殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、ちょっと待って!!

18.5 百年後のお話

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 人里離れた山奥の村。

「うっうっ……」

 一人の女の子が木の根元で蹲って泣いている。
 八歳ぐらいの歳頃だろうか。一向に泣き止む様子がない。

 ……どうしたんだろう? あんなに悲し気に泣いて。

 木の上にいた青年は女の子が気になり、ひょいっと木から下りた。
 ガサガサッと木の枝を鳴らして下りたものだから、女の子はびくっと肩を揺らして、突然上から降ってきた青年に驚いた顔を見せた。

「やぁ、そんなに泣いてどうしたの?」

 青年が声をかけると女の子は驚いたままその場に固まった。

「ねえ、君」
「きゃぁあああー!」

 青年が再び声をかけると、女の子は叫び声を上げながら走って逃げて行った。

「あ……」

 怖がらせちゃったかな? 話したかっただけなのに。

 そう思ったが逃げられたなら仕方がない。青年は女の子を追う事はしなかった。

 しかし翌日、青年が昨日と同じように木の上でくつろいでいると、また女の子がやってきて木の根元に蹲って泣き始めた。また驚かせたくはないので、青年はそのままにしていたが、それは二日、三日になっても変わらず。女の子は毎日のように木の根元に来て、悲しさを吐き出すように泣いた。

 さすがにそうなってくるとやっぱりどうして泣いているのか気になって、再び声をかけるが、また逃げられて……。

 むぅ、こうなったらどうして泣いているのか原因を探っちゃうんだからな!

 青年はそう思い、女の子の家を探し当て、中を覗いた。
 でも家の中の状況を見て、青年はどうして女の子が泣いているのか、すぐにわかってしまった。

 ……なるほど、そう言う事か。








 一週間後のある日。
 青年は今度こそ驚かさないようにそっと木から下りて、女の子の後ろから優しく声をかけた。

「ねえ、昨日も泣いていたね。どうしたの? どこか怪我でもしているの?」

 青年が声をかけると女の子は以前と同じようにびくっと肩を揺らしたが、さすがにもう驚きはしなかった。

「おにいさん……」
「こんにちは。ところで、どうしたんだい? 今日もそんなに泣いて。何か悲しい事でもあったの?」

 青年が尋ねると女の子は黙ったまま何も答えなかった。そんな女の子に青年は同じ目線にしゃがみ、もう一度尋ねた。

「ね、どうして君が泣いていたのか、教えてくれないかな? 勿論、君が喋りたくないって言うのなら、もうこれ以上は聞かないよ。でも僕でも手伝えることがあるかもしれない。だから、ね?」

 青年が優しく言うと、女の子は迷いながらも小さな声で語りだした。

「ママが……ママが病気で、死んじゃうかもって……もう助からないって、パパが言っていたの。ママ、いっつも苦しそうで……私、何にもできなくって……ママに死んでほしくないっ。ママにっ……ママぁぁぁぁぁっ!!」
「そう言う事だったんだね」
「ママ、死んじゃやだぁああ! うわぁぁんっ!!」

 女の子はそう言うと、わんわんっと泣き出した。
 その女の子を青年は優しく抱きしめて、頭をよしよしっと慰めるように撫でた。そして青年はただただその女の子を慰めるように撫で続け、女の子が落ち着くまでじっと待った。







「ひっくひっくぅっ……」
「もう、落ち着いた?」
「……ん」
「そうか」

 青年はそう言うと、ごそごそっとポケットから小さな小瓶を取り出した。
 中にはキラキラと光る小さな粒が半分ほど入っていた。まるで星屑が粒の中に入っているみたいだ。だから女の子はあまりの綺麗さに思わず見入ってしまった。
 しかし青年に声をかけられて、ハッと我に返った。

「手を出して」
「……こう?」

 女の子は右手を青年に差し出した。

「うん」

 青年は返事をするとその小瓶から一粒取り出し、女の子の手のひらに乗せた。

「これは?」
「これは、君のママを助ける魔法のお薬だよ」
「ママを!?」

 女の子の目が大きく見開き、青年に問いかける。その期待に膨らんだ瞳に青年は優しく微笑んだ。

「うん。だから、必ずこれをママに飲ませてあげるんだ。他の誰かにあげたり、君が飲んではダメだよ? ママを助けたいなら、ちゃんと飲ませてあげる事。できるかい?」
「本当に。本当に、これでママの病気が治るの!?」
「ああ。僕を信じてくれるなら」

