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殿下、結婚式ですよ!
3 エドワードさん
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「なあ、セス」
「セシル様、なんです?」
「俺があげたミシアの種、どうなった? やっぱり育たなかったか? 母様が言ってたんだ、あの種は他国では育てるのは難しいって」
セシル様は耳を垂らし、しょぼんっとした顔で俺に尋ねた。
ミシアの種はセシル様がバーセル王国を去る時に俺にくれた大事な種だ。だが、どうやら種が育たなかったと思っているらしい。けれど実際は。
「セシル様、あの種は元気に育って大きくなりましたよ! 冬には種が出来て、今はその種で苗を育てている所なんです」
俺が正直に答えるとセシル様は驚いた顔を見せた。
「ホントか!?」
「ええ、本当ですよ。きっとセシル様がくれた種が良かったからですね。大事な種をありがとうございました」
俺がお礼を言えばセシル様は嬉しそうに笑った。年相応の表情に俺は思わず頭を撫でたくなる。
「そっか。元気に育ってるんだ」
セシル様はンフフッと笑い、そして今度はポケットに手を入れて中のモノを俺に見せた。
「俺も貰ったコレ、今も持ってるぞ!」
セシル様が見せてくれたのは、俺があげた香り袋だった。俺自ら作ったので手作り感満載だが、気にせず大事に持っていてくれたようだ。なので嬉しくて俺は自然と微笑む。
「大事にしてくれたんですね、嬉しいです」
微笑みながら言うとセシル様は俺の顔をみて、なぜかポッと頬を紅潮させた。
「せ、セスがくれたからな。仕方なく持ってるんだ! いい匂いもするし」
「ありがとうございます」
「別にお礼なんて」
セシル様はもじもじと目を逸らして言う。でも尻尾は忙しなくパタパタと左右に揺れてて、なんだか可愛い。
……最初はつっかかっていたけど、仲良くなったらセシル様って本当可愛いなぁ。なんだかフェニを思い出しちゃう。
俺は愛しの小鳥を思い出す。でもそんな俺とセシル様にノルン様が声をかけた。
「セシルは本当にセス様が好きだねぇ」
「ノルン兄様ッ!」
セシル様は顔を赤くしたまま声を上げたが、ノルン様はニコニコと笑うばかり。
「セス様、セシルはバーセル王国から帰ってきたらセス様の話ばっかりしていたんですよ?」
「え、そうなんですか?」
俺はノルン様に言われて驚く。
……レオナルド殿下の伴侶として、全然駄目だったって話とか?
俺はそう思うが、セシル様はなぜか恥ずかしそうにしている。なんで??
「おや、セシル様。もう私に興味ないですか?」
レオナルド殿下はにっこりと笑ってセシル様に言う。するとセシル様は首を横に振った。
「そ、そんな事ないですッ!」
「ハハッ、冗談ですよ」
レオナルド殿下は軽く言い、俺はそれを横目で見る。罪作りな人だ。
しかしそこへセシル様の従者達がやってきて、何かを話しかける。
「そうか、わかった。……レオナルド様、セス様、もっと話したかったのですが、どうやら時間のようです。外務大臣と話す約束がありまして、僕達は行かねばなりません。一緒にお茶でもしたかったのですが、また別の機会に」
ノルン様が説明すると、レオナルド殿下は微笑みながら頷いた。
「ええ、時間が空いている時にでも」
「ありがとうございます。さあセシル、一緒に行くよ」
ノルン様が言うとセシル様はちょっと不服そうにした。
「僕、まだ話してたいー」
「駄目だよ。これもお勉強だ、僕の傍で見ておいで」
ノルン様はそう言うとセシル様の手を握った。どうやら強制的に連れていくようだ。
「では僕らは失礼します」
「しつれーします」
二人は俺達に挨拶をして、従者と共に去って行った。その後ろ姿にはどこか気品があり、うちの王子様とはちょっと違うけど、やっぱり王子様達だと俺は思う。
……それにしてもノルン様って俺より若いようなのにしっかりしてるなぁ。セシル様相手だと、お兄ちゃんって感じだし。……でも、レオナルド殿下も子供の頃はアレク殿下やランス殿下と、あんな風に手を繋いで歩いてたりしたのかな? うわー、それってなんだか可愛いかもッ! 母さんは乳母をしてたから、それを見てるんだよな。ちょっと羨ましい。
なんて思っていると隣から、小さなため息が聞こえた。
「セスは本当に罪作りだね」
突然レオナルド殿下に言われて俺は首を傾げる。
「え? 罪作りって、俺が?」
それを言うならレオナルド殿下の方でしょ! と俺は心の中で思う。でも、レオナルド殿下は。
「そうだよ。まさかとは思っていたが、ノーベンの言う通りになりそうだ」
レオナルド殿下は一人呟くように言い、フゥッと困ったように息を吐いた。
……一体何の話? ノーベンさんの言う通りってなんだろう?
