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おまけ
泣いた理由は?
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お久しぶりです。
今回は「父の日」にかけたウィルとちびっ子セスのお話。
全三話です。
**********
ある日の夕方。
「ただいま~」
仕事を終えたウィルが家の中に入ると、いつものようにセスがウィルの元に走ってきた。この時のセスはまだ五歳になったばかりで、身長もウィルの腰の下ほどしかなく、まだまだ小さかった。
そしていつものセスなら帰ってきた父親に抱き着いて『おとーしゃん、おかえりなしゃいっ!』と笑顔で出迎えるのだが……。
今日のセスはトトトッと走ってきたかと思うと、無言でウィルの腰にぺちょっと抱き着くだけだった。
「セス?」
いつもと違うセスにウィルは首を傾げ、ぽんっと頭に手を乗せてもう一度声をかけてみる。
「どうした? セス」
そう問いかけるが、どれだけ待ってもセスからの返事はない。
……セスからの返事がないだと!? 何事だ!?
良い子のセスが何も答えないことにウィルが困惑していると、そこに助っ人もとい妻のリーナがやってきた。
「セス、抱き着いていたらウィルが玄関から動けないでしょ」
リーナは優しく声をかけるが、セスはにじりとも動かなかった。聞き分けの良いセスがこんな態度を見せるのは珍しく。だからウィルは『セスはどうしたんだ?』とリーナに視線で問いかけた。けれどリーナはその場では答えず、困ったように微笑むだけだった。
……何かあったのかな?
「セス、だっこしようか?」
ウィルが問いかけると、セスはぎゅっと掴んでいた手を放してウィルに手を伸ばした。でも顔はウィルに見せない。なんだか何かに拗ねているようだ。
……本当にどうしたんだ? セスがこんなに拗ねるなんて。
ウィルは戸惑いながらも、セスを軽々と抱っこした。そしてセスは何も言わずにぎゅっとウィルに抱き着いた。ウィルはどうしたんだろう? と困惑しつつも、セスを抱っこしてリビングへと移動した。
だがその後。
セスは食事の時も、お風呂に入る時も、ウィルにくっついたまま離れず……。
ウィルとしては、可愛い息子にくっつかれて困ることはなかったが(むしろ嬉しい)どうしてセスがこんな風になったのかわからないままだった。
そして夜も遅くなり、ウィルはセスと一緒にベッドに入って背中をぽんぽんっと優しく叩きながら寝かしつけることに。
だがその時になってようやく、セスがぽつりと呟いた。
「おとーしゃん」
「ん、どうした?」
ウィルが問いかけると、セスがもぞりと動いた。そして小さな声でハッキリと告げた。
「おとーしゃん、だいすきだからね」
「ッ!? ……あ、ああ。俺もセスが大好きだよ」
突然の告白にウィルは嬉しさから咄嗟に声が出なかったが、なんとか返事をした。
……い、一体なんなんだ? いや、嬉しいけど!
ウィルは戸惑いつつ、セスを見た。セスの瞼は今にもくっつきそうだ。
「セス、もうおやすみ。お話は明日しよう」
ウィルがちゅっとセスの頭のてっぺんにキスをすると、セスは「ぅん」と返事をしてウトウトと眠りにつき始め、数分後にはすぴーすぴーっと気持ちよさそうに寝息をたて始めた。
「いい夢を」
ウィルは可愛い我が子の寝顔をじっと見つめた後、そっとベッドから出て行った。
そして疑問を抱えたままリビングに戻ると、リーナがお茶の用意をして待っていてくれた。
「お疲れ様。お茶、飲むでしょ?」
「うん、お願いします」
ウィルは素直に頼み、リーナはウィルの為にお茶を淹れ始めた。
それを横目で見ながらウィルはダイニングテーブルの席に着き、少し待つと香りのよいお茶が目の前に差し出された。
「ありがとう、リーナさん」
ウィルがお礼を言うとリーナは微笑み、それからウィルの向かいの席に腰を下ろした。ウィルはリーナに淹れてもらったお茶をふぅふぅっと息を吹きかけて少し冷ましてから飲み、一息ついてから尋ねた。
「で、リーナさん。今日のセスはどうしちゃったの?」
「それが保育園の子とちょっとね」
リーナは少し困ったように笑い、理由をすぐには言わなかった。
「保育園の子と?」
「ええ、喧嘩したみたい」
リーナはそう言って、自分で淹れたお茶を飲んだ。しかしウィルは聞き逃せなかった。
「セスが喧嘩?!」
……セスが喧嘩なんて。人よりおっとりしてて、大人しいセスが……ケンカッ!!
