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殿下、ちょっと待って!!

10 狙う者達

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 それから数日後の昼過ぎ。

 レオナルドの執務室には、レオナルド本人とノーベン、そしていつの日かセスを護衛していた二人の若いマッチョな騎士がいた。
 レオナルドの直属部下であり近衛騎士のアーダルベルトとイアンの二人だ。

「殿下、昨日で十五人目の逮捕者です」
「影ながらお守りしていますが、もうこれ以上は隠し続けるのは無理かと」

 二人は椅子に座るレオナルドにそう報告し、話を聞いたノーベンは頭を抱えた。

「思った以上の逮捕者ですね。城の警備は甘くないはずなのに、どこから湧いて出てくるのやら」

 愚痴るように言うノーベンにレオナルドは答える。

「こうなる事はわかっていた。不死鳥の涙は計り知れない富を生むからな」

 レオナルドは二人の騎士に出された報告書をペラペラと捲って呟いた。

 実はこの数週間、極秘裏でセスにはこの二人の騎士が付いていた。それは、不死鳥であるフェニの涙を狙っている輩が大量発生しているからだった。

 不死鳥の涙は、どんな病、傷、呪いにも聞く特効薬だと言われている。

 当然、その特効薬を欲しがる人間は数多いる。どんな値段でも買い取ろうとする者も。
 そして一攫千金を狙って、セスとフェニを狙うものがここ数週間大量に現れていた。しかも増加傾向にある。

 城の警備は強固なもので、城の中で働く者も厳しい査定をパスした者だけが選ばれている。だが、それを掻い潜ってセスに近寄ろうとする者は後を絶たない。

 それを二人の騎士は密かに処理していた。レオナルドから『セスに気が付かれないように』と厳命を受けていたから。しかし最近は数も増え、そうも言っていられなくなった。

「やはり不死鳥の事は箝口令を敷くべきだったのでは?」
「敷いたとして、噂は確実に広まるものだ。人の口に戸は立てられない」

 レオナルドの正論にノーベンは口を噤む。

「しかし今後どうされますか」

 アーダルベルトの問いにレオナルドは眉間に皺を寄せる。
 勿論、レオナルドが一番に守るべき対象はセスに他ならない。
 セス自身に危険が及ぶぐらいなら、セスからフェニを引き離す事もやぶさかではない程に。

 しかし、セスがそれを許さないだろう。まるで本当の親のようにフェニを大事にしているから、そしてフェニも……。

 何より、この一ヶ月半でレオナルドもフェニに少なからず情が移ってしまったし、セスそっくりのフェニを簡単に切り捨てる事もできない。だが、このまま放置していても良くない事は明らかだ。
 何か対策を打ち出さなければ、城内の警備にも支障が出てくる。

 ……切り離すことができないのなら、セスとフェニの二人を誰も知らない場所に隔離するのが安全だが、それでは私の手元を離れる。そこで何かがあった時、すぐに対処もできない。一番は私の元にいるのが確かなんだが……それでは城の中の警備をこれまで以上に厳しくしなければいけないだろう。だが、もしも不死鳥の噂が今以上に広がれば、警備を増やしてもより厄介な輩が出てくるだろうな。

