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殿下、俺じゃダメですか?
5 両親の帰国
しおりを挟むそれからも日々は変わることなく残酷に過ぎていき、レオナルド殿下がイニエスト公国に行って、もうすぐ二カ月。
冬の厳しさは増すばかりで、そんな季節のせいもあるのか、俺は時々体調を崩すようになっていた。でも根本的な理由は季節だけじゃないのは明白で……。けど、その問題を解決できない俺はただただ栄養剤を飲む毎日を送るしかなかった。
だが、そんな時だった。
休みの日の昼頃、ベッドの上ぼんやりとしている俺の元に誰かがやってきた。
コンコンコンッ。
部屋のドアがノックされ、誰だろう? と頭を巡らす。でも今の俺は誰にも会いたくなくて、ベッドから起き上がることもなく天井を見つめた。
そんな俺に痺れを切らしたように、今度は少し強めにドアが叩かれた。
ドンドンッ!
……郵便かな? それにしては、なんだか違うような?
俺は眉間に皺を寄せながらもゆっくりと体を起こし、ドアに向かって声をかけた。
「はい、ちょっと待ってください」
俺は声をかけ、それからのそのそと玄関ドアに向かった。そして鍵を開けて、ガチャリッと冷たいドアノブを回す。
「はい、どちらさまで」
そこまで言いかけ、ドアが開いた瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「セス、元気だったか!?」
「あらあら」
それは良く知っている声で、俺に抱き着いてきたのは言うまでもなく父さん、そしてその後ろには母さんが笑って立っていた。
「と、父さんに母さん!」
「久しぶりね、セス」
母さんが微笑んで俺に言った。
「どうしてここに? まだ旅をしてたんじゃ?」
俺が問いかけると今度は父さんが答えてくれた。
「ああ、そうなんだがお前の噂を旅先で聞いてな。急いで戻ってきたんだ」
「……俺の、噂」
「ああ」
父さんは俺をじっと見て言った。その瞳は俺に起こった事を知っているようだった、だから俺は目を目を逸らした。
「この雪の中をわざわざ帰ってきたの? 大変だったでしょ」
父さんの被っているニット帽には雪が付いている。一カ月前まで西国(さいこく)にいると聞いていたのに……俺なんかの為に。
「雪なんかどうとでもなる! それよりセス、レオナルドと別れたって言うのは本当なのか?」
父さんは怒った様子で俺に問いかけた。その怒りは俺に向けられたものじゃないけれど、俺はその問いに言葉を詰まらせる。
……父さんと母さんになんて言えばいいんだろう。
俺の結婚に反対し、俺を心配してくれた両親。そんな両親を説き伏せて、俺はレオナルド殿下と一緒にいる事を望んだ。でも、今は……。
ぐっと唇を噛んで、俯くしかできなかった。そんな俺を見て、父さんは眉間に皺を寄せた。
「……まさか、本当なのか?」
「……っ」
『俺とレオナルド殿下は別れたよ』
たった、これだけの短いフレーズなのに言葉が出てこない。言ってしまったら、本当にレオナルド殿下との縁がすっぱりと切れてしまいそうで。
もう繋がるはずもない縁なのに。
『セス、私と別れて欲しい』
レオナルド殿下の言葉が、もう忘れたいのにまた頭を過ぎる。
「セス、本当なのか? 何があったんだ?」
父さんは俺の肩を掴んで問いかけるように聞いた。けど俺はまだ心の準備が出来てなくて、何も答えられなかった。
でもそんな俺に助け舟を出してくれたのは、母さんで。
「ウィル、落ち着いて。セスも困ってるわ。それにここは玄関先よ、話は中でしましょう? セス、お邪魔してもいい?」
母さんは優しく俺に尋ねた。俺は辛うじて「うん」と答えて、両親を中に入れた。
……こんな寒い中、中にも入れないで玄関先で両親に立ち話させるなんて、俺はなんて気の利かない息子なんだ。
俺は自分を叱咤しながら二人を部屋の中に入れて、温かいハーブティーを淹れる為にすぐにお湯を沸かした。
その間、父さんと母さんは部屋に入って背負っていた大きな鞄を下ろし、手袋やマフラーを外してから厚手のコートを脱いだ。
そして落ち着いた頃、四人掛けのダイニングテーブルに二人は座り、俺はお湯が沸く間、コップやハーブを用意した。そんな俺の後ろから母さんが優しい声で尋ねる。
「セス、こっちにはいつ戻ってきたの? 荷解きがまだ終わってないみたいだけど、最近?」
俺はドキッとして手を止める。
もうこちらに戻ってきて二カ月も経つのに、俺はまだ全然荷解きを終えてなかった。荷解きをやる気力もなかったし、それに全て片付けてしまったら二度と城へ戻れない気がした。
そして馬鹿な俺はレオナルド殿下がひょっこり現れて『また城で一緒に暮らそう』と言ってくれるんじゃないかって淡い夢を抱いてて……そうしたらまた荷造りしないといけないから、俺は未練たらしくそのままにしている。勿論、こんな事、両親にも誰にも言えないけど。