「き、一体どの子と喧嘩したの?」
「アズーロさんとこの息子さんのリッキーくんと」
「アズーロの息子ぉ!?」
ウィルは更に驚いて、少し大きな声を出してしまった。
「ウィル、セスが起きちゃうわ」
リーナに言われて、ウィルは慌てて自分で口を塞いだ。だがウィルが驚くのも無理はなかった。セスが喧嘩した相手はウィルも面識があるパン屋の息子リッキーで、セスよりもずっと体格がいい男の子だったからだ。
「で、でも、なんで喧嘩?」
ウィルが尋ねるとリーナは小さく息を吐いてから、すっとウィルを見つめた。
「原因はあなた」
思いもよらない言葉にウィルは「え?」と驚いた。
「お、俺? どうして?」
ウィルは自分を指さして尋ねた。思い当たる節が何もなかったからだ。
そもそもセスの迎えなどで保育園の子たちと顔を合わせることはあっても、リッキーに深く関わる事はこれまでなかった。それなのに自分が原因だと言われてもウィルはさっぱりだ、だが。
「あなたのその容姿。ずっと若いままでいるのがおかしいって、言われてセスが怒ったらしいのよ」
リーナに教えられて、ウィルはハッとした。
「……俺の、容姿」
ウィルが呟くように言うと、リーナは「そう」と答えた。
でも理由を聞いて、どうしてセスが怒ったのかウィルは手に取るようにわかってしまった。そして帰ってきてからのあの態度も、眠りにつく前に言った言葉の意味も。
セスは大好きな父親を変だと言われて傷ついたのだ。
「私も保育園の先生から聞いて驚いたわ」
リーナは言いながら、セスを迎えに行った時の事を思い出した。
◇◇◇◇
「という事がお昼にあったんですよ」
「そんなことが……」
三時頃に迎えに来たリーナは先生からセスが喧嘩したという報告を受けて、驚いた。
おっとり温厚なセスが、泣いて怒るなんて今までなかったからだ。そしてリーナの前に立つセスは不機嫌顔だった。
「セス、お家に帰ろうか?」
リーナが声をかけると、セスはぶすくれた顔のまま無言でこくりっと頷いた。それからリーナは先生に挨拶をして、セスの手を引いて一緒に帰り道を歩いた。
「ねえ、セス。今日は何食べたい?」
リーナが尋ねてもセスはリーナの隣で歩くだけで何も答えない。じっと地面を見ているだけだ。
……これはじっくり待つしかないわねぇ。
リーナは何も言わずにただセスの手を握って歩いた。
だが家の前に着いた途端、セスの足が止まった。
「ん、セス。どうしたの?」
「おかーしゃん……。おとーしゃん、変じゃないよね?」
悲しそうな顔でセスはリーナに尋ねた。その瞳はうるうると潤んでいる。
どうやら、言われたその言葉がずっと心に引っかかっていたようだ。リーナはしゃがんでセスと同じ目線になると優しい声で問いかけた。
「セス。セスはどう思う?」
「おとーしゃん、かっこいもん! おとーしゃん、すごいもん! おとーしゃん……おとーしゃん、変なんかじゃない、もんっ! うっぅうっ、うわああぁぁんんんッ!!」
答えるとセスは大声を上げて泣き始めた。そんなセスの顔をリーナは持っていたハンカチで拭った。
「セス、泣かないでいいのよ。お父さんは変じゃないんだから」
「で、でもぉ、変って言ったのぉぉぉ。おとーしゃんの、ことぉ!! あぁーーんん!」
セスは感情のまま、ぽろぽろっと涙を流して言った。そんなセスをリーナは抱っこした。
「そうね、悲しいわね」
リーナは宥めるようにぽんぽんっとセスの背中を撫でる。でも一向にセスは泣き止まない。
セスにとっては腹立たしいことだったのだ、大好きな父親を馬鹿にされたのが。
結局セスはそれからリーナの服をぐっしょりと涙で濡らし、疲れ果てて寝てしまうまで泣き止まなかった。その後ウィルが帰ってきてから、セスはくっつき虫になってしまったという訳だ。