 青年の言葉に女の子は戸惑った。けれど、母親が助かるなら! とその一粒をぎゅっと手のひらの中で握った。

「さあ、早く行って、ママに飲ませてきてあげるんだ」

 青年は力強く言い、女の子はこくりと頷いた。

「うん! ありがとう、おにいさん!」

 女の子はそう言うと脱兎のごとく、駆け足で家に向かった。
 青年はその女の子の後姿に手を振り、にこりと笑った。

「あー、また勝手な事をしてって怒られちゃうかな」

 そう一人、小さく呟いて。

















 そして、その日。

 不治の病だと診断されて死も間際だと言われていた一人の女性が、まるで何もなかったかのように健康体になり、人々を驚かせた。
 その女性の娘と夫は泣いて喜び、村はしばしお祭り騒ぎとなった。

 だが、それからしばらくして病を克服した母親の元に、王都から使者がやってきた。今回の奇跡について彼らは調べに来たのだ。

 だが、彼女にもこの奇跡がどうやって起きたのか当然わからない。
 ある日、突然体が健康になったのだ。なぜ? と問われても、特別な何かをした覚えはなかった。

 そう正直に答えると、使者たちはある一枚の絵を彼女に見せた。

 それは二人の男性が描かれている絵姿。一人は金髪にサファイアの瞳を持つ美丈夫。もう一人は茶髪に緑の瞳を持つ爽やかな青年が描かれていた。

「こちらの方に見覚えはありませんか?」

 そう使者が答えたが、彼女は勿論「見覚えがありません」と答えた。しかし、その横でその絵姿を見た女の子が声を上げた。

「私、このおにいさんを見たよ! この人がママを治してくれたお薬をくれたの!」

 女の子はそう言って、若い青年の方を指さした。

「でもね、その人は髪の毛が真っ赤だったよ? それに瞳も金色だった」

 その言葉に使者たちはにこりと微笑んだ。

「どうやら貴方達は稀なる慶事に恵まれたようですね」

 そうして使者から女の子と母親はあるお話を聞くことになった。

 今から百年前に王族に嫁いだ青年が伝説と言われている不死鳥の卵を孵し、大事に育てた人物がいた事。
 そして擬人化した不死鳥の姿が、育ての親である青年に髪と目の色は別としてそっくりな事。
 今、バーセル王国内である青年が各地で不治の病にかかった人々を治癒し、翌日には姿を消すという不思議な事件が度々起こっている事。
 さらに健康になった人々がこの絵姿を見て、『私を治してくれたのは、この人だ!』と口々に言っている事。

 そこまで言って、彼女は全てを理解した。

「では、私の病が治ったのは!」
「ええ、不死鳥の涙を飲んだからでしょう。かのレオナルド殿下の伴侶であられたセス様と姿がそっくりな不死鳥のフェニの涙を貴方は飲まれたのです。きっとその子に涙を託して」
「そんな事が……」
「従来、不死鳥はこんなことはしません。けれどどうやらセス様に育てられた不死鳥のフェニは人懐っこいようで、人々を時折治して回ってるようなのです。特に薬剤魔術師が頻繁に来れないような山林の奥や海外線沿いなどの人々を」
「そうなんですね……。それならばセス様と不死鳥様に感謝しなければ。勿論貴方にも」

 彼女は微笑んで言い、女の子の頬を優しく撫でた。
























 その頃、二羽の不死鳥が空を自由に飛んでいた。

『お前……また人間を助けただろう』
『もー、いつも言ってるでしょ! 僕の名前はフェニ! お前じゃない!』

 プンプンッと怒る年若い不死鳥(フェニ)に年長の不死鳥はふんっと鼻であしらった。

『お前で十分だ。それより話をはぐらかすな』
『ん? 何が?』
『また人間を助けただろうって言ったんだ』
『……だって、すごく苦しんでいたし』
『そうやって人を助けていると、お前を捕まえようとするヤツが現れるぞ。人を助けていい事なんぞ何一つない』

 言い放つ彼にフェニはふふっと笑った。

『そうだね。でも僕はやっぱり人に育てられたから人を嫌いになれないな。それに僕はえちゅみたいになりたいんだ。命を守れる人に、優しい人に』

 フェニが言うと彼はため息を吐いた。

『生まれ変わっても能天気なところは変わらないものだな』
『え? なに?』
『何でもない。さっさと次の町まで飛ぶぞ』

 彼はびゅうううっと風を切って速度を上げた。置いていかれたフェニは『あ、待ってぇ~!』と声を上げて、追いかけた。





 空には「ぴぃーーーーっ!」と不死鳥の鳴き声が響いたのだった。

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