殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、ちょっと待って!!

16 巣立ち

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「ん……フェニッ!!」

 飛び起きると「んぅ?」と小さな声が聞こえた。傍には人の子の姿に擬態したフェニが眠っている。

 ……あ、フェニ、傍にいる。……あれ? ここどこだ?

 俺はキョロキョロと辺りを見回して、見慣れない部屋にまだ覚醒していない頭は混乱した。
 窓の外は明るい日の光が降り注ぎ、光の加減から恐らくお昼頃だろう、とわかる。

 ……俺、どうしてこんなところに??

 俺が首を傾げていると突然部屋のドアが開き、レオナルド殿下がどこからか戻ってきた。

「ああ、セス。起きたんだね? おはよう……と言うには、遅すぎかな」

 レオナルド殿下はそう言いながら俺に近寄り、俺のおでこにちゅっとキスをした。

「レオ……ナルド殿下」
「まだ寝起きって感じだね」

 レオナルド殿下はふふっと微笑んだ。

「あの、ここ……」
「ここはラペツァ領の領主館だよ。昨日フェニを助けた後、ここに来た事を覚えていない?」
「領主館!」

 俺は教えてもらって、ようやく昨日の事を思い出した。

 ……そうだ! フェニを助けた後、領主館に訪れたんだ。もうその時は夜明け近くて、領主様が『疲れていらっしゃるでしょうから、こちらで休んでいかれては?』と申し出てくれたんだ。それでこの客間にお邪魔して……俺は夜中一晩中動いて疲れちゃって、ベッドに入ってすぐに寝たんだっけ??

「思い出したみたいだね。今は昼も過ぎた二時だ」
「二時!? 俺、そんなに寝ちゃってたんですか?!」

 でもおかげで目ざめはスッキリだ。
 俺は人様のお家で寝すぎたような気もして、気まずさから頭を掻いた。

「昨日は色々とあったし、一晩中動いていたからね。疲れたんだろう。気分はどう?」
「……ぐっすり眠って、目覚めスッキリです」

 正直に答えるとレオナルド殿下はにこっと笑った。

「そうか、良かった。お腹は空いていない?」
「へ?」

 俺が返事をすると共に、俺のお腹がぐぅうぅぅ~っと間抜けな音を出した。

「お腹、空いてるみたいだね?」

 レオナルド殿下はクスクス笑いながら俺を見た。

 ……うぅっ、恥ずかしい。

「何か軽めのものを貰えないか聞いてくるよ。その間にセスは顔でも洗ってなさい」

 レオナルド殿下はそう言って俺の元から離れていこうとした。そんなレオナルド殿下の服の袖を俺はむぎゅっと掴んで引き留めた。

「セス?」
「レオ……フェニを助けてくれてありがとう」

 俺は言いそびれていたお礼を言うとレオナルド殿下は少し驚いた顔をして、その後微笑んだ。

「お礼なんていらないよ。私は私のしたい事をしたまでだ。それに約束しただろう?」
「うん……、でも俺一人ではきっとフェニを助けられなかったから。だから……やっぱり、ありがとうございます」

 俺が告げるとレオナルド殿下は俺の頭をぽんぽんっと撫でた。

「セスはやっぱりセスだね」

 レオナルド殿下は優しい眼差しで俺を見ながら言った。でも、その言葉の意味を俺はわからなかった。

「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。セス」

 レオナルド殿下はそう言うと、嬉しそうにした。

 なんで、嬉しそうなんだろうか?

 俺はわからなかったけれど、レオナルド殿下は終始嬉しそうに俺の頭をなでなでして、それから俺の為に軽食を取りに行ってくれた。

 ……うーん、時々レオナルド殿下のツボがよくわからない。

 俺は首を傾げたが「ん? えちゅ?」とフェニも目を覚ました。

「フェニ、起きたの?」

 声をかけるとフェニは、ふわあぁああっと大きなあくびをして眠気眼を俺に向けた。

「うん、おはよぉ」
「おはよう、フェニ」

 挨拶を交わし、俺はフェニのおでこにキスをした。さっき俺がレオナルド殿下にしてもらったように。するとフェニはにこぉっと笑った。

 それから俺達はレオナルド殿下が持って来てくれた軽食を頂き、軽く風呂に入って身ぎれいにした後、領主様に会った。
 俺達は再びお礼を言い、そして夕方頃にレオナルド殿下の転移魔法で城に戻ることになった。

 でも、その前に少しだけラペツァ領を見て回ることにーーーー。
















 夕暮れ時。
 領主様オススメの小高な丘に登って、俺とレオナルド殿下、フェニは草原に落ちていく太陽を仲良く眺めた。

 地平線はオレンジ色なのに真上を見上げると空は紺色に染まり、すでに一番星が見えている。
 まるで夜と太陽が融けあうみたいに、空というキャンバスに綺麗なグラデーションを作り出している。

「夕日、綺麗だね」

 俺はぽつりと呟いた。こんな風に夕日を眺めるのはいつぶりだろうか?