――――そして、リーナから全てを聞いたウィルは。
「う、うぐっ、ずびっ、セ、セス……良い子すぎるよおぉぉぉぉ!」
テーブルに突っ伏し、号泣していた。
「リーナさん。セスって天使? 天使かな? 慈愛に満ち溢れた天使の生まれ変わりなのかなぁ?」
ウィルは涙を滝のように流しながら鼻息荒く言ったが、リーナは落ち着いた様子で「五歳児で、私達の息子よ」とあっさりと答えた。だが、リーナの落ち着いた返答も何のその。
「そうだね。天使だったら、空を飛んでっちゃうもんね。でも本当にうちの子、可愛すぎませんっ? もう生まれてきてくれた事に感謝しかないんだけど。俺、セスに幸せしかもらってない。……まるで返せない借金してるみたい。うぅっ、返済のめどが立たない借金なんて困るよぉぉっ!」
テーブルに突っ伏してウィルは嘆いたが、そんなウィルにリーナはそっとタオルを差し出した。
「ほらほら、落ち着いて」
「ううっ」
リーナに言われてウィルはタオルで涙を拭い、そんなウィルにリーナは困ったように笑った。
「まあ、というわけだったのよ。セスの不機嫌な理由は。でもセスの前であなたにいう訳にもいかないし」
「そうだね。……けど、まさか俺が原因だったとは。まあ確かに老けない人間を変だって子供達が思うのもわかるよ、大人だって口にしないだけで驚く人はいるし。でも、原因を言いまわる事でもないしなぁ」
ウィルは面倒くさそうにガシガシっと頭を掻いた。そんなウィルを見て、リーナはぽつりと呟いた。
「目に見えない事情は他人にはわからない。そこに辛さや苦しさがあっても……見えたらいいのにね」
リーナの優しい言葉にウィルは苦笑する。
「そうだね。でも俺はまだいい方だよ、老いないだけなんだから」
「でも、苦しさがないわけじゃないでしょ?」
「俺は大丈夫だよ、老いない以外は体は健康なんだから。それにこんなにも俺の事を想ってくれる優しい奥さんに可愛くて仕方がない息子もいるし。……という訳で、やっぱりセスを泣かしたアズーロの息子は許さんッ!」
ウィルはぐっと拳を握ってメラメラと瞳に火を宿した。
「こらこら、怖い顔してるわよ」
「だって、リーナさん!」
「子供の喧嘩に大人が口を出して、いい事なんてないわ。よっぽどの事がない限りわね」
「それはわかってるけどさ~」
ウィルは言いながら口を尖らせた、しかし。
「でも、セスも怒れる人間だったんだなぁ」
ウィルは頬杖をつき、しみじみと呟いた。
我が子ながらセスは優しい、優しすぎる事が少々不安だった。優しすぎる事で誰かの悪意にさらされることにならないかと。
「まあ自分の事で怒ったんじゃないけどね」
リーナに言われてウィルは「そうだね」と答えた。
「でも、セスのあの優しすぎる性格は一体誰から来たのか」
ウィルが腕を組んで言うと、リーナはくすっと笑って答えた。
「何言ってるの。貴方とそっくりよ、セスは」
「えぇ?」
リーナに言われてウィルは眉間に皺を寄せた。
「俺に? どっちかって言うと、リーナさんでしょ!」
「どうかしらね?」
リーナはふふふっと笑ってそれ以上は答えなかった。
今回は「父の日」にかけたウィルとちびっ子セスのお話。
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そしていつものセスなら帰ってきた父親に抱き着いて『おとーしゃん、おかえりなしゃいっ!』と笑顔で出迎えるのだが……。
今日のセスはトトトッと走ってきたかと思うと、無言でウィルの腰にぺちょっと抱き着くだけだった。
「セス?」
いつもと違うセスにウィルは首を傾げ、ぽんっと頭に手を乗せてもう一度声をかけてみる。
「どうした? セス」
そう問いかけるが、どれだけ待ってもセスからの返事はない。
……セスからの返事がないだと!? 何事だ!?
