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殿下、俺じゃダメですか?
23 知らない方が幸せ
しおりを挟む「レオナルド殿下の魔力量ですよ」
「それがどうかしたのか? 確かに子供の頃から人より魔力は多いが……」
アイザックはレオナルドの魔力量を思い出して呟く。
バーセル王国の子供は誰しもが子供の頃、健診と共に魔力測定をする。当然、レオナルドも子供の頃に測定し、その魔力は人より多いものだった。
だが王族と言うのは元来から国を守る役目もあり、元より魔力量が多い一族なのだ。
だから何も不思議な事はなかった。
……ウィギーの言葉を聞くまでは。
「私もレオナルド殿下の魔力量が多い事は存じていました。……しかし、その量が異常なのですよ」
「魔力量が異常? どういう事だ、レオナルドの魔力は確かに高かったが、異常というほどでは」
アイザックは子供の頃に魔力測定を行ったレオナルドを思い出す。確かに高い数値の魔力量を叩きだしたが、それは上の二人より少し多め、と言ったところだった。
異常、というほどまではなかったはずだ、と怪訝な顔をするアイザックにウィギーは静かに告げた。
「レオナルド殿下がイニエスト公国から転移魔法で飛んできたのはご存知ですね?」
「ああ、周知の事実だろう? その後高魔力の使い過ぎで魔力が枯渇したと聞いたが? ……高魔力保持者なら、できない事はないのだろう? 実際、過去にはノース王国からこちらに飛んできた者もいたようだし」
「ええ、そうですね。別にできない事ではないのです。しかし問題はその後です、レオナルド殿下の魔力回復が異常だったんです」
「魔力回復が?」
「ええ、レオナルド殿下にはセスが育てていたミシアの花から精製した薬を投与しました。しかし、レオナルド殿下程の高魔力保持者の魔力が全回復するには、ミシアの薬がもっと必要でしたし、数日かかるはずでした。……けれどセスの話によれば、レオナルド殿下はその日の夜には回復されて、翌日にはご存知の通り、城に戻ってきました。……本来ならありえない事です」
「……つまり、お前の言いたいことは?」
アイザックはちらりとウィギーを見て尋ねた。
「レオナルド殿下が倒れたのは魔力の枯渇ではなく、恐らく……普段使わない突発的な高魔力の放出で体が驚いただけかと」
「体が驚いただけ? では、長距離の転移魔法を使っても魔力が枯渇しなかったというのか?」
アイザックの問いかけにウィギーはこくりと頷いた。それを見てアイザックの顔が少しずつ引きつる。
「なら、レオナルドの魔力量は……」
「相当量のものかと思われます。国を覆すほどの」
「しかし、レオナルドが子供の時にした魔力測定では、そこまでの数値は……」
「時折、大人になって魔力が増える者もいます。ですが聡明なレオナルド殿下の事です、もしかしたら隠していたとも考えられます。……人智を超えた力は、人を恐れさせるものですから」
ウィギーが告げると、アイザックは顔を青ざめさせた。
……確かに子供の頃から聡明な子だとは思っていたが。
アイザックはちらりと窓辺から外で何やら話し込んでいるレオナルドとセスに視線を向けた。その視線に沿うようにウィギーも二人を見る。
しかし深淵を覗く時、また深淵もこちらを見ているもので……。
ふっと顔を上げたレオナルドの視線が、二人がいる窓辺に向けられた。
「「!」」
二人は驚き、思わずすぐに窓辺に隠れて、お互いに視線を交わした。
「……今、こちらを見ていたな?」
アイザックが尋ねると、ウィギーは無言のまま、こくこくっと頷いた。
……自分の息子ながら恐ろしい奴だ。
アイザックはそう思いつつも、頭を抱えた。
「これは本当にレオナルドからセスを離せないな」
レオナルドからセスを無理やり離した途端、国の崩壊は免れないだろう。アイザックはぶるっと身震いした。
「レオナルド殿下の事ですから、きっとセスを離したりしませんよ」
「……セスに神のご加護があらんことを」
アイザックは今後ともセスに何もない事を祈るのだった。
しかし一方、何も知らぬセスは不意に城を見上げたレオナルドに声をかけた。
「レオナルド殿下? どうしたんです??」
セスが尋ねるとレオナルドはにっこりと笑った。
「いや、何でもないよ」
「??」
セスは首を傾げるだけだった。
それからバーセル王国は静かな年越しを迎え、雪も次第に落ち着いて、春先が見えてきた頃。
外交官として派遣され、ノース王国にずっと滞在していたランス殿下が城に帰ってきた。
「セス! 久しぶりだな」
夕暮れ時、部屋に戻ろうとしていた俺の背後からランス殿下は声をかけた。
「ランス殿下! 今日お戻りだったのですか?」
「ああ、もう北国は嫌だ!」
ランス殿下は振り返った俺にぎゅむっと抱き着き、心底嫌そうに言った。余程北国の寒さは堪えたらしい。しかし宥めるようにぽんぽんっと背中を撫でた時、ある匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
……あ、ランス殿下の匂い。
ランス殿下はお洒落さんで、いつもいい匂いのする香水を軽くつけていた。でも抱き合えば、それは強く香るわけで。
……でも、あれ? あの時、この匂い……しなかったよな??