 ……本当に綺麗だな。
 
 俺はしみじみの自然が作り出す美しさに感銘を受けながら眺めた。

 でも、ぼんやりと空を見つめていると、太陽の中から一羽の綺麗な鳥が大きな翼を広げて、こちらに飛んでくるのが見えた。

「あれは……」

 俺は目を凝らし、その鳥を見つめる。それは見間違うことなく、赤い羽根を持つ金色の瞳の魔鳥だった。

「不死鳥か?!」

 レオナルド殿下も魔鳥に気が付き呟くと、その鳥は俺達の元まで飛んできて、ぽんっと人の姿に擬態した。

「何度呼んでも来ないと思えば、ここにいたのか」

 不死鳥はフェニと同じように人の姿になって言ったのだが、俺はその姿を見て驚いた。いや、レオナルド殿下もだ。
 だって、その姿はッ!!

「うぃ、ウィギー薬長!?」

 俺は思わず大声で叫んでしまった。
 不死鳥の人の姿はウィギー薬長そっくりだったんだ!

「うぃ、うぃぎー? なんだそれは」

 ウィギー薬長そっくりの不死鳥は怪訝そうに俺に言った。

 ……あ、そうだ。不死鳥は不死鳥であってウィギー薬長じゃない。でも、見れば見るほどナイスミドルなウィギー薬長によく似てる。髪と目の色は違うけど……。


「もしかして、お前のその姿はお前を世話した人間の姿を借りているのか?」

 レオナルド殿下が冷静な態度で不死鳥に尋ねた。驚いて声を上げた俺とは違う。

「ああ、そうだ……。この姿の者を知っているのか?」

 不死鳥の問いかけにレオナルド殿下は頷いた。

「ああ。……その者の名を聞いてもいいだろうか?」
「……ランドルフ・ジェニルだ」
「ジェニル? ……それってウィギー薬長の家名と一緒」

 俺は名前を聞いて、小さく呟いた。
 ウィギー薬長の名前はウィギー・ジェニル。それと同じ名前という事は……。

「恐らく、ジェニル侯爵家の人間が彼の守護者だったのだろう」

 レオナルド殿下はそう俺に言った。

「ウィギー薬長の……」

 ……そう言えばウィギー薬長の侯爵家の家紋には赤い鳥が描かれていた。もしかして、あれは不死鳥の?

 俺は思い出し、不死鳥を見る。

 ……しかし、ウィギー薬長とこうまで似るとは。ウィギー薬長と近しい血筋の人かもしれないな。

 まじまじと不死鳥の彼を見て思った。
 しかし彼は俺ではなく、俺の後ろに隠れるフェニをじっと見た。フェニは俺の後ろに隠れてぎゅっと俺の服を掴んでいた。

「呼んでも答えないから探した。どこにいる? と何度も問いかけた俺に返事ぐらいはしろ、聞こえてなかったわけじゃあるまい?」
「ふぇに、いかない! なにもきいてないもん!」 

 フェニはハッキリと拒否し、俺の足にしがみついた。

「……その人間といたいのはわかる。しかし、俺達は人間とは住めないぞ」
「そんなことにゃいもん!」
「ならば、成長に必要な魔核をどうやって取り入れるつもりだ?」
「しょれは……」

 フェニは言葉に詰まって、うぐっと口を噤んだ。

「それにその人間と一緒にいても、いずれその人間は死ぬ。俺達と生きる時間が違うのだからな」

 不死鳥の彼は隠すことなくズバズバと言い、フェニはうぐぐっと口を歪めて、悔しそうな顔をした。

「俺と一緒にこい。以前のお前に、お前の世話を頼まれているのだ」

 不死鳥の彼はそうフェニに言った。
 以前のお前、と言うのは、きっとフェニが生まれ変わる前の事を言っているのだろう。

 不死鳥は五百年の時を過ごした後、炎にその身を包まれて灰になり、その中から卵が産まれる。それから百年後に卵は割れ、新しい命として生きるのだ。

 きっと百年前を生きていたがまだ雛の自分を世話をするように仲間である不死鳥の彼に頼んでいたのだろう。

 でもフェニは俺から離れようとしなかった。

「フェニ……」
「ふぇに、いきたくない。えちゅとじゅっと一緒にいたい!」

 フェニはそう言うとぎゅっと俺の足にしがみつき、ふるふると震えながら言った。
 俺はそんなフェニに微笑み、すっとしゃがんでフェニと同じ目線に立った。うるうるとした大きな金色の瞳が俺をじっと見つめる。
 俺は微笑んだまま、そっとフェニの小さな顔を両手で包む。

