殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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おまけ

殿下、現実世界ですよ!ーバレンタイン編ー

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終わったのにまた戻ってきてしまいました(笑)
現実世界のセスとレオナルドのところにもバレンタインの波が!
そんな二人の一幕です。

***********


 俺の名前はセス。
 医大に通う一般医大生なのだが、さる事情により俺はある人と結婚を(正確にいうと同性パートナー?ってやつを)した。
 そのある人とは、大企業の御曹司であるレオナルドさん。
 優しさと包容力があって、その上美丈夫で、俺に言わせるとなんでもこなせる人。

 当初、俺なんかがこの人の相手でいいのかなぁ? と思ったけど、実はレオナルドさん、俺の事が大好きで……。まあ、簡単に言うと重度のストーカーだったんだけど。
 監禁されて色々調教……ゴホンゴホンッ! ま、まあとにかく、俺もレオナルドさんの事が好きだったから話し合って、今では監禁はナシで自由にさせてもらってる。

 なんだけど、最近ちょっとした悩みが……。

「はぁ、バレンタインかぁ」

 まだ冷える街中を歩きながら俺は小さく呟いた。
 
 ……バレンタイン、俺もレオナルドさんにあげるべきかなぁ? でも俺よりレオナルドさんの方がお菓子作り上手だし、男からバレンタインのチョコを貰ってもなぁ。

 俺は腕を組んで、ふぅっと小さく息を吐いた。
 でも二月に入ってからのレオナルドさんを思い出す。
 なんだかソワソワしていて、時折期待を込めた視線を俺に向けるあの眼差し。

 ……やっぱり欲しい、かな? それに俺っていつも貰ってばっかりだから、こういう時ぐらいはあげた方がいいかも。チョコなんていらないって言われたら、自分で食べちゃえばいいし!! ……けど、いらないって言われたら地味にへこむかも。やっぱり作らない方が……いや、作るって決めたんだから作るぞっ! おいしいって言わせるんだ!!

「よしっ!」

 俺はふんすっと鼻息を上げて両手をぐっと握った。

 ……目指すはレオナルドさんがおいしいって言ってくれるチョコレートだっ!!









 そしてバレンタインデー当日。

「とは言ったものの、やっぱり無難なものを作っちゃったけど、大丈夫かな?」

 俺は手元にあるラッピングした小箱を両手に抱えて、小さく呟いた。
 小箱の中には俺が作った生チョコが入っていて、外側をピンクの下地にウサギの模様が可愛い包装紙でラッピングした。けど、それだけじゃちょっと物足りなくて、赤いリボンも結んである。
 チョコ作りもラッピングも全部俺の手製だ。

 ……レオナルドさんは大人だから、ちょっとブランデーを入れて大人な味にしてみたけど。喜んでくれるかなぁ? ラッピング、ちょっと子供っぽかったかな??

 そう不安に思ったが、うーん、と悩んでいる間にレオナルドさんが帰ってきた。

「セス、ただいまー」

 呼ばれた俺は、慌ててチョコを俺用のタンスの中に隠して、寝室からリビングに出た。
 リビングには帰ってきた、スーツ姿のレオナルドさん。

「お、おかえりなさい!」

 俺が声をかけると、レオナルドさんは俺を見つけて朗らかに笑った。

「ああ、ただいま。セス」

 レオナルドさんはそう言うと俺の傍に近寄って、ちゅっと俺の頬にキスをした。ただいまのキスだ。
 柔らかい唇の感触に俺は毎回のことながら、なんだか恥ずかしくなる。

 ……これに慣れる日ってくるのかなぁ?

 俺がそう思いながらレオナルドさんを見上げると。

「ん? どうしたの?」

 優しい色合いのサファイアの瞳が俺だけをまっすぐに見てくる。

 ……くはーっ、これだもんなぁ。俺、この顔に慣れる日が来る気がしない。うぅ~~っ。

「セス?」
「なんでもないです。それより今日はちょっと遅かったですね」

 掛け時計を見るといつも帰ってくる時間より、ちょっと遅い。

 ……レオナルドさん、定時になったらいつもすぐ帰ってくるのに今日は何かあったのかな?

 そう思った矢先、ソファの上に仕事鞄と共に置かれている二つの大きな紙袋が俺の目に入った。

「ん?」

 俺は気になってその紙袋に近寄って中身を覗いてみた。

 ……なんだろ?

