殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、ちょっと待って!!

15 救出

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 草の匂いと冷たい風が吹く。

「セス、もう着いたよ」

 レオナルド殿下に言われて目を開けると、そこは舗装されていない道の上だった。辺りは草原が生え、目の前には森への入り口が広がっていた。
 空は星空と半月が光り、辺りを照らしている。

「ここは」
「ラペツァ領だよ。その入り口」
「ラペツァ領」

 呟くと音が遠くから聞こえてきた。馬の蹄と何かの奇声だ。

「殿下、これは!」
「アレク兄上の読みが当たったようだ。セス、私の後ろに」

 レオナルド殿下はそう言うと俺を庇うように前に立ち、そして剣を抜いた。

 ドドッドドッドドッ!! と走る馬の音と「キィェーーーーッ」と鳴く何かの声。でもその声は明らかにフェニの可愛らしい声じゃない。

 ……一体何が?

 俺は不安と恐れを感じながらレオナルド殿下の後ろに立ち、やってくる何かを一心に見つめた。

「た、助けてくれーーっ!!

 必死に走る馬に乗った男は俺達を見つけ、縋るように叫んだ。
 でもそれも仕方ない。男の後ろにはとんでもないものが飛んでいたからだ。

 ……あれは、まさかッ!!

「キェェェェェ!」

 バッサバッサと羽音を鳴らし、恐ろしい声を上げて空を飛んでいたのは。

「やはり、はぐれのグリフォンか」

 レオナルド殿下は魔獣を見て呟いた。

「どうしてグリフォンがッ!」

 グリフォンは牛程の大きさで、上半身鷲で下半身が獅子の魔獣だ。基本群れで動き、ノース王国を生息地としている。それがなぜバーセル王国に、しかも一頭でいるのか?

「あのグリフォンはどうやら群れから弾かれてしまったようでね。秋口に冬の訪れと共に南下してきたらしいと報告を受けていた。今までは森の中で大人しくしていたから見逃していたが……まさかこうして現れるとはね」

 レオナルド殿下に教えてもらい俺はハッとする、アレク殿下との会話を。

『……なんとも言えない。ただ嫌な予感はする。それに西の森には群れからはぐれた』
『ああ、あの事ですね?』

 ここに来る前、二人はそう話していた。きっとこの事だったのだろう。

「ともかくあのグリフォンをどうにかしないといけないな。きっとフェニに反応しているのだろう」

 グリフォンは男の背をじっと見て、狙いを定めている。

 魔獣は他の魔獣の魔核しんぞうを食べると力が増すと言われ、魔獣の魔力が大きければ大きいほど捕食した方の力はより強くなる。

 フェニは雛だがれっきとした魔鳥で、伝説と言われている不死鳥だ。内に秘めている魔力も相当なモノな筈。きっと、男がフェニを連れていることを知ったグリフォンはそれを狙っているのだろう。

「ギェィィィィ!!」

 グリフォンは背に生えた大きな翼を羽ばたかせて、走る馬に襲い掛かる。
 そんなグリフォンに向かって、レオナルド殿下は両手で剣を持ち、構えると魔力を流し込んだ。途端に剣先にぽうっと光の球体が現れ、バヂバヂバヂッとつんざく様な音を鳴らし始める。

雷電光トニトルス

 短く呟くと、剣先からその光の球体はグリフォンに向かって一直線に飛んで行った。当然グリフォンはその球体に気が付き、急遽軌道を変えたがレオナルド殿下が放った魔法はグリフォンを逃がさなかった。

 球体は夜空にパッと網目状に広がり、グリフォンを捕らえて電撃を食らわした。バヂィバヂィッ! と感電する音と共に、グリフォンの悲鳴のような雄叫びが響く。

「ギャエェェェェ!!!」

 空高く飛んでいたグリフォンは煙を上げながら、地上に落ちた。
 だがこちらに走ってきた馬は、電撃の音とグリフォンの声にびっくりして、その場で立ち上がり、ヒヒーンン! といなないた。

「うわっ!!」

 乗っていた男は突然立ち上がった馬から振り落とされ、ドサッと側面から落ちた。興奮した馬はそのまま主を残して、俺達の横を全速力で駆け抜けていく。
 そして馬の蹄の音が聞こえなくなった頃、地面に落ちた男は小さく呻いた。

