間で行われているダンスに夢中なのか、そこには誰もおらず、夜空にはバーセル王国とは違う星空が瞬いている。

「こうして二人きりで話すのは久しぶりだな」
「そうですね。お互い大人になりすぎましたから」

 アレキサンダーに言われ、レオナルドは素直に答える。兄弟と言っても、二人っきりで話す機会はほとんどなかった。互いに抱えている仕事が忙しいという理由もあるが、アレキサンダーもレオナルドもべらべらと喋る性分じゃなかったからだ。

 でも決して仲が悪いわけではない。レオナルドはアレキサンダーを兄として尊敬しているし、アレキサンダーもレオナルドの事をランス同様、大事な弟だと想っている。

「フフ、そうだな。……だが、お前達が元に戻って本当に良かったと思っているよ」

 アレキサンダーは落ち着いた声でレオナルドに言った。だが、そんなアレキサンダーをレオナルドはじっと見る。

「アレク兄上は……わかってらっしゃったんですか? 今回の結末を」

 レオナルドは珍しい霊力を持つ兄に尋ねる。魔力とは違う霊力という力は未来を見通す力があるからだ。そしてアレキサンダーはハッキリと答えた。

「そうだな。だが、これは霊力に関係ない。見ていればわかる」
「見ていれば?」

 問いかけるレオナルドにアレキサンダーは笑って見せた。

「お前達は互いに想い合っているからな」

 至極明瞭な答えにレオナルドは言葉も出ない。

「だが、別れないとわかっていてもハラハラはするものだ。もう二度とするなよ、レオナルド」
「わかっていますよ。でも、もしかしてお小言を言う為に呼び出したんですか?」

 レオナルドが尋ねると、アレキサンダーは首を横に振った。

「いや、一つ尋ねたい事があってな」
「なんです?」
「……ルナに協力したのはエドワードやセスを想っての事もあったんだろうが、それだけでなく、セスの後ろ盾を得る為か?」

 アレキサンダーに聞かれてレオナルドは口を閉じる。それを見て、アレキサンダーは答えを知る。

「やはりそうなのか。平民であっても他国の王族が認めた伴侶となれば、それだけで箔が付く。セスもエドワードも……。ルナがセスと踊ったのも、それを国内外に知らしめる為か。セシル王子との踊りを止めなかったのも、ノース王国の王子と親密な交流があると見せる為だな?」
「……アレク兄上の慧眼には恐れ入りますね」

 レオナルドは観念したように答え、そして星空を眺めた。

「その通りですよ。セスは私と結婚して王族になりましたが元は平民の青年。生まれを重視する人間は、いつまでもセスを侮るでしょう。実際私がいなかった冬の間、そういう輩がいたとノーベンから報告を受けました。ですが今後、セスが他国の王族とも親密となれば、侮られることも少なくなる。エドワードも同じです」

 レオナルドが説明するとアレキサンダーは納得したように「そうか」と呟いた。

「セスもエドワードもいい青年なんだがな」

 アレキサンダーはしみじみと言い、そんな兄にレオナルドは笑みを零した。

「セスの事をそう言ってくれる兄上たちで良かったですよ」

 レオナルドの言葉にアレキサンダーもまた笑って返した。しかし、そこへ――。

「いないと思ったら、こんなところにいたんですか?」

 踊りを終えたセスがやってきた。そしてレオナルドと共にいるアレキサンダーに気がつく。

「アレク殿下」
「セス、踊りはどうだった?」

 アレキサンダーが尋ねるとセスは顔を歪めた。

「聞かないでください」
「楽しんだようだな。……さて、私は戻るとしよう」

 アレキサンダーは広間の方を見て言い、セスは少し寂し気な顔を見せる。

「もう行っちゃうんですか?」
「私がいたら邪魔になるからな」

 アレキサンダーは笑ってレオナルドを見た。しかし去り際に一つの忠告を残していく。

「じゃあ、私は行くよ。ところでレオナルド、お前も気がついているかもしれないがセシル王子には気をつけるように」

 それはまるで予言のようで。レオナルドは嫌な予感に顔を険しくさせた。

「……わかりました」
「ではな」

 アレキサンダーはセスの肩をぽんっと叩いて、バルコニーから去って行く。

「セシル様がどうかしたんですか?」

 セスはアレキサンダーの後姿を見送りながらレオナルドに尋ねた。

「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」

 セスはキョトンとして答え、そんなセスをレオナルドは抱き寄せた。そして胸の内に隠すように、レオナルドはセスをぎゅっと抱き締める。

「わっ、レオナルド殿下?!」
「レオ、だろう? セス」

 耳元で囁かれてセスは顔を赤くさせる。

「うっ、レオ……どうしたんですか?」
「セスが私以外の人と踊ったから上書きだ」
「そ、それは……レオも引き留めてくれなかったじゃないですか」
「相手が相手だからね。でも、セスは引き留めて欲しかった?」

 レオナルドが尋ねればセスはむぐっと口を閉じる。セスもわかっているからだ、誘いを断るのは無理な相手だったと。

「そういう訳じゃないけど」
「ごめん、意地悪だったね。本当は引き留めたかったけれど、ルナ様はセスとの関係が良好だと周りに示したかったんだろう。冬の事があったからね。それにセシル様はセスと踊れて、いい思い出になったんじゃないかな?」

 レオナルドに説得され、セスは「なるほど。まあ、そういう理由なら」と納得の声を出す。なので本当の理由に気づかれずにホッとするが、セスはそんなレオナルドにぎゅっと抱き着いた。

「セス?」
「理由はわかりました……。けど、踊るなら俺はレオとが良かった」

 少し拗ねた声で言われれば、レオナルドの心がくすぐられる。

 ……どうして、こんなにもセスは可愛いのか。

 レオナルドの胸の内にセスへの想いが次から次へと溢れてくる。まるで際限がない。

「なら、今から踊ろうか。セス」
「へ!?」

 レオナルドは驚くセスを他所に、腰を支え、手を取った。

「さ、踊ろう?」
「ちょ、レオ!?」

 困惑するセスを無視してレオナルドは広間から流れてくる曲に添って、踊り始めた。そうなったらリードするレオナルドにセスは添うしかない。
 だが、くるくると誰もいないバルコニーで二人きりで踊れば、段々とセスも楽しくなってくる。だって相手が他の誰でもない、レオナルドなのだ。

「フフ、なんだかおかしいや」
「楽しいだろう?」

 ダンスをしながら二人はそんな会話を交わす。
 でも曲の途中から踊り始めてしまったので、広間から聞こえていた音はあっと言う間に終わってしまった。けれど足を止めた二人は、見つめ合うと自然と互いに顔を寄せてそっと唇を重ねた。

 優しいキスにセスは笑みを浮かべ、レオナルドも微笑む。

「セス……そろそろ部屋に戻ろうか」

 レオナルドに優しい眼差しで問いかけられたセスは、頬を染めながらレオナルドを見つめ「はい」と頷いた。




 ――だからセスは気がついていなかった。まさか、その様子をセシルに見られていたとは。


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