「あ、セス!」

 そうレオナルドさんは声を上げたが、時すでに遅し。俺は中を見てしまっていた。

「……これって」

 俺は中身を見て、呆然としてしまった。
 だって……だって、紙袋の中にはチョコレートの箱がたくさん入っていたんだ!

「女子社員からのバレンタインデーチョコでね。断る間もなく渡されて仕方なく持ってきたんだ。まあ私が結婚したことはみんな知っているからそこにあるチョコは全部義理、だけどね」

 そうレオナルドさんは困ったように言った。
 きっとこんなに貰う事になるとは、思ってもみなかったのだろう。

「これ全部、義理チョコ……」

 俺は呟いて、中にある数々のチョコを見る。
 けど、どれも高級そうな箱に入った、それこそ値段も高そうなチョコばかり。これが義理だなんて俺は到底思えなかった。しかもラッピングもシックで凝った大人っぽいものばかり……。

 俺が簡単に作ったチョコなんて、赤のリボンにピンクにウサギ柄のラッピングなんて……安っぽいったらない。

 さっきまで『レオナルドさん、喜んでくれるかな?』と不安に思いながらも、ちょっとドキドキしていた自分が恥ずかしい。こんな高そうなチョコを貰ったレオナルドさんにあんなチョコ。

 ……とてもじゃないけれど渡せられないっ!

「わ、わぁ、すごいですね。さすがレオナルドさん! モテますね~! あ、これ! 有名な高級チョコレート! あ、こっちも! ……もしも食べきれなくなったら言ってくださいね。俺、食べるの手伝いますから!」

 俺は無理やりにこっと笑って、そうレオナルドさんに言った。
 でもレオナルドさんは何か俺に言いたげに「あ、セス」と呟いたけど、その先を俺は言わせなかった。

「あ、ごはんが炊けるの、あともうちょっとかかるんです! その前に先にお風呂に入ってきてください。俺、夕飯の準備してますから!」

 俺はバタバタとキッチンに立って、ほとんど準備を終えた夕食の支度の確認をした。
 そんな俺を見て、レオナルドさんは少し残念そうにしながらも「わかった、先にお風呂に入ってくるよ」と言って寝室に入り、シャツとスウェット、下着を持って風呂場に向かった。
 そしてパタンッと風呂場のドアが閉まった音と同時に俺は慌てて寝室に入る。

 ……あのチョコ、捨てなきゃっ!

 俺はすぐにタンスの引き出しを開けて、小包のチョコを取り出す。さっきまでは自信作の出来だったのに、今では不格好なチョコにしか見えない。

 ……こんなのレオナルドさんに渡せない!

 俺はすぐにゴミ箱をひっくり返して、クズごみを外に出すと空になったゴミ箱の中に俺手製のチョコを入れようとした。
 ゴミ箱の底にチョコを入れて、その上にクズごみを入れてしまえば隠せられるし、明日のゴミ捨ての時にそのまま捨てられると思ったからだ。
 けれどゴミ箱の中に入れる直前、手がどうしても止まってしまった。

 ……レオナルドさんの為に折角作ったのに、あげることもできないなんて。

 ツキンッと胸が痛くなる。
 レオナルドさんにあげる為に色々と考えて作ったものだから。

 ……でも、こんなの貰ってもレオナルドさんは嬉しくないよな。あんな高級チョコの後じゃぁ……。

 なんだか段々悲しくなってきて、瞳がウルウルとしてきた。
 心に虚しさと悲しさが広がっていく。

「あげたかったなぁ」

 俺はぽつりと呟き、まじまじと俺手製のチョコを見つめる。
 赤のリボンに、ピンクの下地のうさぎの絵のラッピング。

 ……可愛くできたと思ったのに。……でもきっとレオナルドさんには子供っぽ過ぎる。
 
「捨てなきゃ……」

 俺は零れ出そうになった涙をゴシゴシッと服の袖で拭いて、そっとゴミ箱の中に小箱を入れようとした。



 けれどその時。



「どうして捨てちゃうの? セス」

 声が聞こえて振り返ればそこにはお風呂に入りに行ったはずのレオナルドさんが腕を組んで立っていた!