「うっ……いてぇっ」

 男は地面に蹲っていたが、ゆらりと立ち上がり、片足を引きずりながらこちらに歩いてきた。どうやら落馬した時に足を捻ったか、骨折したみたいだ。

「す、すまねぇ、手を貸してくれねぇか」

 男は助けを求めるように俺達に言った。普段の俺なら、すぐに足を治そうと駆け寄る所だろう。だけど俺は男に叫んでいた。

「フェニはッ! 赤い鳥はどこにいるッ!?」

 俺が言うと男はその場に足を止め、男に掴みかかろうとする俺をレオナルド殿下は制して、スッと剣先を男に向けた。

「お前が不死鳥の雛を誘拐したのはわかっている。大人しく私達に渡せ」

 レオナルド殿下は堂々たる態度で言い、月明りに照らされたその姿を見て男はハッとした表情を見せた。どうやら、目の前にいるのが誰なのか今更ながら気が付いたようだ。

「だ、第三王子ッ!?」
「私が誰かわかった上で決めろ。大人しくその背にある鞄を寄越すか、私に殺されて鞄を奪われるか。二つに一つだ」

 レオナルド殿下が言うと、先ほどの攻撃魔法を見た男は顔を青ざめさせて慌てて背負っていた鞄を差し出した。

「わ、悪かった! 鳥は返します、だから命だけは!」

 男は慌てて背に持っていた鞄をレオナルド殿下に手渡した。レオナルド殿下は鞄を受け取り、俺にそのまま渡してくれた。俺はすぐに鞄を開けて、中を確認する。

「フェニッ!」

 中には赤い小鳥が丸まって寝ていた。俺はそっとフェニを取り出し、鞄を地面に放る。

「フェニ、フェニ!」

 俺が呼びかけると、フェニはとろんとした目で俺を見た。

「ぴっ?」

 小さく鳴き、俺を金色の瞳に写すとようやく覚醒したようで、ぱっちりとくりくりの瞳を開けた。

「ぴぴぃっ!」

 フェニは嬉しそうに鳴くと、俺の懐に飛んで来ようとした。しかし起きたばかりでしっかり飛べず、俺の手から零れ落ちそうになる。俺は慌ててフェニを両手で持ち上げ、胸に抱き寄せた。

「よかった、フェニ。元気で」
「ぴぴぃぃぃっ」

 フェニは俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けて、小さく鳴いた。その切ない声が寂しさを物語っていて、俺は胸が痛くなった。

「もう大丈夫だからね、フェニ」

 俺はぎゅっとフェニを抱き締める。

「お、おい、渡したから命は取らねぇよなッ?!」

 男はレオナルド殿下に縋るように言った。

「約束は約束だ。命だけは助けてやろう」

 レオナルド殿下がそう返事をすると、ドドドドッと多数の馬がこちらにやってくる音が聞こえた。見ると明かりを掲げた十数名の私兵騎士達だった。

「失礼致します! レオナルド殿下とセス様とお見受けしますが、お間違いなでしょうか!」
「ああ、そうだ。夜分に領地を尋ねて、申し訳ない」

 騎乗したままリーダーらしき人物が尋ね、レオナルド殿下の返事を聞いてすぐに馬から下りた。

「いえ、ランス殿下からお話は聞いております。我々はラペツァ領の第一師団。私は隊を纏めているマークと申します。……そちらの者は?」
「今回の犯人だ。君たちで捕縛しておいてくれ。こいつは王都の裁判所で判決を下す」

 二人の騎士が男を取り囲み、すぐに捕縛用の縄をかける。だがそれを見届けた後、レオナルド殿下はおもむろに森に視線を向けた。

「……あとはアレの始末だな」

 レオナルド殿下が言うと、怒りに満ちたグリフォンが暗闇の森からのっしのっしと出てきた。さっきの雷撃のせいか動きが鈍い。
 しかし、こちらを睨むグリフォンの目は鋭く、騎士達はその視線にたじろいた。