俺は何のことかわからない。でもそんな俺を見てレオナルド殿下は笑った。
「何でもないよ、私の独り言だ。……それより喉が乾かないかい?」
レオナルド殿下は空を見上げて言った。今日は涼しいが天気が良く、日差しが眩しい。だから俺はちょっと喉が乾き始めていた。
「んー、ちょっと乾いてる」
「じゃあ、セスはあそこで座って待ってて」
レオナルド殿下が指さした先には、木陰のベンチがあった。休憩するにはもってこいだ。
「待つのいいですけど、レオナルド殿下は?」
「私は使用人に声をかけて、飲み物を頼んでくるよ」
「それは俺が」
「セスは待ってて」
「でもぉ」
レオナルド殿下に持ってきてもらうのは、なんだか気が引ける。でもレオナルド殿下はにこっと笑った。
「飲み物を貰いに行くだけだから一人で大丈夫だよ。それに私はここの場所がわかるけれど、セスは迷っちゃうんじゃないかな?」
レオナルド殿下に言われて、俺はぐうの音も出ない。きっと庭園を抜けても迷子になるだけだろう。
「ね、すぐ戻ってくるから」
「わかりました。じゃあ、あのベンチで待ってますね」
「ああ、待ってて」
レオナルド殿下はそれだけを言うと庭園の中を歩いて行った。俺はそれを見送り、レオナルド殿下に指定されたベンチにちょんっと座る。
大きな木は木陰を作り、風が吹けば心地いい。目の前には花が咲いて、新緑が初々しい。
……気持ちいいなぁ。
俺はベンチの背もたれに体を預けて目を瞑り、木陰でほっと息を吐く。
でもしばらくそうしていると、人の気配を感じた。だから目を開けてみれば、いつの間にか目の前には黒髪のちょっと気弱そうな青年が立っていた。
「あ、貴方は!」
見覚えがある人物に俺は驚き声を上げると、その青年はへにょっと眉を八の字にしてこう言った。
「セス様、どうか話を聞いてくださいませんか!?」
「え、ええっ?」
一方、レオナルドと言えば。
城の出入り口に佇み、通りかかった使用人に飲み物を持ってくるように頼んでいた。しかしそこへ一人の美しい女性が歩いてくる。
豊かな黒髪を持ち、知的な紫の瞳を持つ美女。この国の次期女王であるルナである。しかしルナはお付きの者もつけずに一人だった。
「おや、これはルナ様。お久しぶりです」
レオナルドは歩いてきたルナに礼儀として声をかける。だが内心では、連絡もなしに会いに来たのだろうか。事前に連絡すると聞いていたが……、と思った。
そしてその疑問を問いかける前に、ルナはレオナルドに告げた。
「レオナルド様、お久しぶりです。ちょっと急なお話がありますの、良いかしら?」
「急な話ですか、わかりました。けれど、庭にセスを置いてきてますので少々待っていただいても?」
「その事は存じてますわ。だからこそ少しお話がありますの」
ルナはにっこりと笑って言った。その笑みに何かを感じ、レオナルドは仕方なく頷く。
「わかりましたよ」
……きっとまたエドワード君との事だな。やれやれ。
そう思いながら。
◇◇
「セス様、もう私はどうしたらいいのかっ」
「あ、あの、落ち着いて。何があったんです? とりあえず、座って話しませんか?」
俺はオロオロとする目の前の彼に声をかけ、隣の席を勧めた。すると彼は俺の言葉を素直に聞いて「はい、すみません」と言いながら隣に座る。
そして俺は改めて彼を見た。ルナ様の従者であり、婚約者でもあるエドワードさんを。
……一体どうしたのかな。話を聞いて欲しいって何なんだろう? エドワードさん、何かあったのかな?