良い子のセスが何も答えないことにウィルが困惑していると、そこに助っ人もとい妻のリーナがやってきた。
「セス、抱き着いていたらウィルが玄関から動けないでしょ」
リーナは優しく声をかけるが、セスはにじりとも動かなかった。聞き分けの良いセスがこんな態度を見せるのは珍しく。だからウィルは『セスはどうしたんだ?』とリーナに視線で問いかけた。けれどリーナはその場では答えず、困ったように微笑むだけだった。
……何かあったのかな?
「セス、だっこしようか?」
ウィルが問いかけると、セスはぎゅっと掴んでいた手を放してウィルに手を伸ばした。でも顔はウィルに見せない。なんだか何かに拗ねているようだ。
……本当にどうしたんだ? セスがこんなに拗ねるなんて。
ウィルは戸惑いながらも、セスを軽々と抱っこした。そしてセスは何も言わずにぎゅっとウィルに抱き着いた。ウィルはどうしたんだろう? と困惑しつつも、セスを抱っこしてリビングへと移動した。
だがその後。
セスは食事の時も、お風呂に入る時も、ウィルにくっついたまま離れず……。
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そして夜も遅くなり、ウィルはセスと一緒にベッドに入って背中をぽんぽんっと優しく叩きながら寝かしつけることに。
だがその時になってようやく、セスがぽつりと呟いた。
「おとーしゃん」
「ん、どうした?」
ウィルが問いかけると、セスがもぞりと動いた。そして小さな声でハッキリと告げた。
「おとーしゃん、だいすきだからね」
「ッ!? ……あ、ああ。俺もセスが大好きだよ」
突然の告白にウィルは嬉しさから咄嗟に声が出なかったが、なんとか返事をした。
……い、一体なんなんだ? いや、嬉しいけど!
ウィルは戸惑いつつ、セスを見た。セスの瞼は今にもくっつきそうだ。
「セス、もうおやすみ。お話は明日しよう」
ウィルがちゅっとセスの頭のてっぺんにキスをすると、セスは「ぅん」と返事をしてウトウトと眠りにつき始め、数分後にはすぴーすぴーっと気持ちよさそうに寝息をたて始めた。
「いい夢を」
ウィルは可愛い我が子の寝顔をじっと見つめた後、そっとベッドから出て行った。
そして疑問を抱えたままリビングに戻ると、リーナがお茶の用意をして待っていてくれた。
「お疲れ様。お茶、飲むでしょ?」
「うん、お願いします」
ウィルは素直に頼み、リーナはウィルの為にお茶を淹れ始めた。
それを横目で見ながらウィルはダイニングテーブルの席に着き、少し待つと香りのよいお茶が目の前に差し出された。
「ありがとう、リーナさん」
ウィルがお礼を言うとリーナは微笑み、それからウィルの向かいの席に腰を下ろした。ウィルはリーナに淹れてもらったお茶をふぅふぅっと息を吹きかけて少し冷ましてから飲み、一息ついてから尋ねた。
「で、リーナさん。今日のセスはどうしちゃったの?」
「それが保育園の子とちょっとね」
リーナは少し困ったように笑い、理由をすぐには言わなかった。
「保育園の子と?」
「ええ、喧嘩したみたい」
リーナはそう言って、自分で淹れたお茶を飲んだ。しかしウィルは聞き逃せなかった。
「セスが喧嘩?!」
……セスが喧嘩なんて。人よりおっとりしてて、大人しいセスが……ケンカッ!!
