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殿下、どうしたんですか??
9 ふうふの会話
しおりを挟むその日の夕方。
レオナルド殿下が仕事を終えて戻ってきた。
「ただいま、セス」
「おかえりなさい、レオナルド殿下。今日は早かったですね」
俺がベッドのクッションを背に座って聞くと、レオナルド殿下は俺に近寄って俺の額にちゅっと軽くキスをした。
「ああ、セスの事が気になってね」
サファイアの瞳が俺をじっと見つめる。この優しい色が俺は好きだ。
「大丈夫ですよ、体は健康ですから。朝は、その、ちょっと驚いちゃっただけです」
「……そうか」
レオナルド殿下は納得してなさそうだったけれど、優しく微笑んで答えてくれた。でもその後、レオナルド殿下は俺をじっと見ると、次第に何とも言えない顔を見せた。
「レオナルド殿下?」
俺が尋ねるように名を呼ぶと、レオナルド殿下はそっと体を屈めて俺の体をぎゅっと抱きしめた。
『きゅ?!』
ぴょんぴょんっと俺の中の兎が動き始める。
「レオナルド殿下?」
もう一度名前を呼んでみる。でも、何の反応もない。どうしたんだろう。
「レオナルド殿下、どうしたんですか?」
そう問いかけてもレオナルド殿下は答えてくれない。何かあったのかな? それとも、ちょっと疲れちゃったのかな?
そう思って俺はレオナルド殿下の背を何となくヨシヨシと撫でてみる。
するとレオナルド殿下はようやく体を動かして俺の方を見てくれた。
だが、その瞳がどこか寂しそうにしている。どうして、そんな目をしているんだろう?
「レオナルド殿下?」
俺が名前を呼ぶと、レオナルド殿下は床に膝をついて俺を見上げた。
「セス、私の頭を撫でて」
「へ?」
レオナルド殿下の頭をヨシヨシするの!?
「ダメかな?」
耳の垂れた子猫のように見てきた。レオナルド殿下は基本大型獣なのに時々可愛い。
「うっ……わかりました」
俺はそう答えて、体の向きを変えてレオナルド殿下の真正面に座った。
そして「失礼します」と言うと両手をぽむっとレオナルド殿下の頭に乗せる。それからゆっくりとヨシヨシっと撫でた。豪奢な、柔らかいレオナルド殿下の金髪は撫でていて気持ちいい。
レオナルド殿下はじっと俺にヨシヨシされてる。まるで本当の大型獣だ。
俺に撫でられて気持ちいいのかな? 俺の手で元気になってくれるなら嬉しいな。
けれどレオナルド殿下を撫でていると、なんだか昔のことを思い出してきた。
「ふふっ」
「セス?」
突然笑い声をあげた俺にレオナルド殿下が怪訝そうに顔を向けた。俺は手を止め、笑った理由を告げる。
「あ、ごめんなさい。その……昔、父さんに強請られて、よくこうしていたな、と思って」
まだ俺が幼い頃だ。父さんは疲れると、頭を撫でて欲しいと俺によく頼んだ。なんでも俺が撫でると癒されるのだとか。
癒されるってのがよくわからないけど、子供の俺は父さんに頼られるのが嬉しくて、よくヨシヨシと父さんの頭を撫でていた。
そういや母さんや王妃様、王様にもやったことがあったな……今じゃ恐れ多い。でも思えば、レオナルド殿下にもやったような?
俺が思い出しているとレオナルド殿下はぽつりと呟いた。
「そうか、お義父さんに……」
レオナルド殿下は呟くように言い、俺はその頬をおもむろにそっと撫でてみる。するとレオナルド殿下の瞳が俺に向いた。
なんで、そんなに不安そうな瞳をしているんだろう?