俺は隣に座る、エドワードさんを前に思う。エドワードさんとは、ルナ様がバーセル王国に訪問された時に何度か会っていた。
「セス様すみません、急に」
「いえ、俺は構いませんけど一体どうしたんです?」
俺が尋ねればエドワードさんは俺をじっと見た。
「セス様。セス様は庶民の出だと聞いております。そんなセス様だからこそ、聞きたいんです!」
前のめりで尋ねられ、俺はちょっと気圧される。
「は、はぁ。なんでしょう?」
……俺で答えられることかなぁ。不安になってきた。
そう思ったけれど、投げかけられた質問は実にシンプルなものだった。
「セス様はレオナルド様と結婚した時、不安じゃありませんでしたか?!」
「へ? レオナルド殿下と?」
「はい!」
エドワードさんに真剣な顔で尋ねられ、俺は結婚当時の事を思い出す。
「不安ですか……。そうですね、不安はありましたよ。俺は庶民だし、男だし、レオナルド殿下の相手は務まらないって」
「やっぱりそうですよね!」
食い気味に返事をするエドワードさんに俺はびくっと肩を揺らす。
「エ、エドワードさん?」
……一体どうしたんだろう、本当に。
でも俺の気持ちを他所にエドワードさんは話を続けた。
「セス様ならきっと私の気持ちをわかって下さると思ってました。こんな事、誰にも相談できなくて」
「どうしたんです?」
俺が尋ねればエドワードさんは不安そうに答えた。
「私は不安なんです、ルナ様と結婚するのが」
驚きの告白に俺は驚く。だって結婚式は二日後なのだから。
「え?! つまり……その、結婚したくないということですか?」
俺が尋ねるとエドワードさんは首を横に振った。
「いえ、そういう事ではなくて。ただ不安で。……私は幼い頃からルナ様に仕えて参りました。なのでルナ様の事は誰よりもわかっているつもりです。けれど、だからこそルナ様の相手が自分のような男でいいのかと考えてしまって」
エドワードさんは不安を吐露した。どうやらマリッジブルーに陥っているようだ。でも、俺はエドワードさんの気持ちに身に覚えがありすぎた。
「それ、すっごいわかります! 相手が相手なだけに、自分でいいのかな? って不安になりますよね。俺もレオナルド殿下と結婚した時、そうでした!」
俺が答えるとエドワードさんは目を輝かせた。
「セス様もやっぱり?!」
「はい、勿論ですよ。だってレオナルド殿下は頭もいいし、強いし、見た目もあんなにカッコいいし、俺じゃ分不相応だって」
俺が告げるとエドワードさんは共感する様にうんうんっと何度も頷く。
「では、どうやって不安を払拭したんですか?」
エドワードさんに聞かれて俺は考える。でも考えてみても、不安を払拭できたことなど一度もない。
「不安は今もありますよ。今でも時々俺でいいのかなって思う時があります」
「今でも」
「はい。でも俺はやっぱりレオナルド殿下の傍にいたいし、レオナルド殿下も俺に傍にいて欲しいって言ってくれるから傍にいるんです」
俺は言葉にしながら少し恥ずかしくなる。でもエドワードさんは真面目な顔をして聞いていた。
「……傍に、ですか」
「はい。きっとずっと不安な気持ちは消えないと思います。でも、それでも傍にいたいんです。エドワードさんは違うんですか?」
俺が尋ねれば、エドワードさんは「いえ、私も傍にいたいです」とハッキリと答えた。けれどまだ瞳は揺れている。
「これからもずっとルナ様の傍にいたい。あの人を支えたいと思っています。でも私ではない誰かの方がいいのではないか、と思ってしまうんです。私は一介の従者に過ぎませんから」
エドワードさんが呟くようにいう言葉は俺の心にも染みる。俺もずっとそう思っていたから。でもレオナルド殿下は俺にハッキリと言ってくれたのだ、俺がいいと。
「エドワードさんの気持ち、よくわかります。自分じゃない、もっと優れた人がふさわしいんじゃないかって思う気持ち。……でも忘れないでください。ルナ様が選んだのは、他でもないエドワードさん、貴方なんです。それが答えなんですよ」
俺が告げるとエドワードさんは顔を上げて俺を見た。だから俺は言葉を続ける。
「ルナ様はエドワードさんが必要なんです。他の人じゃダメなんですよ。……それにエドワードさんは本当に他の人にルナ様を渡せますか?」
「そ、れは」