「き、一体どの子と喧嘩したの?」
「アズーロさんとこの息子さんのリッキーくんと」
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ウィルは更に驚いて、少し大きな声を出してしまった。
「ウィル、セスが起きちゃうわ」
リーナに言われて、ウィルは慌てて自分で口を塞いだ。だがウィルが驚くのも無理はなかった。セスが喧嘩した相手はウィルも面識があるパン屋の息子リッキーで、セスよりもずっと体格がいい男の子だったからだ。
「で、でも、なんで喧嘩?」
ウィルが尋ねるとリーナは小さく息を吐いてから、すっとウィルを見つめた。
「原因はあなた」
思いもよらない言葉にウィルは「え?」と驚いた。
「お、俺? どうして?」
ウィルは自分を指さして尋ねた。思い当たる節が何もなかったからだ。
そもそもセスの迎えなどで保育園の子たちと顔を合わせることはあっても、リッキーに深く関わる事はこれまでなかった。それなのに自分が原因だと言われてもウィルはさっぱりだ、だが。
「あなたのその容姿。ずっと若いままでいるのがおかしいって、言われてセスが怒ったらしいのよ」
リーナに教えられて、ウィルはハッとした。
「……俺の、容姿」
ウィルが呟くように言うと、リーナは「そう」と答えた。
でも理由を聞いて、どうしてセスが怒ったのかウィルは手に取るようにわかってしまった。そして帰ってきてからのあの態度も、眠りにつく前に言った言葉の意味も。
セスは大好きな父親を変だと言われて傷ついたのだ。
「私も保育園の先生から聞いて驚いたわ」
リーナは言いながら、セスを迎えに行った時の事を思い出した。
◇◇◇◇
「という事がお昼にあったんですよ」
「そんなことが……」
三時頃に迎えに来たリーナは先生からセスが喧嘩したという報告を受けて、驚いた。
おっとり温厚なセスが、泣いて怒るなんて今までなかったからだ。そしてリーナの前に立つセスは不機嫌顔だった。
「セス、お家に帰ろうか?」
リーナが声をかけると、セスはぶすくれた顔のまま無言でこくりっと頷いた。それからリーナは先生に挨拶をして、セスの手を引いて一緒に帰り道を歩いた。
「ねえ、セス。今日は何食べたい?」
リーナが尋ねてもセスはリーナの隣で歩くだけで何も答えない。じっと地面を見ているだけだ。
……これはじっくり待つしかないわねぇ。
リーナは何も言わずにただセスの手を握って歩いた。
だが家の前に着いた途端、セスの足が止まった。
「ん、セス。どうしたの?」
「おかーしゃん……。おとーしゃん、変じゃないよね?」
悲しそうな顔でセスはリーナに尋ねた。その瞳はうるうると潤んでいる。
どうやら、言われたその言葉がずっと心に引っかかっていたようだ。リーナはしゃがんでセスと同じ目線になると優しい声で問いかけた。
「セス。セスはどう思う?」
「おとーしゃん、かっこいもん! おとーしゃん、すごいもん! おとーしゃん……おとーしゃん、変なんかじゃない、もんっ! うっぅうっ、うわああぁぁんんんッ!!」
答えるとセスは大声を上げて泣き始めた。そんなセスの顔をリーナは持っていたハンカチで拭った。
「セス、泣かないでいいのよ。お父さんは変じゃないんだから」
「で、でもぉ、変って言ったのぉぉぉ。おとーしゃんの、ことぉ!! あぁーーんん!」
セスは感情のまま、ぽろぽろっと涙を流して言った。そんなセスをリーナは抱っこした。
「そうね、悲しいわね」
リーナは宥めるようにぽんぽんっとセスの背中を撫でる。でも一向にセスは泣き止まない。
セスにとっては腹立たしいことだったのだ、大好きな父親を馬鹿にされたのが。
結局セスはそれからリーナの服をぐっしょりと涙で濡らし、疲れ果てて寝てしまうまで泣き止まなかった。その後ウィルが帰ってきてから、セスはくっつき虫になってしまったという訳だ。
――――そして、リーナから全てを聞いたウィルは。
「う、うぐっ、ずびっ、セ、セス……良い子すぎるよおぉぉぉぉ!」
テーブルに突っ伏し、号泣していた。
「リーナさん。セスって天使? 天使かな? 慈愛に満ち溢れた天使の生まれ変わりなのかなぁ?」
ウィルは涙を滝のように流しながら鼻息荒く言ったが、リーナは落ち着いた様子で「五歳児で、私達の息子よ」とあっさりと答えた。だが、リーナの落ち着いた返答も何のその。
「そうだね。天使だったら、空を飛んでっちゃうもんね。でも本当にうちの子、可愛すぎませんっ? もう生まれてきてくれた事に感謝しかないんだけど。俺、セスに幸せしかもらってない。……まるで返せない借金してるみたい。うぅっ、返済のめどが立たない借金なんて困るよぉぉっ!」
テーブルに突っ伏してウィルは嘆いたが、そんなウィルにリーナはそっとタオルを差し出した。
「ほらほら、落ち着いて」
「ううっ」
リーナに言われてウィルはタオルで涙を拭い、そんなウィルにリーナは困ったように笑った。
「まあ、というわけだったのよ。セスの不機嫌な理由は。でもセスの前であなたにいう訳にもいかないし」
「そうだね。……けど、まさか俺が原因だったとは。まあ確かに老けない人間を変だって子供達が思うのもわかるよ、大人だって口にしないだけで驚く人はいるし。でも、原因を言いまわる事でもないしなぁ」
ウィルは面倒くさそうにガシガシっと頭を掻いた。そんなウィルを見て、リーナはぽつりと呟いた。
「目に見えない事情は他人にはわからない。そこに辛さや苦しさがあっても……見えたらいいのにね」
リーナの優しい言葉にウィルは苦笑する。
「そうだね。でも俺はまだいい方だよ、老いないだけなんだから」
「でも、苦しさがないわけじゃないでしょ?」
「俺は大丈夫だよ、老いない以外は体は健康なんだから。それにこんなにも俺の事を想ってくれる優しい奥さんに可愛くて仕方がない息子もいるし。……という訳で、やっぱりセスを泣かしたアズーロの息子は許さんッ!」
ウィルはぐっと拳を握ってメラメラと瞳に火を宿した。
「こらこら、怖い顔してるわよ」
「だって、リーナさん!」
「子供の喧嘩に大人が口を出して、いい事なんてないわ。よっぽどの事がない限りわね」
「それはわかってるけどさ~」
ウィルは言いながら口を尖らせた、しかし。
「でも、セスも怒れる人間だったんだなぁ」
ウィルは頬杖をつき、しみじみと呟いた。
我が子ながらセスは優しい、優しすぎる事が少々不安だった。優しすぎる事で誰かの悪意にさらされることにならないかと。
「まあ自分の事で怒ったんじゃないけどね」
リーナに言われてウィルは「そうだね」と答えた。
「でも、セスのあの優しすぎる性格は一体誰から来たのか」
ウィルが腕を組んで言うと、リーナはくすっと笑って答えた。
「何言ってるの。貴方とそっくりよ、セスは」
「えぇ?」
リーナに言われてウィルは眉間に皺を寄せた。
「俺に? どっちかって言うと、リーナさんでしょ!」
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