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殿下、ちょっと待って!!
1 またもや誘拐!?
しおりを挟む「ぺっぷしっ!」
……うーん、最近また寒くなってきたなぁ。
俺は大きなくしゃみをして、鼻を指先で擦りながら外に目を向ける。今は秋の終わりかけ、季節はあっという間に冬になろうとしていた。
紅葉で綺麗だった木々も、今はもう葉を全て落として寒々としている。
いよいよ冬も近いなぁ。父さんと母さん、元気にしてるかな? 今は南の方にいるって手紙が届いていたけど。
俺は昨日届いた手紙を思い出して、遠い地にいる両親を思う。
次はいつ帰ってくるのかな? 今度こそ父さん、レオナルド殿下と仲良くなってくれたらいいけど。
一カ月前に旅立って行った両親を思い出しながら、俺は薬科室から私室に戻る廊下を歩いた。
……そういえばレオナルド殿下。今日は早く戻ってくるって言ってたなぁ。今日は寒いから部屋でお茶の準備をしながら待っておこう。夕食まで時間があるし。
俺は部屋に戻ろうと足早に廊下を歩いた。だが、そんな俺を後ろから誰かがぎゅっと抱き締めた。こんな事を、この城の中でするのは一人しかいない。
「んもぉ、レオナルド殿下! 部屋以外でこういうことは止めて下さいって言いましたよねッ!?」
俺は怒りながら顔を後ろに向けた。でもそこにいたのはレオナルド殿下じゃなくて……。
「あわわわっ!」
俺は驚きのあまり語彙力を失った。
「久しぶりだな、セス」
レオナルド殿下と同じサファイアの瞳がパチンッと俺にウインクした。
「セス、ただいま」
レオナルドが声をかけて私室のドアを開けた。しかし中は暗く、誰の気配もない。
……おかしいな。セスはとっくに戻っているはずだが?
レオナルドは望遠鏡でセスが仕事を早く終え、薬科室を出て行ったのを見ていたので、それは確かだった。
何かを調べに史書室にでも? いや、それなら何か書置きかノーベンに一言伝えているだろう。なら、どこへ? 母上や父上に呼び出されたという事も聞いていない。
レオナルドは腕を組み、思案する。しかし、考えるよりセスの居場所を指輪を使って探した方が早そうだ、と考えを切り替え、目を瞑ってすぐに魔力探知をかけた。
……セス、どこにいる?
レオナルドは集中してセスの指輪に込めた自分の魔力を探す。だが……。
どうしてセスの居場所がわからない?
レオナルドは目を開け、眉間に深い皺を寄せた。
普通、何もなければすぐに魔力探知でどこにいるか引っ掛かる。しかし、どれだけ意識を集中してもわからない。それが意味するのは、意図的にセスの居場所がわからないように無効化の魔力がかけられている、という事だ。
レオナルドは息を飲み、体の奥から怒りが沸き上がる。
どこのどいつが私のセスを隠した……?
一瞬怒りに身を焦がしそうになるが、息を吐いて冷静さを保つ。
……セスは薬科室から出たのは間違いない。だがその後、ここに戻った痕跡はない。……つまり薬科室と私室の間で何かが起こったと考えるべきだな。城の外に出た気配もないし、城の中で何かが起こった。城内の警備に穴でも? ……ありえない事もないが可能性は低いな。外敵でないとすると内部から? 王族であるセスを捕まえ、どこかに連れて行った人物。父上でも母上でもないとすれば……。
レオナルドはそこまで考えて、ある人物に行きついた。
「はぁ、全く……」
大きなため息をつき、髪を掻き上げると部屋を出て、ある場所へ向かった。
セスがいるだろう場所へーー。
「ほーら、セス。あーん」
俺は煌びやかな応接間。高級なソファの上に座り、俺の左隣に座る人物にクッキーを食べさせられそうになっていた。
「ランス殿下、俺、自分で食べれますから」
「そうか? それにしては全然手を付けないじゃないか」
「手を付けない訳じゃない……ですけど」
「それともレオナルドのクッキーじゃないと嫌なのか?」
「いえ、そういう訳でも……」
確かにレオナルド殿下のクッキーはおいしいけれど、そういう訳で食べれないんじゃない。食べさせてくる相手が問題なのだ。
「セス」
名前を呼ばれて振り向くと、俺の右隣に座る人物もなぜかクッキーを片手に、俺に食べさせようとしている!