「無理ですよね? だってエドワードさんからルナ様にプロポーズしたんですから」
俺が言うと、エドワードさんはようやく微かに笑った。
「セス様の言う通りです。私はルナ様を他の人に渡せません。でも結婚する勇気もない意気地なしなんです」
「そんなことありませんよ。不安に思うのは当然です、相手が相手ですから。でもその不安もルナ様にきちんと話した方がいいと思います。小さなことから行き違いになったりしちゃうから」
俺は言いながら、冬の出来事を思い出す。
レオナルド殿下は俺の為を思って、あんな行動を起こした。でも何も聞かされなかった俺はただただ悲しい想いをしただけだった。
……不安も思いも全部話して欲しい。そうじゃないと、また間違えちゃうから。
「きっとルナ様もエドワードさんが不安に思ってること、話して欲しいと思います」
「ルナ様が」
呟くエドワードさんに俺はしっかりと頷く。そうすれば、エドワードさんはしばらく黙った後、ニコッと笑って俺を見た。
「そうですね、ルナ様に言ってみます……。ありがとうございます、セス様」
エドワードさんにお礼を言い、俺は慌てる。
「そんな、お礼を言われるようなこと。俺は、その、俺の考えを言っただけで」
「いえ。話を聞いていただいて、胸がスッキリしました。誰にも言えなかったので」
エドワードさんはスッキリした顔で俺に言った。
……確かにこんな事、誰にも言えないよなぁ。俺も言えなかったし。そもそも俺達は形式上の結婚って話だったんだもんなぁ。それがこんな風になるなんて、一年前の俺は思ってもみなかった。
俺は一年前、薬科室でせっせと薬作りに励んでいた自分を思い出す。あの時は誰かと付き合うイメージもなかった。
……それが今じゃレオナルド殿下の事をレオって呼ぶ間柄になったんだから。それにレオナルド殿下とイチャイチャする仲にも。
俺は昨日の宿屋の事を思い出して、ちょっと頬が熱くなる。
けれどそこへ足音が聞こえてきた。
*************
マリッジブルーなエドワードでした(;^ω^)
「セシル様、なんです?」
「俺があげたミシアの種、どうなった? やっぱり育たなかったか? 母様が言ってたんだ、あの種は他国では育てるのは難しいって」
セシル様は耳を垂らし、しょぼんっとした顔で俺に尋ねた。
ミシアの種はセシル様がバーセル王国を去る時に俺にくれた大事な種だ。だが、どうやら種が育たなかったと思っているらしい。けれど実際は。
「セシル様、あの種は元気に育って大きくなりましたよ! 冬には種が出来て、今はその種で苗を育てている所なんです」
俺が正直に答えるとセシル様は驚いた顔を見せた。
「ホントか!?」
「ええ、本当ですよ。きっとセシル様がくれた種が良かったからですね。大事な種をありがとうございました」
俺がお礼を言えばセシル様は嬉しそうに笑った。年相応の表情に俺は思わず頭を撫でたくなる。
「そっか。元気に育ってるんだ」
セシル様はンフフッと笑い、そして今度はポケットに手を入れて中のモノを俺に見せた。
「俺も貰ったコレ、今も持ってるぞ!」
セシル様が見せてくれたのは、俺があげた香り袋だった。俺自ら作ったので手作り感満載だが、気にせず大事に持っていてくれたようだ。なので嬉しくて俺は自然と微笑む。
「大事にしてくれたんですね、嬉しいです」
微笑みながら言うとセシル様は俺の顔をみて、なぜかポッと頬を紅潮させた。
「せ、セスがくれたからな。仕方なく持ってるんだ! いい匂いもするし」
「ありがとうございます」
「別にお礼なんて」
セシル様はもじもじと目を逸らして言う。でも尻尾は忙しなくパタパタと左右に揺れてて、なんだか可愛い。
……最初はつっかかっていたけど、仲良くなったらセシル様って本当可愛いなぁ。なんだかフェニを思い出しちゃう。
俺は愛しの小鳥を思い出す。でもそんな俺とセシル様にノルン様が声をかけた。
「セシルは本当にセス様が好きだねぇ」
「ノルン兄様ッ!」
セシル様は顔を赤くしたまま声を上げたが、ノルン様はニコニコと笑うばかり。
「セス様、セシルはバーセル王国から帰ってきたらセス様の話ばっかりしていたんですよ?」
「え、そうなんですか?」
俺はノルン様に言われて驚く。
……レオナルド殿下の伴侶として、全然駄目だったって話とか?
