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おまけ

感謝祭ー前編ー

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またも舞い戻ってきました(笑)
一回Twitter上に投稿したお話ですが、こちらに再掲載です。

最終章、23話「知らない方が幸せ」のランスが国に戻ってくる前のお話。
年越しの頃の二人のお話です。

*********


 年の暮れ、バーセル王国では伝統行事である感謝祭が執り行われようとしていた。
 それは人々が一年を無事に過ごせたことを神に感謝するもので、商店街は活気立ち、町の広場には出店も並んで、温かいワインやパリッと焼けたソーセージ、揚げたホクホクポテト、あまーいアップルパイが売られる。

 そして感謝祭の始まりを告げるのは昔から“王”の一声だ。

 なので、その始まりの合図が市民にも聞けるよう、この日だけはいつも厳重な城の門が一般市民にも開かれ、庭に集まった民の為に王が城のバルコニーに出て、一年の締めくくりの挨拶と感謝祭の開始の合図をする。

 けれど、その挨拶には王だけでなく王族も出席するので、人々は王の挨拶を聞くだけでなく滅多に見れない王族を見る為にわざわざ城へ来ているといっても過言ではなかった。

 そして今回は、第三王子のレオナルドの伴侶であるセスにひときわ注目が集まっていた。
 それは知っての通り、レオナルド王子が起こした隣国のルナ姫とのひと騒動があったからだが、それ以前に元々庶民出のセスは結婚前から家と近場の商店街、そしてほとんど薬科室に入り浸っていたので、セスの顔を本当に知っている人は町に数える程度しかいなかった。

 なので町の者たちは元より地方からやってきた者たちも、男で、その上庶民でありながらもレオナルド王子のハートを射止めた見目麗しいと噂がついているセスを見ようと集まっていたのだ。

「な、今日はセス様も顔を出されるんだろう?」
「レオナルド王子を射止めたセス様ってどんなお顔なのかしら? やっぱりすっごい美青年なのかしら?」
「ねー、ぼく、セスさま、はやくみたいー!」

 ガヤガヤと騒がしい集まった民の間からさまざまに交わされる会話の中身は、ほとんどがセスの事ばかりだった。

 そして、その噂の張本人と言えば……。






「はぁぁぁっ」

 ……ああああああああああああ、胃が痛いぃぃ。

 キリキリと痛む胃を抑えながら俺はカーテンの裾からちらりと庭に集まっている人々を見て、ため息を吐いた。

 ……今日は感謝祭。毎年陛下が挨拶される間、王族の方々も全員もバルコニーに出て、開始の合図である祝砲が上がるまで市民に姿を見せてくれるのは毎年恒例のことだけど……俺が出る方になるなんてなぁぁっ。小さい頃、父さんと母さんと一緒に見て知っているけど、見る方と出る方じゃ全然気持ちが違うよぅ~。はあ、今日は地方から来てる人もいるし、俺の姿を見てがっかりする人とかいるよなぁ。いや、というか俺が出ていいんだろうかっ?! 俺、王族の一員になったけど元々庶民だし! 俺、やっぱり出ない方がっ!

「セス、どうしたの?」

 隣から声をかけられて、ちらりと視線を向けるとそこには心配そうな顔で俺を見ているレオナルド殿下がいた。
 今日はいつもとは違ってかっちりとした礼服を着ていて、白を基調にした服に金の刺繍が豪華さをより際立たせている。そして肩から掛けている紺色のマントはシックで、よくレオナルド殿下に似合ってる。

 ……いつもかっこいいけど今日は二倍、いや三倍増しにかっこいい。うう、まぶしぃぃっ。

 そして俺はというと。

「着慣れない服に緊張してる?」

 レオナルド殿下はふふっと笑って俺を見つめた。そんなレオナルド殿下に俺は恨めしい瞳を向ける。

「似合ってないって思ってるんでしょ、自分でもわかってますから」

 むぅっと俺は少し頬を膨らませてレオナルド殿下に言った。
 今日の俺はいつもの薬剤魔術師の制服ではなく、王族の一員として見繕われた礼服を身に纏っていた。
 マントはつけていないがレオナルド殿下のマントと同じ紺色の上着に金の刺繍、白のズボンにブーツ。俺とレオナルド殿下の服が対で作られたものだ。

 でもそれは俺達だけじゃない。
 陛下と王妃様も同じ色の対の服を着ている。アレク殿下達も。ただ、みんなと違うのは俺が美形じゃないってことで。

 ……ううっ! 美形一族は眩しぃッ!!