「レオナルド殿下、何かありました? それとも昨日の事で疲れたとか?」
「……どうしてそう思うの?」
「どうしてって……なんだか元気なさそうだから。レオナルド殿下、無理しちゃダメですよ。何でもできるのはわかってますけど、疲れてるなら休まなきゃ」
俺が言うとレオナルド殿下は切なげ顔を見せ、そっと俺の太ももに顔を乗せて、腰に腕を巻き付けた。まるで小さな子供が母親に甘えるみたいに。
「レオナルド殿下?」
「私は今、セスの優しさに打ちのめされてる」
「へ?」
お、俺の優しさ?! そんな大層な事、言ってませんけど……。
そう思ったけれど、レオナルド殿下は違ったみたいだ。
「セス、愛しているよ」
いきなりの告白に俺はドキッと胸が高鳴る。
「れ、レオナルド殿下?」
「もう私はセスなしでは生きていけない」
「そ、そんな大げさな」
俺が思わず言うと、レオナルド殿下は顔を上げて俺を見つめた。真剣なサファイアの瞳が俺を射抜くように見る。
熱視線とはこういう事なのだろうか……、顔が熱くなる。
「本当だよ、セス。昨日だってセスが攫われたと聞いて、肝が冷えた。……もう私はセスなしでは生きていけないんだ」
「レオナルド殿下」
俺の事、そんなに……。
胸がぎゅうぎゅうっと切なくて痛い。俺の中の兎も『きゅーきゅーっ』と鳴いている。
「だからセス、私を捨てないで。これからも傍にいて」
まるで誓いを求めるようにレオナルド殿下は俺に言った。
そんな事言わなくても俺とレオナルド殿下はもう結婚しているし、こうして一緒の部屋にいるというのに。
「そ、そんな、俺がレオナルド殿下を捨てるなんてっ。それに俺達はもう結婚してるじゃないですか」
「結婚だけじゃ物足りない。セスの心も体も全部、何もかも欲しいんだ。……欲張りですまない」
「どうして俺なんか」
そんな愛の告白、俺にはもったいないよ。
そう思うのにレオナルド殿下は俺の手を取ると、指先にちゅっとキスをした。
「セスだからだよ。セスを前にすると私はいつもセスの愛に焦がれるただの男になってしまう。だからどうか、この哀れな男の傍にいてくれ」
レオナルド殿下は希うように俺に告げた。
こんな告白を聞いて、胸がときめかない人なんているんだろうか? いや、絶対にいない。
だから俺は気が付けばレオナルド殿下の頬を両手で包み、堪らずその唇にちゅっとキスをしていた。
「レ、レオの傍に、います。貴方が、俺を望んでくれるなら」
俺がつっかえながら告げるとレオナルド殿下はようやくいつもの笑顔を見せてくれた。晴れやかな笑顔を。
「ああ、ずっとセスを望むよ」
レオナルド殿下はそう言うと俺の後頭部に手を回し、そっと顔を寄せると俺の唇にキスをしてきた。それは優しいキスで、俺の唇を二・三回啄むように食むと、そのまま離れた。
「セス、愛している」
真正面から色っぽい顔で言われて俺はぽんっと顔を赤くしてしまう。
「あ、う……お、ぉれもっ」
愛の告白なんて慣れていない俺は、どもりながらもレオナルド殿下に同じ気持ちだと伝えた。我ながら下手くそな告白に嫌気がさす、それでもレオナルド殿下は微笑んでくれた。
「嬉しいよ、セス」
サファイアの瞳が鮮やかに煌めきながら俺を見つめる。
俺はいつまでもその瞳を見たいと思った。許されるなら結婚の誓いの通り、死が俺達を分かつまで。
だが一方、その日の夜。
用意された客室で、顔を真っ赤にしながらヤケ酒を飲む男が一人……。
「うーっ」
強めの酒をかっくらい、ウィルはダンッ! と空になったコップをテーブルに置いて唸った。その様子を隣の席に座っていたリーナは呆れた顔で頬杖をついた。
「ウィル、その辺にしておかないと今晩はお手洗いで一晩過ごすことになるわよぉ?」
「リーナさぁん! これが飲まずにいられますかっ! だって俺達のセスがもうあんなに大きくなっちゃって……!」
ウィルはうるうると瞳を潤ませて悲し気に言った。でも、そんなウィルにリーナはため息を吐く。
「仕方がないでしょう? セスももう子供じゃないんだものぉ」
「でも、でもさ! ついこの間までは、俺の膝に乗るぐらい小さかったんだよッ!?」
「それ、まだ十歳ぐらいまでの時のことでしょう?」
「だけど、俺の中ではまだセスは子供でっ、こんなあっさりレオナルドに持っていかれるなんて!」
ウィルはとうとうぽろぽろと涙を流し始めた。ウィルは酒を飲むと泣き上戸になるのだ。そしてそれに慣れているリーナは、やれやれ、とウィルの背中を撫でて慰めた。
「まあ、そうねぇ。でもレオナルド殿下も待った方だと思うわよ? セスが二十歳になるまで待ったんだもの。本当はもっと早く自分のものにしたかったでしょうに……よく我慢した方だわ。その事はウィルもわかってるでしょう?」
リーナが言うと、ウィルはむむっと口を尖らせた。
「わかってる! わかってますとも! あいつがずっとセスを大事にしてきた事は! だけど、だけど……セスは俺の大事な、大事な息子でっ!」
そこまで言うと、ウィルは今度は本格的にボロボロと泣き始めた。
ウィルはずっと知っていたのだ。レオナルドがセスを心から大事に想っている事を。そしてセスが二十歳になるまで、じっと耐えて待っていた事も。
その心意気は男として賞賛に値するものだとわかっている。けれど、それは自分の息子が相手でなかった時の話だ。
「あー、はいはい。そうねぇ」
リーナは呆れながら答えた。でもウィルがセスを本当に大事に想っているのを知っているから『もういい加減に飲むのを止めなさい!』とも怒れない。
セスが生まれた時、ウィルは本当に喜んだのだ。それこそ今みたいに泣いて。
『リーナざぁんんっ、う、産んでくれてっ、ほ、ほん、ホントにあり、ありがどぉぉぉ!』
涙なのか鼻水なのかわからないほど、ぐちゃぐちゃな顔で言ったのは今でも忘れられない。それからセスがすくすくと育つのを、眩しいほど愛しそうな顔で見つめていたのも。
けれどセスが大きくなるにつれて、ウィルは不安を感じていた。セスが自分と同じく老いにくく、不妊の可能性がとても高いのではないか? と。
そしてセスを検診したある日、ウィルの不安は的中してしまった。
その日から、セスの為の時忘れの解毒方法を探し始めた。
セスがいつか子供を持ちたいと思った時の為に、それこそ寝る間も惜しんで。
でも薬科室でできる事は限られている。だからウィルは薬科室の事をウィギーに任せ、旅に出たのだ。どこかにあるかもしれない、時忘れの解毒方法を探しに。
それがウィルとリーナの本当の旅の目的だった。
でも、そんな事を言えばセスが引き留めるから、二人は言えなかった。
……まあ、レオナルド殿下は気が付いていたでしょうけどね。私達の旅の目的も、セスの体の事も。セスの事に関しては、抜け目ないレオナルド殿下の事だから。
リーナはふふっと笑って、自由奔放な幼いセスを追いかけて、わたわたしていた若い頃のレオナルドを思い出す。
「ウィル、もう私達にできるのはセスとレオナルド殿下の二人の結婚を祝福してあげる事だわ。セスはレオナルド殿下といて幸せなんだから。そう聞いたでしょう?」
リーナはセスがハッキリとレオナルド殿下と共に居たいことを聞いた。それはウィルも。
「うっ……ううっ、わかってる」
「じゃあ、お酒はもうこれでおしまい、ね?」
「……はぃ」
しくしく泣くウィルは、まるで叱られた子供のようだ。出会った時からほとんど外見の変わらない夫にリーナは苦笑した。
「これじゃどっちが大人なのかわからないわねぇ」
すっかり大人になってしまったセスを思い出してリーナは呟いた。
だがお酒が弱いウィルは、いつの間にかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。
『おとーさん、だいすきぃっ! えへへへへっ!』
はにかみながら笑う息子を思い出しながら……。
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