「あれはグリフォン! 聞こえていた奇声は奴のっ!?」
「ああ、この雛を狙っている」

 レオナルド殿下の言葉にフェニは自分の事を言われている事に気が付き「ぴ?」と声を上げた。でも、どうして自分が狙われているかはわかっていないようだ。

「ギェィィィィッ!!」

 グリフォンは大きな嘴を開けて吠え、怒りを示すように尻尾を地面にパシッパシッと叩きつけている。

 ……あれだけの雷撃を食らったのに、まだぴんぴんしてるなんて。

 俺はフェニを隠すようぎゅっと両手で抱き、騎士達もそれぞれ剣を抜いて警戒した。

「やれやれ、やはりあれだけの雷撃じゃとどめはさせなかったか」

 レオナルド殿下はそう言うと、ふぅっと小さく息を吐いた。

「レオナルド殿下……」

 俺が不安で小さく名を呼ぶと、レオナルド殿下は振り返って、いつも通りの微笑みを見せた。

「大丈夫だよ、セス」

 そこには恐れも怯えもなかった。
 レオナルド殿下は剣を鞘に納めると片手をグリフォンに向けた。

 するとレオナルド殿下の手から魔法陣が浮かび、さっきよりも強力な光が集まり始めた。でも今度は音がなく、音のなさが逆にその魔法の威力を静かに伝えているようだった。

 グリフォンはレオナルド殿下が何か仕掛けてくる事に気が付いて衝撃波と共に「ギャィィィィ!」と鳴いたが、レオナルド殿下は結界でいとも簡単に弾いた。

「威勢はいいな」

 レオナルド殿下は薄ら笑って言い、その言葉を聞きながら俺は改めてレオナルド殿下の凄さを痛感する。

 グリフォンは本来災害級の魔獣で、騎士が数百名と束になって倒すほどの相手だ。それをレオナルド殿下は、まるで子犬を蹴散らすぐらいの雰囲気だ。

 他に類を見ないほど優秀なバーセル王国第三王子。文武に秀で、高等魔法さえも使いこなす高魔力の持ち主。
 身近な存在になり過ぎてすっかり忘れていたけれど、レオナルド殿下の本来の姿はこうなのだ。

 ……レオナルド殿下。

 俺は心の中で思わず呟く。
 しかし、俺の手の中にいたフェニが「ぴぃ」と鳴いて、もぞもぞっと動いた。

「フェニ、危ないからじっとしてて」

 俺は小声でフェニに語り掛ける。しかしフェニはグリフォンを見ると、雰囲気を変えた。

「ぴ……っ」
「フェニ? どうしたの?」

 フェニが急に動きを止め、じっとグリフォンを見つめた。その瞳が爛々としている。それは今まで見たことない表情だった。

「フェニ? あっ、フェニ!!」

 フェニは俺の手の中を暴れ、上空に飛び立った。俺の声に騎士達がざわつき、レオナルド殿下は一旦攻撃魔法を消した。

「フェニ! 戻っておいで!」

 そう言うけれど、フェニはピューッとグリフォンのところまで一直線に飛んで行った。

 ……フェニが食べられてしまうッ!!

 どうみたって牛程の大きなグリフォンと俺の手の中に納まるほどの小ささしかないフェニでは太刀打ちできないと思ったんだ。だが、それは俺の勝手な思い込みだった。

 フェニはグリフォンの上空を飛ぶと「ぴぃーーーーっ!!」と叫び、同時に地面に魔法陣が浮かぶ。まるでそれはグリフォンを覆うように。

「レオナルド殿下!」

 俺は咄嗟にレオナルド殿下を呼んだ。レオナルド殿下が何かをしたのだと思ったから。でもそれは違った。

「いや、あれはフェニの魔法陣だ」

 レオナルド殿下が言うと、グリフォンを覆う魔法陣から巨大な青い炎柱が立ち上った。

「ギャオォォォォッ!」

 逃げる事も出来ずグリフォンは青い炎に身を包まれ、一瞬にして消し炭になった。その強大な火力に、随分と離れているはずなのに俺の肌までチリチリと焼けるような熱さを感じた。

 ……すごい火力だっ!

 だがグリフォンが焼け消えると共に炎も魔法陣も消え、フェニは灰の山にパタパタッと降り立った。

「フェニ!」

 俺は叫ぶが、まだ煙が立つ灰を羽ばたきで吹き飛ばすと、その中か爪サイズの丸い赤色の魔核を見つけ出した。

 フェニはそれをパクッと咥えると、そのままごっくんっと飲み込んだ。

 魔獣は力をより強くする為に魔核を捕食すると言われているが、成長する為にも必要なものだ。フェニはそれを本能的に分かっていたのだろう。

「ぴっぴっ~」

 フェニはご機嫌で俺の元に飛んで戻ってくると、ぽすっと俺の両手に乗った。
 魔核を得たからかなんだか嬉しそうだ。

「フェニ、突然飛んで行ったら驚くだろ? 駄目だよ」

 俺がいつも通りの口調で言うと、フェニは「ぴぴっ」と謝るように鳴いた。
 そんな俺達にレオナルド殿下はやれやれ、というように笑った。

「フェニも戻って一件落着かな。とりあえず彼らに領主館へ連れて行ってもらおうか」

 レオナルド殿下が言うと、リーダーっぽい騎士の人は「は、畏まりました!」と敬礼して答えた。




 いつの間にか空は白み、朝がもうすぐ来ようとしていた。

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