「アレク殿下……ッ!」
ちょっとちょっとっ! 俺、自分で食べれますってば!
そう思いながらも言えずに困っていると、応接間のドアがノックもなしに開いた。そこには救世主がッ!!
「やっぱりここにいたか、セス」
「レオナルド殿下ッ!」
俺は現れたレオナルド殿下の名を思わず呼んだ。
だが俺の左側に座る人物はつまらなさそうに声を上げた。
「なんだ、もう来たのか。さすがだなー、レオナルド」
笑って言う彼に、レオナルド殿下は腰に手を当てて彼らの名を呼んだ。
「セスを連絡なしに勝手に連れて行かないでください、アレク兄上、ランス兄上」
レオナルド殿下が二人に小言を言うと、彼らはそれぞれ謝った。
「すまない」
「悪い悪い」
俺の右側に座るアレクサンダー第一王子は寡黙に、俺の左側に座るランス第二王子は軽く謝った。そんな兄二人にレオナルド殿下はむすっとしたままだ。
そしてそんな王子達に囲まれ、あまりに場違いな俺は肩身が狭い。
……俺、なんでこんなところにいるのかなぁ。
そう思いつつ俺は美しい三人の王子様達に視線を向ける。
レオナルド殿下は言わずもがな、豪奢な金髪にサファイアの瞳、190㎝の見事な体躯を持つ美丈夫。
そして俺の右隣に座るアレクサンダー第一王子は、鮮やかな赤髪と国王陛下と同じ灰色の瞳を持つ、精悍な顔立ちの男前。
アレク殿下はレオナルド殿下と言うよりも、国王陛下によく似ているかな?
レオナルド殿下と変わらないぐらい身長も高くて、こちらも体格がいい。
寡黙な性格をしているので口数は少なく、次期国王と言う立場から近寄りがたい雰囲気があるが、話せばとっても優しい人だ。
それから俺の左側に座るのは、ランス第二王子。
こちらは陛下と同じ黒髪に、レオナルド殿下と同じ王妃様のサファイアの瞳を持つ色男。顔立ちが王妃様に似ているからか、端正な顔立ちなんだけど柔らかさがある。
身長は俺よりちょっと高いぐらいで体格は二人より細身だけど、それでも体は引き締まっているのが服の上からでも見てわかる。
ランス殿下はアレク殿下とは真逆で、気さくで話し上手な人だ。だから三人の中では一番話しやすい雰囲気をもっている。
そしてお気づきだろうが、俺をここに誘拐してきた張本人だ。
……うーん、三人ともそれぞれ違った美男子だよなぁ。
俺は兄弟だというのに三者三様、美しい三十代の王子様達をしみじみと見る。
三人とも男らしい美男子という部分では一緒だが、それぞれ男前、色男、美丈夫、とちょっと違う。
でも基本的に三人とも大変美しい王子様なので、昔から国民の人気が高く(主に女性から)、三人の絵姿は年に一度カレンダーとして売られて、それは国の大きな収入になっているらしい。
……まあ、こんだけ美しい王子様を絵姿でもいいから見たいって気持ち、わからなくもないよなぁ。その上、三人とも優秀だし。
アレク殿下はすでに国王の仕事の半分を担い、先見の明で色々と真新しい政策を打ち出している。
一方ランス殿下は、人を惹き付ける話術と社交性の高さで外交官兼王の名代として働いている。そしてレオナルド殿下だが、全てにおいて秀でてて……うん、もう語るのは止めようかな!?
文武両道、眉目秀麗を地で行く王子様達に囲まれ、俺はお茶を啜った。
あー、お茶おいしっ!!
