殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、俺じゃダメですか?

6 父さんの推理

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「確かに恋愛と言うものは人を盲目にしてしまうものだ。けれど、あのレオナルドがこんな下手なやり方をすると思うのか?」

 思わぬ父さんの言葉に俺は目を丸くする。

「……えっ?」

 驚く俺に父さんは言いたくなさそうにしながらもきちんと話をしてくれた。

「つまりだ。あいつはとても有能だ。お前と結婚する時もその手腕の凄さを見せた。本来なら、庶民であるお前と王子であるレオナルドは身分差から結婚なんて許されない。だが、あいつはお前と結婚した」
「そ、それは同性婚が施行されて」
「セスは本当にそう思っているのか? おかしいと思わないか?」

 冷静な父さんに俺は戸惑うばかりだった。

「レオナルドは元々お前の事が好きだった。そうだったな?」
「う……ん」

 確か、レオナルド殿下はそう言っていた。俺が幼い頃、母さんと一緒に城に来ていた時に会った俺を気に入ったって。

「そしてお前が二十歳になる頃に同性婚が施行された」
「そうだけど」

 俺が答えると父さんはフッと笑った。

「おかしいじゃないか。レオナルドはお前の事が好きで、ちょうどその一年前に同性婚が施行された。あまりにタイミングが良すぎじゃないか? それにだ。王家が後ろ盾にあったとしても、お前がレオナルドの結婚相手になるには貴族の説得が必要になるはずだ。だが、お前とレオナルドが結婚したのは、王から通達があって一か月後だと言っていたな?」

 確かに父さんの言う通りなのかもしれない。俺はあんまり深く考えていなかったけれど、王妃様のプッシュがあったり、陛下の言葉があったにしても、あの結婚式はあまりに早過ぎた。

「う、うん」
「レオナルドが貴族連中にはすでに手を回していたからだろう。つまりこの結婚はお前に話が来る前から確定していたんだよ」
「で、でも! 俺が断っていたら……それに俺、一度は断ったよ?」
「ああ、セスの立場を考えれば断るのが普通だ。だが結局お前は断らなかった。あいつはお前が断っても、お前が結婚に対してイエスと答えるようにしていたんだろう?」

 俺がイエスと答えるようにしていた? ……確かに結婚の話があった時、レオナルド殿下は他の人とは結婚したくないって言って俺に結婚するように求めた。あとで、それは俺と結婚する為の嘘だってわかったけど。あの時、俺はノーとは答えられなかった。陛下の命令もあったけど……何よりレオナルド殿下が困っているように見えたから。

「セス、よく考えるんだ。レオナルドが本当にお前と唐突に別れて他国に行くことなんてあると思うか?」

 父さんは真面目に俺に問いかける。でも、俺にはわからなかった。

「それは……でも、ルナ様に本当の恋をしたのかもしれないし」

 レオナルド殿下の本心は本人にしかわからない。

「じゃあ、お前との事は嘘の恋だって言うのか? レオナルドがあれだけお前に執着していたのに?」

 父さんに言われて俺は言い淀む。俺だって本当は信じたい。

 レオナルド殿下が俺を本当に愛してくれていたんだって。あの言葉には、嘘偽りはないって。でも……でも、信じたくないけどレオナルド殿下は俺に言ったんだ。

「じゃあ、どうしてレオナルド殿下は俺に別れて欲しいなんて言ったの? レオナルド殿下は俺にハッキリと言ったんだ、俺と別れたいって。だから……俺はっ、俺は!」

 口にしてしまうとやっぱり悲しくて。レオナルド殿下が俺に言ったことを思い出すと、何度でも胸が引き裂かれる気持ちになる。この傷が癒えるには時間がまだまだ必要だった。
 でも父さんは慌てるでもなく悲しさに唇を噛み締める俺に問いかけた。

「別れたいと言ったその理由は?」
「そ、れは……」

 子供が欲しいから。

 俺には決して作ってあげられないモノ。俺が傍にいては、レオナルド殿下が得られない。だから俺は別れを受け入れた。
 けれど、父さんと母さんにはその事は言えなくて。
 だんまりと口を噤んだ俺に父さんは追求しなかった。

「とにかくだ、あいつの行動はあまりに不審すぎる。ウィギーもノーベンもレオナルドの行動に首を傾げている。それは俺達もだ。セスだってそう思ったんじゃないか?」

 父さんに言われて俺は思い返す。確かにレオナルド殿下の行動はおかしいものばかりだった。でも俺はそれをルナ様に恋してしまったからだと思っていた。

 けれど冷静に考えれば、レオナルド殿下がこんな突飛な行動をするだろうか?
 でも、何が理由で?

