65 / 114
殿下、俺じゃダメですか?
11 助けに来たヒーローは
しおりを挟むドサドサッ! と雪と同時に看板が地面に落ちた。
「きゃああっ!」
突然の事に辺りには悲鳴が響き、ざわざわと人がお店から出てきた。
そして俺は驚いて声も出ない。
……俺が今まで立ってたところ。下敷きになっていたらどうなっていたか。
俺はさあぁっと顔を青ざめさせた。しかしそんな俺に後ろから声が掛けられた。
「おい、大丈夫か? あんた」
酒臭い息と共に尋ねてきたのは近くを通りかかった男だった。俺はハッと我に返り、すぐに振り向いてお礼を言った。
「ありがとうございました! 俺、全然気が付いてなくて、腕を引っ張られなかったらどうなっていたか」
「いや、たまたま気が付いたからいいけどよ」
男は赤ら顔で俺にそう答えた。きっと近所の酒場で飲んで歩いていたところ、雪と看板が落ちてくるのが見えたのだろう。
「本当にありがとうございました」
俺がぺこりと頭を下げて言うと、男は照れくさそうな顔をした。
「礼を言われるほどの事はしてねーさ。……それより、あんた。どっかで見た顔だな?」
男はまじまじと俺を見て言い、俺は初対面の男に「え?」と首を傾げた。だが、男は思い出したみたいで「ああ!」と声をあげた。
「そうだ! あんた、第三王子に捨てられた伴侶様だ! そうだろ?!」
男は俺を見て、ハッキリとそう告げた。俺はちくりと胸が痛む。
……そんな言い方しなくても。
そう思うが何も言わない俺に男は不躾な視線を向けてきた。
「前に新聞であんたの絵姿を見たことがあったんだ。ここいらに住んでいるとは聞いていたけど、本当に会えるとはね。いや~、こりゃ実物の方が可愛いな」
男は着込んでいる俺を上から下まで舐めるように見た。その視線になんだか嫌悪感を覚える。冬だから沢山着込んでいると言うのに、下着まで見透かされているみたいな気分だ。
……嫌な予感がする。
「あの、助けていただいてありがとうございました。俺はこれで!」
俺は早口で言い、その場から早々に逃げ出そうとした。けれど、そんな俺の腕を男は乱暴にがっしりと掴むと、俺を引っ張った。
「まあ、そんな急ぐなよ。ちょっと付き合えよ」
「え!? あ、あの! ちょっと離してください!」
俺は手を離して貰おうとしたが、男は言う事を聞かずに俺を裏路地に引っ張っていった。力強い手に俺は解けない。そして裏路地の先には簡易宿がある。つまり、アレするところだ。
俺は顔を青ざめさせた。
「ちょっと! 困りますっ!!」
俺は声を荒げて言った。そんな俺を男は鋭い目つきで睨む。
「ああ? 命を助けてやったって言うのに、とんだ言い草だなッ」
「そ、それとこれとは別です!」
少し怯みながら俺が言うと男は鼻で笑った。
「ハッ! お高くとまってんな! 何度も男を咥え込んでるんだろ? 俺一人増えたっていいじゃねーか」
失礼極まりない言葉に俺は怒りが湧きあがる。
「なっ!!」
「それにお前さんみたいなのが王子様の伴侶になったって言うからには、よっぽど床上手だったんだろ? そのお手並み拝見、って話じゃねえか」
……なななっ! 俺はレオナルド殿下と結婚するまで、誰とも付き合った事なんかないのにッ!!
破廉恥な言葉に俺は顔を赤くしてしまう。だが、男は俺が何も言わないことをいい事に話を続けた。
「王子に捨てられて、誰も相手してないんだろう? いいじゃねぇか、俺が相手してやるよ」
男はげらげら笑って言った。だが俺はそんな男を睨んだ。
少なくともこんな下品な男に相手なんかして欲しくない。どんなことがあってもお断りだっ!
「結構です! 腕を離せッ!」
俺は自分の腕から男の手を離すように振り払った。だが、男はがっちり掴んで離さない。
「いいから、大人しくしてろッ!」
「離せ! この酔っぱらい、俺はあんたみたいな奴の相手なんて死んでも御免だ!」
俺が言い放つと、男の琴線に触れたのか、怒った顔をして拳を振り上げた。
「なんだと! この男娼がッ!!」
男は握った拳をそのまま俺に振り落とそうとした。
レオナルド殿下みたいに強くない俺には受け止められそうにもないし避けられそうにない。だから衝撃に備えて、ぎゅっと目を瞑った。
でも、そんな時。
「そこまでじゃ」
聞きなれた声が聞こえてきて、目を開けると俺のすぐ傍に大家のおじいちゃんが立っていた。
「おじいちゃんッ!!」
「セス君、こんな酔っぱらいについて行っちゃいかんじゃろぉ」
おじいちゃんはほのぼのとした様子で俺を叱り、よく見れば男は地面に膝をついていた。
……え? 一体何が起こったんだ??