俺は記憶を遡って思う。
風邪で寝込んだ時、俺はお見舞いに来てくれたランス殿下。あの時はレオナルド殿下だと思って抱き着いてしまったのだけれど、この香水の匂いはしなかった。
むしろ、匂いはレオナルド殿下そのもので……。
「それよりセス! いつの間にノース王国のセシル君と仲良くなったんだい?」
俺が物思いに耽っていると、ランス殿下はガバッと俺から離れ、驚いたように尋ねた。
「へ? セシル様ですか?」
確かに仲良くなったけど……それがどうしたんだろう?
「セシル君にセスの事を色々と聞かれたよ。セシル君がこちらに来た時に随分仲良くなったようだね、以前はレオナルドの事しか聞かれなかったのに」
「はぁ……そうなんですか?」
セシル様はレオナルド殿下の方が好きなのに、どうして俺の事なんか聞いたんだろう?
俺は首を傾げながら思ったが、しかしそんな俺にランス殿下は微笑んだ。
「セスも王族の一員だし、レオナルドの伴侶だ。他国の王族と繋がりを持っている事はいい事だよ。人脈は時に金や権力より物を言う時があるからね」
ランス殿下はそう言った。確かに第三王子の伴侶で、平民の俺は人脈を作っていた方がいいだろう。しかし人脈や相手の身分ばかり見ていては、本当の人付き合いはできない気がする。
……でも俺もそう言う事をしないといけないよな。そういう立場にいるんだし。けど、セシル様相手に?
あんなまだ十歳の子供相手に、そんな思いを持って付き合いたくない。そう正直な心が囁く。そしてその思いが顔に出ていたのか、ランス殿下はクスッと笑った。
「人脈は大切だけど、セスには打算的な関係とかは無理そうだから、普通にこれからも友人として仲良くするといい。その方がきっと関係も上手くいくだろう。……今度ルナと結婚するエドワードも平民出だし、損得なしで似た立場に立つ者として助け合っていったらいいんじゃないかな?」
ランス殿下はぽんっと俺の肩に手を置いてアドバイスしてくれた。俺はほっと安堵する。
「はい」
俺はこくりと頷いて答えた。だが、そんな俺をランス殿下は少し気遣うように見た。
「ランス殿下?」
「いや……、俺がいない間に色々とあったと聞いていたのでね。でもすっかり元気のようだね。よかったよ」
ランス殿下は安堵するように言った。どうやら心配をかけていたようだ。
「ご心配おかけしました」
俺はぺこりと頭を下げて言った。そして、風邪を引いた時のお礼を言おうと思う。
でも不意に、やっぱりランス殿下ではなくレオナルド殿下に看病して欲しかったな。と心が寂しく呟く。こんな事を思うのはランス殿下にとても失礼だとわかっているけれど、心は正直だ。
……レオナルド殿下が俺が風邪を引いたら、看病してくれるって言ったから……。でも過ぎた事は仕方ない。さ、ランス殿下にちゃんとお礼を言おう!
俺はそう思って口を開けたが、その前にランス殿下に言われてしまった。
「俺はルナが来てすぐに城を出たからな。詳細は知らないが、まあとにかく二人が仲良しで安心したよ」
ランス殿下はニコニコしながら俺に言った。しかし俺は聞き逃せなかった。
「え、ちょっと待ってください。ルナ様が来てすぐに城を??」
「ああ、そうだよ。ノース王国はここより早く冬が訪れるからね、冬で道が閉ざされる前にあちらに向かったんだ。俺はレオナルドみたいな転移魔法も使えないし」
ランス殿下は腰に手を当てて、そう言った。しかし、それではおかしな話になる。
……ルナ様が来てすぐに出たなら、俺が風邪の時に見舞いに来てくれたのは?
「それにしても、あまりの寒さに今回ばかりはレオナルドに変身魔法で俺に化けて代わりに行ってもらいたかったぐらいだよ~っ。ま、そんな事をレオナルドが受け入れるはずもないけどね」
決定的な言葉に俺はハッとする。
……まさか、あの時来てくれたランス殿下は!
「セス、どうした?」
レオナルド殿下と同じ青い瞳が俺を不思議そうに見つめる。
……ああ、きっとそうに違いないっ!!
「ランス殿下! 俺、急用を思い出したので失礼しますッ!!」
俺はがばっと頭を下げて言うと、ランス殿下の言葉を待たずに掛け走った。
「一体どうしたんだ?」
そう不思議そうに頭を掻く、ランス殿下を置いて。
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