俺はそう思うが、セシル様はなぜか恥ずかしそうにしている。なんで??
「おや、セシル様。もう私に興味ないですか?」
レオナルド殿下はにっこりと笑ってセシル様に言う。するとセシル様は首を横に振った。
「そ、そんな事ないですッ!」
「ハハッ、冗談ですよ」
レオナルド殿下は軽く言い、俺はそれを横目で見る。罪作りな人だ。
しかしそこへセシル様の従者達がやってきて、何かを話しかける。
「そうか、わかった。……レオナルド様、セス様、もっと話したかったのですが、どうやら時間のようです。外務大臣と話す約束がありまして、僕達は行かねばなりません。一緒にお茶でもしたかったのですが、また別の機会に」
ノルン様が説明すると、レオナルド殿下は微笑みながら頷いた。
「ええ、時間が空いている時にでも」
「ありがとうございます。さあセシル、一緒に行くよ」
ノルン様が言うとセシル様はちょっと不服そうにした。
「僕、まだ話してたいー」
「駄目だよ。これもお勉強だ、僕の傍で見ておいで」
ノルン様はそう言うとセシル様の手を握った。どうやら強制的に連れていくようだ。
「では僕らは失礼します」
「しつれーします」
二人は俺達に挨拶をして、従者と共に去って行った。その後ろ姿にはどこか気品があり、うちの王子様とはちょっと違うけど、やっぱり王子様達だと俺は思う。
……それにしてもノルン様って俺より若いようなのにしっかりしてるなぁ。セシル様相手だと、お兄ちゃんって感じだし。……でも、レオナルド殿下も子供の頃はアレク殿下やランス殿下と、あんな風に手を繋いで歩いてたりしたのかな? うわー、それってなんだか可愛いかもッ! 母さんは乳母をしてたから、それを見てるんだよな。ちょっと羨ましい。
なんて思っていると隣から、小さなため息が聞こえた。
「セスは本当に罪作りだね」
突然レオナルド殿下に言われて俺は首を傾げる。
「え? 罪作りって、俺が?」
それを言うならレオナルド殿下の方でしょ! と俺は心の中で思う。でも、レオナルド殿下は。
「そうだよ。まさかとは思っていたが、ノーベンの言う通りになりそうだ」
レオナルド殿下は一人呟くように言い、フゥッと困ったように息を吐いた。
……一体何の話? ノーベンさんの言う通りってなんだろう?
俺は何のことかわからない。でもそんな俺を見てレオナルド殿下は笑った。
「何でもないよ、私の独り言だ。……それより喉が乾かないかい?」
レオナルド殿下は空を見上げて言った。今日は涼しいが天気が良く、日差しが眩しい。だから俺はちょっと喉が乾き始めていた。
「んー、ちょっと乾いてる」
「じゃあ、セスはあそこで座って待ってて」
レオナルド殿下が指さした先には、木陰のベンチがあった。休憩するにはもってこいだ。
「待つのいいですけど、レオナルド殿下は?」
「私は使用人に声をかけて、飲み物を頼んでくるよ」
「それは俺が」
「セスは待ってて」
「でもぉ」
レオナルド殿下に持ってきてもらうのは、なんだか気が引ける。でもレオナルド殿下はにこっと笑った。
「飲み物を貰いに行くだけだから一人で大丈夫だよ。それに私はここの場所がわかるけれど、セスは迷っちゃうんじゃないかな?」
レオナルド殿下に言われて、俺はぐうの音も出ない。きっと庭園を抜けても迷子になるだけだろう。
「ね、すぐ戻ってくるから」
「わかりました。じゃあ、あのベンチで待ってますね」
「ああ、待ってて」
レオナルド殿下はそれだけを言うと庭園の中を歩いて行った。俺はそれを見送り、レオナルド殿下に指定されたベンチにちょんっと座る。
大きな木は木陰を作り、風が吹けば心地いい。目の前には花が咲いて、新緑が初々しい。
……気持ちいいなぁ。
俺はベンチの背もたれに体を預けて目を瞑り、木陰でほっと息を吐く。
でもしばらくそうしていると、人の気配を感じた。だから目を開けてみれば、いつの間にか目の前には黒髪のちょっと気弱そうな青年が立っていた。
「あ、貴方は!」
見覚えがある人物に俺は驚き声を上げると、その青年はへにょっと眉を八の字にしてこう言った。
「セス様、どうか話を聞いてくださいませんか!?」
「え、ええっ?」
一方、レオナルドと言えば。
城の出入り口に佇み、通りかかった使用人に飲み物を持ってくるように頼んでいた。しかしそこへ一人の美しい女性が歩いてくる。
豊かな黒髪を持ち、知的な紫の瞳を持つ美女。この国の次期女王であるルナである。しかしルナはお付きの者もつけずに一人だった。
「おや、これはルナ様。お久しぶりです」
レオナルドは歩いてきたルナに礼儀として声をかける。だが内心では、連絡もなしに会いに来たのだろうか。事前に連絡すると聞いていたが……、と思った。
そしてその疑問を問いかける前に、ルナはレオナルドに告げた。
「レオナルド様、お久しぶりです。ちょっと急なお話がありますの、良いかしら?」
「急な話ですか、わかりました。けれど、庭にセスを置いてきてますので少々待っていただいても?」
「その事は存じてますわ。だからこそ少しお話がありますの」
ルナはにっこりと笑って言った。その笑みに何かを感じ、レオナルドは仕方なく頷く。
「わかりましたよ」
……きっとまたエドワード君との事だな。やれやれ。
そう思いながら。
◇◇
「セス様、もう私はどうしたらいいのかっ」
「あ、あの、落ち着いて。何があったんです? とりあえず、座って話しませんか?」
俺はオロオロとする目の前の彼に声をかけ、隣の席を勧めた。すると彼は俺の言葉を素直に聞いて「はい、すみません」と言いながら隣に座る。
そして俺は改めて彼を見た。ルナ様の従者であり、婚約者でもあるエドワードさんを。
……一体どうしたのかな。話を聞いて欲しいって何なんだろう? エドワードさん、何かあったのかな?
俺は隣に座る、エドワードさんを前に思う。エドワードさんとは、ルナ様がバーセル王国に訪問された時に何度か会っていた。
「セス様すみません、急に」
「いえ、俺は構いませんけど一体どうしたんです?」
俺が尋ねればエドワードさんは俺をじっと見た。
「セス様。セス様は庶民の出だと聞いております。そんなセス様だからこそ、聞きたいんです!」
前のめりで尋ねられ、俺はちょっと気圧される。
「は、はぁ。なんでしょう?」
……俺で答えられることかなぁ。不安になってきた。
そう思ったけれど、投げかけられた質問は実にシンプルなものだった。
「セス様はレオナルド様と結婚した時、不安じゃありませんでしたか?!」
「へ? レオナルド殿下と?」
「はい!」
エドワードさんに真剣な顔で尋ねられ、俺は結婚当時の事を思い出す。
「不安ですか……。そうですね、不安はありましたよ。俺は庶民だし、男だし、レオナルド殿下の相手は務まらないって」
「やっぱりそうですよね!」
食い気味に返事をするエドワードさんに俺はびくっと肩を揺らす。
「エ、エドワードさん?」
……一体どうしたんだろう、本当に。
でも俺の気持ちを他所にエドワードさんは話を続けた。
「セス様ならきっと私の気持ちをわかって下さると思ってました。こんな事、誰にも相談できなくて」
「どうしたんです?」
俺が尋ねればエドワードさんは不安そうに答えた。
「私は不安なんです、ルナ様と結婚するのが」
驚きの告白に俺は驚く。だって結婚式は二日後なのだから。
「え?! つまり……その、結婚したくないということですか?」
俺が尋ねるとエドワードさんは首を横に振った。
「いえ、そういう事ではなくて。ただ不安で。……私は幼い頃からルナ様に仕えて参りました。なのでルナ様の事は誰よりもわかっているつもりです。けれど、だからこそルナ様の相手が自分のような男でいいのかと考えてしまって」
エドワードさんは不安を吐露した。どうやらマリッジブルーに陥っているようだ。でも、俺はエドワードさんの気持ちに身に覚えがありすぎた。
「それ、すっごいわかります! 相手が相手なだけに、自分でいいのかな? って不安になりますよね。俺もレオナルド殿下と結婚した時、そうでした!」
俺が答えるとエドワードさんは目を輝かせた。
「セス様もやっぱり?!」
「はい、勿論ですよ。だってレオナルド殿下は頭もいいし、強いし、見た目もあんなにカッコいいし、俺じゃ分不相応だって」
俺が告げるとエドワードさんは共感する様にうんうんっと何度も頷く。
「では、どうやって不安を払拭したんですか?」
エドワードさんに聞かれて俺は考える。でも考えてみても、不安を払拭できたことなど一度もない。
「不安は今もありますよ。今でも時々俺でいいのかなって思う時があります」
「今でも」
「はい。でも俺はやっぱりレオナルド殿下の傍にいたいし、レオナルド殿下も俺に傍にいて欲しいって言ってくれるから傍にいるんです」
俺は言葉にしながら少し恥ずかしくなる。でもエドワードさんは真面目な顔をして聞いていた。
「……傍に、ですか」
「はい。きっとずっと不安な気持ちは消えないと思います。でも、それでも傍にいたいんです。エドワードさんは違うんですか?」
俺が尋ねれば、エドワードさんは「いえ、私も傍にいたいです」とハッキリと答えた。けれどまだ瞳は揺れている。
「これからもずっとルナ様の傍にいたい。あの人を支えたいと思っています。でも私ではない誰かの方がいいのではないか、と思ってしまうんです。私は一介の従者に過ぎませんから」
エドワードさんが呟くようにいう言葉は俺の心にも染みる。俺もずっとそう思っていたから。でもレオナルド殿下は俺にハッキリと言ってくれたのだ、俺がいいと。
「エドワードさんの気持ち、よくわかります。自分じゃない、もっと優れた人がふさわしいんじゃないかって思う気持ち。……でも忘れないでください。ルナ様が選んだのは、他でもないエドワードさん、貴方なんです。それが答えなんですよ」
俺が告げるとエドワードさんは顔を上げて俺を見た。だから俺は言葉を続ける。
「ルナ様はエドワードさんが必要なんです。他の人じゃダメなんですよ。……それにエドワードさんは本当に他の人にルナ様を渡せますか?」
「そ、れは」
「無理ですよね? だってエドワードさんからルナ様にプロポーズしたんですから」
俺が言うと、エドワードさんはようやく微かに笑った。