「ジジイ! 何をしやがった!」
「ほっほっ、ちょいと足の神経が通っとるツボを押したまでじゃよ。しばらくは動けんが、酒も抜けた頃には動けるようになるじゃろう。よう、頭を冷やすんじゃの」
「このクソジジイッ!!」
男は憎々し気におじいちゃんを睨んで言ったが、おじいちゃんはさらりと受け流していた。
「全く血気盛んじゃの。それぐらいで済んだこと、わしに感謝して欲しいぐらいじゃのに」
「なんだと?」
「お前さん、まだ命があってよかったのぉ。……じゃが、またこの子に何か悪さをしたら、このわしでも次は許さんぞ?」
おじいちゃんが言うと、男はヒッと息を飲んだ。俺はおじいちゃんの背中しか見えないから、おじいちゃんがどんな顔をしているのかわらない。そんなに息を飲む程、怖い顔をしているのだろうか?
「おじいちゃん?」
俺が恐る恐る声をかけると、おじいちゃんはいつもの朗らかな笑顔で俺に振り返った。
「ん? どうしたんじゃ?」
「え? あ、ううん。あの、助けてくれて、ありがとう」
「いいんじゃよ。それより、この阿呆は放って、一緒に帰ろうかの」
「うん」
俺は返事をして、ちらりと男を見る。男は顔を強張らせたまま、何も言わない。
……おじいちゃんの言葉がよっぽど効いたのかな?
そう思ったが、俺は何も言わずにおじいちゃんと一緒に裏路地を出た。
「セス君、一応聞くが怪我はしとらんね?」
「あ、うん、大丈夫。おじいちゃん、助けてくれてありがとう」
「なぁに、ちょっとばかし突いてやっただけじゃよ。そしたら簡単に倒れおったんじゃ」
おじいちゃんはほっほっほっと笑って言った。俺を助けてくれたのに、それを自慢気に言わないなんてさっきの男とは雲泥の差だ。
……さすがおじいちゃん、カッコイイ。若い頃は絶対モテたはずだ。
俺は尊敬の眼差しでおじいちゃんを見る。けれど、そんな俺におじいちゃんは尋ねた。
「それはそうと、最近はどうじゃね?」
その声は俺を気遣うものだった。
「あ、うん……大丈夫、だよ。その、心配かけてごめんね。風邪の時も色々してくれてありがとう」
俺がお礼を言うとおじいちゃんは笑った。
「そんな事、気にせんでええんじゃ。人は助け合って生きていくもんなんじゃから」
おじいちゃんの温かい言葉に俺の心も温かくなっていく。だが、おじいちゃんの言葉はその先があった。
「じゃが、すれ違ってしまうのも人というものじゃのぅ」
その言葉はまるで俺とレオナルド殿下を言っているかのようだった。
「おじいちゃん……俺、レオナルド殿下の事」
「信じられないかの?」
「……」
俺は何も答えられない。
俺の辿り着いた答えが真実であって欲しい、レオナルド殿下を信じたいと心は願う。だけど、もしも違った時、俺はどうなってしまうだろう。
今はひび割れている心が、今度こそバラバラに崩れてしまう気がする。
「人は裏切られた時、もう一度信じるには二倍の力が必要じゃな。いや、それ以上かもしれんな。だが、レオナルド殿下は信じるに値しない男かな?」
「それは……」
俺は言葉に詰まってしまう。レオナルド殿下を信じたいけど、臆病な俺は『うん』と言えない。だから、俺は尋ねていた。
「おじいちゃんは……誰かに裏切られた事、ある?」
「わしかの? ……そうじゃなぁ。こうも長く生きておったらの、そういうこともしばしばじゃな、はっはっはっ」
おじいちゃんは笑って俺に言った。どうしてそんなに強く生きられるんだろう。
「その時、どうしたの? どうやって、また人を信じられたの?」
「ん? そうじゃなぁ。わしは、ものすっごく怒ったのぉ」
「怒った? それだけ?」
思わぬ言葉に俺は肩透かしを食らう。だが、おじいちゃんはうんうんっと頷いた。
「ああ、そうじゃ。怒って怒って、怒りまくったの。でも、怒りと言うのはそう長くは続かん。そして人を疑いながら生きていくなんて大変じゃ。……だから、なった時はなった時じゃ、とあまり考えなくなったの。それに信じ、信じられる関係は気持ちいい。今のわしとセス君みたいにのぉ」
おじいちゃんはあっけらかんと言った。その強さが眩しい。
俺はレオナルド殿下に裏切られて、こんなにも一人落ち込んで、周りに心配をかけていると言うのに。
……俺はどうやったらおじいちゃんみたいになれるんだろう?
そう思った時、おじいちゃんは話を続けてくれた。
「なあに、あまり焦らんでいいのだよ。……だがの、セス君。人とは面白いもので、相手を想って裏切る事もある。例えば、無用な争いに巻き込ませない為だったり、相手に事情を話せずに仕方なく裏切る形になってしまったりの」
「事情を話せずに……」
俺は呟き、すぐにレオナルド殿下の顔が浮かんだ。
「ああ。……さて、家にも着いた事だし、今日はゆっくり休みなさい」
おじいちゃんはそう俺に言った。話をしている内に、いつの間にか俺達は家の前に着いていた。
「うん、色々とありがとう。じいちゃん」
「なぁに、この老いぼれの話を聞いてくれて、ありがとなぁ。それと……」
おじいちゃんはそう言うと懐から一通の手紙を取り出し、それを俺に差し出した。
100
お気に入りに追加
4,071
あなたにおすすめの小説
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる