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殿下、どうしたんですか??
10 旅立ち
しおりを挟む翌日の昼、秋晴れの青空が広がる中。
「じゃあ、私達は行くわね」
母さんは大きなリュックを背負って言った。そして父さんも大きなリュックを背負ったまま俺の手をぎゅっと握っていた。
「うぅっ、セス! またすぐに帰ってくるからな!」
「二人共、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。こんな急に出るなんて」
父さんは寂し気に言い、俺は少し呆れた声を上げる。
実は今日の朝、急に二人は国を発つことに決めたのだ。帰ってくるのも急だったが、出て行くのも急とは……。
「次帰ってくる時は、もうちょっと長く滞在するわ」
母さんは言いながら苦笑した。一方で父さんはまだ俺の手を握っている。
「ああ、セス。やっぱり俺達と一緒に旅に」
「そこまでです」
父さんが言いかけている途中で俺の後ろにいたレオナルド殿下が俺を抱き寄せた。
「セスは連れて行かせません」
「ぐっ、レオナルドッ!」
レオナルド殿下が言うと父さんが憎らし気にレオナルド殿下を睨んだ。でもレオナルド殿下は涼し気な顔だ。
なんで、この二人はこんなに険悪なんだろ。いや、父さんが一方的につっかかってるだけか。
「お前には聞いてない! この色気垂れ流し男め!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。でも、セスは連れて行かせませんよ。お義父さん」
「ええい! だから俺をお義父さんと呼ぶなっ! この青二才め」
父さんはまたブーブーと文句を言い始めた。しかも色気垂れ流し男から、青二才に変わってるし。
また始まってしまったな、と俺は思ったが、それを諫めたのはやっぱり母さんだった。
「ウィル、これじゃいつまで経っても、旅立てないでしょう。さっさと挨拶して。馬車の時間、遅れるわよ?」
「うっ、わかりました」
母さんにせっつかれて父さんは観念したように頷き、そして俺を見た。
「セス、父さんたちはまた旅に出るが、すぐに戻ってくるからな。その時はまたゆっくり話そう。それまでは、ちゃんとよく食べて、よく眠って、運動して、歯を磨くんだぞ?」
「父さん、それ毎回言うけど、俺、もう子供じゃないんだから」
俺が呆れて言うと、父さんはいつも『大事なことだぞ!』と言うのが常だった。でも今回は違った。
「お前は子供だよ。俺の大事な息子だ、いつまで経ってもな。例え、結婚してもそれは変わらない」
父さんは微笑み、揺るぎない声で俺に言った。
何気ない言葉なのに、なんでか胸が温かい。嬉しいような照れくさいような、そんな気持ちになる。
「父さん……」
「あと、レオナルド。お前の事は相変わらず気に食わないが、セスが決めた相手だ。一応認めてやる。だからっ……だからセスを頼んだぞ」
父さんは不貞腐れながらもレオナルド殿下に告げた。そして王子様に対してかなり不遜な態度だが、レオナルド殿下は父さんの言葉に嬉しそうに「はい」と返事をした。
そんな二人のやり取りを見ながら、俺は内心不思議に思う。
……父さんとレオナルド殿下の関係っていまいちわからないんだよなぁ。仲が悪そうなのに、どことなくお互い認め合ってるというか……ライバル同士? みたいな感じっていったらいいのかなぁ?
嫁姑ではなく、婿舅関係がよくわかっていない俺は首を傾げるばかりだった。
「さあさあ、挨拶が終わったならもう行くわよ、ウィル。セス、元気でね。レオナルド殿下もセスをお願いします」
母さんはそう言うと父さんの手を引いた。
「あ、リーナさん! せ、セスぅ! すぐにまた帰ってくるからなぁ~~っ!」
父さんは母さんに引っ張られながら城門をくぐり、手を振って去って行った。
「気を付けて、いってきてねー!」
二人に叫び、俺とレオナルド殿下は手を振り返した。
そして二人の後姿がとうとう見えなくなって、俺の胸の中に少しだけ寂しい気持ちが訪れる。どんなに大人になっても、この瞬間だけはいつも少し寂しい。
……二人共、行っちゃったな。
心が置いていかれた小さな子供のようにぽつりと呟く。
でも、そんな俺の気持ちを察したように、レオナルド殿下が俺の手をぎゅっと握ってくれた。顔を上げればレオナルド殿下は俺を見つめていた。
「私は傍にいるからね、セス」
優しいレオナルド殿下の言葉に俺は笑みを返した。
「はい、俺も!」
貴方の傍にいます。
そう思いを込めて、俺より大きくて温かいレオナルド殿下の手を握り返した。
だけど俺は、そういえば! と気になっていたことを尋ねてみた。
「そう言えば殿下」
「ん? なんだい?」
「俺が誘拐された時、俺が捕まっているところまで転移魔法で移動したんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「どうやって俺の居場所がわかったんです?」
俺が尋ねると、レオナルド殿下はピシッと固まった。……おや?
