殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、俺じゃダメですか?

21 続・秘密の会話

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『まあ、レオナルド様がそうおっしゃられるのならいいですわ。こちらも万事うまく行きましたし』

 ルナは嬉しそうに告げ、レオナルドは祝いの言葉を述べた。

「婚約おめでとう。私も人の事は言えないが君もよく耐えたものだな」
『お褒めの言葉と思っておきますわ。でもレオナルド様のお力添えのおかげですわ』
「どうかな。私が手を貸さなくても、君はエドワードを落としたと思うが?」
『まあ……そうですわね』

 ルナはふふっと笑って言い、レオナルドはそんな彼女にますます親近感を覚えた。

 幼い頃から幼馴染のエドワードとしか結婚を望んでいなかったルナ。
 しかしルナは体が弱い姉のディアナの代わりに次期女王として育てられ、その上、ルナはディアナと並べば美人姉妹と言われていたほど可愛らしく美しかった。

 当然そんな彼女を幼い頃から多くの貴族連中が狙った。

 しかし、その事に子供の頃から気が付いていたルナはわざと自分を醜く見せる為、あえて太り、王女らしからぬ態度を取った。それは自分に言い寄ってくる、煩わしい男達を寄せ付けない為だ。

 だが、その中でもエドワードは態度を変えず、そんなエドワードにルナがますます惚れるのも無理はなかった。

 それからルナは二十歳になるまで縁談を断り、頃合いを見計らって本来の美しい姿に戻ると、身分も財力も申し分なく、ルナをエドワードと同じように幼い頃から知っているレオナルドを当て馬にした。
 エドワードが本気でルナが他の男と結婚するのだと自覚させ、自らプロポーズさせる為に。そしてその計画は上手くいき、来年の春には二人は結婚式をする。

 だが、レオナルドは思う。例え自分が手を貸さなくても、ルナは絶対にエドワードを手に入れていただろうと。

 ……彼女は私と同じだからな。

 レオナルドはしおりの向こうにいるだろうルナを思った。

 レオナルドとルナは元々王族の付き合いもあったが、それを抜きにしても二人は仲が良かった。それはお互いの考えもさることながら、境遇がよく似ていたからだ。

 王族と言う立場に生まれ、他を圧倒する美貌と優れた頭脳。二人は持って生まれたものが多すぎたのだ。それ故に、何に対しても満足できない毎日。

 だがレオナルドにはセス、ルナにはエドワードが現れた。譲れない唯一無二の存在を見つけた二人。そんな二人が協力関係を結ぶのも自然な事だった。

『でもレオナルド様が手を貸してくださって、スムーズに事が運んだのも事実ですわ』
「こちらも都合がよかったから、お互い様だ。それに私としても幼い頃から知る君とエドワードがくっついてくれた方が気分がいい。まぁ……間男の役目は少々大変だったし、君の変貌ぶりには大変驚いたがね」

 レオナルドは言いながら、セスと共にルナに挨拶へ行った時の事を思い出した。

 レオナルドは、ルナとこうしてしおりで度々会話をしていても姿を見るのは本当に久しぶりだった。
 最後にレオナルドがルナを見たのは五年前。その時のルナはハッキリ言ってとても醜かった。お世辞にも美しいとは言いずらいほど。

 しかし今回国に来た時、セスと一緒に挨拶に行けば、そこにはまるで別人のようにほっそりとした可憐なルナがいた。自分の目を疑うほどの変貌ぶり。
 だから、驚きのあまり釘付けになってしまったのだ。セスはレオナルドがルナに見惚れたと思っていたが。

 ……女と言うものは怖いものだ。こんなにも豹変してしまうのだから。

『あら、お褒めの言葉として受け取っておきますわ。でも私よりもレオナルド様の演技の方が、とても素晴らしかったわ。うちにある劇場で、ぜひ主演俳優として出て欲しいくらい。……エドワードもすっかり騙されて、今でもレオナルド様との仲を疑ったりして可愛いんですのよ。こうして通話している事がわかったら、怒っちゃうかもしれませんわね。ふふっ』

 レオナルドはルナにからかわられているだろうエドワードを思い浮かべ、少し不憫に思った。しかし自分にも大変身に覚えのある事なので、レオナルドは言及しなかった。

 それよりもレオナルドはルナに尋ねたいことがあった。

「それより一つ聞きたいことがあるのだが」
『なんでしょうか?』
「どうして、あの時セスが何かするとわかっていたんだ?」
『あの時?』
「私がイニエスト公国から転移魔法で出て行く時。君は言ったな、セスがこのままでいるはずがない、と。そしてそれはその通りだった。どうしてわかったんだ?」

 レオナルドはまるでセスが仮死の薬を飲むことを予知していたようなルナの言葉がずっと気になっていた。
 そしてそのレオナルドの疑問にルナは隠すことなく答えた。

『ああ、その事ですの? そんなの簡単ですわ。私からの手紙を受け取った後、セス様が何もされないはずがないと思いましたもの。レオナルド様はそう思われませんでした?』

 ルナに言われてレオナルドは黙る。レオナルドは後でセスから手紙の事を聞いたが、それでもセスは冬が明ける春まで待って、イニエスト公国から戻ってきた自分に事情を聞くのだと、思った。

 ……しかし実際、セスはルナからの手紙を受け取り、憤慨し、仮死の薬まで作った。私から真実を聞き出す為に。

『だから、セス様を侮っている、と言ったのですよ』

 ルナの言葉にレオナルドはむっと口をへの字にするが、ルナは続けた。

『セス様が何かするだろう、となぜ私が分かったか。それは、貴方が思っている以上にセス様がレオナルド様を愛していらっしゃると、バーセル王国でお会いした時にはっきりと分かったからですわ』