 俺はキラキラと眩しい王族の方々に目をくらましそうになるが、レオナルド殿下はそんな俺の手を取った。

「セス、似合っている! とってもカッコいいよ!」

 レオナルド殿下に言われて俺の胸はぴょんっと弾む。

 『カッコいい』って言われた。

 カッコいいなんて滅多に言われないから俺は嬉しくなって、つい顔がぽわっと緩んでしまう。まあ、俺よりもレオナルド殿下の方が数倍、いや数百倍カッコいいのはわかっているんだけど。

「あんまり素敵だから、セスの姿をみんなに見せたくないくらいだよ」

 レオナルド殿下はキラキラ眩しい笑顔で言い、俺は頬が少し赤くなってしまう。
 これがお世辞だということはわかっているけれど、こんな風に言われれば俺も悪い気はしない。というか、調子に乗ってしまう。

「本当におかしくないですか?」
「セスは心配性だな。大丈夫だよ」

 レオナルド殿下はくすっと笑って俺の腰に手を当てた。

「それに、もしもセスの格好が変だという者がいたら私が許さない」
「ははっ、レオナルド殿下、大げさですよ」

 俺は笑って答えた。

 ……でもレオナルド殿下がこうして言ってくれてるんだ。俺も頑張って表へ出るぞっ! それに。

「今日、これが終わったらあの約束」

 俺がちらりとレオナルド殿下を見つめると、にこっと笑ってくれた。

「ああ、勿論」

 その言葉を聞いて俺はふんすっと意気込んだ。

 しかし俺は知らなかった。

 その様子をノーベンさんが見ていて、心の内でこんな風に呟いているなんて。

 ……セス君、大げさじゃないですよ。レオナルド殿下は本気ですよ。ああ、どうか穏便に事が進みますように。

 ノーベンは小さくため息を吐き、王の後に続くようにバルコニーへ歩いていくレオナルドとセスの後姿を祈るように見送ったのだった。
















 それから無事に、バルコニーでの陛下の挨拶と合図が無事に終わった後ーー。

 街の広場に設置されたステージではミュージカル劇が開演され、陽気な歌と音楽が町中に流れ始めた。
 同時に今日しか飲むことが許されていないスパイスの効いた温かいワインが軽食と共に売られ、街中は賑わい、笑い声がいたる所で響いている。

 しかしそんな中。ある小さな食堂で、店の女将を二人の男が呼び止めていた。

「あ、女将さんっ! ちょうどいいところに!」
「こっちに来て、話を聞いてくださいよっ!」
「あら、二人ともどうしたの。今日は機嫌がいいわね~。感謝祭だからっていうわけでもないみたいね?」

 ガヤガヤと騒がしい店の中、テーブルに座る常連の男の顔を見て、女将は首を傾げた。

「そうなんですよ!」
「あら、なにがあったの?」
「いやぁ、それが俺達が勤めてる貴族の家の事なんですけど。そこの坊ちゃんが、そりゃ甘やかされて育てられて、傍若無人な態度に俺達はそりゃ辟易してたって話は前にしましたよね?」
「ええ。それにあんた達が勤めてるところのご貴族様って……あの坊ちゃんよね? 噂は他でも聞いてるわ」

 女将は他のお客が話していたことも思い出して、うんうんっと頷いた。

「俺達は夜中に起こされるわ、少しでも気に食わないことがあればケチをつけられるわ。仕舞には水をかけられたこともあって。でも俺達は使用人として勤めてるし、何も言えなかった。……ところが!」
「何かあったのね?」

 女将が尋ねると、二人の男達はニコッと笑った。

「そうなんです。実はその坊ちゃん! どうやら王族のどなたかに無礼を働いたみたいで、怒った旦那様が坊ちゃんを地方の修道院に送ったんです!!」
「あらまぁ!」
「そりゃもう、旦那様はお怒りはすごくって。坊ちゃんは泣いて謝っていましたが、まあそれで許されるわけもなく。家督もお嬢様が継ぐことになって……自業自得というか、悪い事っていうのは自分に返ってくるって、本当だなって話してたとこなんですよ」
「しかも、女将さん。それが坊ちゃんだけじゃなくて坊ちゃんと親しくしていた他の子息も何かしらの罰を受けたみたいなんですよ。女神様っていうか、上は見てるところは見ているんだなぁ、ともう感心しぱなっしで」