「でも、レオナルドも悪いんだぞ? たまには可愛い義弟とお茶ぐらいしたいのにお前が外に出さないから。セスだって俺達とお茶、したかったよな?」
ぼんやりとしていた俺はランス殿下に急に話を振られて「え?!」と声を上げた。
俺に聞かれても! なんて答えればいいんだ?
「え、えーっと」
目を逸らすが、右隣から声がかかる。
「セス、私達と茶を共にするのは嫌か?」
寂し気にアレク殿下に言われて、俺は慌てて「いえ、そんなことないです!」と思わず答えてしまう。
「セス……」
呆れたような声でレオナルド殿下に呼ばれ、俺は視線を向ける。
他にどう答えられるんだよー!
「ま、そういう訳だ。レオナルド、とりあえずお前も座れよ」
ランス殿下はにやにやしながら言い、レオナルド殿下は少々不機嫌ながらも俺達の向かいのソファに座った。
「こうして三人揃って会うのは久しぶりだな」
アレク殿下がおもむろにぽつりと呟くように言った。なんだか少し嬉しそう。
「ああ、レオナルド達の結婚式以来だからな~。約三カ月ぶりってところか?」
ランス殿下が言うと、レオナルド殿下が返事をした。
「そうですね。あの後、すぐランス兄上は外交で西国に行かれましたし、アレク兄上も義姉上の里帰りについてイニエスト公国に行ってらっしゃいましたから」
レオナルド殿下は二人の兄を見て言った。
そして俺は、そう言えばそんな事をレオナルド殿下が言っていたなぁ、と思い出す。
実はアレク殿下はもう結婚していて、子供も二人いる。まだ七歳と四歳の可愛い王女様達だ。そして奥さんである王太子妃はイニエスト公国の出身。夏の間に久しぶりの里帰りに行ったらしい。
「そうそう。それで一週間前に俺と兄上が戻ってきたのに、お前が全然セスを俺達に会わせてくれないからさぁー。あの結婚式の後、お前とセスがどうなのか聞こうと思ってたのに、お前の予定が合わないとかなんとか……だから、セスをお茶に誘ったんだ」
誘ってはない、誘拐はされた。
俺はそう思いつつも口には出さず、じーっとランス殿下を見たが、さらりと視線を交わされた。
「直に予定を合わせるつもりでしたよ」
レオナルド殿下はしれっと答えたが、ランス殿下は信じていなかった。
「本当だか……」
疑り深い目でレオナルド殿下を見たけれど、それ以上は何も言わなかった。
「まあ、いいや。それよりセス」
「は、はいっ!」
急に名前を呼ばれて、俺は返事をする。
「今日はセスにプレゼントがあるんだ」
ランス殿下はニコニコしながら俺に言った。
「俺に、ですか?」
弟のレオナルド殿下じゃなくて?
疑問に思うと、ランス殿下は俺の気持ちを読んだように答えた。
「ああ、あいつはいいの。もう一番欲しいものを手に入れてるから」
「一番欲しいもの?」
なんだろう、それは。私室に置いてあるのかな??
俺が思い出していると、レオナルド殿下がコホンっとわざとらしく咳をした。
「ランス兄上、セスに何を持ってきたんですか? 変な物じゃないでしょうね?」
「失礼だな~。ちょっと珍しいものだよ。西国の骨董市で見つけたんだ」
「いつもそう言って変わったモノばかり買ってくるじゃないですか。侍従達が困っていましたよ」
「俺の審美眼は高すぎて、周りが理解できないだけだ」
ランス殿下はそう言うと、フンッと鼻を鳴らした。
ランス殿下の収集癖は有名な話だ。外交先で珍しいものを見つけると買って来ちゃうらしい。
……そういや私室のクローゼットに不思議なお面があったけど、ランス殿下がお土産で買ってきたモノだって言っていたなぁ。俺もお面貰ったらどうしよう。
不安に思っていると、ランス殿下は傍に置いていた鞄を探り「あ、あったあった、コレだ」と言って、俺の目の前にソレを差し出した。
「え、それって……」
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