 ルナに言われてレオナルドは少し驚く。

「セスが?」
『ええ……。レオナルド様と一緒にいて、セス様は幸せそうでしたもの。それにレオナルド様が私にうつつを抜かしている間、とてもお辛そうでした。あれは本当に心から愛していなければ、できない表情です。……だから、もしかしたら私が手紙を送らなくてもセス様はレオナルド様の真実に気が付いたかもしれませんわね』

 ルナはしみじみと言い、レオナルドは「そうか」と答えた。

 ……セスは私が思っているより愛してくれている、か。

『でも愛されている、というのは私達にはなかなかわからないものなのかもしれませんわね。私達はずっと相手を想う方が多かったから』
「……そうかもしれないな」

 レオナルドはくすっと笑って呟き、セスの泣き顔を思い出した。そして自分を愛していると叫んだ、愛しい姿も。

『俺も……。レオナルド、愛してる』

 愛の告白も……。

『私もレオナルド様とセス様に負けないぐらいの夫婦になって見せますわ。また春にある結婚式には国賓としてお呼びしますから、どうぞ足を運んでらしてね。今度はセス様と』

 楽し気に言うルナにレオナルドは「勿論だ、楽しみにしておこう」と快く答えた。

『ええ。では、ノーベンも戻ってくる頃合いでしょうし、そろそろ失礼しますわね』
「ああ」
『また何かあればご連絡下さい。では、ごきげんよう』

 ルナは王女らしく丁寧な言葉使いで通話を切った。そしてしおりに挟まれている紫の花がピンク色に変わる。通話が切れた証拠だ。

 レオナルドはそのしおりを机の引き出しに入れ、タイミングよく、お茶と焼きたてのお菓子を持ってきたノーベンが戻ってきた。

「お待たせしました。焼きたてのお菓子と申されましたので、少々時間がかかりました」
「いや、構わない。久しぶりに焼きたてが食べたかったものでな」

 レオナルドはそう言ってノーベンが持ってきた焼きたての焼き菓子を口に放り込んだ。

 ……ルナ様と話す為にわざと時間がかかるように“焼きたての”と言ったが、やはり焼き菓子は焼きたてが一番うまいな。またセスに作ってあげなければ。

 レオナルドは城の料理人が作った焼き菓子を食べながら思った。目に浮かぶのは、自分が作ったものを心底おいしい! と笑って食べる無邪気なセスの顔だけだ。今ではそこにフェニもいる。

 ……何を作ってあげたら喜んでくれるだろうか? いや、セスなら何でも喜びそうだな。ふふっ。

「何を不気味に笑ってらっしゃるのですか」

 ノーベンに言われて、レオナルドは自分の顔がうっかり緩んでいた事に気が付いた。しかし不気味とはとんだ言われようだ。

「いや、何も……。それよりノーベン、春先にあるルナ様とエドワードの結婚だが。私個人からも何か贈りたい、二人が喜びそうなものをいくつか見繕っておいてくれ」
「畏まりました」

 ノーベンはそう答えた後、レオナルドにお茶を淹れたティーカップを差し出した。レオナルドはそれを飲み、ふぅっと息を吐くがノーベンの表情は妙に暗い。

「どうした?」
「いえ……その。エドワードとルナ様との結婚は、レオナルド殿下とセス君の結婚より反発が大きいだろうな、と思いまして」

 ノーベンは心配そうに呟いた。そしてそれはレオナルドも気にかけていた事だった。

 レオナルドは王子と言えども第三王子だ。そして次の国王はアレクサンダーに決まっていて、もうすでに跡継ぎもいる。反発はあれど、セスと結婚しても大きな問題はなかった。

 しかしルナは違う。次期女王で、跡継ぎも必要になってくる。女王の王配として、跡継ぎの父親として平民出のエドワードの立場は弱いものだ。そしてそれに対して、否を言ってくる者を多いだろう。
 だが気には掛けてはいても、レオナルドは心配など微塵もしていなかった。

「あの二人なら大丈夫だろう」

 レオナルドはハッキリと答えた。

 ……ルナ様は頭の切れる才女だ。きっと、そう言うところも対策を取っているだろう。自分がセスと結婚する時に手を回したように。

「それに周りが何を言おうが、ルナ様にはエドワードが必要だ。これから彼女は女王と言う重い責務を負う事になる。その時、必要なのはどんなことがあっても彼女を支え、傍に寄り添う事が出来る者だ。身分を持つ者や高い能力を持つ者は部下でいい」

 レオナルドが経験上からくる言葉を伝えると、ノーベンはクスッと笑った。

「経験者の言葉は重みが違いますね」
「まあな。それに彼女有能な部下がいるからきっと大丈夫だろう」

 レオナルドはお茶を飲みながらさらりと言い、何気なく褒められたノーベンは少し驚いた。だが、喜ぶでもなく疑いの目を向けた。

「……殿下、褒めても仕事の量は減らしませんよ?」
「チッ、だめか」

 レオナルドは舌打ちをして言ったが、ノーベンは容赦なかった。

「レオナルド殿下が勝手になさっていた間のお仕事がまだまだたんまりと残っていますから、頑張ってください」

 ノーベンはそう言うと、お茶と共に持ってきた書類をどっさり執務机の上に置いた。

 レオナルドは「はぁっ」とため息を吐き、有能な部下を持つとそれはそれで大変だな、と改めて思ったのだった。


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