 困った問題にレオナルドは頭を悩ませた。だが、そこに誰かがドアをノックしてやってきた。

「入れ」

 レオナルドが短い言葉で許可するとドアが開き、入ってきたのはアレクサンダーだった。

「アレク兄上!」

 突然の訪問者にレオナルドは席を立ち、ノーベンと二人の騎士は即座に頭を下げた。だがアレクサンダーは手で制した。

「皆、そのままで良い。今日は弟が困っているだろうと思って来ただけなのだ」

 アレクサンダーの含んだ言い方にレオナルドはすぐに察する。アレクサンダーが城の中で今、何が起こっているのか知っている事を。

「アレク兄上、全てご存じで?」

 アレクサンダーは何も言わなかったが、微かに微笑んだ。それが全てを語っていた。

「不死鳥の世話をしていた者の新たな記述を見つけたのでな、教えに来た」
「新たな記述……一体、何が書かれていたのですか?」

 レオナルドが尋ねるとアレクサンダーは答えた。

「ああ、もう少しすればお前の懸念は晴れるだろう」
「それはどういう事ですか……?」

 尋ねたレオナルドにアレクサンダーは教えた。今後、不死鳥であるフェニに何が起こるのか……。














 その日の夜。

「フェニ、窓際は寒くない? 何見てるの?」

 俺は私室の窓際に立つフェニに声をかけると、フェニは俺を見上げてどこか寂し気な顔をした。

「えちゅ……」
「どうしたの? フェニ」

 いつもと様子が違うフェニに俺は思わずしゃがんで問いかける。金色の瞳が不安そうに揺れている。

 一体どうしたんだろうか?

「フェニ?」

 俺が問いかけるとフェニは小さな手を伸ばして、ぎゅっと俺に抱き着いてきた。まるで何かに怯えるみたいに。

「フェニ、どうしたの? 何か外にいた?」

 俺はフェニに語り掛け、そして窓の外を見る。でも、何もない。見えるのは寒そうな夜空だけだ。
 すっかり冬が始まってしまったな。

「えちゅ……じゅっと、そばにいちぇ。ふぇにをはなちゃないで」

 フェニは俺にしがみついて言った。何をそんなに怯えることがあるんだろうか? 俺は今もこうして傍にいるのに。

「フェニ、大丈夫だよ。俺はここにいる」

 俺は落ち着かせるようにフェニの背中をぽんぽんっと優しく撫でる。するとフェニは金色の瞳を揺らして俺を見つめた。

「えちゅ、ふぇに……どこにもいきちゃくない」
「どこにも行かなくたっていいよ」
「ほんちょに?」
「うん……でもフェニ。ずっとって訳にはいかないんだ」

 俺が誤魔化さずに言うとフェニはショックを受けたように息を飲んだ。けれど、フェニに嘘を吐きたくはなかった。だって、俺とフェニでは生きる時間が違いすぎるから。
 五百年を生きるフェニ、きっと俺はフェニを置いて逝ってしまうだろう。

「フェニはいつか一人で生きていかなきゃいけない時が来る。それがいつかはわからない。でもここを巣立つ日が必ず来る、それだけは覚えておいて」

 俺が告げるとフェニは泣きそうな顔を見せた。

「やだぁ! フェニ、えちゅとじゅっといりゅっ!」

 フェニはむぎゅっと俺の体にしがみついて、ぐりぐりと顔を俺の胸に押し付けた。俺だってこの小鳥をいつまでも手の内に抱き締めていたい。
 でもきっとそうはいかないんだ。

「フェニ、成長して大人になるって事はそういうことなんだ。いつかは旅立つ日が来る、フェニにも」
「やだやだやだっ! ふぇにはじゅっとここにいりゅの!」
「フェニ、こっちを向いて」

 俺はフェニの小さな顔を両手で包み込んで、顔を上げさせた。今にも泣き出しそうだ。
 その顔に俺は微笑んだ。

「フェニ、離れなきゃいけない時が来る。でも絶対に忘れないで。俺はフェニが大好きだって事。いつだってフェニを大事に想ってるって事。そして、もしも巣立つ時が来ても……いつでも俺とレオナルド殿下の戻ってきていいんだって事を」
「……えちゅ」

 フェニは金色の瞳を俺にじっと向けて、それからむぐっと口を閉じると小さく頷いた。
 そんなフェニを俺はぎゅうっと抱きしめた。

 まだまだ小さい身体のフェニ。
 願わくば、まだ傍にいて欲しいのは俺の方だ。この小さな温もりをまだなくしたくはない。これからもレオナルド殿下と一緒に守っていきたい。
 そう思った。

 けれど、この後、フェニが俺の胸の中で眠ってしまい。私室に戻ってきたレオナルド殿下から話を聞いて、それは叶わぬ願いだと知らされるのだった。

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