「れ、レオナルドさん!」

 俺は驚いて声を上げたけれど、レオナルドさんはスタスタッと俺の傍まで歩いてくると俺が手にしていた小箱を奪うように俺から取り上げた。

「これはチョコ、じゃないの?」
「あぅ、そ、それは」
「どうして捨てちゃうの? 私にくれるんじゃないの?」

 レオナルドさんは少し怒った声で俺に言った。だから俺はちょっと小さな声を出してしまう。

「だ、だって……。あんなに高そうなチョコ貰ってたし……お、俺のそんなだし」

 俺が俯いたまま言うと、レオナルドさんは小箱をベッドの上に置いた後、俺の顔を両手で包んだ。大きな手が温かくて優しい。

「セス! 私はどんな高級なチョコレートより、セスが作ってくれたものの方がずっと嬉しい! だから、そんなことは言わないで」
「レオナルドさん……!」

 俺がレオナルドさんを見つめれば、にこっと微笑んでくれた。

「セスから貰えないことの方がずっと悲しいよ。だから、このチョコは私が貰っていいね?」
「でもっ」
「いいね?」
 
 レオナルドさんは強く言い、俺はもう断れなかった。

「……レオナルドさんが良ければ」
「ありがとう、大切にするよ」

 レオナルドさんは嬉しそうに笑った。

「セスが初めて作ってくれたバレンタインのチョコレートだ」

 レオナルドさんはまるで宝物を手にしたように言うから、俺はちょっと照れ臭くなってしまう。

 ……そんなたいそうなモノじゃないのに。でも喜んでくれたなら嬉しいな。……あれ? でも大切にするって言ってたけど、チョコレートを大切って……。

 そこで俺はハッと気が付いた。
 この人が重度のストーカーで、俺の下着まで保管していたことを!

「レオナルドさん」
「ん、なんだい? セス」

 レオナルドさんは笑顔で答えてくれたけど、俺はむむっと険しく目を細める。

「そのチョコ。ちゃんと食べないと駄目ですよ? 冷凍してずっと保管もダメです」
「ええ? セスが折角作ってくれたんだから、これはずっと保管」
「ダメですッ!!」

 危ない、これは気がつかなかったら墓場まで持っていかれるところだった。

「ダメか……」
「何度言ってもダメです!」

 俺がはっきり言うと、レオナルドさんはちらりと俺を見た。

「じゃあ……セスが食べさせて?」
「え?」

 俺がどういう意味なのかわからなくてキョトンとしていると、レオナルドさんは小箱のラッピングを綺麗にはがし、蓋を開けた。そこには俺が作った四角の生チョコが並んでいる。

「セス。そんなに言うなら、私に食べさせて?」

 レオナルドさんはずいっと小箱を俺に差し出して言った。

 ……うーん、食べさせた方がいいのかな?

 俺は戸惑ったけど、一つチョコを摘んでそっとレオナルドさんの口元に生チョコを運んだ。

 ……これでいいのかな?

 そう思っていると、レオナルドさんは差し出した俺の指ごとパクッとチョコを食べた。柔らかい唇に食まれ、生暖かい舌に指先をぺろっと舐められる。

「ひゃわっ!」

 俺は驚いて慌てて手を引っ込め、変な声が出した。なのにレオナルドさんは満足げな顔だ。

「ん、とっても美味しいよ」
「も、もぅ! 指まで食べちゃダメです!」
「ふふ、指はダメ? なら、こっちは?」
 
 レオナルドさんは楽し気に言うと俺の口にぽいっと生チョコを一つ放り込んだ。

「んむっ? な、んで俺の、んんっ!!」

 そこまで言ったけれど、その先はレオナルドさんの唇に食べられて何も言えなかった。

「んぅーっ!」
 
 レオナルドさんの唇が俺の口を塞いで、熱い舌が俺の舌とチョコを味わうように掻きまわしていく。くちゅくちゅっと交わう音の中、あっという間に口の中で生チョコが溶けて消えていった。

「んぱっ!」
「ん、さっきよりもっと美味しい」

 レオナルドさんはそう言うと、ぺろっと自分の唇を満足そうに舐めた。その扇情的な仕草に俺はぽんっと顔を赤くしてしまう。
 それなのにレオナルドさんは鼻を触れ合うぐらい顔を近くに寄せると、俺の瞳をじっと見つめた。
 レオナルドさんのサファイアの瞳がキラキラと透き通った海のように煌めく。