「いや、最近じゃないけど……やる気が起きなくて」
俺はそう言いながら、ポットにハーブをいくつか入れてお湯が沸くのをただ待つ。
背中に突き刺さる両親の視線、困惑と心配が目を見なくても背中から伝わってくる。
俺は沈黙になるのが居た堪れなくて、商店街で買ったパウンドケーキを一切れずつお皿に乗せてフォークと一緒に差し出す。
甘党な俺は甘いものでも食べれば元気が出るかも、と思って買ったパウンドケーキだ。でもレオナルド殿下が作ってくれたパウンドケーキの方が何倍もおいしくて、一口しか食べられなかった。
……レオナルド殿下のパウンドケーキ、本当においしかったな。
「セス?」
パウンドケーキをぼんやりと見ていたら母さんに声をかけられた。俺はハッとして、返事をする。
「お湯、もう少しで沸くから、とりあえずそれでも食べて。あ、お昼はもう食べた?」
「いや、まだだが、それよりも話が先だ。セス、さっきの話は本当なのか?」
父さんは俺にもう一度尋ねた。父さんには昔から誤魔化しが利かない。母さんよりも。
「ウィル、その話はもうちょっと後で」
「後で話しても、今話しても同じだ。いや、話すなら早い方がいい。こう言う事はな」
その言い方はまるで薬科室で働いていた時の父さんそのものだった。まるで症状を見つけた時のような……。だから俺はちょっと怪訝に思った。
だって、父さんなら絶対真っ先にレオナルド殿下を怒ると思ったから。
「父さん?」
俺が振り返って父さんを見ると、父さんは怒った様子もなく俺をただ見ていた。何か言いたそうな顔で。
一体、なんだろう?
俺はそう思ったけれど、シュンシュンッとお湯が沸いた。俺は慌てて火を止めて、お湯をポットに注いでいくと、すぐにハーブティーのいい香りが部屋に包まれた。
……ハーブティーを淹れるなんて、いつ以来だろう。レオナルド殿下に淹れたのが最後かな。
そんな事を思い出しながら、ポットに蓋をしてダイニングテーブルに置いている三つのカップにハーブティーを注ぐ。
その後、父さんと母さんに差し出して、俺はようやく二人の向かいの席に座った。
「ありがとう、セス」
母さんはそう言うとすぐにカップに手を伸ばして一口飲んだ。きっと寒さで体が冷えていたのだろう。
そして父さんも同じように一口飲み、それから何も言わずに俺を見た。
何があった?
そう瞳が聞いていた。
「……二カ月前、かな。その……イニエスト公国からディアナ様の妹のルナ様が来られて、それでレオナルド殿下は……その」
ここまで言ったのにこれ以上、口が動かない。でもそんな俺を見かねてか父さんが俺の言葉の続きを言ってくれた。
「あいつはお前に別れを切り出したのか?」
俺は返事もできずに俯くしかなかった。ふんわりと俺のカップから湯気が立つのが見える。優しい香りがするのに、俺の心は何も感じない。
「噂を聞いた時には、まさかと思ったが本当だとはな」
「旅先で、レオナルド殿下が伴侶であるセスを一方的に捨てたと噂になっていたわ」
「……うん」
「話を教えてくれた人はレオナルド殿下の身勝手だと怒っていたけれど……これは仕方ないわね」
俺の噂はもう広く知れ渡っている、一部の貴族やレオナルド殿下を慕っていた人達からはいい様だと笑われているが、大半は同情的な目で見られることばかりだ。
ここに戻ってきた時も大家のおじいちゃんはもとより、商店街の人は温かった。だから俺はまだ何とかやっていけている。
「それで? セスはレオナルドが本当に他の誰かに目移りしたと思っているのか?」
「それは……ッ!」
なんで父さんはそんな残酷な事を聞くんだ。
俺はテーブルの下、膝の上でぎゅっと拳を握った。
本当だったら、俺もレオナルド殿下の事を信じたい。俺の事をまだ好いてくれていて、イニエスト公国の元に行ったのは間違いだと。何か理由があったんだからと。
でも今回はセシル様の時とは違う。
あれは俺の勘違いだったけれど、今回はハッキリ、レオナルド殿下は俺に別れを切り出したんだ。その理由も口にして。
「俺、俺だって信じたいけどッ! でも、レオナルド殿下は!」
もうこれ以上は言いたくなかった。話してしまうと、涙が出そうになっちゃうから。
だが、そんな俺に父さんは呆れ返ったように大きなため息を吐いた。
「はぁ……お前が冷静になれない気持ちもわからなくもない。だがセス、いつも教えていただろう? ……患者は時に嘘を吐く。時に誰かに殴られた痕でも、どこかにぶつけたと言う。だから症状を見て、ちゃんと診察しなさいと」
父さんは俺を見て、落ち着いた声色で言った。だから俺は父さんの言葉に一瞬怒りが湧いたけど、耳を傾けられた。
「どういう事?」
俺が尋ねると父さんはテーブルに肘を付けて、両手を組んだ。
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