 そう考えたときに浮かぶのは“やっぱりレオナルド殿下はルナ様に恋をしたから”という理由しか思い浮かばなかった。だけどそんな俺に父さんは言った。

「あいつのことだ、この別れ話もきっとお前の為なんじゃないのか?」

 思いもよらない言葉に俺は驚く。

「……俺の?」

 どうしてこんなことをする必要があるというんだ。俺の為って、何の為に?
 眉間に皺を寄せるばかりの俺に父さんは告げる。

「まあ、俺達は傍にいた訳でも、全てを見てきた訳でもない。だから俺達には、何が理由でこんなことをレオナルドがしているのかはわからない。ただ、はっきりしているのは明らかにあいつにしてはおかしいってことだけだ。だからセス、お前が見つけなくちゃいけない。その理由を」
「理由……を?」

 俺は小さく呟いた。
 レオナルド殿下は本当にルナ様に恋をしたのかもしれない。あの気持ちも本物かも。

 だけど、もしもこの全てが違う理由によって行われているのなら……、そしてそれがもしも俺のせいなら、俺は!!

「……少し、考えてみるよ」

 俺はそう両親に伝えた。そんな俺を見て父さんと母さんはほっと安堵したような顔を見せたのだった。









 その日の夜。
 俺の部屋には寝具の予備がなく、父さんと母さんは俺を心配しつつも近くの宿に泊まりに行った。だが……。

『理由はともあれセスをこんなに悲しませてんだ。どんな理由であっても、あいつ……俺の前に面見せやがったらギッタンギッタンにしてやるからな!』

 と父さんは帰り際、とても怒っていた。

 ……母さんは何も言わなかったけど怒っていたな。もしかしたら父さんより怒ってたかも?

 一人部屋に残った俺は風呂の中でお湯に浸かりながらぼんやりと思い出す。
 そしてもあもあと天井に上がって行く湯気を見上げて、働かない頭を動かす。父さんの言葉を思い出しながら。

 ……レオナルド殿下がどうして別れると言ったのか。考えれば考えるほど俺にはわからない。俺の為だったとしても、何の為に……?

 目を瞑って考える。でも思い返されるのは、ルナ様に会いに行くレオナルド殿下の姿ばかり。
 ズキンッ。
 胸が軋むように痛む。

『きゅむぅぅぅぅっ』

 俺の中の兎も小さく鳴いてる。別れを告げられたあの日からずっとこんな感じだ。

「ふぅっ」

 ……父さんは不自然だって言っていたけれど。確かにレオナルド殿下にしては、なんだか手際が悪いような気がする。でも俺の時も結婚は急だったし、本当の恋だったならなりふり構っていられなかったのかもしれない。やっぱりレオナルド殿下は俺じゃなくて本当にルナ様が……。

 考えるほどにどんどんと悪い思考に向かって行く。
 レオナルド殿下を信じたい。俺のことをまだ好きだって思いたい。
 でもあんなにはっきりと告げられてしまえば、信じるのは難しくて。

 信じて、やっぱりレオナルド殿下がルナ様に恋して俺のことが要らなくなったんだとしたら……今度こそ俺は生きていけない。

「はぁ……」

 俺は大きなため息を吐き、左手を上げる。そこにはまだレオナルド殿下に返していない結婚指輪が光っている。
 レオナルド殿下は俺にこの指輪をくれて、他にも沢山の愛をくれた。それは心地良くて、何にも変えがたい。もう二度とそれなしでは生きていけないほどにレオナルド殿下は俺を変えてしまった。

『かわいいね』
『綺麗だ』
『セス、愛してる』

 その甘やかな言葉をいっぱい俺に聞かせて。

「……レオナルド殿下。……レオ」

 指輪に唇を寄せてキスをすれば、身体がだんだん疼いてくる。

 レオナルド殿下の大きな手が俺の体を探る感触、耳元で囁く声。俺を包む身体。唇の柔らかさに俺を射抜く、情熱を宿したサファイアの瞳。

『セス』

 俺の名を呼ぶレオナルド殿下。俺の体はまだそれを覚えてる。

 だからうずうずと身体がレオナルド殿下にまた愛して欲しいって後ろが酷く疼いた。

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