「あんな高いだけのチョコよりも、セスが作ってくれた生チョコの方がとても美味しい。セスに食べさせてもらったら、もっともっと美味しい」

『むっきゅう!』

 胸の中で兎がぴょんぴょこっ走り回って、嬉しさを表すみたいにふりふりっと真綿のような尻尾を振る。

「レオナルドさん……」
「でもセスにばっかり貰ってはダメだね。実は私もセスにチョコを」

 そう言ったレオナルドさんの手を俺はぎゅっと掴んだ。

「セス?」
「俺が食べさせたら、もっと美味しいの?」

 俺が尋ねるとレオナルドさんは「ああ」と少し戸惑いながら答えた。
 それなら……。

「せ、セス?」

 服を脱ぐ俺を見てレオナルドさんは驚いた顔をした。そして真っ裸になった俺はレオナルドさんに詰め寄って、唇で生チョコを挟んだ。

「はら、おれほほはへへ?(なら、俺ごと食べて?)」

 そう言って俺はレオナルドさんに唇を寄せた……。




















「ハッ!!」

 ぱっちりと目を覚まし、辺りを見回せば、いつもの天井。
 そして隣にはまだ愛しい人がまだ眠っている。置時計に視線を向ければ、まだ朝の六時になったばかりだ。

 ……なんだ、今のは夢か。

「はぁっ」

 小さく息を吐いた後、両手で顔を覆った。

 ……不思議な世界観だった……が、それにしてもセスが尊過ぎだッ!!

 ベッドの中でレオナルドは人知れず悶えた。
 そして隣で、すよすよっと気持ちよさそうに眠っているセスの寝顔を眺めた。

 ……あの後、私とセスはどうなったのだろう? ああ、気になる!!

「はぁ、どうして夢っていうのはいいところで目が覚めてしまうものなのか」

 レオナルドは心底残念そうな声で小さく呟き、大きなため息を吐いた。だが、その大きなため息でセスが目覚めてしまった。

「ん? ……れぉ?」
「あ。セス、すまない。起こしてしまったね? まだ六時過ぎだ、ゆっくり寝てていいんだよ」

 レオナルドが言うと、セスはもぞりもぞりっと動いてレオナルドにぴたっと体をくっつけた。あまり筋肉のない柔らかで温かなセスの肌が心地いい。
 そして、その姿はまるで温かさを求める兎みたいだ。

「セス?」

 レオナルドが声をかると、セスは普段は絶対見せない無防備なふにゃっと緩んだ顔をみせた。

「ぅふっ、れぉ、ぁったかーぃっ。……ぐぅ……ぐぅっ」

 セスは言うだけ言うと、また夢の中に旅立ってしまった。
 しかし、セスの可愛らしい仕草にレオナルドはぐっと口元に手を当てて、叫びだしたいのを我慢した。

 ……ああ、なんでこんなに可愛いんだろう……! ああああっ、セスに触りたいっ! だが今眠ったところだし、まだ朝早い。今日は私もセスも仕事がある。だがっ……だがっ!!

 セスに勝手に伸びる手をぐっと拳に変えて、レオナルドは己の欲望と戦った。

 ……今は駄目だ。今は我慢しろ。……明日はセスの休みだ。今晩まで耐えるんだっ!!!!

 レオナルドはセスに触りたい気持ちをぐっと堪えて、天井を見つめるしかなかった。

 そしてその後、レオナルドは結局再び眠ることはできず、朝日が昇って使用人やノーベンが部屋に来るまで一人、欲望と戦うことになったのだった。











 

 ーーーそれから数日後の薬科室。

「セス、今日もお菓子は生チョコか?」

 ウィギーはセスの手の中にあるレオナルド手製のお菓子を見て、言った。

「あ、はい。最近、レオナルド殿下、チョコにハマっているみたいで。まあ、俺もチョコレートは好きだから嬉しいんですけど」
「でも、そこまで好き! ってわけでもないだろ?」
「まあ、そうですけど……」
「生チョコ、これで何回目だ? レオナルド殿下、こんなに連続して同じお菓子を作ることなんて今までなかったのになぁ」
「そうなんですよね~」

 ……生チョコ作りってそんなに楽しいのかな?

 レオナルドの夢の内容を知らないセスはウィギーと共に腕を組み、不思議そうに首を傾げるのだったーーーー。
 




おわり





**********

今回、レオナルドが夢を見たという夢オチでした(笑)
(ちなみに夢の最後の方はレオナルドの願望がにじみ出たセスでした)


そして読者の皆様方。
多くのお気に入りを頂き、ありがとうございます。
また完結したにもかかわらず、こちらのおまけ作品も読んでいただき、嬉しい限りです。


また気が向いたら一話読み切りのお話を書くかもしれません。
その時は、また「殿下、俺でいいんですか!?」をよろしくお願します。
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