 二人の男は腕を組んでうんうんっと頷いた。そんな二人の話に女将は頬に手を当てた。

「そんなことがあったのねぇ。でもよかったじゃない。坊ちゃんにいびられて大変だーって前から言っていたんだから! でも、王族の方に無礼なんてそんな大それたこと、一体何をしたのかしら?」
「俺達、そこまでは聞いていないんですよね。旦那様が血相を変えて帰ってきて、坊ちゃんに‘あのお方にお前は随分と失礼な事を言ったようだな! と怒鳴っていたことしか」

 女将は不思議そうに言い、二人の男も不思議そうに首を傾げた。


 そしてその話を隣のテーブル席で聞いている者がいた。

 ……へぇ、そんなことがあったんだぁ。でも王族に無礼って、誰に何を言ったんだろう? 貴族の子息が会える人、ってことだよな? 陛下はまず無理だし、アレク殿下は陛下の補佐をしているから忙しいし。ランス殿下も国外、レオナルド殿下はいなかったし……カレンちゃんか王太子妃のディアナ様とかにかなぁ??? それも違うような、うーむ。ともあれ子息がどんな人か知らないけど、あんな素敵な人達に無礼な事を言うなんて、なんか嫌な気分!

 俺は自然にぷくっと頬を膨らませた。だって家族の事を悪く言われたら気分も悪くなるだろう!
 しかしむっすりしている俺の元にある人物が歩み寄った。

「お待たせ、セス」
「あ、おかえりなさい。レオ」

 声をかけられて顔を上げれば、そこにはレオナルド殿下。ただし今は変装をして、地方から出てきた一般人に扮してるレオナルド殿下だ。
 ハンチング帽に古びれたジャケットとズボン、厚手のコートを着込み、そして豪奢な金髪は黒髪に変えていた。以前、俺と街デートした時と同じ変装だ。誰も王子様だとはわからないだろう。

 でも見かけはパッとしなくても体格の良さと生来の品の良さが滲み出ていて、店にいる女の子がチラチラとレオナルド殿下を見ている。

 ……やっぱりレオナルド殿下のキラキラは変装じゃ隠せないよなぁ。でも、俺がこの格好をしてたら女の子たちも近づけないか。そういう意味ではこの格好で良かったのかも?

 そんな事を思った俺だが、今日の俺もレオナルド殿下同様、変装をしていた。
 長い髪は緩く結わえられ、顔にはうっすらとした化粧。そして町娘の格好だ。

 ……スカート、すーすーするなぁ。けど王族、というかレオナルド殿下が街中をこんな風に歩いているなんてわかったら大ごとだもんな。俺も、今日バルコニーに出たばっかりだし。……でも、挨拶が終わったらご褒美に祭りに一緒に遊びに行ってくれるって約束だったからなぁ。へへっ。

 俺はそう思いながら、俺の目の前に座るレオナルド殿下を見つめた。

 実はバルコニーでの挨拶を憂鬱に思っていた俺にレオナルド殿下が、数日前にある提案してくれたのだ。

『セス、国民への挨拶が終わったら二人で感謝祭に遊びに行こう? それならやる気もでるだろう?』って。
 そして挨拶が終わった俺達はお忍びで感謝祭巡りをしていた、以前にも変装した格好で。

「カウンターが混んでいて注文するの一苦労だったよ」

 レオナルド殿下はコートを椅子の背にかけ、ふぅっと一息ついてから言った。カウンターを見るとお客が並び、店員が忙しくしている。

 ……今日は感謝祭で地方から来ている人も多いからな。……しかし店員さんもまさかレオナルド殿下が注文したとは思っていなかっただろうな。ふふっ。

 俺は一国の王子様が町の、しかも小さな食堂で自ら注文しに行ったという事実がちょっと面白くて、くすっと笑ってしまった。

「どうかした?」

 レオナルド殿下は俺が笑った理由を知りたがったけど、俺は澄まし顔で首を横に振った。

「いいえ、なんでもありません」
「そう?」

 レオナルド殿下は怪訝そうにしながらもそれ以上は聞かなかった。

「それより、注文ありがとうございます。俺だけ先に座って待っちゃって」
「いいんだよ。レディに注文を言いに行かせる男なんて格好悪いだろう? それにあんな男ばっかりが並んでいるところにセスを行かせられないよ。セスに声をかける不埒な奴もいるだろうからね」
「そうですかね?」

 ……確かに女の子に注文させる男ってダサい。でも女の子の格好をしているからって俺みたいな大柄な女の子に声をかける奴なんていないと思うけど。

 俺はそう思ったがレオナルド殿下はちょっと呆れたような、困ったような目で俺を見つめた。

 ……ん? なんで??

 俺は首を傾げたけれど、レオナルド殿下は何も言わなかった。

「それより私が戻ってくる間に何かあったの? 少し不機嫌そうにしていたけど」

 レオナルド殿下は優雅に足を組んで俺に尋ね、俺はさっきの話を思い出した。

「あ、そうそう! レオナル、じゃなかった、レオ! 貴族の子息が王族に無礼を働いたって話、聞いてますか?」
「子息が?」 
「ええ、隣のテーブルから聞こえた話なんですけど。どうやら貴族の子息が王族の誰かに失礼な事を言ったらしくて。一体誰にそんなことをしたんだろうって……レオじゃ、ないですよね?」
「私ではないけれど、気になる?」
「そりゃ……だって家族だし。家族の悪口を言われたら嫌な気分になるのは当然でしょ!」

 俺が言うとレオナルド殿下はニコニコと嬉しそうな顔をした。

「なんで笑うんですか」
「だってセスが父や母、兄上たちの事を家族だと思ってくれている事が嬉しくて。誰だって好きな人に自分の家族を好いてもらうのは嬉しいと思うけど?」
「う……確かに」

 レオナルド殿下に言われて、俺は小さく呟いた。
 俺だってレオナルド殿下が俺の両親の事を好いてくれていたら嬉しい。
 まあ、俺のところはなぜか父さんがレオナルド殿下を目の敵にしてるけど。

 ……でも、仲が悪いってわけじゃないんだもんなぁ。二人って不思議な関係。

「まあ、そんな(どうでもいいボンクラ)の事なんて忘れて、今は感謝祭を楽しもう? 折角、城から抜け出してきたんだから」

 レオナルド殿下は俺の頬をつつっと指先で撫でて言った。隠しきれないサファイアの瞳が俺を見てる。

「う、うん」

 そう俺が返事をすると、タイミングよく女将さんが俺達の元に温かいワインと軽食を持ってきてくれた。

「はいよっ、お待ちどおさま!」

 テーブルにマグカップに入った温かいスパイスの効いたワイン。そして揚げたポテトとこんがりと焼かれたソーセージ。一切れのアップルパイが並べられた。

「ありがとうございます」

 俺がお礼を言うと女将さんはにっこりと笑った。

「ゆっくりしていってね。あんた達、地方から来たんだろう?」

 女将さんは俺達の格好を見ていい、レオナルド殿下が答えた。

「ええ、感謝祭を妻と見たくて」
「そうなのかい。今年も夜には花火があるらしいから、見逃さないようにね」

 女将はニコッと笑って言い、それからカウンターに戻って行った。他のテーブルに料理を運ぶ為だろう。

「さて、早速頂こうか。……セス?」

 レオナルド殿下は不思議そうな顔で俺を見たけれど、きっと今の俺の顔は赤いと思う。
 だって、レオナルド殿下が俺の事をあんな風に言うなんて。

 ……お、俺の事、ちゅ、ちゅま(妻)って言ったぁぁ!!

 その事がなんだか気恥ずかしくって。胸の中でぴょぴょーいっと兎が跳ねてる。

『きゅっぅ!』

「セス、どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありません!!」

 俺が首を振って言うと、レオナルド殿下は不思議そうにはしていたけれど、それ以上は聞かずにテーブルに置かれたマグカップを手に取った。

「とりあえず乾杯をしようか」

 レオナルド殿下に言われて俺も慌ててマグカップを手に取った。
 するとレオナルド殿下はマグカップ同士をそっと優しく合わせて、カチンッと音を鳴らせた。

「感謝祭、楽しもうね。セス」

 レオナルド殿下はパチンっと俺にウインクをして言った。

「ぐぅっ」

 ……はぁぁぁぁ~~っ、もうあんまりカッコいい事は俺の前でしないでください!





********

後編はまた明日!
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