殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、俺じゃダメですか?

16 朝を迎えて

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「……む?」

 目が覚めるとすぐ傍にレオナルド殿下の寝顔があった。

 美しい寝顔に俺は起きて早々、ちょっとドキッとする。だってスッと通った鼻筋に肉厚な唇、無造作に流れている前髪の奥に金色の睫毛がしっかりと閉じられている。
 こんな格好いい顔が目の前にあったら誰だってドキッとすると思う。俺は何度も見てるけど、まだ慣れない。いつか慣れる日がくるのだろうか?

 ……美人は三日で飽きるって言うけど嘘だよな。レオナルド殿下、こんなに綺麗だけど飽きる気配ないもん。

 俺はしばしレオナルド殿下の寝顔を見つめ、それからキョロッと窓に視線を向ける。
 カーテンをし忘れた窓の外を見れば、雪がしんしんっと降っていた。外の明るさから、恐らく昼前ぐらいだろう。

 ……お昼前か。外は雪が降ってるんだ。

 でもレオナルド殿下の傍は熱いくらいに温かい。ぬくぬくとその温かさに、心まで温かくなって外に一歩も出たくない。今日一日中、この温かさに包まれていたいと願うほど。

 ……まあ、現実はそうも言ってられないんだけどさ。

 レオナルド殿下が元気になった報告をしないといけないだろうし、レオナルド殿下自身イニエスト公国に色々と連絡もしないといけないだろう。
 もっと傍にずっといたいのが本心だけれど、そうもいかないのが現実だ。

 ……俺は休みを取ってるからいいけど、レオナルド殿下はそうもいかないよな。

 そんな事を考えていると、レオナルド殿下の瞼がぴくりと動いた。

「……んっ。……セス?」

 ゆっくりと瞼が上がり、サファイアの瞳が俺を捕らえた。

「おはようございます、レオ」

 俺が声をかけるとレオナルド殿下はまだ寝ぼけ眼で、ぽやぽやとしていた。

「ああ……おはよう。ふぁあっ、もう朝?」
「ええ、もう朝ですよ」

 あくびをするレオナルド殿下に俺は返事をした。でもそんな俺をまじまじと見て嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱりセスがいる朝はいいものだな」

 本当に嬉しそうに言うものだから、俺は朝から顔が赤くなる。

「そんなの……俺もですよ」

 俺が言うとレオナルド殿下はますます嬉しそうにした。なんだか朝からとっても甘い雰囲気になってしまう。

「しかし、もう朝か。今日はさすがに城に戻らないといけないな。ああ、ずっとここでこうしていたいよ」

 レオナルド殿下は心底嫌そうに呟いた。

「それは俺も同じだけど、ダメですよ。ノーベンさんも心配して待っているでしょうし」
「ノーベンか。何を言われるか……」

 レオナルド殿下はふぅっとため息を吐いた。昨日、あれだけ怒っていたのだ今日はしっかりと叱られる事だろう。そしてそれは俺も。

 ……うう、俺もちょっと憂鬱だなぁ。仮死の薬なんてものを勝手に作った事、怒られるんだろうなぁ、父さんと母さんに。

 俺は二人を思い浮かべて顔を引きつらせた。
 実は仮死の薬なんてものはない。麻酔薬なるものを俺が少し改良してバージョンアップさせて作ったのだ。

 麻酔薬は大掛かりな治癒魔法を使う時、患者さんに使う少し強力な眠り薬だ。
 でもその麻酔薬を作っている時に『もしかしてこの麻酔薬、ちょっといじったら眠るだけじゃなくて仮死状態になるんじゃないか?』と俺は元々思っていた。

 そして、レオナルド殿下の真実を突き止めた俺は麻酔薬の事を思い出して、仮死の薬を作る事にした。その為に、薬長に数日の休みの許可を貰って、つい昨日試作品が出来たところだった。そして試し飲みをしたら、レオナルド殿下が来て……。

 ……ちょこっと仮死になる予定だったのに、その間に来ちゃったから驚いたよな。でも、まあ、当初の計画通り(?)レオナルド殿下の本心が聞けたし。良かったのかな?

 でも危険なものを作ったことには変わりない。試行錯誤して、何度も安全か確認して作った。けれど、少し間違えばそのまま仮死状態のまま眠りにつく事だってあるかもしれなかったのだ。

 だけど、あの時は自分が死んだという事にしていればレオナルド殿下はきっと全部教えてくれる、俺が死ねば何も隠す必要はないから、と思ったのだ。実際、レオナルド殿下は俺の死に駆けつけて、全て教えてくれた。

 でも、やっぱり危険な薬を作ったのには間違いない。

 ……作った薬のレシピは全部破棄しないとな。

 俺はそう思い、父さんと母さんにしっかり叱られようと思った。

「セス、何を考えてるの?」

 一人悶々と考えていると隣から問いかけられた。

「ん? 今日は父さんと母さんにしっかり叱られないとなって……二人にも心配かけちゃったから」

 俺が言うとレオナルド殿下も俺が仮死の薬を飲んだことを思い出したようで。

「セス、もう二度とあんな事はしないで。あの薬を二度と飲まないと約束して欲しい」

 レオナルド殿下は少し強めの口調で俺に言った。それもそうだろう。俺が死んだと思って自分の魔力を全て使い切って俺の元に飛んできたのだ。
 目覚めた時、レオナルド殿下の顔は心配と不安、悲しみで溢れていた。俺ももう二度とあんな顔は見たくない。

「はい、もう二度と飲みません。……ごめんなさい」

 俺が謝ると、レオナルド殿下は俺をぎゅっと抱きしめた。

「いや、セスばかりのせいじゃない。そうさせてしまった、私も悪かったんだ。……ただ、もうあんなのはナシだよ」
「はい……もう二度としません」

 俺がハッキリと答えると、レオナルド殿下は体を離してホッとした表情を見せた。

「今日は一緒に叱られよう」

 レオナルド殿下は俺の頭を撫で、俺は「はい」と答えた。でもレオナルド殿下の大きな手で優しく撫でられるのが気持ちよくて、俺はすぐにふにゃんっと顔を緩めてしまう。
 ずっと撫でられていたくなる。

「セス、そんな顔をされるとまた抱きたくなってしまうよ」

 そう言うとレオナルド殿下はふにゃふにゃしてる俺の頬にちゅっと優しくキスをした。

「っ!」

 驚いてレオナルド殿下を見れば情欲に濡れた瞳がじっと俺を見ている。

 ううっ、そんな目で見ないで!

「だ、ダメです、よ」
「本当にもうダメ?」

 レオナルド殿下が俺を試すように、俺を誘うように尋ねてくる。
 だから俺の理性と欲望が囁き合う。レオナルド殿下にまた抱かれたい、いや今日は予定があるのだからダメだ! と言う俺の理性と欲望が。

 なのにレオナルド殿下は。

「セス」

 レオナルド殿下は俺の名を呼ぶと、俺の顎に手を当ててそっと顔を寄せた。
 今、キスされたら流されちゃう! と思いつつも俺は顔を背ける事もできなくて、結局レオナルド殿下の唇を受け入れる為にゆっくりと目を閉じた。

 なんだかんだ言っても俺もレオナルド殿下と触れ合う事は嬉しいのだ。

 でも俺達の唇が触れ合う直前、コンコンコンッ! という音によって俺達はキスできなかった。
 パチッと俺達は目を開け、お互いの顔を見つめ合う。

「今の音」
「窓から?」

 レオナルド殿下と俺は言った後、二人してくいっと顔を窓に向けた。


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