「フェニ、俺もフェニと一緒にいたいよ。でも、俺達とずっといる事はきっとフェニの為にはならないんだ」

 フェニがショックを受けたようにぴくっと揺れる。

「えちゅ……」
「フェニだってその事がわかっているから、こんなに悲しいんだろう?」

 俺は優しく尋ねた。だけどフェニは何も言わない。むぐっと口を閉じて悲し気な顔をしている。その顔を見ているだけで俺も悲しくなる。

 ……ああ、俺だって傍に居てやりたいよ。フェニ。
 
「フェニ、大好きだよ。一緒にいってやれなくてごめんね」
「え、えちゅのせいじゃない! ふぇにが……ふぇにが魔鳥だから」
「フェニのせいでもないよ。それにフェニが魔鳥だったから俺達は会えたんだ」
「えちゅぅ……」
「フェニ、俺を守護者に選んでくれてありがとう」

 俺は言いきった後、なんだか気持ちが溢れてしまってぽろぽろと涙が流れた。

「えちゅっ!」
「あ、あれ? おかしいな、ごめんっ、フェニ」

 俺は次々に零れ落ちる涙を拭いて、服の袖で顔を拭いた。でもそんな俺にフェニは飛びついた。

「わっ、フェニ!?」
「え、えちゅ、えちゅっ、すき! ふぇに、えちゅがだいすき!」

 ぎゅううっと抱きしめらて、叫ぶように言う言葉に俺は胸が熱くなる。俺だって同じ想いだ。
 ちょっとの間だったけど、フェニは俺達の家族だった。

「うん、俺も大好きだよ。フェニ……だから彼と一緒に行って、大きくなるんだよ」

 俺はすっぽりと腕に収まってしまう小さくて細い体をぎゅっと抱きしめて言った。
 こんなに小さなフェニを手放してしまうのは、心配だし、不安だし、何より悲しくて辛い。でも、きっと不死鳥の彼が一緒なら大丈夫だろう。
 俺よりフェニにきっとこれからの生き方を教えてくれる。

「えちゅ、ふぇにのこと、忘れないで」
「うん」
「えちゅ、もう泣かないで」
「うんっ」
「えちゅ……ありがとぉ」

 フェニは俺から離れて、にっこりと笑って言った。でも、そんな笑顔で言うなんて反則だよ。俺はボロボロと涙を零してしまった。

「フェニ……お、おれの、方こそ、ありがとぉ!」

 俺が言うとフェニは俺の頭をよしよしっと撫でて、フフッと笑った。そして、泣き止まない俺の傍にレオナルド殿下が寄り添い、支えるように肩を抱いてくれた。
 だが、その視線はフェニに向かう。

「フェニ……元気でな」

 レオナルド殿下はそっとフェニの頬を撫でた。いつもなら怒るのに、今日のフェニは頬を撫でられて笑ってみせた。

「うん、レオもね」

 フェニはそれだけを言うと、とてとてっと不死鳥の彼の元に駆けて行った。

「フェニッ!」

 離れていってしまったフェニに俺は堪らず叫んでしまう。でもフェニは振り返って、ニコニコ笑顔で俺を見た。
 まるで大丈夫だよ、と言うように。

「別れは済んだか?」

 不死鳥の彼が尋ねると、フェニは「うん」と頷いて答えた。

「ならば、行くぞ」

 不死鳥の彼はそう言うと、ぽんっと不死鳥に姿を変えると、一足先に上空に舞い上がった。フェニはそれを見上げ、そして俺達を見た。

「えちゅ、レオ、ばいばい。ふぇに、ふたりもおとーさんがいて、たのちかったよ!」

 フェニはそう言うとぽんっと雛鳥の姿に変わって、空に飛びあがった。

「フェニ! 元気でッ!!」

 俺はそれだけしか言えなくて、でもフェニは俺の声に応じるように「ぴぴーっ」と鳴いた。
 そしてキラリッと何かの粒が上空から落ちてきて、俺の口の中にポトリッと落ちる。

「ん!」

 途端、俺の体が一瞬だけほんのり淡く赤色に光り、体全体が温かくなる。まるでフェニを抱っこしているような。

「セス!」

 レオナルド殿下は驚いた顔で声を上げたが、でも俺は自分の事なんかどうでも良くて。
 地平線に消えゆく太陽に向かって飛ぶ、美しい赤い二羽の魔鳥に向かってただただ手を振った。
 そして俺達は飛んで行った魔鳥達を見送り、フェニが落としていった赤い羽根をレオナルド殿下はひょいと拾った。

 ……フェニの羽、どうするんだろう?

「レオナルド殿下?」
「いや、我々も帰ろうか。セス」

 レオナルド殿下は胸ポケットにその羽根を仕舞い、俺の手を握った。
 日が落ち、すっかり寒くなってしまったけれど、俺の手を掴む手だけは温かい。俺はその手を握り返して答えた。

「はい……!」








 それから領主にお礼をもう一度言って、俺達は城にレオナルド殿下の転移魔法で戻った。

 ランス殿下やアレク殿下、今回の件に関わってくれたみんなにはフェニを助けたけど巣立って行ってしまった事を報告すると、残念そうな顔をしたが「また会えるといいね」と励まされてしまった。

 そして、話はまた後日にゆっくり、と言うことになったんだけど……。

 翌日には思いもよらない事が起こっていた。
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