殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、ちょっと待って!!

5 ご機嫌直してください

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 それから不死鳥の雛は俺の元で育てることになり、俺は雛鳥に“フェニ”と名前を付けた。
 いつまでも不死鳥の雛とは、呼びづらいからね。

 ちなみにフェニックスからもじって“フェニ”だ。少々安直すぎるネーミングだと自分でも思ったが、フェニは名前を気に入ってくれたみたいで、俺が何度か名前を呼べば、次第にそれが自分の名前だと理解して嬉しそうに羽をパタパタさせて喜んだ。

 ……あれは可愛かったなぁ。

 ちなみにフェニは意外に雑食で、野菜に果物、魚、肉、何でも食べる。その中でも、どうやらトウモロコシがお気に入りのようだ。

 ……他の不死鳥もそうなのかなぁ??

 そしてフェニはアレク殿下の言う通り、知能の高い鳥のようで俺が言ったことは大抵すぐに理解した。ダメだと言えば、一回で聞いてくれるし、暴れたりすることもなく、いつもお利口さんだ。

 だから特別な世話が必要ってわけじゃなかったけど……たった一つだけ困ったことがあった。フェニは俺が行くところ、どこにでもついてきたし、付いてきたがった。

 私室の中は勿論、薬科室、風呂場、お手洗いまで。

 ピタリとくっついて俺の傍から離れず、俺の姿がちょっとでも見えなくなると『ピギィーッ!』と凄い声で鳴き喚いて、俺を絶対に探そうとした。

 だから、移動する時は頭の上か肩の上(フェニは頭の上の方が好きみたい)薬科室では危険な薬品を扱う事もあるので鳥かごの中。寝る時は俺の顔にぴとっと寄り添った。

 俺は小さくてモフモフのフェニが可愛くて、困る事はなかったけど、レオナルド殿下はフェニが俺の傍にずっといるのが不満なようで……。

『セス、もう野に返してはどうだ?』と度々聞かれた。

 そしてフェニもレオナルド殿下が、自分を俺から引き離そうとしているのがわかるのか、レオナルド殿下が俺に近づくのも自分自身に近づくのも嫌がった。
 おかげでレオナルド殿下から俺に触ったりキスしたりしようものなら、フェニはくちばしでツツツンッ! と攻撃するように……。

『こら、フェニ!』と怒っても、フェニはレオナルド殿下が俺に触ってくるのは許せないらしい。その点だけは言う事を聞いてくれなかった。

 そしてそんなフェニをレオナルド殿下も好きになれないらしく、俺の傍を陣取るフェニにいつも不機嫌顔だ。


 それは今も。















 ……いつにも増して不機嫌だなぁ。

 風呂上がり、私室にフェニと戻るとレオナルド殿下が不機嫌そうに足を組み、椅子に座って珍しくお酒を飲んでいた。

 フェニが来てから約二週間。

 俺とレオナルド殿下はキスは勿論、触れ合う事もできていなかった。フェニが来る前は毎日と言っていいほどキスもしていたし、抱き合ってもいたのに。

 ……レオナルド殿下があんなに不機嫌でいるのも、お酒を飲んでるのも、初めて見るかも。俺に触れてないから……だよなぁ。

 でもレオナルド殿下は俺に不満を言ったりしない。フェニをじっと睨んではいるけれど。

 ……このまま放っているとレオナルド殿下の方が暴れそう。

 俺は何となくそう思って、肩に乗っていたフェニをクッションの上に置いた。元々卵が乗っていたところだ。

「ぴぃ?」
「フェニ、ちょっとだけ待ってて」

 俺が言うとフェニは「ぴぃぴ!」と抗議するように声を上げた。でも、ぽんぽんっと頭を撫でて落ち着かせる。

「この部屋にいるから。フェニ、いい子で待ってられるね?」
「ぴぃー……」

 フェニは小さく返事をした。納得はしていないが、じっとはしているだろう。

「いい子だね」

 俺はフェニの頭を一撫でしてから、その場を離れ、レオナルド殿下の元に歩み寄った。

「レオナルド殿下」

 俺が名前を呼ぶとレオナルド殿下はお酒を飲みつつ、俺に視線を向けた。

「セス、あの鳥はいいのかい?」
「待つようにいいましたから」
「そうか」

 レオナルド殿下は短く答えると、俺から視線をふいっと逸らした。いつもならここで、俺に触ってくるのに。

 ……殿下、もしかして拗ねてる? 俺がここずっとフェニにつきっきりだったからかな?

 俺はそう思い、ちょっと考えた後、両手を広げた。

「セス?」

 レオナルド殿下は俺を見上げて呼びかけたが、俺はそんなレオナルド殿下をぎゅっと抱きしめた。いつもはレオナルド殿下の方が大きいから抱き締められる立場だけど、今は椅子に座ってて俺の方が大きい。

 後頭部と背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。それからヨシヨシっと背中を撫でてみた。

 ……母さん、拗ねる父さんによくこうしてたよな。これで機嫌直ってくれないかな?

 そんな事を思いながらレオナルド殿下を抱き締めていると、レオナルド殿下の手が俺を抱き締め返す。

「セス」

 レオナルド殿下は甘えるように名前を呼んで、すぅっと大きく息を吸い込んだ。まるで肺いっぱいに空気を入れるように。

 風呂上がりだから、俺からいい匂いでもしてるのかな?