だが暫し黙った後、答えてくれた。
「……それは、愛の力だよ」
レオナルド殿下はにっこりと笑って言った。うーむ、めちゃくちゃ怪しい……。
「本当に?」
「ああ、本当さ。セスが私に助けを求めているのがわかったんだ」
俺は疑いの目でレオナルド殿下を見る、けれどレオナルド殿下は笑顔のまま表情を変えなかった。
……愛の力って、どんな力だ??
色々と気になる所はある。でも、まあレオナルド殿下が言うなら“愛の力”という事にしておこう。うん。
「ところでセス、昨日は言いそびれたがお団子をありがとう。昨日休憩に頂いたよ。あの、みたらし団子という団子はおいしいね。今度、買いに行く時、一緒に行きたいな」
「あ、はい。いいですよ!」
レオナルド殿下、みたらし団子が気に入ってくれたのかな? 街歩きしながら食べるのが、本当は一番おいしいんだよな。今度は一緒に歩きながら食べるのもアリかも。
なんて話をすり替えられた事にも気が付かないで能天気に思っていると、レオナルド殿下から思わぬ言葉が出てきた。
「じゃあ、デートの約束だね?」
「で、デぇートッ!?」
俺はてっきりただ一緒に買いに行くだけだと思っていたから、まさかデートのお誘いとは思っていなかった。
「ででで、デートって?!」
「ん? いや、思えばセスとデートをしたことがなかったと思ってね? 私が傍にいれば、もう二度と誘拐されることもないし。だから今度、町に行くときは一緒に行こうね? セスのお気に入りのお店とか教えて欲しいな?」
レオナルド殿下は俺の腰をさりげなく抱いて、にっこりと笑って言った。
「俺、お洒落なお店とか知りませんよ?!」
「そんな事、気にしなくていいよ。セスがどんなお店が好きなのか興味があるだけだから」
「でも王子様が町の中を歩くなんて」
「王子だと言っても、私は第三王子だし、誰も気にしないよ」
いや、レオナルド殿下、めちゃくちゃ目立つと思うんですけど……。この人、自分が目立つ事に気が付いてないのかな? 女の子とか発狂しそう。……でもレオナルド殿下がそこまで言うなら。
「わかりました。今度一緒に町歩きしましょう? 俺がエスコートします!」
俺がそう言うとレオナルド殿下は嬉しそうに声を上げた。
「本当に?」
「はい」
いつも色々して貰っているのだ。町歩きぐらいエスコートしてあげたい。町歩きなら俺にだって、たぶんできるはずだ……たぶん。
「楽しみにしてるよ、セス」
レオナルド殿下は楽し気に言った。そんな風に言われたら、こちらも力が入る。
レオナルド殿下も気に入ってくれるようなお店に連れて行くぞ! レオナルド殿下はお菓子作りとか得意だから、そういうお店に連れて行ったら喜んでくれるかも? 雑貨屋さんも良いところがあるし、あそこやあの店も、連れて行くと喜んでくれるかもしれない。
俺は町に何の店があったかを思い出して、色々と思案する。
けれど、不意にレオナルド殿下の視線が突き刺さる。
「ん? レオナルド殿下、どうしたんですか??」
「いや、本当にセスとのデート、楽しみだと思ってね? フフフッ」
レオナルド殿下はやけに楽し気に笑った。
……レオナルド殿下、そんなに楽しみなのかな??
俺はそう思ったけれど、この時の俺はわかっていなかった。どうしてレオナルド殿下がこんなに楽し気なのか……。
そしてその理由はデート当日にわかるのだが、それはまた別のお話でーーーー。
**********
Twitterのアンケートにより、レオナルドはみたらし派になりました(笑)
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