「セス様の言う通りです。私はルナ様を他の人に渡せません。でも結婚する勇気もない意気地なしなんです」
「そんなことありませんよ。不安に思うのは当然です、相手が相手ですから。でもその不安もルナ様にきちんと話した方がいいと思います。小さなことから行き違いになったりしちゃうから」
俺は言いながら、冬の出来事を思い出す。
レオナルド殿下は俺の為を思って、あんな行動を起こした。でも何も聞かされなかった俺はただただ悲しい想いをしただけだった。
……不安も思いも全部話して欲しい。そうじゃないと、また間違えちゃうから。
「きっとルナ様もエドワードさんが不安に思ってること、話して欲しいと思います」
「ルナ様が」
呟くエドワードさんに俺はしっかりと頷く。そうすれば、エドワードさんはしばらく黙った後、ニコッと笑って俺を見た。
「そうですね、ルナ様に言ってみます……。ありがとうございます、セス様」
エドワードさんにお礼を言い、俺は慌てる。
「そんな、お礼を言われるようなこと。俺は、その、俺の考えを言っただけで」
「いえ。話を聞いていただいて、胸がスッキリしました。誰にも言えなかったので」
エドワードさんはスッキリした顔で俺に言った。
……確かにこんな事、誰にも言えないよなぁ。俺も言えなかったし。そもそも俺達は形式上の結婚って話だったんだもんなぁ。それがこんな風になるなんて、一年前の俺は思ってもみなかった。
俺は一年前、薬科室でせっせと薬作りに励んでいた自分を思い出す。あの時は誰かと付き合うイメージもなかった。
……それが今じゃレオナルド殿下の事をレオって呼ぶ間柄になったんだから。それにレオナルド殿下とイチャイチャする仲にも。
俺は昨日の宿屋の事を思い出して、ちょっと頬が熱くなる。
けれどそこへ足音が聞こえてきた。
*************
マリッジブルーなエドワードでした(;^ω^)
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自分の匂いが移れば他の獣人に迫られることはないと言う部長は、ある提案を早川に持ちかける。その提案を受け入れた早川は、部長の部屋に通う特別な関係となり──。
体の関係から始まったふたりがお互いに独占欲を抱き、恋人になる話です。
狼獣人(上司)×人間(部下)
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
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調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
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※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
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それ以上近づかないでください。
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地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
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【完結】相談する相手を、間違えました
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長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
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ただ、それだけです。
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他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
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エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
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閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
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2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
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