「レオナルド殿下、機嫌直してくれました?」

 俺が尋ねてみると、レオナルド殿下は俺を見上げて「ああ」と答えてくれた。

 良かった! やっぱり母さんと同じやり方で正解だったみたい。

 俺は心の中でそう思ったけれど、レオナルド殿下は俺にある要求をしてきた。

「セスからキスしてくれたら、もっと機嫌を直すよ?」
「へぇ?! 俺から?!」
「ああ、セスからキスして貰ったのは数える程度だ」
「そんな事……」

 言いながら俺はレオナルド殿下に自分からキスしたことを思い出す。しかし思い出すのはレオナルド殿下からされた事ばかり。

 あれ? 俺からキスした事、あんまりないかも?

「ダメか? セス」

 甘えるように言われたら断れない。

 ……キスぐらい、もう何度もしてるんだ。男を見せろ、俺!

「いいですよ。目、閉じて」

 言いながら俺の声がちょびっと震える。
 でもレオナルド殿下は何も言わずに、すぐに目を閉じてくれた。俺はそんなレオナルド殿下の顔を両手で掴み、勇気を出してそっと顔を近づけた。

 うーん、間近で見れば見るほど綺麗な顔してる。金色の睫毛、長いな。鼻、高すぎやしないか?

 俺は鼻先が触れ合う距離まで近づき、ドキドキと鳴るうるさい心臓を落ち着かせながら、ふにっとレオナルド殿下の厚い唇にキスをした。

 ……いつも思うけどレオナルド殿下の唇、柔らかくて気持ちいい。

 俺はふにふにっと唇を押し付け、ついついうっとりとしてしまう。だが、唇を押し付けながら不意にレオナルド殿下がいつも俺にするキスを思い出した。

 ……そう言えば、レオナルド殿下はいつもこの後、舌を入れてくるんだよな?

 ここですぐに離れれば良かったのに俺は試したくなって、ちろちろっとレオナルド殿下の唇を舐めてみた。だけど唇が開かない。

 んー? なんで??

 俺は不思議に思い、そっと目を開けて見る。すると、レオナルド殿下が俺をじっと見ていた。サファイアの瞳が熱に揺らめいてる。

「れ、れおっ、んぷ!」

 驚いて離れようとしたけれど、いつの間にか後頭部に回されていた手にがっちり抑え込まれ、俺はレオナルド殿下にキスのお返しをされた。
 俺の口腔内をレオナルド殿下の熱い舌が掻き混ぜる。俺のキスよりずっと大人な甘いキス。これされちゃうと、いつも蕩けちゃうんだ。

「あ、ふぅっ」
「ん……セス」

 レオナルド殿下は早めにキスを解いてくれた。
 でも俺はもう自分だけで立っていられなくて、ぎゅっとしがみ付くようにレオナルド殿下に抱き着く。

「れ、レオ……俺からって言ったのに」
「ごめん、セスのキスがあんまりにも可愛くて」

 レオナルド殿下はすっかり機嫌が直った顔で俺に言った。でも俺はちょっと内股になった。最近めっきり触れ合いをしてないから、キスされただけでちょっと勃っちゃった。

「うぅ」

 ……ムズムズする。毎日っていいほど触られてたから、敏感になっちゃったのかな。

 俺はそう思いながらレオナルド殿下に視線を向ける。

 ……さ、触ってくれないかな? いつもみたいに。

 俺は期待を込めて見つめるが、レオナルド殿下はにっこりと笑うと椅子から立ち上がった。

「さて、私も湯を浴びてくるとするよ」
「あ、え?」
「セスはもう寝てていいからね」

 レオナルド殿下はそう言うと戸惑う俺をしり目に頭をぽんっと撫でて、早々に部屋を出て行った。

「う、うそぉ……」

 ……いつもなら俺をベッドにまで連れてって押し倒して、色々とあれやこれやしてくれるのにぃ。

 でも引き留める事もできなかった俺は悶々としながらその場に立ち尽くすしかなかった。

 その代わりに「ぴぃーーっ!」とフェニが怒ったように鳴いた。

「フェニ?」

 俺は悶々とする気持ちを抑えながら、フェニの元に向かった。

「どうしたの、フェニ」

 大人しくしていたフェニに声をかけると、なんだか怒っているようだった。

「フェニ?」

 俺が声をかけても返事をしない。モフモフの羽毛に顔を埋めてる。

 ……レオナルド殿下の機嫌が直ったら、今度はフェニの機嫌が悪くなっちゃった。

「フェニ、怒ってるの?」
「ぴっ」

 そうだ、と肯定するように一鳴きした。

 ……まるでさっきまでのレオナルド殿下みたい。傍にいるから似てきたのかな?

 そう思いつつもレオナルド殿下にしたご機嫌直しを思い出して、俺はフェニをそっと両手で持ち上げた。

「ぴぃ!」

 フェニは不機嫌そうな声を出した。だが、俺が「機嫌直して、フェニ」とふわふわの頭にちゅっとキスをするとフェニは大人しくなった。

「ぴっぴぃぃぃ」

 ぷるぷる震えて、なんだか嬉しそうだ。

 機嫌直しにキスはいいのかもしれない。

「もう寝よう? フェニ」

 俺が言うとフェニはすっかり機嫌を直して「ぴ!」と答えた。
 それからベッドに上がり、枕元にフェニをそっと乗せる。

「おやすみ、フェニ」

 よしよしっと頭を撫でて、俺は目を瞑った。


 その後、俺はすんなり眠りに落ちてしまったんだけど、その顔をフェニがじっと見ているなんて知らなかった。


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