殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、俺じゃダメですか?

1 冷たい冬

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お久しぶりです、皆様。
お待ちいただいた方も、待っていない方も(笑)本日からまたよろしくお願いいたします。
本日は久しぶりということで、2話投稿しています。明日からは1日1話投稿になります。

**********

  
 雪がしんしんと降り積もり、吐く息も白くなる冬。
 灰色の雲が空を覆い、家の屋根がうっすらと白に染まる頃。

 パタンッと小さな音がして、町中に立つ家のドアが閉まった。

 部屋には一人の青年。
 まだ荷解きされていない箱が部屋の中には何個も転がり、多くの観賞植物が乱雑に置かれていた。外は一桁の気温だが、部屋の中は温かく、植物は枯れることなく元気に育っている。

 しかし窓の外を見れば、まだ五時前だと言うのに日はすっかり落ちて、部屋の中は暗かった。窓の桟(さん)に雪が降り積もり始めている。

 青年は巻いていたマフラーをのろのろと取り払い、厚手のコートを椅子に掛けて、そのままフラフラとベッドに辿りついて、ぼふんっと倒れ込んだ。

 仕事疲れもあるが、心の中は悲しい思いで満たされている。
 ずんっと重たい雪、いや胸の中が氷漬けにされたよう。

「どうして……こんなことになっちゃったのかなぁ」

 小さな涙声でセスは呟いた。

 でも誰も答えを返してはくれず、部屋の中に自分の小さな声が響く。それが余計に悲しくて、セスは目を瞑り、こうなる前の事を思い返した。

『初めまして、セス様』

 瞼の裏に優美に微笑んだ彼女の姿が思い浮かぶ。

 事の発端は、今から一か月前の事。フェニが巣立ってすぐの事だった。

 イニエスト公国からアレキサンダー殿下の奥さん(王太子妃)の妹さんが、雪が降り始める前にうちの国に遊びに来た事が発端だったーーーー。







 一カ月前、新月の夜。

「イニエスト公国からディアナ様の妹さんが?」

 寝る前のベッドの上、俺はレオナルド殿下の隣に座って首を傾げた。ちなみにディアナとは王太子妃様の名前だ。

「ああ、本格的に冬になる前にこちらへ視察に来るらしい。まあ、実のところ義姉上の元に遊びにくるだけなんだけどね」
「そうなんですか」

 ……ディアナ様の妹さん。ディアナ様ってお淑やか美人だから、妹さんも美人なのかなぁ?

 美しい黒髪を持つ麗しのディアナ様。俺はディアナ様似の黒髪の女性をぽややんっと想像してみる。でもそんな俺の腰をレオナルド殿下は抱き寄せた。

「セス、気になる?」
「へ? まあ……」

 ディアナ様の妹さんだし。

「妬けるな」
「な、俺はちょっとどんな人かと思っただけで!」

 俺は耳元で拗ねたように囁いたレオナルド殿下に言った。

 それにレオナルド殿下が今、俺に妹さんが来ると教えたんでしょう!

 そう目で訴えたけれど、サファイアの煌めく瞳で返されてしまった。

「それでもここでは他の人の事を考えて欲しくないな」

 じっと見つめられて言われると、俺はうぐっと口を閉じてしまう。

「セス……」

 レオナルド殿下は俺に甘えるようにすり寄って俺のこめかみにちゅっと優しく唇を押し付ける。なんだか、甘えたの猫みたいだ。

 ……もう、仕方ないな。

 俺はそんなレオナルド殿下の頭をよしよしと撫でる。最近分かったけれど、レオナルド殿下はこうすると結構大人しくなるのだ。
 レオナルド殿下は気持ちよさそうにして、俺の肩にぽふっと頭を預けた。

「……セス、まだ寂しいかい?」

 心配そうに俺に尋ねる声。その言葉の意味に俺はすぐに気が付いた。

「フェニがいなくなって、そりゃまだ寂しいけど……生きてたらきっとまたいつか会えるはず。それに、俺にはあの羽根ペンがあるから大丈夫ですよ」

 俺はレオナルド殿下が作ってくれたフェニの羽根ペンを思い出して微笑んだ。
 そんな俺を見てレオナルド殿下も微笑み返す。

「そうか……。体の方はあれから何ともない?」

 レオナルド殿下は俺の体をちらりと見て尋ねた。俺がフェニの涙を飲んだからだ。
 飲んだ翌日は髪が異様に伸びる、という騒動もあったが、元々健康体の俺が飲んだから別段変わりはない。

「特に変わりないですよ。心配性だなぁ、ふふっ」

 レオナルド殿下があんまりにも心配するから俺は思わず笑って言ったけど、レオナルド殿下は真剣だった。

「心配だよ。誰の事でもないセスの事だからね」

 サファイアの瞳が細められ、俺をじっと見つめる。
 言葉にしなくても、愛してると伝えてくる瞳に俺は気恥ずかしさから目を逸らした。いつまで経っても、レオナルド殿下の真っすぐな気持ちを受け取るのは何だか照れくさい。

 ……俺もレオナルド殿下みたいに素直に伝えられたらいいんだけどな。

 そう思うけれど、照れくささが先だって難しい。そして優しいレオナルド殿下は俺を急かしたり、愛を要求したりしないんだ。

「さ、そろそろ寝ようか」
「……うん」

 俺は小さく呟いて、二人で一緒に寝っ転がる。
 レオナルド殿下が明かりを消してくれて、俺はレオナルド殿下に抱き寄せられて逞しい胸に顔を寄せた。

 あったかくて、いいにおい。

 この暖かさと匂いに包まれると俺はすぐに眠くなってしまう。安心できる場所だって、もう身体も心も覚えてしまったからかもしれない。
 だから俺は「おやすみなさい」と小さく呟いた後、すぐに眠りについた。



 この時の俺はこの温もりがなくなるなんて事、知らずに……。




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